世界嫌悪07
07.07
シンクと新しい部屋に帰った翌日。
改めてディストの部屋を訪ね、精密検査を受けた後に私は健康体だと太鼓判を押してもらった。音素振動数こそ違えど、性別が反転してなきゃレプリカの出来としては完璧なくらい健康体だそうだ。
ついでに伸びた髪と響律符についても調べてもらったところ、こちらについても仮説を立ててもらうことが出来た。
まず髪について。
音素乖離をしない内にと調べてもらったところ、どうやら第七音素以外の音素も混じっていたらしい。実際音素乖離を起こすまでかなりの時間を要した。
レプリカは基本的に第七音素しか持っていない。つまり私の髪は音素意識集合体達によって伸ばされたのではなく作られたことになる。
音素意識集合体達による一種のマーキング。あるいは私に何かあった時のためにすぐに反応できるようにするための音素の貯蓄。そんなものじゃないかとディストは言った。
どちらにせよ、切っては駄目らしい。残念。
響律符に関しては、音素を扱いやすくするためのものとのこと。ただ既存のものよりもかなり効果が高いようだ。
ディスト曰く、音素意識集合体達との会話の補助具みたいなものでは、とのこと。
実際装着してると音素の小さな動きも気になるようになった。結果、世界が情報過多になって酔いそうになった。
肝心な時だけ付けてあとはしまっておいちゃだめだろうか。ダメなんだろうな。
いつ接触があるかなんて解らないし、音律符を付けていないせいでまた滝みたいな音素振らされちゃ大変だもんね。諦めて慣れることにする。この世界って酔い止めあったっけ。
そうして動いても問題なしと言われたところで、グランツ謡将と詠師トリトハイムから面会したいと連絡があり、諾と返事をする。
シンクも同席していいとのことなので、部屋を訪れた二人をソファへと案内して紅茶をふるまった。
「マユミ殿、体調の方はいかがですか?」
「ディスト響士の診察では問題なしと言われました」
「それは良かった。では早速本題に入っても宜しいですか?」
「はい、大丈夫です」
「まず貴方が音素の結晶体に包まれてからについてお話ししましょうか」
詠師トリトハイムは私が結晶体に包まれてから──シンク曰く引きこもってから──のことを丁寧に教えてくれた。
どうやら私が音素の結晶に包まれたことと、第七譜石で世界が終わることについて言及したこと……この二つのせいで詠師達は阿鼻叫喚となったらしい。
世界の滅びについては以前から解っていたことなのに今更? と首を傾げた私に、シンクに今はちゃんと話を聞けと突っ込まれた。はい、聞きます。
私が結晶化した後、教団付近で一切音素が使えなくなったらしい。
そういえばディストがそんなこと言っていたなとぼんやりと思い出しながら、お陰で私の結晶化について情報が隠せず教団内部は大変なことになっていたという。
礼拝堂に集まっている研究チームの人達にも私の状態がばれてしまい、二か国にも私のことは知られているだろうとのこと。
ただ調査したいという申し出はあったそうだが、イオンがそれをきっぱりと断ったそうだ。
「え? 断ったんですか?」
「ええ。今回の件は我々が貴方を蔑ろにしたことによって音素意識集合体達の守護が働いたのだと導師はお考えになられていました。そのためこれ以上音素意識集合体達の怒りを買うような真似はしたくないと」
「大詠師は神託の盾兵を仕掛けてきたのに?」
「は? ちょっと何それ、どういうこと?」
「え? 知らないの? あれって大詠師の独断だったのかな」
こてん、と首を傾げればグランツ謡将に完全に眠っていたわけではないのかと聞かれ、そういえばそのあたりのことを話していなかったなと思い出す。
夢うつつというか、時折目覚めては外の会話が聞こえてきたのだと説明すればグランツ謡将の顔が固くなった。そうだよね。私に聞かれたら困りそうなこと話してたもんねえ。
「うつらうつらしながら聞いていた感じだったので、全部聞こえてた訳じゃないと思いますけど。あ、でもイオン様が声をかけに来てくれたことは覚えてます。ツインテールの導師守護役の子にこっそり連れてきてもらったって」
「ああ、あの時ですか」
詠師トリトハイムが納得したところで大詠師のことは一旦横に置いておき、話を戻す。
導師の意向を受けて詠師達は改めて私の扱いについて話し合ったそうだ。私はそこでいったんストップをかけた。
「そもそも解らないんですけど、なんで私が音素意識集合体達から世界の救済を頼まれた、なんて話が広まってるんですか? 私、そんなこと言ってませんよね??」
「君と同じ境遇のフランシスが世界を救ってほしいって頼まれてるんだから当然だろ。その記録は既に共有されてるし、実際君には音素意識集合体達から接触があったじゃないか」
「でも音素が降ってきて髪が伸びただけだよ? 世界のこと頼まれたなんて一言も言ってないよ?」
「マユミ殿には気分の悪い話になりますが、今回貴方を祀り上げたいと願った者たちにとって、事実がどうであれその方が都合が良かった。あるいはそうでなければ都合が悪かった……ということなのでしょう」
「その方が新しい象徴として祀り上げられるから……?」
私の確認に詠師トリトハイムとグランツ謡将が頷いた。そのことに思わず口がへの字になる。
確かにアイコンとするにはそれに相応しい肩書が必要なんだろうけど、どこまでも私の意思を置いてけぼりにしていることが心底気に入らない。
まああくまでも必要なのは教団を救うための象徴であって、私がたまたまそれに合致したから利用しただけであって、私自身の意思は必要ないってことなんだろうな。
仮面の下で眉を顰める私に、グランツ謡将が続きを話すために口を開いた。
「ところが詠師達にとって一つ誤算がありました。いえ、大前提が違っていたと言ってもいいでしょう」
「え?」
「マユミ殿は生きるために教団に所属しているだけで、預言も教団も特に必要としていなかった。そうアッシュ響士にお話ししたでしょう?」
「え? アッシュ、それ丸っと伝えたんですか? 全部? 包み隠さず?」
「ええ、全て。包み隠さず。話してくれました」
それは私もびっくりだ。少しはオブラートに包むなり、婉曲的に伝えるだろうと思ってたのに。隣でシンクも呆れている。
あー、でもアッシュからすればこれだけ思想にズレがあるって曲解されないよう伝えるためにあえてストレートに言ったのかもしれない。
けど教団側からすればそりゃあ怒って当然だ。面目丸つぶれだもの。これだけ預言が浸透している世界で存在意義を根底から否定されて、お前なんて必要ないなんて言われると思ってもみなかったのだろう。
以前私は特に預言を必要としたことがないって言ったことはあるけど、それはセフィロトでのことだから詠師達は知らなかっただろうし。
「少なくとも詠師達はマユミ殿が巫女の地位を断るなど誰も思っていませんでした。本来ならば栄誉なことですから」
「栄誉?」
「しかしマユミ殿が預言を必要としないのならば話は変わる。それどころかいつでも教団を出て行ってもいいと思っているなど……言葉を選ばず言うのであれば、誇り高くも歴史のある教団で新たな栄誉職を与えてやろうというのに、教団を何だと思っているのかと怒る詠師も出る」
「????」
「その心底理解できないみたいな顔やめなよ」
理解は出来ないが、ひとまず納得はした。だから詠師達は暴挙に出たのか。
イオンやグランツ謡将が残ってたら私とこの世界の人達の意識の違いについて説明してくれたんだろうけど、二人とも旅に同伴してたからなあ。
けどそんなことを知らない詠師達は、預言と教団のためなら私が喜んで巫女の役を引き受けると思ってたのか。
なのに私がちっとも栄誉を理解しないどころか教団を蔑ろにする発言をしたものだから、詠師達は怒って私を呼び出した、というのが詠師会に呼ばれた経緯らしい。
本来ならそこでいかに巫女という役割が栄誉なことで、預言が尊いものなのか教えられるところだったそうな。知らんがな。
「しかしあなたは思っていた以上にオールドラントを嫌悪し、無関心でした。正直なところ、私も驚いておりました。貴方は人当たりの良い穏やかな人間だと思っていましたので」
「まあ確かに扱いやすそうな性格ではあるよね」
「私が扱いやすそうに見えたなら、それはシンクが居たからですよ。シンクと一緒に居たから暢気で居られたんです」
「それはもう詠師達も理解しています。貴方はシンク謡士が居ないのであればこのオールドラントがどうなろうと無関心を貫く人間だと」
「はい、どうでもいいです」
はっきり言いすぎだとシンクに怒られたが、それが最近自覚した私の本音だ。シンクというフィルターをかけなければこの世界への関心は瞬く間にゼロになる。
しかし詠師トリトハイムもグランツ謡将も私の物言いに怒ることなく、居住まいを正した。真剣な顔で、まっすぐにこちらを見る二人の大人。
「お互いに認識の擦り合わせができたところで、改めてお願いしたい。マユミ殿、教団を救うため、音素意識集合体達の意思を受け取る巫女として立ってはいただけませんか」
「預言にも世界にも興味がないあなたにこのようなことを頼むのは筋違いにもほどがあると理解してはいる。だが教団には多くの人間が所属し、預言は人々の生活を支えている。今教団を失う訳にはいかない以上、二か国と渡り合うための手段が必要なのです」
そう言って詠師トリトハイムとグランツ謡将は深々と頭を下げた。
思わずシンクを見れば、軽く肩を竦めた後に好きにしたらと小声で言われる。
私は少し考えた後、頭を上げない二人に向かって声をかけた。
「……顔を上げて下さい。詠師トリトハイム、グランツ謡将。巫女の話、受けても良いです」
「おお!」
「本当ですか!」
「はい。ただし、条件があります」
私の返答に喜色を浮かべる二人に、そう言葉を付け足す。
途端に顔を引き締める二人に挑むように見やる私の手を、シンクがそっと握ってくれた。
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