一生懸命C
私の教育が進む中、着々と二国を訪れる段取りが組まれていく。
今回導師と巫女がわざわざ足を運ぶのはキムラスカとマルクトに対する誠意、という意味もあるらしい。
同時に私を巫女として紹介することで私の足場固めという意味もあるそうだ。私を教団に繋ぎとめるための手段ということなのだろう。
そう思っていた私はだいぶ考えが甘かった。
シンクから最終的には外殻大地崩落を防いだ救世主として祀り上げられる可能性もあると聞かされて震えた。
いやだ。私は平和にこっそり暮らしたいのに。
けれど教団は今、転換の時が近づいている。
ユリアの預言に従い続ければ人類の滅亡が待っていると上層部に周知されてしまった以上、教団はあり方を変えねばならない。
否が応でも変わらなければ、最悪自治権を取り上げられかねないのだと。
けれど大詠師はそもそもユリアの預言が滅亡を終着としているなんて信じていない。
詠師達も変わらなければならないのは解っているけれど、どう変わって良いか解らないそうだ。
方向性を決める詠師会がそんな感じなので、今の教団は正しく暗礁に乗り上げている状態だ。
だから私を祀り上げることで何とか時間を稼ごうと必死らしい。
うへあ、と顔を歪めた私にシンクは頭が痛そうにしていた。
渦中に居るのにちっとも自覚がなくてすみません。だって興味ないんだもん……。
そういった政治的な視点もシンクから教わっている内に、どうやらマルクトから向かうことに決まったらしい。
何でもマルクトの皇帝であるピオニー陛下は大変大らかなお方で、多少私が失敗してもお目こぼししてくれるだろうとのこと。
逆にキムラスカは厳格な身分社会の国なので後回し。一応大詠師と懇意にしているので、そちらからある程度情報は流れていることを前提にしての決定とのことだった。
「それってつまりマルクトを蔑ろにするわけじゃありませんよっていう弁明も兼ねてるってこと?」
「そうとも言うけど、結局は相手を納得させることが出来る建前さえあればどっちから回ろうが一緒だから」
素直に疑問をぶつければシンクからは身も蓋もない答えが返ってきた。やるべきことは一緒だと言われれば、確かにその通りだ。
まあ私としてもマルクトの方がまだ優しいとのことなので、素直に頷くだけにとどめておいた。
シンクが一緒なら別にどっちでも一緒だろうしね。
それから二週間ほど時間をかけて、私が付け焼刃ながらもなんとか礼儀作法を身に着けたあたりでマルクトへ向かう日が来た。
私の護衛は第五師団の人が務めてくれるらしい。今回は正式な公務ということでイオンにも導師守護役の子達が付いている。
全体的な統括を取るのはグランツ謡将で、シンクはその補佐。面子的には以前とあまり変わりないが、総数がぐっと増えた形になる。
とはいえ私は守られる側なので、謡将とシンクの指示に従って大人しくしていればいい。
そう思っていたのだが、想定外の障害が私に襲い掛かってきた。
「気持ち悪い……」
グランコクマに向かう船の上、甲板で潮風にあたりながら私はぐったりとしていた。
師団の人が運んでくれた椅子に座りながら冷たい果実水をちびちびと口にする。
「音素の動きに敏感になった弊害がこんなところで出るとはね。こればかりは慣れるしかないな、響律符は外さない方が良いだろうし」
「解ってるぅ……」
顔を青くする私を囲んでハラハラしている師団員の人達に見守られながら、同じく席に着いてため息をつくシンクにひらひらと手を振った。
そう、私は今音素酔いとも言うべき現象に悩まされていた。船を動かす音機関が仕込んだフォンスロットによって集められた、大量に漂う音素。その量が多すぎて眩暈を起こしているのだ。
シンクの言う通り、響律符を装着したことによって音素に敏感になった影響がこんなところに出るとは思わなかった。
ダアトはここまで巨大な音機関がなかったから気付けなかった、というのもある。
「キムラスカ行きを後にして正解かもね、あそこは音機関の町でもある」
「逆にマルクトは譜術が盛んなんだっけ……」
「そ。首都グランコクマは譜術によって水が張り巡らされてる。だから水の都とも呼ばれていて……第四音素の濃度が凄そうだね」
「うっ。う、動けなくなったらどうすればいい……?」
「……最悪、響律符を外して移動しよう。音素意識集合体達から接触があったらその時はその時だろ」
一回外したらまた付けるのイヤになりそうだな……。
私は今からその時のことを想像して、背もたれに身体を預けながらぐったりしてしまうのだった。
そうしてほぼほぼ動けなかった移動期間を終え、たどり着いたグランコクマ。
予想に反してそこまで気分が悪くなることはなかった。雑多な音素が混じっているからではなく、第四音素が圧倒的に多いからかもしれない。
視界いっぱいにぐちゃぐちゃの色が混ざってるのではなく、青一色に染まっているに近いといえば伝わるだろうか。
教団のグランコクマ支部に挨拶をして、あらかじめ予約しておいた謁見がどうなったか確認する。
予定通り謁見できそうということでホッとしつつ、謁見日である二日後まで再度打ち合わせをしたり、資料の確認をしたりと決してのんびりはしていられない。
シンクの参加も伝えてあるので衣装合わせなんかも行った。いつもの黒い団服じゃなくて、白い服を着たシンクはかっこよかった。
でも太もも出してるのは何で?? この世界の正装ってどうなってるの????
そんな疑問を抱きながらやってきた謁見の間。重々しい扉が開かれ、ぞろぞろと入室する。
途端に目に飛び込んできたのは視界いっぱいに広がる大瀑布だ。緊張も吹き飛ぶほどの見事な水の流れと揺蕩う音素達に私は息を呑んだ。
それを背に玉座に腰かけるピオニー陛下がにやりと笑っている。何と神秘的な光景だろうか。
「ふわあ……綺麗……」
間抜けな声が口から洩れる。本当に、とにかく綺麗だった。
初めて見る光景に、仮面の奥できらきらと目が輝いてしまう。
「美しいだろう?」
「はい。レムの光に乱反射する水と、瞬きながら波紋を広げる第四音素が無数に輝いて……まるで水の中から空を見上げているかのようで。とても……美しいです」
かけられた問いに素直に賞賛の言葉を述べ、感嘆の息を吐く。
いつまでも眺めていたい光景だったが、斜め後ろに立っていたシンクからちょいちょいと服を引っ張られ、小声で「挨拶」と言われてハッとした。
私、陛下への挨拶も忘れて見とれてたね??
「すっ、すみません! ご挨拶もなしに、あ、ちょ、あっ、待って、えっ」
慌てて陛下に謝罪をしようとしたところで、大瀑布の周辺で瞬いていた第四音素が何故か私の周辺に集束を始めた。
目に見えるほど濃度を増した第四音素がふわふわと私の周りを漂う。水と氷を司る第四音素らしく、物理的にひんやりとし始めた空気にどうしていいか解らなくなる。
「あ、あー! シンク! シンク助けて! 音素が! 音素が懐いてくる! 落ち着いてください音素さん!!」
「申し訳ございません、陛下。どうやら第四音素が巫女を歓迎しているようです。少々お時間をいただきたく」
「あ、ああ……いいぞっ、巫女殿も……大変だな?」
濃淡豊かな水色に染まった視界とひんやりとした空気から逃げたいが、流石に謁見の間で逃げ回るわけにもいかない。
グランツ謡将が陛下から時間を取ってくれたが、その声が笑いをこらえるように震えていたのは気のせいだと思いたい。
その間にシンクが近寄ってきたかと思えば第三音素を混ぜて第四音素の濃度を下げ、なんとか散らそうとしてくれているがうまくいかないようだ。
何遊んでんのさ、と小声で叱られたが別に遊んでる訳じゃない。鳩に群がられて動けなくなっているのと一緒である。某公園を思い出したが、傍から見たら遊んでるようにしか見えないな??
ひんひんと泣きそうになっていたところで、音にならないくすくすと笑う気配を感じる。
その声の正体を察した私は藁にも縋る思いで反射的に叫んでいた。
「ウンディーネ! 笑ってないで助けて下さい!」
途端に第四音素が拡散した。パッと離れていった第四音素にホッと息を吐く。
それでも輝く第四音素の残滓がふわふわと私の周辺を漂っていたが、少なくとも冷気を帯びる程ではなくなった。
胸を撫でおろしたところでご迷惑をおかけしましたと陛下に頭を下げたら、何故かピオニー陛下がぽかんとした顔で私を見ていた。
「驚いたな、そんな気軽に音素意識集合体とコンタクトが取れるのか」
「アッ、いえ、これは反射的に叫んだだけと言いますか。気配を感じたので何とかしてほしいと頼んだだけと言いますか」
「ジェイド、気配なんて感じたか?」
「いいえ、まったく。彼女の周りに第四音素が収束していたことは感じましたが、あれが音素意識集合体かと言われればと違うと言い切れます。巫女だから、ということなのでしょうね。髪も光ってますし」
ジェイド大佐の言葉に自分の髪を見れば確かに先端から中ほどにかけてほんのりと水色に光を帯びていた。何ならちょっとふわふわと浮かんで揺れている。
巫女としての存在感は出すことができたかもしれないが、こんなデモンストレーション望んでない。
涙目になる私の横で改めてイオンが挨拶をしている。肝が太いっていうか、強いぞイオン。その強さを分けてほしい。
それに続いて少々つっかえながら続けて私も巫女として挨拶をする。反射的に下げそうになった頭を押しとどめられたのは教育の成果と言って良いだろう。
気合を入れて臨んだはずの謁見はしょっぱなからハプニングに襲われた。果たしてこんなのでうまくいくのだろうか。
内心涙目になりながらグランツ謡将がシンクを紹介する言葉を右から左へ聞き流すのだった。
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