一件落着A



 この人達、馬鹿なのかなぁ。
 バチカルのお城にある謁見の間で、明らかに場違いなことを考える。
 でも口にしてないだけ偉いと思うんだ。くあ、と出そうになったあくびを何とか噛み殺す。

 イオン達に散々言われた通り、キムラスカの王侯貴族は高圧的だった。
 外殻大地降下作戦についてはすんなり了承してくれたのだが、ローレライ解放に関しては取り付く島もない。
 次善策として出されていた同じ振動数で揺れを相殺する方を採用すれば宜しいと言う。実行するの自分達じゃないのに何でそんなに偉そうなんだろう。

 キムラスカはプラネットストーム停止には断固として頷かなかった。それに便乗して同じ教団に所属している筈の太っちょモースまで堂々とイオンに噛みついてきた。
 謁見の間だっていうのにあまりにもあからさまに私を敵視するものだから、本来説得は私の仕事なのにイオンが前に出てしまうくらいだ。
 解りやすい『導師・巫女・主席総長連合』vs.『大詠師』の絵面にキムラスカのお偉いさんたちはニヤニヤしている。
 そんな経緯で私はイオンの背中に庇われながら、暢気にイオンとモースの舌戦を眺め、ベールで視線が見えないのを良いことに偉い人たちの反応をちらちら見ているわけだ。

 あれだけ緊張していたのに何でこんなに余裕があるのかと聞かれれば、答えはシンプル。
 国王陛下は言っちゃあならないことを言ったからだ。

「何故音素意識集合体の頼みを聞く必要がある? これは人の世の問題であろう」

 敬う価値がない、と思ってしまった。以降、私の緊張はすっぱり消えた
 多分、インゴベルト陛下はダアトとキムラスカの問題だって言いたかったんだろう。
 政治的なパワーゲーム。きっと向こうも奮闘するイオンを見ながら、どうやって用意していた落としどころまで誘導するか考えているに違いない。
 イオンは頑張ってるけど、まだ子供だ。どれだけ虚勢を張ろうが、長い間政治をしてきた人たちからすれば赤子の手を捻るようなものなんじゃなかろうか。
 そう思うとピオニー陛下は本当に大らかだったのだなぁと改めて感心してしまう。

 多分、今までの政治ならそれでよかった。
 大詠師モースを抱きこんで、感情的になったイオンを言いくるめて、費用を全部おっかぶせてダアトに地殻振動停止作戦を了承させて終わっただろう。
 何ならさらに恩を着せるために資金だけ出して、こっちに貸しを作るつもりだったのかもしれない。
 だからこんなにもあからさまな落とし穴に気付けてないんだ。『音素意識集合体の頼み』というものがどれだけ重みを持つのか、致命的に理解できていない。という問題点に。

 冷めた目でモースを見る。
 でっぷりとしたお腹を抱えながら、国王の脇でニヤニヤと笑っている。

「イオン様。何度も申し上げますが、仮にも導師という立場でありながら預言を軽視するのはいかがなものかと。インゴベルト陛下は敬虔なる信者であり、同時に預言に対し最上の敬意を払っております。教団の最高指導者であるイオン様は、導師として預言を与え導くべきだとは思いませんか。音素意識集合体よりもローレライのもたらした預言を最優先にするのは教団の最高指導者として当然のことでしょう」
「モース、まさか貴方はそのまま預言に従って世界が滅べばよいとでも言うつもりですか?」
「それこそまさかです。ユリアは人類の繁栄を詠んだのです。滅亡などありえません。二千年の歴史がそれを証明しております。そこの巫女が出鱈目に言っているに違いありません」
「ですから、」
「導師イオン」

 イオンとモースの舌戦に割って入る。これ以上、やるだけ無駄だと思ったから。
 イオンの手を取って一歩下がらせると、こちらを睨んでくるモースを無視してインゴベルト陛下に向き直る。自然とインゴベルト陛下も私を見た。

「インゴベルト陛下」
「なんだ」
「私は巫女です。音素意識集合体の声を聞き、それを皆様にお届けすることこそ巫女の役割と自負しております」
「それが?」
「私が出来るのは聞くことだけなんです。空の上に座す六柱。神に等しい存在に対し、干渉することはできません。例え声を届けることが出来たとしても、応えて下さるかはまた別なのです。それをゆめゆめ、ご理解いただきますよう」

 そう言って深々と頭を下げる。顔をあげれば理解しがたいとでもいうように眉間に皺を寄せるインゴベルト陛下の顔があった。
 何か言われる前にイオンの顔色が優れないようだからと辞去を願い出る。

 数拍の間を置き、退席の許可が出たことで私達はぞろぞろと謁見の間をあとにした。
 当然のようにインゴベルト陛下の元に残るモースもどうでもいい。
 もうあそこで話すことは無いと、私は無言でシンクに手を差し出した。

 謁見の間を出て、シンクのエスコートを受けて長い長い階段を下る。
 ゆっくりと足を動かす間にイオンがこっそりと声をかけてきた。

「#マユミ#、最後のあれは……いえ、今ここで話せることはありますか?」
「……シャドウが怒ってる」
「!」
「ずっと、気配が揺らいでる。感じない?」
「……何も」

 ちらりとイオンがグランツ謡将やシンクを見る。二人は僅かに首を振っていた。
 やっぱり音素意識集合体の気配を感じられるのは私だけらしい。
 私は少しだけ考えて、三人だけに聞こえるように言葉を続けた。

「多分、シャドウの帳がバチカルを包む」
「……具体的に何がおこるかは」
「解らない。そして多分、私にも対処できない」
「巫女が出来るのは声を聞くことだけ、というのはそういう意味ですか」

 一応場所が場所なのでオブラートに包んだ『怒ったシャドウが多分何かすると思う』という私の言葉は正確に伝わったらしい。
 理解したイオンがため息をつき、私にしか聞こえないくらい小さな声でシンクが呻いた。もしかしたら私にも聞かせるつもりはなかったのかもしれないけど。

「嫌なデモンストレーションになりそうです」
「頭が痛くなることは間違いないから、今日は美味しいもの食べて早めに寝ようか」
「そうですね……今日中、と見ていいんですね?」
「多分ね。シャドウの領域は夜だから。明日の朝には」
「……明日が来なければいいなんて思ったのは生まれて初めてかもしれません」

 イオンがそんな弱音を零し、苦虫を嚙み潰したような顔をした。
 ちょっと笑いが零れたところでシンクとグランツ謡将を見れば、二人もまた同じような顔をしている。
 笑えるのは私だけだったらしい。

 一気に疲れた顔をした三人と一緒に馬車と天空客車を経由して教団の支部へと帰還する。
 天幕の中でベールを外せば一気に視界が開けて、思わず深呼吸をしてしまう。視界がクリアだっていうのは素晴らしい。

「あー、つっかれた!」

 即座にベッドにダイブしたいのを堪え、腰を下ろすのにとどめる。
 一緒に天幕の中へと入ってきたシンクが呆れた顔で仮面を外していた。

「随分と肩の力を抜いてるみたいだけど、シャドウの件はいいわけ? #マユミ#にとって神様が怒ってるようなもんじゃないの」
「うん? うーん。多分何かあるとしてもバチカル上層部だけだと思うから、別に」
「何がおこるか解らないって言ったくせに、そこまで解るもんなの?」
「んんん。シャドウの怒りは完全にインゴベルト陛下とかモースに向けられてたからなぁ……余波は喰らうかもしれないけど、致命的な影響は出ない、と思う。多分だけど」

 神様が怒るのは怖いが、自分にそこまで被害が出ないと思えば過剰に怯えるつもりはなかった。
 むしろこれでインゴベルト陛下達が反省して、うまく交渉が進めばいいとすら思ってる。
 シンクは暢気な私にため息をついて隣に腰かける。掌が重なって、指が絡められた。私もぎゅっと手を握り返す。

「じゃあこれも解ったらでいいんだけど」
「ん?」
「シャドウが陛下とモースに怒ってるってことは、君を経由して音素意識集合体は人間の会話に耳を傾けていた……ってことで合ってる?」
「ん。んん……多分??」

 言われてみれば確かに。音素意識集合体が人間の、それも個別の発言に怒るということに違和感を覚える。
 私の髪は音素意識集合体によって伸ばされたというより作られたものらしいのでこちらを経由して周囲の情報収集をしているか。
 あるいは、と考えて身に着けていた響律符を取り出してみる。

「これが収音機みたいな役割を持ってる? あるいはこれのお陰で私の周辺の声を拾いやすくなってる……かな??」

 声に出してみれば響律符が熱を持った気がした。正解、と言われたような気になる。
 私の言葉を聞いたシンクが響律符を覗き込み、苦々しい顔をした。

「刻まれてる言葉は『聲』だったよね? 君が音素に敏感になるだけじゃなくてそんな効果もあるとは、流石に予想外だ」
「シンク、すごく嫌そうだね??」
「君は嫌じゃないわけ?」
「特には」

 別に探られて痛い腹もなければ、聞かれて困るようなことを言うつもりもない。
 むしろこれのおかげで音素意識集合体が見守ってくれているってことは、要はお守りみたいなものってことだろう。
 お守りだとしたらどれだけ不調をきたしたとしても手放すべきじゃないんだろうな。なんて思いながら響律符をしまいこむ。
 私の暢気な発言に、シンクは馬鹿にするような目でこっちを見てきた。何でだ。

「えっちしてる時の声も聞かれてるってことなのに?」
「……」

 言われてみりゃあその通りだ。
 思ってもみなかったことを言われてぱかっと口が開く。みるみるうちに頬に熱が集まるのを感じて、ようやく気付いたのかと言わんばかりに呆れた目で見られた。
 シンクの指が私の顎に添えられ、開いた口を閉じられる。閉じられたもごもごと口を動かし、視線を彷徨わせた。

「そ、れは……さすがに、嫌……かな」
「同意を得られたようで何より」

 シンクがため息をついて腕を組んだ。
 神様って人のえっちを覗いて楽しいんだろうか。
 呆れたシンクの横でそわそわする私の耳に、風がそよぐような笑い声が届いた気がした。

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