一生懸命E


 謁見終わった! やった! 私はやり切った!
 と思ってたら陛下にこの後お茶でもと誘われて断れなかった! 何でだ!!

 望んでいなかった二次会に強制参加が決められたものの、お茶会まで時間があるということで少し宮殿の中庭を散策させてもらうことになった。
 イオンはお部屋で休むらしい。身体弱いからね、ちゃんと休んでほしい。
 未だふわふわとした第四音素に群がられながら、シンクのエスコートを受けて冷たい空気を肺いっぱいに吸う。それだけで緊張して凝った身体が少しだけ解れた気がした。

「なんとか無難に終わったねぇ」
「無難……?」

 私の言葉にシンクから心底理解できないみたいな声が出される。仮面をつけた顔が未だふわふわ浮いている第四音素の方を見る。
 確かに無難じゃないな。最初からハプニングがあった。そっとそっぽを向く。

「フォ、音素が集まったのは私のせいじゃないもん……」
「まあ……それはそうだね」
「それに変な誤解も……なかった、と思う」
「そうだね。自由云々言い出した時はどうなるかと思ったけど」
「え? ダメだった?」
「駄目じゃないさ。ただ聞こえようによっては教団が未来を縛っていたと取られかねないってだけで」
「おぉう……」

 それって教団員としては駄目ってことなんじゃ??
 不安になったところで、シンクがふわふわ浮いてる第四音素を突っつきながらどうでもよさそうに付け加えた。
 
「ただ教団の中立性を保った言葉ではある。そういう意味では無難と言えば無難だろうね」
「良かった。グランツ謡将の言う通り、本当に素直に言うのはまずいと思ってたから……」
「……ちなみに素直な感想は?」
「預言がなくなって不安になろうと私はその気持ちは解らないしどうでもいい」
「よくあそこまで取り繕った」
「褒めて」
「そうだね、褒めてあげる」

 そう言ってシンクは人の視線を器用に避けてわずかに仮面をずらし、私に口づける。
 途端にカァと顔を赤くした私とは真逆に、シンクはサッと仮面を戻して涼しい顔をしていた。

「そ、そういう褒め方……」
「もっとご褒美が欲しいなら夜にね」
「シンクがシたいだけじゃん……」

 思わずぼやけばシンクがニィと唇の端を上げて笑う。
 前なら悪い笑い方をしてると思った。けれど今はそれが妙に艶めいて見える。
 実際、シンクは私にしか聞こえないような小声で囁いてきた。

「僕とするの、嫌いじゃないくせに」
「うぐぅ……」

 顔を赤くして言葉を詰まらせた私にシンクはハッと笑うと、また私の手を取って歩き出す。
 否定できないのが辛いところだ。実際シンクとの行為はその……痛いことはしないし、こう、求められている実感が凄くするので、嫌いじゃないどころか好きだと思う。
 素直に言うと更にがっつかれそうなので言わないけれど、シンクなら言わなくてもばれていそうではある。

「や、やめ! この話やめ!」
「ハイハイ。じゃ、真面目な話しようか。体調は?」
「悪くないよ。気疲れはしてるけど、まだ大丈夫」
「そ。さっき解っただろうけどピオニー陛下はフランクな方だ。余程失礼なこと言わない限り大丈夫だと思うけど、お茶会だからって気は抜きすぎないように」
「はぁい」
「それと音素を集めすぎないように」
「それは私のせいじゃないって言ってるのに!」
「友達に言うみたいにウンディーネに声かけてた人間が言っても説得力ないんだよ」
「あう……」

 あれも咄嗟のことだったのになぁと心の中で言い訳するが、当然シンクに通じるわけがないので大人しく口を噤んだ。
 実際、確かに気配を感じたのだ。第四音素に懐かれてワタワタしている私を笑うウンディーネの気配が。

「……シンクも感じなかった? ウンディーネの気配」
「全く。第四音素の素養は持ってるんだけどね。音素が集まっているのは解ったけど、ウンディーネの気配とやらは欠片も」
「そっか……私だけなのか」
「目に見える形で君が巫女だと示せたって意味ではいいデモンストレーションではあった。けど……君が光を纏う姿は、余り好きじゃない」

 そう言ってシンクは口を噤んでしまった。
 そういえば以前私が光に包まれてる姿を見て乖離を起こしかけたのかと誤解したって言ってたっけ。
 私はエスコートしてくれていたシンクの手を取り、指を絡めてぎゅっと握り締める。シンクもすぐに握り返してくれた。

「消えたりしないよ、大丈夫」
「わかってる」
「ここに居るからね」
「……馬鹿みたいに繰り返さなくてもいいよ」

 少し照れたような口調になったシンクにふふふと笑みが零れる。シンクが可愛い。
 こんな風に不安を吐露してくれるようになったんだなあと思うととても感慨深い。
 出会った頃はちょっと指摘するだけで拳が飛んできたのに。いや、それ思うとよく結婚したな私。今幸せだからいいけど。

「おやおや、デート中でしたかぁ?」
「うひゃぁい!」

 ほのぼのとした空気に浸っていたところで、突然背後から声をかけられて私は思い切り飛び上がった。文字通り数センチ浮いた。
 隣のシンクから多大に呆れられている気配がするが、本当にびっくりしたんだ。飛び上がりもする。

「カーティス大佐、巫女が驚くのでもう少し気配を出していただいても?」
「これはこれは失礼しました。いやぁ、しかし本当に驚いてましたね。何センチくらい飛びました?」
「三センチくらいでは?」
「五センチは飛んだかと思いますが」
「そこまで動けるとは思いませんが」
「私が何センチ飛んだかは別にいいですから!!」

 一応二人は階級的には同じなのだが、敬語を崩さないシンクとあからさまにからかってくるジェイド大佐の間に割って入る。

「お、お迎えですか?」
「いえいえ、少し話しに来ただけですよ。話しかけるタイミングを見失っていたのでこんな登場にはなりましたが」
「えっ。い、いつから見てたんですか?」
「向きさえ間違えなければ仮面は人の目を遮るのにも最適ですね」

 ハートマークがつきそうな口調に全部見られていたのだと悟って私の顔が真っ赤になる。
 ため息をついたシンクが余りからかわないでいただきたいと小さく抗議してくれた。まったくだ。

「それで、何か御用でも?」
「これは失礼しました。体調は如何ですか? あれほど第四音素にたかられていた人間は初めて見ましたので、少し気になりまして」
「大佐に驚かされてすごく疲れました」
「おやおや、それはいけませんねぇ。折角ダアトから来ていただいた巫女様です。すぐに部屋を準備させましょう。今日は宮殿に泊っていくと良いですよ」
「今とても元気になりました」
「軽口が叩ける程度に元気なようで何より」

 どうやら私がこの人に口で勝つのは無理らしい。
 元の世界での年齢で考えても年上なのは間違いないので、勝とうと思う方が無謀なのかもしれないが。

「冗談はともかく、不調があったらすぐに仰ってください。巫女という立場もそうですが、我が国の譜術が原因で体調を崩されたとなっては無視できませんので」
「は、はい。解りました。といっても私の周りをふわふわしてるだけなので、特に何もないのですが……」
「自覚がないようですから指摘しますが、視認できるほど濃密な音素が周囲を揺蕩っているというだけで充分異常ですよ」
「えっ」
「シンク謡士は常識の誤差を埋める役割もあると聞いていたのですが、そのあたりは指摘されませんでしたか?」
「されてないです。シンク?」
「言ったら君はどうにかしようとするだろ。できないのに」
「そりゃするよ」
「無理しなくていい。ただでさえ慣れない旅路で疲れてるんだ。人目よりも体調を優先しな」
「う……はい」
「体調を優先した結果でしたか。差し出口でした」
「いえ、ご指摘ありがとうございます」

 良い旦那様ですね、と言われてこくんと頷く。
 繋ぎっぱなしだった手をもう一度ぎゅっと握った。

「あとこれは個人的な興味なのですが……ウンディーネの気配、というのはどのようなものなのでしょう?」
「えっと……当然ですけど、人とは違います。漠然と居ると感じる、といいますか。あの時も音素に懐かれている私を見て笑われた気がして、つい……」
「声をかけてしまった、と」
「はい。向こうの声が聞こえるわけじゃないんです。ただそんな気がする、というか……意思だけ伝わってくるというか。適切な言葉がうまく見つからず、あやふやな説明になってしまって申し訳ないのですが……」
「いえいえ、私には一切感じ取れませんから、こうしてお話を聞けるだけでも充分面白いですよ。その曖昧な感覚を感じ取れるのはやはり貴方が異世界人だからでしょうか?」
「どうなんでしょう。身体は元の世界のものから変わってますが……」

 そう言って私はシンクと繋いでいない手を見下ろす。
 手袋のされた身体は私のものだが、私のものではない。これはレプリカイオンの身体だ。
 それを知ってはいるが、理解までは多分及んでいない。作り物だと言われても、知識としてあれどピンとこない。
 多分私が雌性体だからというのもあるのだろう。男の身体だったら、シンクやイオンと一緒だからもっと実感があったと思う。

「そういえば元は黒髪黒目だと言ってましたね。預言もなく、音素もない世界だったとか?」
「はい。だから正直なところ、視認できる音素が珍しいと言われても余り実感が湧かないと言いますか……」
「なるほど、それが反応の薄さに繋がるわけですか」
「ああ、咄嗟に私がウンディーネに話しかけたのもそのせいかもしれません。あちらでは人でないものに人にするように話しかけたり、概念的なものに人格があるように接することはままあったので」

 夏が熱すぎる令和ちゃんとか。何故か様付けが定着したミ〇クミ〇ク様とか。
 多分音素に話しかけてしまったのもその延長だ。ベロベロと舐めまくってくる犬にやめてと声をかけるのと同じ気分だったと思う。
 私としてはごく当然の感覚なのだが、やっぱり二人からは珍しいものだったらしい。

「どおりで。『音素さん』なんて呼び方初めて聞きましたよ」
「忘れて下さい」
「だから昔冷蔵譜業を応援してたのか……」
「それも忘れて!」

 昔冷蔵譜業の調子が悪くなった時に、頑張れ! 君ならいける! と声をかけながら叩いているところを見られたのを思い出した。
 実際冷蔵譜業は復活した。シンクからは阿呆の子を見るみたいな目で見られたが。

 そうして雑談している内に時間が来たらしく、イオンが迎えに来てくれた。
 手を繋ぎっぱなしだった私たちを微笑ましそうにするイオンに慌てて手を離そうとして、シンクからぎゅっと握られて手をほどくのに失敗する。
 結局陛下の元に行くまで手は繋ぎっぱなしになり、私は宮殿の人達からも揃って生温い目で見られる羽目になった。

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