世界嫌悪06
「マユミ!」
音素が拡散し、すうっと私の中に吸い込まれて消えていく。
そうして世界が落ち着いたのを見計らって、泣きそうな顔をしたイオンが駆け寄ってきた。
「イオン!」
「ぐえっ」
タックルするみたいに飛び込んできたかと思うとシンク共々私を抱きしめるイオン。そのせいでシンクがつぶれた蛙みたいな声を上げたが、イオンは気付かなかったらしい。
よかった、とひたすら繰り返しながらしゃくりあげ、シンクと私をぎゅうぎゅうに抱きしめていた。
「イオン、ごめんね。心配かけちゃった。というか、私イオンに酷いこと言ったね」
「そんなことありません! あなたの気持ちも考えず、何もかも押し付けようとした僕たちが悪いんです! 本当に、本当にごめんなさい。マユミが起きてくれてよかった……っ」
「ちょっと、僕挟まないでくれる!? 聞いてんの!? まさか鼻水つけてないよね!?」
ずず、と鼻をすするイオンにシンクが喚いていたが、苦笑しながら近寄ってきたグランツ謡将に宥められてイオンは渋々私たちから離れた。
シンクの手を借りてゆっくりと立ち上がる。振り返れば、ほどけかけた音素の結晶がゆらゆらと揺らめいていた。
「私、この中に居たの?」
「そうだよ。ほんっとうに、君はさあ! 前回といい、今回といい! ちょっと目を離した隙に問題ごとを起こす天才だよね!」
「すっ、好きで起こしてるわけじゃないもん!」
「だいたい何なのさこれ!? 何をどうしたらこんな音素の結晶に引きこもることになるわけ!?」
「え? なんか……音素意識集合体達がちょっと休みなさい、みたいな……そんな感じで入れられたっぽい……」
「ウッソだろ……そんな軽い感じで……? これだけの事態を……?」
信じられないと言わんばかりに絶句するシンクに私は頭を掻くしかない。神様がすることなんだから人間の常識内で済ませてくれる筈がないだろうに。
話しているうちに音素の結晶は甲高い音を立てて割れ、霧散してしまう。しかしぽつんと床に残されたものに気付いて、私はそれを拾い上げた。
「何それ、響律符……?」
「キャパ……? 何?」
「響律符。身体強化の補助とかに使うんだよ。だいたい対応する古代イスパニア語が書いてあるもんだけど……見せて」
「ん」
六色の小さな宝石が嵌まったブローチみたいな見た目のそれは、シンク曰く響律符と言うらしい。
シンクは光に透かすように持ち上げて検分するが、装飾文字が刻まれていると言ってすぐに私に返してくれた。
シンクを真似してまじまじと見て見れば、確かに日本語が刻まれている。
「なんて書いてあるのさ」
「『聲』……ええと、旧字体の声っていう字が書いてある」
「……旧字体ってなに?」
「え? 装飾文字の、古くて……常用されてない文字?」
「常用されてない文字なんてあるわけ?」
「装飾文字は、いっぱいある、かな……」
「……そう」
シンクが突っ込むのを諦めたところでグランツ謡将たちも近づいてくる。そして何故かディストの診察が始まり、よく解らないなりにシンクが頷いたので素直に診察された。
脈をとられ、簡単な質疑応答。室内をぐるっと歩いてみるも問題なく、視覚や聴覚も正常だ。ひとまず問題ないけど後で精密検査と言われて、よく解らないなりに診察が終わった。
「マユミ殿、ご無事に目覚められたようで何より」
「グランツ謡将、ご心配をおかけしました」
「どうも音素意識集合体達は私が思っているよりも過保護な様子。ただ目覚めた後何か仰られていたようでしたが……ローレライが何か?」
「ああ、ええと……結晶から出る時に音素意識集合体の存在を感じたというか、声を聞いた? 意思を感じた? 会話をした、ううん、あれは会話……なのか??」
「! 音素意識集合体から何か頼まれたのですか?」
「はい。地殻にいるローレライを解放してほしいと」
「なんと……」
「ローレライは、実在するのか……」
え? そこから?
そこに驚いたのは私だけのようで、法衣の袖で涙をぬぐったイオンが私の服の袖を引っ張って質問を飛ばしてくる。
「ローレライは地殻に居るのですか?」
「うん。ローレライはプラネットストームの維持のために地殻に閉じ込められてるんだけど、そのせいで魔界の大地が震動してて、大地の液状化もそのせいで……待って、なんで私こんなこと知ってるの? え? は? え!?」
イオンの質問にすらすらと答えた自分に驚いてしまう。刷り込み技術によって頭に植え付けられた知識とはまた違う。
初めから知識として持っていたことに違和感すら覚えていなかった異常性に頭を抱えてしまった。
「地殻の振動はプラネットストームによるものでは?」
「え、いや、その。プラネットストームの稼働にそもそもローレライが使われてて、だからローレライが解放されるとプラネットストームも停止するんだけど、それも昔ユリア・ジュエが……やだ、なんで私こんなこと知ってるの? 気持ち悪い……ああぁあああ、シンク! なんかヤダ! なんかこれヤダ!! 私知らないこと知ってる! 気持ち悪い!!」
「知らないよそんなの。音素意識集合体達のせいじゃないの」
異常事態にぷつぷつと鳥肌が立つ。思わず両腕を摩りながらシンクに助けを求めるが、シンクの反応はにべもない。
その場で地団太を踏みながら得体のしれない気持ち悪さに耐える。まるで記憶の改ざんをされてるみたいでとてつもなく気持ち悪い。
「落ち着きなよ」
「ああああ、どうすればローレライを解放できるのかとかも解る……いやあ……キショイ……鳥肌立ってる……」
「うわ、ほんとだ」
思わずシンクに抱き着く。はいはいと言いながら背中をぽんぽんと叩かれてあやされた。私は幼児じゃないぞ。
一頻り私が騒いだところでひとまず詳しい話はまた明日、と言われた。どうやら遅い時間にこっそり集まっていたようだ。言われてみれば外が暗い。
シンクと仮面をつけなおして手を繋ぐ。また一人であの部屋に戻らなければならないのかと思ったが、どうやらシンクもあの部屋に移ったらしい。
また一緒に暮らせると聞いてパッと顔を明るくする私にイオンがくすくすと笑った。
「貴方と同じ古き良き言の葉を知る者であるフランシス・ダアトは、世界のためではなくユリアのために行動していました。世界を救ってほしいならば、まず世界のためではなくシンクのために動いてくれるあなたを認めるべきだという話が通ったんです」
「そっかあ。……ごめんね、この世界のこと好きになれなくて」
「それは仕方ありません。貴方の経験を考えれば当然のことです。その中に一人でも好きになれる人が居たことに感謝すべきでしょう」
「イオンは優しいねえ。私、イオンのことも好きだよ」
「僕もマユミのことが好きですよ」
「ねえ何で僕告白シーンに挟まれてるわけ?」
イオンとほのぼのした空気になったところで、グランツ謡将がイオンを送ってくれるというのでそこでお別れする。
私とシンクについてもディストが送ってくれたのだけれど、何故か彼はメガネのブリッジを上げながらとても複雑そうな顔をしていた。
「……貴方達は同じレプリカなのにちっとも似ていませんね」
「そりゃあ、環境が人を作るんだから当たり前では??」
「環境が、人を作る……そうですか。明日は精密検査をしますから私の研究室に来るように。今日はゆっくり休みなさい」
「はい、おやすみなさい」
「お行儀が良いですね。はい、おやすみなさい」
何か一人納得した後、先生みたいなことを言ってディストは去っていく。
シンクはシンクでそれを見て複雑な気分になったようだが、何も言及することなく部屋に入った。
どうやら既にシンクは新しい部屋に拠点を移していたようで、リビングには見慣れた小物がいくつかあった。また一緒に暮らせるんだなと改めて実感して、それだけで胸が温かくなった。
順番にシャワーを浴び、髪を乾かすのを手伝って貰ってから一緒に寝室へと向かう。そこでハタと気付いた。新しい寝室は私が眠れるソファがない。
「ほら、寝るよ」
「え? でも……ソファが」
「君を一人でリビングのソファで寝かせられるわけないだろ。ほら」
躊躇う私の手を引っ張って、シンクは一緒にベッドへと乗り上げる。
まさかの同衾にカッと頬が熱くなるが、シンクに引っ張られるがままにベッドに横になれば目の前にシンクの顔が来た。
「待って、シンク……ドキドキしちゃう。寝れないよ」
「大丈夫でしょ。君、自分が思っている以上に図太いから」
「私今貶された?」
「いいから寝な。ほら」
躊躇う私の頭をシンクが抱え込むようにして抱き寄せる。心臓が爆発しそうだったが、同時にシンクの心臓も早鐘を打っていることに気付いてしまう。
……シンクも意識してくれてるんだな。そう思うと何故かそれがいとおしくて、私はぎゅっとシンクに抱き着いた。
「マユミ」
「ん?」
「……おかえり」
「ただいまぁ」
「おやすみ」
「うん。おやすみなさい」
シンクは私の背中をぽんぽんと叩く。
それがあったかくて、安心して、瞼を閉じた私はあっという間に夢の世界へと落ちていった。
確かに私は自分で思っている以上に図太い性格なのかもしれない。
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