もしもの話C
「まったく違う世界で生まれ育った記憶がある……か。いつから?」
「その、気付いたらレプリカイオンの身体になってたから、多分身体が作られて少し経ってからだと思う」
「なるほど。それで逃げ出したところを僕とヴァンに見つかった、と」
「うん」
「マユミって名前は、前の世界の名前?」
「そう。前の世界の、お父さんとお母さんがつけてくれた名前」
「そ。だったらもっと早く言ってほしかったけど、いきなり異世界の記憶があるなんて言われても受け入れられるか解らなかったから、まあ仕方ないか」
ソファに腰かけたイオンの足元に座りながら説明すれば、予想外なことにイオンはあっさりと私の異世界の記憶のことを認めてくれた。
でも私の宗教観や価値観が異常だとは前々から思ってたみたいだから、もしかしたら元々疑惑は持っていたのかもしれない。
「以前神に祈った時、手を二回打ち合わせていたね。あれも前の世界の作法?」
「うん。神棚とか神社とか……ええと、神様がまつられた場所にお祈りする時にする作法だよ」
「なるほどねえ。ちなみに異世界に預言はあった?」
「なかった。音素も、預言も」
「そうか。だからお前は預言に対してそんなにフラットで、詠師達の主張も僕の努力も理解できないわけか」
ふう、とイオンがため息をつく。
質問責めがようやく終わったようで私もまたホッと息を吐いた。
「ちなみに今は預言についてどう思ってるわけ?」
「うぅん……従わなきゃいけない、っていうのが解らない。前の世界にも気象学って言って、科学的に天気を予測する方法があったのね。こっちでいう、天気預言みたいな」
「それで?」
「洗濯物を、晴れるなら外に干そう。雨が降るなら、家の中に干そう。そう考えるよね? 普通の預言もそんな風に未来の情報として便利に使えばいいのに、って思う」
「つまり、お前にとって預言はただの情報ってこと?」
「だってそうでしょ。なんで従わなきゃいけないの? 旅に出ることになって怪我をするって詠まれたら、怪我をすると解って旅に出なきゃいけないんでしょう? 時期をずらすとか、ルートを変えるとか、対策をすればいいのに、しないんでしょう? 変なのって思っちゃう」
「変なの! 変なのときたか!」
「だめ? えっと、じゃあ可哀想?」
「カワイソウ!! あっはっはっ!!」
私の発言にイオンはお腹を抱えて笑っていた。
そんなにおかしな発言だっただろうか。
「外から見たら預言に縛られた僕等は憐れみを抱くほど愚かだってことじゃないか! これが笑わずにいられるか! ハハッ、ハハハハッ!」
「えぇと……」
「あー、笑った。ああ、その発言は外ではしないように。最悪殺されるからね」
「う、うん。わかった」
「だいたいわかった。つまり過去にもお前みたいに異世界から来た人間が居たんだな。それも、創世歴時代のサザンクロス博士とそれなりに親しい人間。性別は男で、恐らく教団を設立したメンバーのうちの一人」
一頻り笑って満足したらしいイオンが私の発言を元に顎に手を当てて考え始める。
猫でも撫でるみたいに空いた方の手で私の頭を撫でながらぶつぶつと独り言を言っている。
私はイオンの膝に頭を乗せてイオンの考え事が終わるのを待っていたのだが、やがて考えがまとまったらしいイオンが私の頭を軽くタップした。
「マユミ」
「え?」
「なに、その反応」
「え、いや……だって、初めてイオンに名前を呼ばれたから……」
「お前は僕のものなのに誰がつけたかもわからない名前なんて呼びたくなかったからね。でも元々その名前だっていうなら別さ。異世界の名前。呼ぶに値する名前だ」
「ん」
「それより明日から教団内に残された装飾文字の解読に出ろ。ヴァンに言ってシンクを護衛に回す。読んだ文字は全部記録して、僕に報告すること」
「わかった。でもなんで?」
「お前は黙って僕の言うことを聞いていればいいんだよ。と、言いたいところだけど大切なことだからね。お前の価値を上げる」
「価値」
私の価値。そんなものあるのだろうか。
解らないけれど、イオンが言うのならばどんな形であれあるのだろう。
そして同時に、どれだけ私に付加価値が付こうとイオンのお人形であることに変わらないんだろうな、とぼんやりと思った。
■
ボールペンが欲しい。今、切実に。
「これが読める? この線の塊が? 頭大丈夫?」
「線の塊じゃなくて文字だよ」
磨いた木の板の上に乗せた紙にカリカリとフォニック言語に翻訳した言葉を書き連ねていく。
けれど手に持っているのは羽ペンで、書きづらいことこの上ない。
部屋でつけられた世話人の人がインク壺やらリストやらを持って付いてきてくれているけれど、かさばるし不便だ。
やっぱりボールペンがほしい。欲を言うならばタブレットが。オールドラントの世界観じゃ無理だろうけど。
「どこで覚えたのさ、そんなもの。フォニック言語や古代イスパニア語ならともかく……刷り込みにはなかっただろ」
「えっと……ないしょ。話して良いか解んないから」
「あっそ」
小声で確認してくるシンクにそう答えれば、機嫌を損ねたようにそっぽを向かれてしまった。
周囲に人気はないが世話人の人には聞こえていると思うのだけれど、良いのだろうか。
まあこの人喋れないのか喋らないのか解らないが、一言も発しないので秘密を厳守するという意味では問題ないのかもしれないけれど。
「で、次は?」
「ええと……騎士団関係者の人が集まってる区画の、三番通路。Fの部屋」
「僕の部屋か」
「シンクの部屋にもあったの?」
「あるよ。年間予定表を上から貼ってるから普段は見えないけど、あったはずだ」
スタスタと進むシンクに小走りになってついて行く。
同じレプリカの筈なのにシンクとはとても健脚だ。神託の盾に入るだけのことはある。
殺風景なシンクの部屋の文字も記録して、いい時間だから食事に行こうというシンクに私は呻いた。
何故そんな声を出すのかという視線を感じて思わず眉根を寄せる。
私はイオンの血縁として素顔を晒しているためシンクにも世話人の人にも私が不快感を露わにしているのはバレバレだった。
「なにさ」
「ここのご飯、美味しくないんだもん。ねえ、ご飯なら私の部屋行こうよ。私が作るから」
「アンタ料理できるの?」
「質より量な食堂のご飯よりは美味しいよ。断言できるね」
「ふぅん。じゃあそこのキッチン使って良いから僕の分も作ってよ」
「人ん家のキッチンって使いづらいんだけど、まあいいか」
言っちゃ悪いが、食堂のご飯はとてもじゃないが美味しくない。お腹が膨れればいいって感じのご飯だ。
聞けばイオンや詠師、大詠師といった位の高い人たちは別にご飯が作られているとのことだから、本当に一般教団員や騎士の人達向けの量産食なのだろう。
こちらに居を移した後に何度か口にしたがどうしても美味しいと思えず、諦めた私は結局自分で食事を作っている。
シンクの部屋のキッチンは余り食材が豊富とは言えなかったけれど、それでもライスで簡易な炒飯を作り、肉と野菜をジャッと味噌炒めにしてかきたまスープを付ける。
速度優先で作った三人分のご飯をテーブルに並べれば、いつの間にか仮面を外していたシンクが私を見た。
「ちょっと、なんで三人分?」
「え? だって……」
シンクの言葉に部屋の隅で筆記用具を持って立っていた世話人の人を見た。
今なお名前すら知らない、彼かも彼女かもわからない人。けれど一緒に居るのだからご飯くらい、と思ったのだ。
シンクは私があの人の分も作ったのだと察して皮肉気に笑った。
「アンタ備品に食事作ったの?」
「……だって、お腹空いてるだろうし」
「ふうん、それだけ?」
「えっと、何を期待してるか知らないけど、それだけだよ。お腹が空くのに貴賤はないし、被験者もレプリカも関係ないでしょ」
「……ま、そうだね。あんたがお人よしってだけか」
嫌な笑みを浮かべながらもシンクは席に着く。
世話人の人を呼べば躊躇いながらも席に着いて、おずおずと食べ始めた。
口角が緩んでいたから、きっと美味しいと思ってくれたんだろう。
でもこれ以降シンクが私にご飯をねだりに来るのは予想外だった。自分で作れ!
■
「四十七音の唄……」
教団と騎士団本部を回って最後に辿り着いた礼拝堂。
そこに書かれていたのは初めて読み手を意識した文字だった。
日本語で、四十七音の唄。
きっと流行歌の類ではない。『歌』ではなく『唄』ならば、民謡とか子守歌の類。国民なら誰でも知っていそうな、国家とか童謡とかそういうのだ。
「図書室の文献でもひっくり返すか」
四十七音の唄を入力せよ。
私の読み上げた言葉にシンクがそう呟いているが、私は隠されていたあいうえお表のボタンを見て閃いた。
適当なボタンを一つ押せばカチリと小さな音を立てて沈み、もう一度押せば浮き上がってくる。よくある押しボタン。ならば。
「いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ うひのおくやま けふこへて あさきゆめみし よひもせす……」
記憶を手繰るように口にしながら順番にボタンを押していく。
シンクが迷うことなくボタンを押す私を見て驚いていたが、さいごのボタンを押したことでひときわ大きいカチリという音が響いた。
途端に礼拝堂が大きく揺れる。尻もちをついた私をシンクが抱き上げて背後へと飛びのいた。
「……隠し通路」
台座が動き、階段が現れる。地下へと続く階段だった。
何事かと飛び込んできた神託の盾の人達も驚きの表情を浮かべていて、私はシンクにしがみ付きながら心臓が煩いのを感じていた。
……もしかしたら、だけど。
帰り方とか、解るかもしれない。
元の世界へ、戻れるのかもしれない。
性欲処理のはけ口にされることもなければ、預言なんて訳の分からないものもない。そんな平和な世界へと。
お母さんと、お父さんに会えるかもしれない。
この下に、その手掛かりがあるかもしれない……!
そう思い至った私はシンクに下ろして貰ってから地下室へと向かうために足を向けようとする。
けれどシンクに止められてしまった。安全かどうかわからないと。
「君が導師に命じられたのは装飾文字の解読だけだ。調査までは許可されていない」
「でも……」
「あそこに入りたいなら導師におねだりすることだね。得意だろ」
嫌味交じりの台詞に私は肩を落とした。
私を世話役の人に押し付け、シンクは集まってきた神託の盾に指示を出し始める。
その姿を横目に、私は諦め悪く地下へ続く階段を眺め続けていた。
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