一生懸命A
どうやらセフィロトツリーはいきなり消えるわけではないらしい。
出力低下に伴う地盤沈下など前兆があるとされているようで、いきなりパッと消えて外殻大地が落ちるなんてことはないそうだ。
一つ賢くなった。
「前から思ってたけど、常識の違いによる意識の乖離が酷いな……」
「えっ、そんなに酷い?」
イオンとお茶をした日の夜、二人でベッドの上でお喋りに興じるのは最近の習慣になりつつある。
今日のお茶の席でこんこんと説教……じゃなかった。色々と教えてもらったことについてシンクと話していたら、突然そんなことを言われた。
思わず問い返した私にシンクが大真面目に頷く。
そりゃ確かに色々あった。
シンクの部屋に居た頃も箸を自作して不審がられたり、四字熟語が通じなかったり、お弁当箱の違いに不満を持ったり。
でもシンクに馬鹿にされながら結構順応してきたと思ったのだが、まだまだ酷いらしい。
「迂闊な発言とか、預言や教団に対する意識の違いが一番大きいといえばそうなんだけど……」
「それは、はい。色々ありましたね……」
「それ以外にもやっぱり日常の端々に感じる時はあるね。解りやすいとこだと結婚の価値観とか、だいぶ違うのは感じただろ」
「あー、確かに」
シンクの言う通り、前回の巫女任命騒動とかはまさしくそれだ。
十三で結婚できるというのもだいぶ驚いたし、なんなら私は未だに一年間は三百六十五日という感覚が抜けていない。
シンクにとって半年前のことでも私にとっては一年近く前のことに感じてしまう。
「一応聞くけど、なんで無難な話題で大地の崩落について取り上げたわけ?」
「え。そういえば台風来るみたいだけど全然対策してないのはちょっと暢気すぎじゃない? みたいな……」
「……更に念のために聞くけど、君のいう台風の規模は?」
「えっと、大雨で道路が冠水して屋根の一部が飛んでくレベル……?」
秋の台風ラッシュを思い出しながら言えば、シンクは頭を抱えてしまう。
どうやら日本では風物詩扱いだった大型台風もダアトでは数十年に一回のレベルの災害らしい。
そりゃ話が合わないわけだ。日本なら災害の話をしても、おすすめのカップ麺や備蓄食についてとか話が広がっていったのに、こっちじゃ進まないわけである。
あ、チョコようかん食べたくなった。
「問題はそれで話が噛み合ってないのにそのまま進んだ場合だね……」
まさしく前回の巫女任命騒動の悲劇のことだ。
あれは教団内のことだったからまだ穏便に? 穏便かは解らないものの一応なんとかなったが、これが外国相手にやらかした場合とんでもないことになるとシンクは言う。
それは流石に私でもまずいと解る。そこに私のうっかり発言が混じればそれこそ面倒なことになるだろう。
「君の事情は相手も知ってるけど、忖度してくれるわけじゃない」
「はい」
「正式な訪問の場でやらかされたら教団の面子にも関わる」
「はい」
「……一応対策が出来ないか詠師トリトハイムと相談するから、君も解らないことがあったらどんどん聞いておきな」
「うっす」
大変ごもっともな言葉であるからして、私は素直にシンクの忠告に頷いておいた。
音素灯が消されて、シンクと一緒に布団にもぐる。
最近ではシンクと眠るのにも慣れてきた。シンクと向き合って眠るとぎゅっとしてくれるのが嬉しい。
ドキドキもするが、シンクがここに居ると解って嬉しいのだ。
今日もシンクにぎゅうと抱きしめられて幸福感に浸る。
はふう、と息を吐いてさあ寝ようと目を閉じたところで、シンクの指先がそっと私の首筋を撫でた。
「し、シンク?」
「……これも、一応言っておくけど」
「なに?」
「式が終わったら抱くから」
「……はい?」
私達まだ(推定)十三歳ですが??
間抜けな返事をした私の顔をシンクが覗き込む。不機嫌そうなむすっとした顔だ。
思わず後ずさりかけたところでシンクの手によって抱き寄せられ、阻害される。
ずいと近づいてきたシンクの顔から逃げられず、いろんな意味で心臓がどきどきする。
「元々式の後に仕事の休みが取れるのは新婚夫婦への配慮だ」
「う、うん。蜜月だもんね……?」
「そうだよ。働きに来てる奴は地元に帰って親に報告に行く奴もいるからね。そういう奴は二週間から四週間くらい休みをとることもある」
「なるほど……?」
「けど一番大きい理由は子作りだよ。当たり前だよね、結婚の一番の目的なんてそれなんだから」
「子……っ!?」
シンクの言葉に私は金魚みたいに口をはくはくさせた。
同時に詠師トリトハイムに式後のお休み期間について話していた時のことを思い出す。
一般的には三日から一週間と言われて、シンクも一週間お休みとるみたいだからと私も一週間お休みを貰った。
あの時詠師トリトハイムの返答がちょっと時間が空いたのは、もしかしてそれだけ子供を欲しがってるって、思われてたって……こと!?
思わず私がつっかえつっかえになりながらシンクに確認すれば、今それを聞くのかと言わんばかりに呆れた顔をされた。
「大丈夫じゃない? 詠師トリトハイムは君が常識に疎いこと解ってるから。一瞬勘違いしても、多分これ意味解ってないなってすぐ気付いたろうさ」
「お、おおう……」
「僕はそのつもりでとったけどね?」
「ひうっ!?」
にんまりと笑われながら言われて小さく飛び跳ねる。
ごろりと体勢を変えたシンクに巻き込まれ、私はシンクに押し倒される形になった。
やばい、いつもより心臓がドキドキしている。顔がこれ以上ない程に熱い。
「君が言ったんだ。君は僕のもので、死ぬまで一緒に居るって」
「う、あ……」
「だったら、例え君が教団の巫女になろうが、この身体をどうするかは僕の自由だ。全部全部、僕のものだ」
ギラギラとしたシンクの目が睨むように私を見降ろしていた。
その熱量に押されて言葉が出ない。震えるほど激しい感情に押しつぶされてしまいそうだ。
言葉を失った私に何を思ったのか、シンクは投げ出した私の手に指を絡めて抑えつけ、開きっぱなしの唇に噛みつくようにキスをする。
我武者羅なそれは容赦がない。ぬるりと入り込んできた舌にびくりと身体が反応した。
口の中をぐちゃぐちゃにされて、ろくに息も出来なくなる。上あごを舐められると腰のあたりがぞくぞくするし、舌を強く吸われると頭が真っ白になって何も考えられなくなる。
痛いくらいに手を抑えつけられながら粘膜をすり合わせ、角度を変えて何度も舌を食まれる。
シンクの口が離れる頃にはとっくに私の視界は涙の幕が張っていて、息を乱して肩で呼吸をしていた。
「し、んく……」
「もう逃がしてやる気はないからさぁ……大人しく全部差し出しな」
「ぁ……っ」
首筋に噛みつかれ、唇から零れ落ちた声は自分のものとは思えないくらい艶めいていた。
そのまま舌を這わされ、ぞくぞくとこみ上げる感覚に嫌でも身体が跳ねあがる。
「しんく、待って……っ、わかった、解ったから……っ、今はっん」
「解ってるよ。本番は……式が終わってからね」
「う……は、はい……」
この結婚に対する認識の差は前からシンクから示唆されてはいたが、どうやらシンクは本気で私を妻に迎えるつもりらしい。全部全部貪りつくすつもりらしい。
覚悟をしろ、と言われた気がした。家族になるなんて生温い気持ちで挑むなと。とっくに私は女として見られているのだと。
思えば男として意識をしろと言われていたのに無防備にシンクに抱き着いて眠るから、こうして念押しされたのかもしれない。
いや、確かに私の常識知らずも原因なんだろうけど。
視線を伏せたままうろつかせる私にシンクはため息をつく。そして私の手を解放すると、ぎゅっと私を抱きしめてごろりと転がった。
シンクの体重がなくなったことをほんの少しだけ寂しく思いながら、寝る体勢に入ったシンクにホッとしている自分も居る。
おずおずと抱きしめ返しても、今度は何も言われなかった。
「あの……あのね、シンク」
「なにさ」
「その……痛く、しないでね。優しくしてね」
でも嫌じゃない。驚きはしたけど、嫌ではないのだ。
だからそう言えば、シンクはぐっと言葉を詰まらせた後に深いため息をついた。
「……いやだね」
「えっ」
「もう寝るよ」
「え、待って、シンク。痛いことするの?」
「さあね。君次第じゃない。おやすみ」
「う……っ、お、おやすみなさい」
それは従順にしていろということだろうか。
吐き捨てるように言ったシンクに怯えながらも、私はぎゅっと目を瞑る。
その日は夢の中に落ちるまで、随分と時間を要した。
結婚式当日、隅っこの方でこっそり参加しようと思っていたのに私とシンクは堂々とイオンの前に、つまり一番前へと立たされた。
お陰で笑顔を作ることで精いっぱいでイオンの言葉も右から左に流れていく。
けれどイオンが伴侶となった相手と生涯を共にすることをユリアとローレライに誓うように言ったところで、シンクが不意に私の手を取った。
そして私の手から手袋を外すと、取り出した指輪をそっと私の左手の薬指に嵌める。
笑顔すらはがれて顔を真っ赤にしながら指輪の嵌められた片手を凝視してしまう。
イオンもまたシンクの突然の奇行に言葉が止まっている。
けれどシンクはそんな周囲を気にすることなく私の手をとって、腰を折り曲げ指輪の嵌められた薬指にそっとキスを落とした。
心臓が煩いくらいに跳ねまわっている。今は私の耳の隣に移動してきているのかもしれない。
動けなくなった私の視界に、してやったりと言わんばかりの笑みを浮かべたシンクの口元があった。
「新たな夫婦にローレライの祝福があらんことを!」
イオンが生温い目でシンクの奇行を見届けた後、式の締めの言葉に入る。
けれど自分の顔を手で覆って動けなくなってしまった私は、まさかのシンクに抱き上げられて退場する羽目になるのだった。
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