一生懸命@



 教団の巫女になるにあたって、様々な条件を出した。
 情報の取り扱いについて始まり、プライベートへの口出しを断るものや護衛として付けられる神託の盾兵の交代を要求する権利など。
 日本なら最初から雇用契約書に書いてなくても当たり前でしょってことも、ここでは当たり前ではないということをいい加減理解していたので、それはもう細かく。
 そんなことまで? って顔されたけれど知らない。そんなことまで口出ししないとどんな扱いされるか解らない。そう思ってしまう程度には、私はもう教団を信用していない。

 けれど二人は私の要求を呑んだ。
 別に法外な値段の報酬をねだったわけでもないのだ。呑んでもらわなければこっちも困る。
 改めて条件を書面に書き出し、双方合意した上でサインをして、お互いに控えを持つことになった。

 これから私は教団の巫女として働く傍らに翻訳作業に勤しむことになる。
 とはいえ巫女の出番は多くない。直近でいえば礼儀作法について学ぶ時間が増やされたくらいだろう。
 二か国に対抗するために抜擢されたのに、その私が無礼を働いて二か国を怒らせたら意味ないもんね。

 あとローレライの解放に関しては教団が全力でバックアップしてくれることを約束してくれた。
 まあ音素意識集合体達からの意思を受け取る巫女として祀り上げるのに、音素意識集合体達の要請を無視しちゃ肩書の意味がなくなるから当たり前だけど。

 こうして私は日常を取り戻した。
 けどシンクが居ないなら世界なんてどうでもいいのだと自覚してから、驚くほど私はこの世界のことについて無関心になった。
 廊下ですれ違う人のことなんて誰も気にしない。私だってそうだった。けど今の私にとっては明確にすれ違う人が死のうが生きようがどうでもいい人だと言い切れる。
 例え目の前で倒れられても、少し首を傾げてさっさと歩き続けるだろう。こういえば私の心情が正しく伝わるだろうか。

 シンクも神託の盾に復帰した。第五師団の師団長兼参謀総長であることは変わらない。
 取り調べの結果、シンクが私を監禁していたという事実は誤解だった……そういうことになった。
 あくまでも情報が錯綜した結果であり、取り調べをしたことで誤解であったことが判明し、罪はないと判断され職場復帰を果たしたということだ。

 都合よく事実を捻じ曲げる教団に思うところがないと言えば嘘になる。
 けれどこれからもシンクと居るためには目を瞑るべき場所なのだろう。

「ねえ」
「ん?」

 そうして日常を取り戻したけれど、変わったこともある。
 ご飯は私が作るけれど洗い物や掃除なんかはシンクも手伝ってくれるようになった。
 特に髪の手入れは積極的にしてくれる。というか、髪をくしけずるのが好きなようだ。
 お風呂から上がって乾かす時も手伝ってくれるし、寝る前に三つ編みにするのもやってくれる。
 私の髪に触れるシンクは少しだけ目が優しい。口にすると嫌がりそうだから言わないけど。

 今も寝る前に三つ編みをした私の髪をリボンで結んでまとめてくれたところだ。
 シンクは結んだ私の髪からそっと手を離し、お互いにベッドに座ったところで口をもごもごさせた。

「シンク?」
「……結婚式、いつ参加するか考えてる?」
「あ、そうだね。新しい部屋での生活も落ち着いてきたし、早めに参加したいよね」
「……まだ、する気あったんだ」
「あるよ!? でないとまたシンクと離されちゃうかもしれないもん。そんなのイヤだよ」

 きっぱりと言えば何故かシンクはホッとしたような、安心したような顔をする。
 何故そんな顔をされるのかと思ったら今度は拗ねたような顔になった。
 昔に比べて感情の変化が目に見えてちょっと可愛いなと場違いなことを考えてしまう。

「じゃあ何でしないのさ」
「へ?」
「……指輪。あげたじゃないか」

 その言葉にシンクの表情変化の理由を察する。
 つまり私がいつまで経っても指輪を嵌めないから本当に式に参加する気があるのか疑ってたのか。
 そして式に参加すると言ったから、じゃあ何でつけないのかと不満を覚えていると。

「えっと、言い訳してもいい?」
「聞いてあげる」
「私の故郷だとね、式で指輪の交換をして……お互いに指に嵌め合うの。だからその……式の最中に嵌めるのは無理でも、シンクに……えっと、嵌めてほしいなって、思ってぇ……」
「……言えよ」
「だって恥ずかしかったんだもん!」

 こみ上げる羞恥心に語尾がぶれ、案の定さっさと言えと怒るシンクに泣きが入る。
 シンクは目に見えて不機嫌な顔をしていた。シンクからすれば無駄に不安にさせられたわけだから当然のことかもしれないけど。

「まさかなくした言い訳とかじゃないだろうな」
「違いますぅ! 大事にしまってありますぅ!」
「へえ、どうだか」
「ほんとだって! ちゃんとクローゼットの小物入れに入ってるから!」

 ジト目で疑われたが、大事にし過ぎて嵌めれなかったのも本当だ。
 それ以上追及はされなかったが、ため息をついたシンクが音素灯を消したのでもそもそと布団に潜り込む。
 機嫌を損ねちゃったなあと落ち込んでいると、布団の中でシンクにぎゅうと抱きしめられた。
 途端に心臓が跳ねまわって、恐る恐るシンクを見上げれば緑の瞳がこちらを見下ろしていた。

「……月末の式、まだ空きがあるらしいから」
「……うん」
「そこでいい?」
「うん」

 小声で告げられた言葉に頷いて、私からもシンクを抱きしめる。
 お互いの体温を感じながら、私はそのまま目を瞑ってゆっくりと夢の中に落ちていった。



 シンクとそんな会話をしてから数日後、私は礼儀作法のテストも兼ねてイオンとお茶を飲んでいた。
 口調は楽なもので良いと言われているけれど、言ってはいけない言葉や迂遠な表現に気付けないとNGを喰らう。
 私はイオン相手ということでまだ気楽だが、これを日常的にこなさなければならないイオンはさぞかし大変だろう。

「そういえば今月末の結婚式にシンクと参加する予定なんだ」
「はい。参加者一覧にお二人の名前がありました。精いっぱい祝福させてもらいますね」
「ありがとう。楽しみにしてるね」
「ただ月末まで余り時間がありませんが、準備は間に合うのですか?」
「準備?」

 何か準備することあったっけ?
 首を傾げる私にイオンまで首を傾げている。

「えっと、何か準備が必要なの? 書類の提出がいるとか?」
「いえ、そうではなく」

 イオンの確認に私はふるふると首を振った。もしかしてシンクも知らない準備とかあるのだろうか。
 そう思って必要そうなものを指折り数えてみる。

「ええと、衣装は私は法衣を着るし、シンクは団服を着るでしょう? 詠師トリトハイムには報告してあるし、式の後に一週間お休みを貰うことは許可してもらってるよ? イオンには今報告したし、グランツ謡将はシンクが報告してくれるって言ってたから親しい人への報告も充分だよね? あと何かあったりする?」
「いえ、式のことではないんです。来月にマルクトとキムラスカへ赴く予定があるでしょう?」
「……え?」
「……もしかして報告が行ってませんか?」
「……きてない」

 それはつまり結婚の準備と長旅の準備を同時進行でやらなければならないということである。
 ザッと青ざめる私にイオンは小さく苦笑して……。

「マユミ、この場合はどこかで連絡が滞っているようだからすぐに確認します。あるいは、対応できるように準備しておきますね。と笑顔で流してください。青ざめたまま固まってはいけません」
「……はい」

 本日何度目か解らないダメ出しを喰らった。
 改めて話を聞くと、来月以降にキムラスカとマルクトに赴くというのは計画こそされているがまだ正確な日付は決定されていないらしい。
 護衛として付いてくる神託の盾側の調整や、私の教育の進捗具合なども加味して決める予定だそうで、今のままでは無理そうですねとイオンに苦笑される。

「不出来な生徒ですみません……」
「いえ、元の世界では身分自体が存在しなかったと言っていたのは貴方じゃないですか。僕も練習に付き合いますから、一緒に頑張りましょう」
「う……っ、ありがとうイオン」

 ちなみに各国に赴くのはローレライ解放に関しての説明と、それに伴いプラネットストームの停止が避けられないため、その説明のためだそうだ。
 そりゃあ確かに行かなきゃだめだ。私の仕事だもの。

「マユミが齎してくれた情報によれば、ローレライを解放すれば大地の液状化は問題は解決するでしょう。障気に関しても外殻大地を一斉降下させることでディバイディングラインに吸着させ、地面の下に押し込めるという方法が最有力とされているようです」
「うん」
「方法の目途は立ったことは喜ばしいですが、国がそれを認めるかはまた別の話になります。ですので僕も同行し、一緒に陛下にご理解いただけるよう説得することになるでしょう」
「とても。とても頼りにしています……っ!」
「ふふ。任せて下さい。といいたいところですが、キムラスカが少し厄介そうで……」
「キムラスカが?」
「あの国は大詠師と懇意にしていますから」

 苦笑交じりに言われた台詞に私は顔を顰めそうになった。太っちょモースと仲が良いのか、あの国は。
 嫌悪感が顔に出そうになって、紅茶のカップに口を付けて何とか表情を取り繕う。イオンがにこにこしながらこちらを見ている。今度は合格が貰えたらしい。
 しかしこのままだと太っちょモースへの悪口が出そうだし、そろそろお開きの時間なので無難な話題に変えて締めにしようと思う。

「でも結構みんな暢気だよね。パッセージリングは耐用限界が来てるって言ってるんだから明日にでも落ちてもおかしくないのに、わざわざ国にお伺いに立てにいくんだもん。こうしてのんびりしている間に大地が落ちたら、とか考えないのかな?」

 私の言葉にイオンが笑顔のまま固まった。
 そして優雅に紅茶を飲む。

「マユミ、次は無難な話題というものについて話をしましょうか」

 どうやら私が選んだ話題は全然無難じゃなかったらしい。
 お茶の時間は無事延長となった。

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