一念発起B
ぽかぽかした気持ちを抱えながら帰路につく。
手を繋いで教団に帰れば、教団員達から生温かい目をしながら出迎えられた。
ダアトでもこういう目で見られることは多い。私達みたいな若い夫婦はそういう目で見られることが多いらしい。
まあ結婚可能とはいえ私たちの年齢で結婚する人は多くない。
せいぜい親同士が決めた政略結婚か、女の方が若くても男の方が年かさだったりというパターンが大多数を占めるそうだ。
だから私達のようにお手々を繋いで仲良し夫婦、なんてのは滅多にいないらしい。
要は若人の恋愛結婚が珍しいってことだ。それだけ熱愛夫婦だと思われているということだろう。
おかしな話だ。お互い結婚したのに恋してないねって話し合ったばっかりなのに。
「お帰りなさい。グランコクマの街並みはいかがでしたか?」
「凄く綺麗だったよ! 水路があちこちに張り巡らされてて、その分せせらぎがずっと聞こえるの。耳にも優しい町だったけど、冬はちょっと寒そう」
「確かに、これだけ水が溢れていると冬は冷えそうですね」
導師守護役を連れたイオンともすれ違い、そんな会話をする。
教団では守護役を一人だけ連れて動き回っていたイオンだけれど、流石に導師としての威厳が必要とかで今日は複数人の守護役を引きつれている。
確かにお供がぞろぞろついていた方が威厳はあった。なんというか、重要人物感が増している。
そしてその程度の感想しか出てこない時点でやっぱり私はこの世界に向いていないと思う。
「良ければ夕食を一緒に食べませんか? もちろんシンクも一緒に」
「えぇと、喜んで。じゃあ夕食の時間はイオンの部屋にお邪魔するね」
「はい。お待ちしてます」
イオンのお誘いにシンクに平気か確認しようとして、慌てて喜んでとお返事をした。導師から巫女へのお誘いは基本断れない、ということを思いだしたからだ。
教団内において導師の方が地位が上である以上、導師の提案に拒否権などないのである。つまり上司のお誘いを断るなんて認めないってことだよね。
日本でやったらパワハラじゃないかと思うが、そんな言葉はオールドラントには存在しないのですぐに考えるのをやめた。
二人きりの時ならともかく守護役を引きつれている時に声をかけてきたということはイオンも断らせるつもりなどなかったのだろう。
何かお話でもあるのかなぁと思いながら手を振ってイオンとも別れ、シンクと二人で泊まっている部屋へと戻る。
軽い清掃が入ったらしく、乱れていたベッドなどは綺麗になっていた。ちょっとだけ恥ずかしい。
恥ずかしさを誤魔化すように、私は部屋の安全チェックをしているシンクに声をかけた。
「イオンと何か話しておかなきゃいけないことあったっけ?」
「特に情報は上がってきてないけどね……一応夕食までに軽くチェックしとくよ」
「うん。それまでどうしよっか。シンクはお仕事ある?」
「少しね。昼寝でも読書でも好きにすればいいさ。君がこの町ですべき仕事はもう終わってるんだ。ちょっとくらいのんびりしたって誰も怒らない。まあだからって気軽にホイホイ出かけられちゃ困るけど」
「分かった。じゃあキッチン借りれないか聞いてみようかな。久しぶりに手の込んだお菓子作りとかしたいかも」
「それはちょっと待とうか」
好きにすればいいと言ったのはシンクなのに、お菓子作りは駄目らしい。
私のブーイングは受け流され、仕方ないので書類仕事をするシンクの側でのんびりと読書をする。
読書のお供に飲んだストレートの紅茶はいつも飲まない銘柄だったが、香りが好みだったのでお土産に買って帰ろうと決めた。
そうしてのんびりと時間を潰し、夕食の時間になったのでシンクと一緒にイオンの部屋へと移動する。
先に教団員の人にお伺いの先触れを出したりするのは未だに慣れなくて、全部シンクがやってくれる。
慣れないといけないことだと解ってはいるが、人を使うという行為はどうも性に合わない。
「本日はお招きありがとうございます」
「どうぞ掛けて下さい。支部のシェフは腕が良くて、僕もここの食事が随分と気に入りました」
教団員が運んでくる食事を前に軽い雑談。
フルコースほど肩ひじ張ったものではないらしく、食事をテーブルに並べてから教団員達は頭を下げて出ていった。
それを見送った後、イオンが手をふれば導師守護役の子達も頭を下げて出ていく。
偉い人の態度だなぁと思うが、実際導師は偉い人だ。気軽に話してるけど。
「あれだけ遠ざけてたくせに随分と板についたじゃないか」
三人だけになった部屋で口火を切ったのはシンクだった。
何のことかと首をかしげる私を置いてイオンはにこにこと笑っている。
「これでも色々と勉強し直したんですよ。関係修復には苦労しました」
「その割には教団ではアニス・タトリンばっかり連れてるみたいだけど?」
「その方が都合がいいものですから」
なるほど、導師守護役の話らしい。
そりゃ私には分からない話の筈だと料理に手を付ける。うん、美味しい。
「実はそのアニスのことでシンクに話を聞きたくて今回の席を用意しました。マユミを利用するようで申し訳ないとは思ったのですが、ダアトではどこに監視の目があるか解らなかったので」
「んえ? 別にいいけど……私が聞いても構わないやつ?」
「むしろ教団で同席することも多いでしょうから、聞いてくれた方がありがたいですね。どうもモースは貴方を排除したがっているようなので」
「へえ、気付いたんだ?」
「アニスを引きつれている間。他の子達に色々と調べてもらったんです。裏は取れませんでしたが、状況証拠なら押さえられましたよ」
「そ。まあ、それならマユミも聞いた方が良いだろうね。導師守護役のアニス・タトリン、わかる?」
私に関係ない話だと思っていたら突然話を振られて慌てて記憶の引き出しをひっくり返す。
確かふわふわした黒髪をツインテールにした子じゃなかろか。
そう言えばシンクは小さく頷いた。
「あいつ、モースのスパイ」
「スパイ」
「そう。間諜でも手先でも何でもいいけど、導師の動向を探るために大詠師が潜り込ませた手駒だよ」
「やはりそうでしたか……」
シンクが断言したことにイオンは悲し気に目を伏せた。
ごくん、と食べていたものを呑み込みながらイオンがアニスと親し気に話していたことを思いだす。
つまりあれは全部演技だったのだろうか。
「アニスは……アニスは、僕におもねることも媚びることもなく話してくれる数少ない守護役でした。導師イオンとしてあらねばならなかった僕にとって、彼女の無邪気な明るさは間違いなく救いだったんです」
「ふーん、それで?」
「……まだ、信じたくない気持ちはあります。アニスが僕を裏切っていたなんて。でも、アニスの存在を看過することでマユミが傷つけられることがあったら、僕は僕を許せません」
「私?」
しらっと食事を続けるシンクとは違い、スプーンを握るイオンの手は止まったまま。
イオンはきつく目を閉じたかと思うと、凛とした瞳で私を見つめた。
「マユミ、僕は貴方を守りたい」
「え……なんで……」
「前にも話したでしょう。僕は、僕を僕として見てくれるヒトが欲しいんです。導師イオンとしてではなく、僕の素性を知るただのイオンとして見てくれるヒトが。今の僕をそんな風に見てくれる人は、マユミとシンクしか居ないんです。現に今、マユミは僕を僕として、友達だと言ってくれます」
「僕等を巻き込むな」
「ふふ。二人はただの代用品でしかなかった僕に、僕を見てほしいという感情を与えてくれました。自分の人生を歩む二人を羨ましいと思って、それなら僕のまま僕にしかできないことをしようと、そう思わせてくれました。そんなきっかけをくれた貴方達を、僕なりに守りたいと思うことはおかしなことではないでしょう? 被験者なら絶対にしなかったでしょう。でもあえて僕がそれをすることで、それが僕であることの証明になると思ったんです」
突然のイオンの告白に、私はどう返事をして良いか解らなくて言葉をつまらせた。
私としてはただのお友達のつもりだったのに、まさかそんな重たい感情を向けられているなんて思わなかったのだ。
そんな私に気付いているのか居ないのか、イオンは柔らかな笑みを浮かべたまま言葉を続ける。
「そのために導師としてできることをしようと色々と勉強し直したんですよ。所詮代用品だからと、お飾りの導師として扱われないように。遠ざけていた守護役達との関係改善とアニスの調査もその一環でした。彼女は確かに僕にとって救いではありましたが……それでも、守護役と言う立場に就くには余りにも不自然なことが多すぎて……疑わざるをえなかったんです」
「……そうして調査したら、スパイだったんだね」
「はい。恐らく前の僕だったら見逃していたでしょう。お飾りだった僕の動向を探られようと何ら問題はありませんから。しかし今は違います。世界は激動の時代に突入しました。僕も教団の一室に閉じこもっているだけだった頃と同じではいられない。僕が一つ間違えるだけで多くの教団員を巻き込んで破滅の道へ転がり落ちてしまうかもしれない。そのような状況下で、アニスの存在は看過できません。いえ、してはいけないんです。例え僕にとってどれだけアニスのことが大切だろうと、それは導師として許されないことだと……僕はそう、学んだんです」
「そっか……イオンは、たくさん頑張ってきたんだね。だから、大切なアニスのことで悩んでる」
「……はい」
私の言葉にイオンはへにゃりと眉尻を下げて笑った。
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