世界嫌悪05


 ゆらゆらと世界が揺れている。
 水面越しに見るみたいにぼやけた世界。幕を隔てたように、ぼけた声が遠くに聞こえた。

「拒絶、でしょうな。大切な人さえ奪うというのであれば、オールドラントなど知らない、という」
「第四……いえ、第二音素の結晶化、でしょうか。まるで封印のような」
「封印? 違うでしょう。これは音素意識集合体達による保護では? 今日の彼女の様子は異様と言ってよかった。彼女のメンタル面は私たちが思っていた以上に不安定過ぎた」
「……当然でしょう。マユミはこの世界に来てから不幸続きです。当たり前ですよね。まったく知らない世界から無理矢理連れてこられたんですから。苦労して、死にかけて、そこでようやく手を差し伸べた相手を取り上げて……世界に、教団に、好感など持てる筈がありません。それなのに僕は、シンクの隣で笑っているからと、そんな簡単なことも気づかず……っ」
「イオン様……どうぞお気をしっかりお持ち下さい」

 イオンが泣いていた。
 そんな顔させたかった訳じゃないんだけどなあ。でもこの世界の人って相手の立場に立って考えるってことが下手だよね。
 一人で納得しながら、イオンの肩にそっと手を添える詠師トリトハイムをぼんやりと見つめる。
 すぐにそれも飽きて、また目を閉じた。



 ゆらゆらと世界が揺れている。
 気付けば太っちょモースを中心に神託の盾兵の人達が集まっていた。
 私を指差してモースが何か喚き散らしている。兵士の人達はこちらに攻撃をしようとしては、弾かれて吹っ飛んでいた。

「ええい、忌々しい! 滅びを予言する娘など最初から殺しておけばよかったのだ! まだ壊せんのか!」
「無理です! 剣が弾かれます! 譜術も使えません!」
「一体全体何なのだこれは!? 会議室を占領しおって、このようなことは預言に詠まれていないというのに!」
「このような強固な守り、我々ではとても……」
「音素意識集合体達が守っているとでもいうのか!? 馬鹿馬鹿しい! さっさと壊せ! 未曾有の繁栄を否定する巫女など教団には不要だ!!」

 うるさいなあ。
 


 ゆらゆらと世界が揺れている。
 またうっすらと目を開ければ、今度はグランツ謡将とディストが居た。知らない金髪の女性もいる。

「今日も目覚めない、か」
「閣下。彼女は……生きているのでしょうか?」
「音素に溶けていない以上、死んではいないだろう。レプリカは死ねば音素に還る。ディスト、何か解ったか?」
「ダメですね。音素が使えない以上、音機関も作動しません。いい迷惑ですよ、まったく」
「確かに、このまま音素が使えないようでは困るな」
「近隣の音素を全て使って結晶化を維持しているとしか思えませんね。死んでいない以上、彼女の生命維持にも使われているのでしょう」
「だろうな。今死なれては困る。私の読み通り、彼女のコトノハは教団に嵐をもたらした。この風をまだ止めるわけにはいかん」
「星の一生を詠んだ惑星預言が第七譜石で終わっているのだから、世界もそこで終わっている……ですか」
「そうだ。気づいて然るべき事実。しかし誰もが気付かなかった真実。そして我々にとっては預言を廃する福音でもある」
「……大詠師が巫女の排除に動いていますが、詠師達の統率は取れていないようです。このままでは情報がキムラスカやマルクトに漏れている可能性もあります」
「礼拝堂には各国の研究チームが集まっている。どれだけ箝口令を敷こうが情報漏洩は避けられないだろう」

 やっぱりグランツ謡将は私を使って何かしようとしてたんだなあ。
 預言を廃するなんて、勝手にしてほしいよ。この世界のことは、この世界の人達でしてほしい。
 私を巻き込まないで。



 ゆらゆらと世界が揺れている。
 分厚い氷の向こう側みたいにぼやけた世界で、白と緑とピンクが見える。

「おはようございます、マユミ。貴方にしては随分とお寝坊さんですね。今日もいい天気ですよ。天気預言は詠めませんが、今日一日晴れが続くんじゃないでしょうか」
「イオン様……」
「ああ、マユミには紹介していませんでしたね。僕の導師守護役のアニス・タトリンです。貴方に会いたいと言ったらこっそり連れてきてくれたんですよ」
「……巫女様、声、聞こえてるんですかねぇ?」
「解りません。でもマユミはこの世界のことが好きじゃなかったみたいで……それでも、僕と友達になってくれたんです。だから……声が届けばいいな、と」
「そっか……じゃあいっぱいこの世界のことを話して、好きになって貰わないといけませんね!」
「そうですね。アニスの言う通りです。マユミ、この世界は貴方の世界に比べて不便で、生き辛いかもしれません。けれど優しい人も居るんです。本当ですよ」
「そうですよぉ。うちの両親なんてお人よし過ぎて困っちゃうんだから、まったく」
「ふふ。マユミもこの世界に来た時にオリバーとパメラに出会えていたら違ったかもしれませんね」
「あー、確かに。パパとママなら絶対に面倒見てくれたでしょうねえ」
「イオン様、こちらに居られましたか。教団内とはいえ導師守護役を一名しか連れていないなど不用心にもほどがあります」
「トリトハイム……すみません。僕が我儘を言ったんです。マユミに会いたくて」
「お気持ちは解りますが、お立場をお考え下さい。それとシンク謡士の釈放が決まりましたよ」
「本当ですか!? ではすぐここに、」
「すぐは無理でしょう。しばらくは監視の目があります」
「そんな……でも」
「彼がここに来ればマユミ殿が目覚めるという確証がない以上、無理は通せません。お分かりですね?」
「……はい」

 しょんぼりとしたイオンが肩を落として部屋を出ていった。
 シンク、酷いことされてないかな。元気にしてるかな。



 ゆらゆらと世界が揺れている。
 コンコンとノックの音でまたうっすらと目を開ける。今度は誰だろうか。
 グランツ謡将と、イオンと、ディストと……シンク?
 珍しい。部屋の外に居るのに、仮面を外している。

 シンクが拳を振りかぶった。けれど打ち付けられた拳は何の衝撃も与えない。
 ……痛そう。

「シンク、無茶をしないでください。音素が使えない以上、癒しもかけられないのですから」
「……解ってる」
「シンクを連れてきてもダメか……」
「シンク、声をかけてみてください」
「……これ聞こえてんの?」
「解りません。でも何もしないよりはずっといいでしょう?」
「はァ……マユミ、起きなよ。いつまで寝てんのさ。死んでるわけじゃないんだろ」

 生きてるよ。多分。

「僕を無視するなんていい度胸じゃないか。いい加減出てきたら。僕も神託の盾に復帰するし、またご飯作ってよ。食堂のご飯、まずくて食べられたもんじゃないんだよね」

 でもシンク、私のご飯美味しいって言わないじゃん。

「僕の側に居るって言ったじゃないか。本当に嘘つきになるつもり?」

 それは……嫌だなあ。

「世界なんて救わなくていいから……起きてよ、頼むから」

 こつん、とシンクの額がぶつかった。
 ゆらゆらと緑の瞳が揺れている。悔しそうに顔を歪めているシンクが見える。

 あ、だめだ。起きなくちゃ。
 シンクが泣いちゃう。それはだめだ。

 今回のことで自覚した。私、この世界のことが嫌いなんだ。シンクが居るから目を逸らせていただけで。あの時からずっと、世界のことが嫌いなまま。
 でもシンクのことは好きだ。一緒に居たい。いつかご飯を美味しいって言ってほしい。そのためにはやっぱりこの世界で生きなきゃいけない。

 もういいの? って誰かが言っている。
 それにうんと返せば、強張っていた手がゆっくりと動き出す。

「僕と離れたからってこんなんになるなんてさ……馬鹿じゃないの」

 もうちょっと頑張れる? って誰かが言っている。
 シンクのためなら頑張れるよって返せば、視界が少しずつ鮮明になっていく。

「死ぬまで一緒に居てくれるって、言ったじゃないか……っ」

 シンクのために、私は何をすればいい? って聞いてみる。
 音素が揺らいで、優しく私を撫でる。



 世界が割れる音がした。



「マユミ!」

 シンクが目の前で目を見開いている。
 突如開けた視界に身体が傾いたけれど、シンクが受け止めてくれた。
 久しぶりに感じるシンクの体温が涙が出るくらい嬉しくて、思わずその身体に縋りつく。

「シンク……!」
「っ、起きるのが遅いんだよ、馬鹿」
「ごめん……ごめんね、シンク。だから泣かないで」
「泣いてない。泣いてるのはアンタだろ」

 ぐず、と鼻をすすってシンクの痛いくらいの抱擁に安心する。
 同時に感じる気配に、私はシンクをぎゅっと抱きしめたまま天井を見上げた。
 まだ、話は終わってない。

「……それで、私は何をすればいいの?」
「マユミ?」

 居る。
 それを感じて、仮面を外して天井を、その先にある空を見上げる。限界まで目を見開いて、その先を見る。
 音素がざわめく。拡散する。収束する。音になる。響いて。伝わって。波紋を広げて。

 音の塊が落ちてくる。

「解ったよ。地殻にいるローレライを解放すればいいんだね」

 色とりどりの音がさざめいて視界を彩る。
 柔らかい光がチカチカと瞬いて、鮮やかな音の色が命みたいに輝いては消えていく。

 世界のことなんて知らない。預言なんてどうでもいい。
 けどシンクが居るなら、私はもう少しだけ、頑張ってみるよ。

音素意識集合体空の上の神様

 貴方達が私のこと、守ってくれたから。その分だけ、頑張ってみるね。

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