一生懸命F
「いやはや可愛らしい新婚さんだな」
「はい、とても可愛らしいと思います」
部屋に入った途端、ピオニー陛下からそんなことを言われた。にこにこしながらイオンが頷いている。
いい加減手放してってシンクに小声で言うんだけど、つんとそっぽを向かれる。何でそんな意地悪するのか。
と、思っていたらピオニー陛下が苦笑しながらシンクに声をかけた。
「シンク殿、もう疑ったりしないから機嫌を直してくれないか」
「えっ?」
「……気付いてないなら君は気にしなくていいよ」
そう言ってシンクの手がほどかれた。そこで止められると気になるんだけど??
けれど解かれた手は器用にエスコートに早変わりして、私は陛下が着いているお茶の席へと導かれる。
ここでシンクを追及するわけにもいかず、私は教わった通りにお招きありがとうございますと陛下に笑みを浮かべた。
私の左右にシンクとイオンも座り、見事緑頭が三つ並んだ。これだけ綺麗に並べばレプリカ技術のこと知ってる人なら、顔を隠していてもすぐにばれそうな気がする。
「さて、よく来てくれたな。今回は個人的な茶会だ。急ぎだが茶菓子も良いものを用意させた。礼儀云々は気にせずくつろいでほしい」
「ありがとうございます」
「ありがたくいただきます」
「同席出来て光栄です」
私達の後ろにはグランツ謡将や導師守護役、第五師団の護衛の人達が少数だがついている。
当然陛下の後ろにもジェイド大佐と……誰だろう。銀髪の将校さんが居て、気楽にと言われても本気で気楽にしていい席でないことくらいは私にも解った。
とはいえ最初は当たり障りのない話から始まる。
出されたお茶菓子の説明とか、グランコクマに訪れた感想を聞かれたりとか、私が音素にまとわりつかれていた話とか……。
数こそ減ってはいるが今も私の周りにはふわふわと音素が浮いている。陛下はそれを珍しそうに見ていたから、本当に珍しいものなのだろう。
「巫女殿に聞きたいんだが、今日のように音素に囲まれることはままあるのか?」
「いえ、今日が初めてでした。恐らく単一音素が大量にあったことで疑似的に……ええと、音素の精霊みたいな子達に遊ばれたんじゃないかなと勝手に思っています」
「精霊?」
「ええと、音素意識集合体になるほどではないけれど、辛うじて意識と呼べるようなものを持つ音素の塊……の、イメージです。私の勝手な憶測ですが」
「なるほど……ジェイド?」
陛下が意見を伺うようにジェイド大佐を見れば、メガネのブリッジを上げながら大佐は一つ頷いた。
大佐、護衛もしてるけど多分ご意見番も兼ねてるんだろうな。
「あながち間違ってはいないと思いますよ。譜術の詠唱にも音素を精霊と比喩するものもありますから」
「ほー」
「フェアリーサークルですね。風と光の音素による範囲回復譜術だった筈です」
「ええと……大気に舞いし精霊達よ、清浄なる調べを奏でよ、でし、たっ……け。あ、お……音素さん、いらっしゃい……」
「……ただ詠唱しただけでここまで集まるのか」
イオンの言葉に刷り込みされた知識を引っ張り出してみる。
確かに精霊と言っている。と納得するよりも早く、視認できるほどではないけれど、第三・第六音素が集まる気配を感じて言葉が詰まった。
最早諦観を覚えて素直にお迎えするべく両手を差し出せば、音素達は大人しくそこに集束し、拡散していった。本当に一時的に集まっただけらしい。
隣でシンクが呆れたようにぼやいていた。
「おやおや、第七音素の素養もお持ちでしたか」
「戦闘経験がないので知識はあれど詠唱したのは初めてでして……誤解を招くようなことをして申し訳ございませんでした」
「回復譜術だったし、問題ないだろ。しかしそこまで音素に親和性が高いと苦労も多いんじゃないか?」
「音素の気配が雑多過ぎて酔いそうになることはありますが、基本的に日常生活に然程支障はありません」
「音機関の多い場所では少し辛そうでしたが、ダアトの生活は清貧ですから」
イオンの補足に頷きつつ、当たり障りのない会話を続けていく。
陛下は私の巫女としての力に興味があるのか、度々音素意識集合体との接触についてや私の持つ力について質問を投げかけてくる。
この辺りは疑われても仕方がないと、教団に居た頃から言われていた。だから聞かれたら素直に答えるように、とも言われている。
そのため私も解る範囲で答えつつ、解らないところは素直に解らないと陛下の疑問によどみなく答えていった。
一頻り質問責めを受けた後、紅茶を口にした陛下が腕を組んで感心したように息を吐く。
「教団側が開示した資料には一通り目を通したが、特別な素養があるというよりは本当に異世界人の特殊な祈り方に音素意識集合体が応えたという方が正しそうだな」
「ある意味特別な素養という言葉も間違ってはいないとは思いますがね。少なくともオールドラントでは巫女殿が祈るような信仰はありません。ローレライ教団でもユリアとローレライを崇めるのはあくまでも預言という恩恵を願うものであり、祈りはすれど縋らないというのは実に特殊な思考回路です」
「そんなに特殊でしょうか……」
「ご自覚はないようですが、充分特殊ですよ。助けてくれない神を恨むのではなく、そういうものだと認める。これが出来る人間がオールドラントにどれだけいることでしょう」
「音素意識集合体を含めた自然そのものを神と崇める。これも面白い考え方だと思うぞ」
その面白い考え方の代わりオールドラントそのものを嫌っちゃってるけどそれはいいんだろうか。
その疑問を飲み込みつつ、曖昧な笑みを浮かべて誤魔化す。
「結局は人のことは人でなんとかしろ、ということなんだろうなあ。音素意識集合体が救ってほしいと願うのはあくまでも人類という種を含めた惑星そのもののことだというじゃないか。フランシス・ダアトも音素意識集合体の力を借りろとは言えど、終始人の手で何とかしろと訴えている」
「はい。そもそもフロート計画自体が、ユリアという人の手によって与えられた人類の猶予でした。それを言うのであれば、ユリアと契約して手を貸してくれたローレライが特殊と言えるでしょう」
「そうだなぁ。プラネットストームの件といい、人はローレライの恩寵を受けることを二千年という時間をかけて当たり前にしてしまった。そのせいでそのあたりの感謝を忘れてしまっていたんだろうな」
イオンの合いの手を聞いた陛下がふう、とため息をつく。
確かに、恩恵を受ける内に感謝を忘れてしまうことは歴史を見ても多々あることだ。
同じことを繰り返さないよう、例えプラネットストームが止まってもローレライを恨まないように、と周りに言うべきなのかもしれない。
「そうですね。不便になるからと無理矢理ローレライを押し込めて祟られたりしたら困りますから……そのあたりを徹底周知すべきなんでしょう」
だからそう言ったら、何故か周囲がピシリと固まった。
何故そんな空気になるか解らず、思わず笑顔のまま固まったイオンを見る。
が、何故か声を上げたのは今まで口を閉じていたシンクだった。
「マユミ」
「な、なに?」
「音素意識集合体って……祟るの?」
「え? どうだろう」
「でもローレライに祟られたりしたら困るって言ったじゃないか。何でそう思ったのさ?」
「えっと……神様って祟るものでしょう? だからローレライも祟ったりするかなって」
「確認だけど、君の言う祟るっていうのはいわば呪いのようなものだよね?」
「呪い、とは違うんだよ。えぇと……神様みたいな人にはどうしようもできない力を持った存在が不機嫌になって粗ぶった余波が、人にとって不都合な形で災いとなって広がる……みたいな。呪いと違って悪意があるんじゃなくて、あくまでも神様は不機嫌になっただけで、悪意はないの。ただ勝手に人間が被害を被ってるだけで。私にとって祟りってそういうイメージかなあ」
「……君にとっての神様っていうのは随分と人間臭いみたいだね」
「ウンディーネは音素に懐かれてる私を見て笑ってたし、間違ってないと思うんだけど……」
「そういえばそうだったね……ハァ。お話の最中に口を挟んでしまい申し訳ありませんでした。どうやら巫女はローレライが悪意を振りまくというよりは、その意思を尊重しなかった場合の余波を心配していたようです」
ため息をついたシンクが陛下達に説明したことで、私の言葉が誤解されかねないものだったのだと遅まきながら気付いた。
ずっと黙っていたシンクが口を挟んだのはそういう理由だったのだ。
シンクの補足を受け胸を撫でおろした陛下が雑な仕草で椅子の背もたれに身体を預ける。力が抜けたらしい。
「シンク殿……今俺は貴殿の存在を大変ありがたく思っている」
「光栄です」
「一応巫女殿の言葉を匂わせつつ……話は撒いておきましょうか」
「そうだな。そうしてくれ……」
「シンクが同伴してくれていて良かったですね、マユミ。僕も少しびっくりしました」
「ええと、誤解を招く発言をしてしまい申し訳ありませんでした……」
少しと言いながらだいぶ驚かせてしまったらしい。イオンのお叱りに謝罪をすれば、事前に根回しは受けていたからと陛下から苦笑を貰う。
せっかく柔らかい空気だったのに私のせいで冷え込ませてしまい本当に申し訳ないことをしてしまった。
その後は無難な話題でお茶を濁すことができたのだけど、イオン、結婚指輪の話をする必要あった?
おかげで私が見せる流れになったよ。私が恥ずかしがるって解ってた上でその話題選んだよね?
失敗した私への遠回しなお仕置きだろうか。顔を真っ赤にする私をからかってくる陛下にワタワタしながら、私は陛下とのお茶会を終えたのだった。
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