一生懸命D
全員が挨拶をしたところで場が仕切りなおされる。私の周りにまだ第四音素が漂っていることはこのまま無視してもらいたい。
続けてイオンが外殻大地降下作戦についての報告をする筈だったが、まずピオニー陛下が口にしたのは私とシンクの結婚についてだった。
「ところで巫女殿は以前装飾文字の読み手として教団でお会いしていたな。あの時既にシンク謡士とご結婚を?」
「い、いえ。先月の結婚式で夫婦となりました」
「そうかそうか、若い夫婦が増えるのはめでたいことだ。シンク謡士も巫女殿を繋ぎ止められてさぞ嬉しかろう?」
そう言ってピオニー陛下の視線が一歩下がったところに居たシンクへと移る。
シンクは小さく会釈した。
「はい、彼女からプロポーズを受けた時は大変喜ばしく思えました」
そこ言っちゃうの!?
ぎょっとする私とは裏腹にシンクは大変涼やかな態度だった。何故突然のろけるのか。
驚く私を他所にシンクとピオニー陛下の会話は続く。
「おっと、まさかプロポーズは巫女からだったか」
「はい。これからも共に居てほしいと」
「そういえば巫女を保護したのはシンク謡士だったな。以前から良い仲だったのか?」
「互いに仮面を外しても受けいれられる程度には」
「なるほどなあ。いや喜ばしいことじゃないか。俺からも言祝がせてもらおう」
「ありがとうございます。光栄です」
「あ、ありがとうございます……」
いやピオニー陛下本当にフランクだな??
皇帝陛下直々から結婚を祝われるというとてもおめでたいことの筈なのに喜びよりも緊張が勝ってしまう。
多分私自身に陛下を敬うという感覚がないせいもあるだろう。身分社会に生きてこなかった人間には上位者を敬うという感覚はなかなか理解が及ばない。単純に会えば緊張する人というだけだ。
会話のバトンを受け継いだイオンが今度こそダアトでの研究結果を報告し、障気とプラネットストームの件について改めて説明を始める。
その間にグランツ謡将が資料をあちらの文官の人に渡していた。あとで専門家の人達によってよってたかって解析されるのだろう。
「大枠は理解した。これほど速く事態の解決の目途が立ったことは喜ばしい」
「研究者たちも陛下のお言葉を聞けば喜ぶことでしょう」
「とはいえプラネットストームの停止か……そちらを避けることは出来ないのか?」
「同じ振動数を発する巨大な音機関を地殻へと持ち込んで液状化の原因である揺れを相殺する案もありました。しかしローレライの解放をすればプラネットストームはいずれにせよ停止します。音素意識集合体達の願いを聞き届けるのであれば、プラネットストームの停止は避けられないでしょう」
「ローレライを解放しない……という選択肢は?」
その問いにイオンは黙る。私が答えるべきことだからだ。
ごくりと生唾を飲み込み、呑まれないよう顎を引いてはっきりと答える。
「巫女として申し上げます。その選択肢はございません。そもそもローレライは人類の存続を願ったユリアに応え、二千年もの間地殻に居たのです。もう解放して欲しい、という音素意識集合体達の願いは至極まっとうなものです」
「それはそうかもしれんが、音素の減少はこっちも困る。市民の生活にも多大な影響が出るだろう」
「陛下のお言葉はごもっともです。ですが、例えローレライを解放せず地殻の振動を相殺したとしてもそれは一時しのぎに過ぎません。パッセージリングが耐用年数を迎えているように、人の手が作り上げたものはいずれ壊れてしまうでしょう。もし大地を降ろした後に装置が壊れてしまった場合、人々はそれに気づくことも出来ず泥の大地に沈むことになります」
「根本的な問題を解決しなければ意味がない、か」
「今さえ無事ならばそれで良い、と言えないのが辛いところですねえ」
ジェイド大佐の言う通り、長い目で見るとローレライの解放は避けられないことだ。
装置で地殻の振動を相殺したとしても、じゃあ装置はいつ壊れるのかという話になる。それは来年か、十年後か、それとも百年後か。そんなこと誰も解りやしないのだ。
そして十年後、百年後を見据えて動かなければならないのが為政者というものだと思う。
「人は変わらねばならない時が来ている、ということか。まったく、なんでよりによって俺の代にこんなでかい問題がやってくるかね」
頭をバリバリと掻きながら陛下がそんなことをぼやいた。
気持ちは解る。すごくよく解る。何で私なんだって私も思うからね!
けれど瞬き一つで気持ちを切り替えた陛下は、私達に向かってはっきりと宣言した。
「まあいい。どうせやらなければ死ぬんだからな。マルクトは外殻大地降下作戦、及びローレライの解放について承認する。これからも密な報告を頼む」
「ありがとうございます、陛下」
私とイオンを始めとして教団の人間は深々と頭を下げた。ようやく一歩前進だと心中胸を撫でおろす。
承認してやるからもっと政治的なメリットを寄越せとか言われなくてよかった。
続けてローレライの解放の手順について説明すれば、マルクト軍も援護に回そうと陛下はあっさりと言って、ジェイド大佐がその最高責任者になった。
すごく大切なことだろうに。本当なら会議とかして決めることじゃないんだろうか?
目を白黒させる私に陛下は豪快に笑った。
「なに、巫女殿の力を目の前で見た以上、貴殿を失うのは人類にとって大きな損失だと嫌でも解るからな。作戦決行時に命を落とされては困る。健やかにあれ。なんなら夫婦でマルクトに移住してくれてもいいぞ」
「へっ!?」
「陛下、普通のお嬢さんだと教えたでしょう。ただでさえ緊張してるのにからかってどうするんです、可哀想に」
マルクトは陛下のこの決断力によって支えられているのかもしれない。
そう関心しかけたところでストレートな移住のお誘いに間抜けな声をあげてしまったが、すぐにジェイド大佐のフォローが入った。
確かに陛下達からすれば私達みたいな子供はからかいがいがあるのかもしれないが、心臓に悪いジョークはやめていただきたい。
胸を抑えながらホッと息を吐いたのも束の間、にやりと笑った陛下がイオンへと視線を移す。
「いやいや、冗談じゃないぞ? 移住は大歓迎だ。なにせプラネットストームが停止すれば預言を詠むことは難しくなる。つまり教団の存在意義が揺らぐ。導師イオン、教団は以降どのように運営していくおつもりかな?」
ターゲットがイオンに移った。それを肌で感じて後ずさりそうになったのをぐっと堪える。
第二ラウンドが始まったのを感じて緊張する私の横で、イオンは穏やかな笑みのまま陛下の質問に答えた。
「少なくとも即時解体は考えてはおりません」
「ほう? 何故?」
「例え預言という実利がなくなろうと、信仰がなくなるわけではありません。人の心の支えを無為に奪いたくないのです。それに現実的な問題としても、何の手立てもなしに教団を解体してしまえば行き場を失った教団員と神託の盾兵が大地に溢れることになります。それはマルクトも困るのでは?」
「確かに、その通りだな。だが預言が無ければ寄付金が減ることは避けられないだろう。マルクトから援助が必要か?」
「寄進はありがたくいただきます。お恥ずかしながら正直なところ、教団内でも意見が割れているのです。ですが人々の助けになれるよう、何かしらの手段を探していきたいと思っています」
「そうか。早く答えが出してくれると助かる。教団の存在はマルクトでも大きい」
「陛下のご期待に添えるよう一丸となって努力してまいりましょう」
あ、あー。なるほど。釘刺されてるのか。
暗礁に乗り上げてる教団の行く末を陛下は心配している。それは勿論好意からではなく、教団が潰れればマルクトにも影響が出てしまうから。
だからなるべく早く方針を決めろよ、と。丁寧なやり取りの中でバチバチにやりあう二人に背中に冷や汗をかく。私物凄く場違いじゃない??
「ちなみに音素意識集合体達は預言が詠めなくなることに何か言っていたか?」
「い、いえ。特には、何も」
「そうか。では巫女としてどう思う?」
「み、巫女として……?」
巫女としてって何? そもそも巫女ってなんだ……? いや、私のことだ。
他人事のように聞いていた話をこっちに振られて頭が真っ白になる。
内心慌てふためいていると、グランツ謡将が素直にお答えすれば大丈夫ですと小声でアドバイスをしてくれる。
素直。素直に。
……難しくない?
どうでもいいです、は流石にやばいことくらい解る。
見守ってるので頑張って下さい、は流石に教団員の一人として当事者意識が無さすぎる。
何とかこの言葉をオブラートに包んで、と私は脳を回転させた。
ダイジョブ、私日本人。遠回し過ぎて外人さんに意味が通じないと言われた日本出身。やろうと思えばできるはず!
「じ、自由を……得られたのだと、思います」
「自由……?」
「預言で未来が決められない、ということは。自由に何でも決めていい、ということです。勿論それに伴う責任も一緒に背負うことになる……なります、が。預言を失って初めて、人はユリアの庇護下から出て、自分たちの力で歩き出す……のではないでしょう、か」
「ほう……」
「教団も、初めて得た自由に悩んでいます。でも同じように悩めるからこそ、導を失って不安を抱く人々の心に寄り添える、そんな存在になることも出来るのではないかと……私は思いました」
だから頑張ってほしい。私はその心に寄り添えないので、主にイオンが頑張って寄り添ってくれるはずだから。
何とかオブラートに包むことができたと思うが、陛下の反応はどうだろうか。
ドキドキしながら見ていると、陛下は笑顔こそ消しているものの決して不愉快になったわけではないようだった。良かった。
「自由……自由、そうか。巫女殿はそのように考えるのか。そうだな。確かに。俺たちはこれから、どんな選択でもできる。そうだな、その通りだ」
「はい。例えその選択の果てに何があるか解らずとも、僕たちは既にユリアとローレライの御手から離れることが決まっています。一人で立ち上がり、自らの足で未来を開拓せねばなりません。彼女の言う通り、共に悩み、共に歩める教団になれたらと思います」
「そうだな。人の未来を決めるのは預言じゃない。人だ」
陛下の言葉に何人かの将校が鼻白んだが、イオンは同意するように厳かに頷いた。
そんなこと当たり前なのにねぇと思う私は、やっぱりこの世界では異端なのだろう。
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