一念発起D
「ダアトから連絡が来ました。このままバチカルに向かうようにと」
マルクトに滞在して数日。
朝食の席でイオンからそう言われた私は了承の返事をした。巫女である私はそれ以外の返答は求められていないことはいい加減理解している。
イオンもまた私の返答に頷き、守護役の子に合図すればこれからの予定についてつらつらと説明される。
同席していたグランツ謡将からも、私達の出立前に鳩を飛ばして謁見の予約を取ってくれることを捕捉された。
本来ならば謁見を希望しても半年待たされるなどザラにあるが、導師と巫女の希望ならばすぐ空きを作ってくれるだろう、という一般常識も添えて。
「キムラスカにはモースからある程度情報が渡されていると思いますが、それでも僕と貴方が直接足を運び、報告することに意味があります。そこでインゴベルト陛下より外殻大地降下作戦の許可がいただければ、ローレライ解放の話も詳細な計画を詰めねばなりません」
「うん」
「ピオニー陛下はああ仰っていましたが、ローレライ解放の護衛という名目の元その実監視と言う意味合いもある筈です。キムラスカが同様の要求をする可能性は高い。拒まれませんよう」
「は、はい」
「プラネットストームの停止を阻止するために土壇場で君を害する可能性があることも忘れないように」
「うえっ!? お、おお覚えておく……!」
イオン、グランツ謡将、シンクと続けざまに注意を飛ばされて背筋を伸ばす。
そうやって人を脅すのはやめてほしい。特にシンク。一番怖い。
怯える私に対し、イオンが真剣な顔で私を見る。
「ピオニー陛下は特段何か要求をすることなく、外殻大地降下もローレライ解放も認めて下さいました。しかし本来ならば生活が格段に不便になるプラネットストームの停止を求めておきながらそれを無償で認めるなど、国を治める者としてあり得ない破格の判断です」
「う、はい……」
「キムラスカが何かしらの利益を対価として求めてきたとしても、それは当然のこと。ですが貴方は音素意識集合体の意思を受け取る巫女です。堂々としていてください。それが音素意識集合体の意思だと、はっきりと返答をして下さい。気弱になって相手の要求を呑んではいけません。それに応えられるほど教団の懐は温かくありません。そうしなければ人類に未来はないと、きちんと答えて下さいね」
「はひ……」
「僕もフォローしますから、一緒に頑張りましょう」
「あい……」
訂正。イオンの方が怖かった。
どんどん返事の言葉から力が抜けていく私にイオンが苦笑を零す。導師守護役の子達が本当に大丈夫なのかと疑うように私を見ていた。顔がしわしわになる。
実際、何か要求されても応えられるほど教団の運営に余裕があるわけではないことは聞いている。大変世知辛い話ではあるが、私の発言一つで教団の経営が火の車になるのは避けたいので頑張るしかない。
そうなったらダアトで袋叩きにされるのが目に見えている。土壇場で刺される可能性よりも、そっちの方が怖い。
私がしおれたところでグランツ謡将によって人払いがされる。
導師守護役の子達も退席し、イオンとグランツ謡将、そしてシンクと私だけが残された。
まだ何か話があるのかと背中に定規を仕込む気持ちで背筋を正す。シンクが防音譜術を張ったところで、グランツ謡将が口を開いた。
「ここから先は口外法度、守護役や師団の者達にも教えてはいけません」
「は、はい……」
「キムラスカには秘預言に詠まれた者が居ます。名はルーク・フォン・ファブレ。預言にキムラスカに新たな繁栄をもたらすと詠まれた聖なる焔の光です」
グランツ謡将の言葉に私は仮面の下で目を見開いた。
思い出したのはアッシュのことだ。つまり、アッシュのレプリカ。
「恐らくですが、キムラスカの上層部はモースから秘預言を漏らされて知っていると思われます」
「え? それって駄目なんじゃ……」
「はい。本来秘預言を知ることが出来るのは教団でも詠師以上の者のみ。実際に秘預言を詠めるのは導師のみとされています。ですが預言通りに世界を進めるため、教団は様々なことをしてきました」
グランツ謡将の言葉に私はごくりと生唾を飲み込んだ。
様々なことをしてきたと言葉を濁されてはいるが、きっと人に言えないようなこともたくさんしてきたのだろうと察することは出来た。
つまり太っちょモースが預言をこっそり伝えていたとしても、それも預言通りに世界を動かすために過去見逃されてきた、あるいは繰り返されてきたことでもある。ということも。
「彼は、ルークは、ND2018に人々を引きつれ、鉱山の町に向かうと詠まれています」
「はい」
「そこで若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって町と共に消滅する。それが原因でマルクトとの戦争が勃発し、マルクトはルグニカの領土を失い、キムラスカの未曾有の繁栄の第一歩となる、とも」
「……つまり、キムラスカからすれば預言に従っていた方がお得ってことですか?」
お得、という私の表現にグランツ謡将が笑った。
まあその理解で間違ってはいませんと言われて、スーパーの値引きみたいな表現をしてしまったことに少しだけ反省する。
「預言から外れるとしても、キムラスカからしたらマルクトに戦争を吹っ掛けてからの方が都合がいいってことだよ」
「そんな自分達だけ得したいって言われても……」
「でも目の前にぶら下げられた未曾有の繁栄なんてものを取り上げられて、キムラスカが納得すると思う?」
「しないと思う」
「それは人間として普通の感情でしょう。そして恐らく、大詠師モースもそれを後押ししていると思われます。そもそもあの方の場合、まず惑星預言の先に待つものが消滅である、ということ自体認められておりません」
グランツ謡将の言葉に私はあー……と納得した。
私が結晶化して引きこもっている間にも、私のこと認めないって言ってもんね、あの人。
「つまりキムラスカはマルクトよりもずっと危ないってことですね?」
「あからさまに排斥されなければ良し、と考えておくべきでしょうね。彼等にとって未曾有の繁栄の後押しをしてくれるモースこそ味方であり、その道から外れるように言いに来た僕たちは敵でしかありません」
はっきりと敵と言い切られたことに私は身を固くした。
そんなところに行かなければならないということに今更ながら恐怖が湧きだしてくる。
ぎゅっと服を握り締める私の手にシンクの手が重ねられる。シンクを見れば唇を引き結んだシンクが私を見ていた。
「キムラスカは敵地みたいなものだけど、一人で行くわけじゃない」
「……あ」
「君の味方は居る。僕達が、君を守る」
「……うん」
「だからイオンの言う通り、君は堂々としているんだ。正しいのは自分だと胸を張って相対する。それが君を守ることに繋がる」
「うん。わかった」
服を握っていた手をほどいて、シンクの手を握り返す。
大丈夫。シンクが守ってくれる。そう思えば安心できた。
無意識に力んでいた肩から力を抜いたところで、イオンもまた私を安心させるように微笑みながら口を開いた。
「敵地とは言いましたが、剣を抜いて追いかけられることはないでしょう。僕はローレライ教団の導師です。惑星預言を詠めるのは僕だけです。預言が欲しいならば僕を排することはできません」
「大詠師が向こうについていても?」
「彼は第七音素の素養を持っていませんから、預言は詠めないんです」
「教団の大詠師なのに??」
「第七音譜術士でなくとも詠師にはなれますから……でも、モースにそれは言わないで下さいね……」
私の疑問にイオンがまた苦笑を零す。
それだけで太っちょモースにとってそれは最大のコンプレックスなのだなと察せたので、素直にお口にチャックをした。
「言ったでしょう。マユミ、貴方のことは僕が、ローレライ教団が守ります。危険かもしれません。最大限の警戒をしてほしいとも思います。でも貴方のことは必ず守ります。僕達のことを信じて下さい」
イオンが力強く断言して、グランツ謡将とシンクもまた追従するように頷いた。
だから私もまた小さく深呼吸をして、はっきりとイオンに宣言する。
「うん、私もイオン達のことを信じてる。だからキムラスカでも頑張るよ。負けないように」
私の言葉に、イオンは嬉しそうに笑った。
私もまたつられてへらりと笑う。
そうだ。相対する前から気持ちで負けていてはいけない。
私を守ろうとしてくれた音素意識集合体達のため、シンクのために頑張ると決めたのだ。
こんなところでくじけてたまるか。
気合を入れなおすようにシンクの手をぎゅっと握れば、シンクもそれに応えるように手を握り返してくれた。
この手の温もりのためにも、私は頑張ると決めたのだから。せめてそれだけは貫き通そうと、私は決意を新たにした。
そんな私を応援するように、視界の端で音素が小さく瞬いた気がした。
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