一生懸命B
結果から言おう。
痛くはされなかった。でも優しくもなかった。
式の日の夜、私はシンクに食べられた。それはもうぺろりと丸のみされた。
もういいって言うくらいに入念に準備をされて、何度も頭が真っ白になった。
一つになってからはそりゃあもうがっつかれた。私がどれだけ無理、死んじゃうと泣き喚いても放してくれなかった。
途中からはもう記憶がない。ただ私を抑えつけるシンクの手と、荒い呼吸の合間に告げられた言葉が断片的に脳裏に沁みついている。
シンクが私に執着してたのは知ってたけど、その片鱗を叩きつけられた夜だった。
「あう……」
翌朝、起きた私は当然のようにベッドの住人と化していた。言葉を発そうとして咳き込み、立ち上がろうとして腰の痛みに呻く。
水を持ってきてくれたシンクはどこか気だるげで、昨夜のことを思いだした私はそれだけでノックアウトされた。
それどころかご飯まで作ってくれて、お風呂にも連れて行ってもらった。まさしく至れり尽くせりだ。まあ私が動けないせいなんだけど。
何もかもお世話されて私がありがとうと言えば、シンクはふっと小さく笑って別にいいよと言った。
「夜までには体力回復しといてもらわないといけないからね」
「えっ」
「君との体力差は考慮していたけど思っていた以上だったから、こればっかりは昼に調節するしかないし」
「えっ」
「なにさ」
「えっと……今夜も、するの?」
昨晩あんなにシたのに????
思わず聞いてしまえばシンクはきょとんとしていた。
そして年齢にそぐわない艶やかな笑みを浮かべる。
「昼間もシたいの?」
「違うよ!?!? そうじゃないって解って言ってるよね!?!?」
「冗談だよ。でも僕もう我慢する気ないから、一週間、せいぜい付き合ってよね」
「うっっそでしょ!? あんなにシたのに!?!?」
「悪い?」
「えっ……そんなに性欲持て余してたの……? 私が居たから自分で処理できなかったとか?」
「君デリカシーって言葉知ってる?」
思わず素で聞いてしまえば呆れたように言われた。でもそうとしか思えないことを言っているのはシンクである。
シンクはため息をついて私をベッドに運ぶと、そのまま私の髪を梳き始める。いつものルーティーンだ。
シンクが手伝ってくれるお陰で髪はとても艶やかなままだ。するすると櫛が通り過ぎていく。
「まあ思っていた以上にはまっている自分が居ることは自覚してる」
「それは昨晩でよく解った」
「でもそれ以上に、さ」
「うん?」
「君が僕のせいで泣いて、喘いでるのを見てるのが気持ちいい」
「フォッ!?」
「逃げようとしているところを抑えつけて、僕のせいなのに助けてって縋ってくる君をもっと見たい」
「ファッ!?」
「君が僕のものだってサイコーに感じられるから、好き」
余りにもストレートな言葉に口をはくはくさせる。
初めて好きと言われた筈なのに、シンクはとても悪い顔をしていてちっともときめくことはできなかった。
私が真っ赤になって何も言えなくなっている間にもシンクは黙って私の髪を三つ編みにしている。
そうして全ての髪を三つ編みにし終わった後、シンクは私の耳元で艶めかしい声で囁いた。
「逃がす気はないって言ったろ。諦めな」
結論から言おう。
私は一週間、一度も部屋から出られなかったと。
「マユミ」
「あ、イオン」
「なんだか久しぶりに顔を見た気がします」
「あはは……」
休暇を終えた私は何とか部屋から出ることを許された。そう、許された。
体を繋げたせいかシンクの私への執着が激しくなって、部屋の外に出ることをすごく嫌がられたのだ。
でも仕事は待ってくれないし、キムラスカとマルクトに出向かなければならないのはシンクだって解っている。
シンクも渋々仕事に戻った。一応共働き世帯ということになるので、頑張って稼いでいただきたい。
そんな訳で翻訳作業と礼儀作法の習得に勤しむ傍ら、教団内を歩いていたところでイオンとすれ違った。
イオンのことだ。嫌味でないと解っていても一週間ぶりの再会に私は空笑いを零す。
「改めて結婚おめでとうございます」
「ありがとう。あと式の流れ乱しちゃってごめんねえ」
「いえ、驚きはしましたが謝られるようなことではありませんよ。それに新婚の方々の間では式で指輪をはめたシンクが素敵だと噂になっているようですし」
「え? そうなの?」
「はい。ご存じの通りオールドラントでは結婚を機に物を贈り合う、という習慣はありません。ですがお二人がとても素敵だったからと、式の後に揃いの指輪を買いに行ってお互いに嵌め合った夫婦も居るそうです。僕のところにも問い合わせがきましたので、巫女である貴方の世界の風習のようだとお答えしておきました」
「そ、れは……ありがとう??」
にこ、と笑ったイオンへの返答が曖昧なものになる。
こっちに連絡が来なかっただけ良いのかもしれないが、果たしていいことなのだろうか?
心臓に一番近いという左手の薬指につけることも伝えておいてくれたらしい。
もしかしたらオールドラントに結婚指輪という新しい風習が産まれるかもしれない。
「といってもシンクはつけてないんだけどね」
「そうなんですか?」
「シンクは拳闘士だから」
「ああ、なるほど。拳を握るなら指輪を一つつけるだけでも戦う際に違和感がありそうですね」
イオンも一応ダアト式譜術を修めているので、そのあたりのことは理解がある。
それから二、三雑談した後、またお茶を飲む約束をしてから立ち話は終了した。
つまり休暇明けでどれだけ習ったことが身についてるかチェックするということなので、帰ったら復習しなければならない。
所要を済ませて新たに与えられた仕事用の部屋に戻ると、詠師トリトハイムがそこに居た。どうやら私に用があって、部屋で待っていてくれたらしい。
待たせたことを詫びながらお茶をふるまい、応接用のソファに向かい合って座る。
そこで切り出された話は、これから予定されている外交にシンクも同行させてはどうかというものだった。
「えっと、護衛として……ってことですか?」
「もちろんそちらも兼ねています。一応確認しますが、二国を訪ねることに関してイオン様からお聞きしていますか?」
「はい。ローレライの解放についての説明と、それに伴うプラネットストームの停止についてご理解をいただくためだと」
「その通りです。シンク謡士からその際に常識の齟齬から産まれる悪影響について相談されました」
「確かに私もシンクに指摘されました。解らないことも周囲に積極的に聞くようにと。ただどこが明確に違うのか、私にもよく解ってなくて……かみ合わないまま話が進むこともありますし」
「そうでしょう。マルクトとキムラスカの人間でも常識の齟齬で争うことはあります。それが異世界となれば当然のことです」
ただ巫女という地位に就いてしまった以上、致命的な問題になりかねないそれを無視するわけにはいかない。もう私が居るのはシンクの部屋だけで完結する小さな世界ではないのだ。
前回の騒動もあり、詠師トリトハイムはシンクからの相談を重く受け止めたらしい。
そこで数人の詠師と相談し、いっそのことシンクを補佐役として付けてしまえばどうかという結論に至ったらしい。
それで私に話を持ち掛けにこうして来訪してくれたようだ。
「幸いシンク謡士と貴方が婚姻したことで、正式な場に同行してもおかしくなくなりました。ただの護衛ではなくパートナーとしての同行ですから、発言も許されるでしょう」
「なるほど」
「ですのでその際にこの世界に不慣れな巫女の補佐役でもあると説明を加え、互いの認識の齟齬を生まないための調整役も兼ねている相手にも紹介します」
「会話を遮るかもしれないけれど、貴方方を軽視しているわけではありません、と最初からお伝えしておくんですね」
「その通りです。実際貴方の故郷では大災害が然程珍しくなかったために、雑談の一つとして大地の崩壊を取り上げたと聞いて詠師達はこの提案に首を縦に振りました」
「そんなにおかしいですかね……確かに故郷は地震大国とか言われてましたけども……」
「……台風がよく来るだけではないのですか?」
「地震はよくありました。でもそもそも建築物は耐震性の高いことが前提でしたから、日常的な被害は然程。あとは台風と水害と……地域によっては豪雪とか、年によっては水不足とか……?」
「平和な国だったんですよね?」
「平和ですよ。野生動物は居ても魔物も居ませんし、盗賊も強盗も滅多にいません。平和でしょう」
私の説明に詠師トリトハイムは未知の生物を見るような目で私を見ていた。
そんな目で見ないでほしい。日本じゃ当たり前だったのに。
「今の詠師トリトハイムみたいな顔をする相手への説明もシンクがしてくれるってことで良いですか?」
「……その通りです。事前の根回しはこちらでしますので、後は少しでも齟齬があると感じたらシンク謡士に確認を取るようにしてください。この提案に異議はありますか?」
「ありません。お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
最後に契約通りに私の意思確認をしてくれる詠師トリトハイムに諾と返事をしてから頭を下げる。
長期旅行にはこれからもシンクが一緒に来てくれるらしい。何て心強いんだろう。
けれど私の授業に一般常識についてという項目が追加された。そんなに酷いかな、私。
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