一念発起@



 マルクトの夜は思ったより冷える。
 ピオニー陛下との謁見を終えたその日の夜。ご褒美という名目の元にシンクに散々揺さぶられた私は、身体を清めた後にシンクの手によってベッドへと運び込まれていた。
 入浴で温まった身体を夜風で冷やさないようにといつもより厳重に布でくるまれ、今はシンクが私の髪を三つ編みにしているところだ。
 夜寝る時ってまとめておかないと朝が酷いことになるんだよね。以前髪を結わずに眠った日の翌朝は、シンクを巻き込んでぐちゃぐちゃになっていてほどくのが大変だった。

 うつらうつらとしながら無言で私の髪を結い上げるシンクを見る。
 無表情に近いが、どこか嬉しそうな顔をしている。

「……ねえシンク」
「なに?」
「私を抱くの、楽しい?」
「まあね。君を汚せるのは、楽しい」

 そう言ってにんまりと笑うシンクはニヒルで、同時に色っぽい。口にはしないが、何度見てもイオンとは似ても似つかないと思う。
 あふ、とあくびをしながら枕を抱える。とろりとろりと近づいてくる眠気が私の理性を鈍くする。
 いつもより疲れていたこともあって、前から抱えていた疑問がするりと口から飛び出した。

「なんで特に愛してる訳でもない私を抱こうと思ったの?」

 私の質問にシンクの手がぴたりと止まった。
 少しだけ驚いた顔で私を見る緑の瞳。私と同じ、イオンの瞳。
 男女の差はあれ、私と同じ顔が私を見る。

「口ではそう言いつつも僕が本当は君のことを愛してるから抱いたんだ、とか。そんな風には思わなかったんだ?」
「うん。そこまで馬鹿じゃないよォ。シンクは別に私に恋をしてる訳じゃない。それくらい解るよ」
「……もっと怒るなり、悲しむなりするかと思ってた」
「んー……そうだね、まったく悲しくないと言えば嘘になるかなぁ」

 シンクは私に好きだと言わない。愛してるとも、口にしたことはない。口にはせずとも思いは秘めているとか、そんなこともない。それは確信していた。
 独占欲らしきものは持ってると思う。実際、肌を重ねている時はシンクは私に対しての独占欲を隠さない。刻みつけるように繰り返される言葉はすっかり脳に沁みついている。
 私はシンクのもので。シンクは私を奪われたくなくて。私を支配しているのはシンクで。シンク以外の誰かが私に手を伸ばすことを嫌がる。
 そんな言葉と共にシンクは私を抱く。それはもしかしたら愛情の一種かもしれないけれど、それが恋かと聞かれればちょっと首をかしげてしまう。

 ドキドキはしてるんだろう。私を女としても見ていると思う。
 事実、最初にキスをした時は恥ずかしそうだった。けれど今はそんな素振りちっとも見せない。
 多分あれは好きだからドキドキしてたんじゃなくて、異性に触れることに慣れていなかったからだ。

 私がそう冷静に分析している間に、シンクの手の動きが再開される。
 無言でシンクが私の髪を編み上げ、最後にリボンで縛って固定する。寝る準備が完了した。
 ふあ、とあくびをする私の横でシンクが音素灯を消す。

「……嫌なら、考えるけど」
「なにを?」
「セックス」
「別に嫌じゃないよ」
「……愛してないのに?」
「シンクは私のこと嫌い?」

 私の質問にシンクはふるふると首を振った。
 その答えに私はふにゃりと笑う。

「家族になりたいって言ったのは、私」
「そうだね」
「ちゃんと奥さんにしてくれたのは、シンク」
「……そうだね」
「充分だと思ってるよ」
「……そっか」
「うん。恋はなくても、愛はあるでしょう? 恋愛だけが、愛じゃないでしょう?」
「……わからない」
「そっかあ」

 もぞもぞと一緒にベッドに入る。
 いつものように抱きしめてくれないシンクに、私から抱きつく。
 おずおずと抱きしめ返される手に、いつかの逆だなあと考える。

 でも解らなくてもシンクの境遇を考えれば仕方がないと思うのだ。
 一緒に居たいと思ってくれてる。私のことを手放したくないと思ってくれてる。
 例えそれが恋という形でなくても、それで充分じゃないかと思うのはきっと私がシンクのことが好きだから。

 それに私だって一緒だ。
 シンクのことは好きだ。触れられるとドキドキする。一緒に居たい。とられたくない。シンクに求められるのが幸せ。
 でもじゃあそれが恋かって聞かれると、解らない。

 シンク以外要らない。シンク以外どうでもいい。
 そんな重くて苦しい執着心が、恋なんて綺麗な言葉に当てはまるかと聞かれたらきっと違うと思うのだ。

「きっとさ」
「ん?」
「順番を間違えなければ、私だってシンクに恋が出来たと思うんだ」
「……ん」
「でも私もさ、恋になるよりも先に、シンク以外要らなくなっちゃったから」
「……うん」
「だからきっと、お相子だよ」
「……そっか」
「うん、きっとそう」

 足を絡めながらぎゅっとしがみ付けば、シンクもまた抱きしめ返してくれる。幸せだと思う。それで十分だろう。
 シンクに頬ずりをしてから目を閉じる。まったく悲しくないと言えばうそになるが、それでも今の私は充分に幸せだった。

 あ、結局何で私を抱こうと思ったか聞けてないや。
 夢に落ちていく最中にそう気付いたけれど、まぁいっか! と私は疑問を放り出した。


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