もしもの話A
目を覚ます。
頭がぱやぱやしている。
あくびをして目をこする。
今は何時くらいだろうと身体を起こそうとすれば、頭皮を引っ張られる痛みに呻き声が出た。
「……なにこれ」
改めて自分の身体を見下ろせば、髪が恐ろしい程に伸びていた。
どうやら自分の髪の上に手をついて起きようとしたせいで頭皮が引っ張られて痛かったらしい。
改めて髪を踏まないよう気を付けながらもそもそと起きる。
引きずるほどに長い髪は邪魔だとしか思えなかった。
なにか、切るもの。
流石に邪魔過ぎる。
半そでシャツ一枚で部屋の中をうろうろする。
流石に包丁やキッチンナイフで切るのは抵抗がある。
けれどそれ以外の刃物なんてこの家にはない。
仕方ないので探すのを諦めてちまちまと三つ編みをする。
かろうじて床に着かなくなった髪をウエストに巻き付けて織り込めば、何とか邪魔にはならなくなった。
どうしてこんなことになったんだろう。
考えてみて、光が大量に降ってきたことを思い出す。
あれのせいだろうか。
じゃあまたお祈りすれば解るだろうか。
柏手を打ち、目を瞑ってお祈りしても神様は何も教えてくれなかった。
どうやら交信できるわけではないらしい。
ため息をついて手を降ろせば、何やらふわふわした光が宙に浮いている。
恐る恐る手を伸ばせば、数度瞬いて消えた。
……何がどうなっているのか。何もかもが解らない。
この世界に来てから解らないことだらけだ。
イオンが来たら教えてくれるのだろうか。
窓の外を見ればルナが浮いている。
この世界では月のことをルナと言うのだと教えてくれたのもイオンだ。
イオン、早く来ないかな。
聞きたいことがいっぱいある。
きっとイオンなら教えてくれる。
イオンは子供なのにたくさんのことを知ってるから。
ベッドに腰かけ、膝を抱える。
イオン、早く来ないかな。
■
「目が覚めたみたいだね」
「イオン!」
「髪、自分でやったの?」
「うん。ねえ、いっぱい聞きたいことがあったの」
「だろうね。話をしようか。君、三日も眠ってたんだよ」
「えっ」
レムが昇って、ご飯を食べて、片づけをしていたらドアが開いた。
咄嗟に駆け寄って声をかければ、イオンの言葉に驚いてしまう。
それにしても妙にイオンの機嫌がいい。機嫌が悪いよりずっと良いけど。
イオンが椅子に腰を下ろしたから、私もお茶を用意してイオンの足元に座る。
「話があるんだけど、先にお前の疑問を解消しようか。それで、聞きたいことって?」
「急に、髪が伸びてて。光が降ってきた後何かあったのか、イオンなら知ってるかなって」
「まあ当然の疑問だね。でも僕でもお前の髪が伸びた理由は知らない。ただ降ってきたのは、あれはただの光じゃない。音素さ」
「あれが、音素……」
音素がこの世界のエネルギーだとは知っていたが、ああして目に見えるものだったのか。
目を丸くする私にイオンはくすくすと笑って、何故か屈んで私の頭を抱きしめてきた。
「驚いたよ、あんな視認できるほどの大量の音素なんて初めて見たからね。でも、あれのお陰で僕は自由を手に入れた」
「イオン……?」
「身体が軽いんだ。あれほど病に侵されていた身体が今はすっかり健康体さ! ねえ解る? こんな奇跡、まさかお目にかかれると思わなかったよ。お前の神様は凄いね。ローレライよりずっとすごい」
「イオン、体調悪かったの?」
「そうだよ。もうすぐ死ぬ予定だった」
「えっ!」
「教えてなかったね。導師の生死は預言に詠まれている。僕は今年病で死ぬ。そう詠まれていたのに、今じゃこの通りだ!」
だから上機嫌なのか。
そして夜の相手をする回数が減っていった理由も解った。もうそこまでの体力が無かったのだろう。
イオンは私の頭に頬ずりをしながら頭を撫でてくる。私は別に何かした訳ではないのに。
「計画も変更だ。七番目はどうするかな……廃棄でいいか」
「七番目? 廃棄?」
「ああ、お前と同じ僕のレプリカだよ。死んだ僕の代わりに据えるつもりだったんだけど、もう要らないだろ?」
「こ、殺しちゃうの……?」
思い出したのはぼうっと立っているだけだった緑の頭の男の子達。
きっとイオンが言っているのはその子達の誰かだ。
イオンは怯える私をまじまじと見ると、何故かにんまりと笑った。
「廃棄して欲しくない? 生かしてほしい? ある意味お前の兄弟みたいなものだものね」
イオンの言葉には確実に何か裏がある。
けれど私がおずおずと頷けば、私の予想に反してイオンはあっさりといいよと言った。
「い、いいの……?」
「お前が僕のすることに口を挟むなんて珍しいからね。今は機嫌もいいし、聞いてあげる」
「あ、その……ありがとう、イオン」
「どういたしまして」
にこにことイオンは笑う。
おずおずとイオンの服を摘まめば、また愛でるように抱きしめられた。
くすくすと、イオンが笑う。
兄弟とも言うべき子供が生かされることが決定したのに、何故か嫌な予感しかしなかった。
■
イオンは本当に健康体になったらしい。ふらりと訪れる頻度は変わらないものの、すごく元気になった。
お陰で夜の相手をする回数も復活したし、何ならねちっこくなった。お陰で腰がだるい。
教団でも積極的に動いているらしくて、大詠師がどうしただの、詠師がどうしただのとよく喋る。
私が聞いて良いことなのかと思ったけれど、家から出ない私には情報漏洩のしようがないからいいのだろう。
以前に比べて扱いは格段に良くなったけれど、でも人扱いはされていない気がする。
なんというか、今までペットだったものがお気に入りのお人形に格上げされた感じ。
このままいけばこの家から出られる日が来るかもしれない。
そう思いながら、私は今日もイオンが訪れるのを待つだけの日々を送っている。
「……風?」
そんなイオンが来ない時間を持て余していた昼間、ふと風を感じて顔を上げた。
見ればいつの間にか窓が開いていて、器用に窓枠の上でしゃがみこんだ知らない男の子が居た。
「えっ」
「驚いた。本当にお人形さんのおうちじゃないか」
「……レプリカ?」
「へえ。解るんだ?」
金色の仮面をつけた、緑色の髪の少年がニィと笑う。
解るも何もその髪の色で顔を隠してその声をしているならば、レプリカ以外の選択肢なんてある筈がない。
男の子が仮面を外せば、蔑むような目でこちらを見ている顔が露わになる。
「まさか生きてるとは思わなかったよ、五番目」
「あなた、は」
「六番目。シンク。お前は?」
「……マユミ」
「ふうん。妙な響きだけどアイツがつけたの?」
シンクと名乗った男の子の問いかけにふるふると首を振った。
「イオンは私の名前なんて知らないよ。ずっとお前って呼ぶから」
「自分でつけたんだ?」
本当は前世の両親がつけてくれた名前だが、それを素直に言っても信じてもらえないと思ったのでこくんと頷いておく。
窓枠に腰かけたシンクはにやにやと笑っている。なんとなく嫌な予感がして、ある程度距離を保ったまま会話を続けた。
「シンクはどうしてここに?」
「ちょっと小耳に挟んでさ。あのドウシサマが愛人を抱えてるって。どんな面してるか見てやろうと思ったんだけど、まさか同じ顔とはね」
「あ、愛人……」
「違うの?」
「ちが……う、と思う。多分、イオンは私を人として見てないだろうし」
「確かに、僕達は所詮道具だ。人じゃない。君は文字通りお人形ってわけだ。ハハハッ」
あざ笑うように言うシンクに私は眉尻を下げる。
この男の子は一体何しに来たんだろう。
「それで、顔を見てどうする気だったの?」
「そうだね……あいつのお気にいりを殺したら少しは気も晴れるかなって思ってたんだけど」
「こ、殺すの……?」
「気が変わった。じゃあね」
何でみんな殺すだのなんだの、すぐ物騒な方向に行くんだろう。
怯える私に嫌な笑みを含ませた声で告げて、シンクはするりと姿を消す。
次があったとしても近寄らない方が良いんだろうな……。
■
いつものようにふらりとやって来たイオンの機嫌が悪い。
八つ当たりのように激しい責め立てにベッドの中で散々啼かされた。
こういう時に私の言葉はイオンに届いているようで届いていないのだと思い知らされる。
単に意地が悪いだけの可能性もあるけれど。
体を清めてからベッドに横になる。
イオンも今日はここで眠るらしく、ラフな格好で私の隣に寝転んだ。
そのままぎゅうと抱きしめられる。
「イオン?」
「……お前は僕のものだ」
「……うん」
「なのにお前を出せなんて」
「出せ……?」
不機嫌に呟かれた言葉を思わず繰り返す。
イオンは真顔で私を見降ろした後、以前光が降ってきた時のことが教団で問題になっているのだと私に教えてくれた。
イオンが私を囲っていることは、ある意味公然の秘密だったらしい。
けれどあんなことがあったから、私の存在を表に出せと何人もの人に責め立てられているようだ。
特にイオンが自分の身体から病が消え去ったことで、教団の方針を無理矢理変えようとしていることも影響しているのだという。
そういえば預言は外れる。絶対に従うべきものじゃないっていうイオンに反発する詠師が多いって言ってたっけ。
「お前を人目に晒すくらいなら、ここで殺してしまおうか……」
「え」
「だってそうだろう。そうしたらお前は音素に溶けて消える。お前が生きてきた軌跡は何一つ残らない。お前を知ってるのは僕だけになる」
「い、イオン。怖いよ……」
「……そうなりたくなかったら、きちんと弁えることだね。お前は僕のものだ」
「う、うん。解ってる。解ってるから」
「そう。いい子だ。もし……もしお前を外に出すことになったとしても、忘れるんじゃないよ」
「うん」
乱暴に口づけられる。眩暈がしそうなキスにすぐ何も考えられなくなる。
散々致して疲れ切った身体は受け止めるだけで精いっぱいだ。
それなのに私の上に乗り上げてきたイオンは服の上から身体をまさぐってくる。
「もう一度身体に教え込んであげる。お前が誰のものなのか」
「イオン、今日は、もう……っ」
「僕がお前に飽きて殺すまで、お前の身体は全部僕のものなんだよ。ようく、教えてあげる」
首筋に噛みつかれて喉が震える。
声がひっくり返る私に機嫌よく言ったイオンに足を開かされる。
本当に元気になってからねちっこくなった。
でもきっとこれはイオンにとっての不安の裏返しなのかもしれない。
そう思うとあまり抵抗は出来なかった。
私は、私がここから出る日が来るのだろうか。
そう思ったけれど、そんな思考もすぐに流されて消えていった。
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