一件落着B



 謁見をした日の翌朝、私が目覚めた時点で町は既に混乱を極めているようだった。
 目を擦りながら体を起こしたところで隣に温もりはなく、外から聞こえる喧騒にのそのそと天幕から顔を出す。
 シンクは先に活動を始めているらしい。何かあったのだろうか。そんなことを考えて、気付いた。

「音素の気配がない……」

 音素はプラネットストームによって世界中に供給されているもので、決してなくなるようなものではない筈だ。
 それなのに響律符を付けてなお、音素が見当たらない。すっきりとした視界に目を瞬かせ、あくびを噛み殺しながら身支度を整えるために動きだす。
 大変気分爽快である。視界がクリアって素晴らしい。

 用意されていた水を使って顔を洗い法衣へと着替え、寝る前にシンクが結ってくれた髪を解いて梳いていると扉の外からノックの音がした。
 護衛をしてくれている神託の盾兵の人の声だったので、仮面をつけて入室を促す。

「失礼します。導師イオンから朝食のお誘いが来ております。このまま部屋まで来てほしいとのことです」
「身支度を整え次第向かいますとお返事をお願いします」
「畏まりました」

 どうやらイオンから伝令が来ていたらしい。すぐに去って行った背中を見送ったあと、窓の外を眺める。
 その空は膜でも張ったかのように僅かに黒ずんでいた。
 どうやったかは知らない。でもなんとなく解る。音素意識集合体の声が聞こえる時のように、何が起きているのかだけは直感的に理解できた。

「シャドウによる音素のシャットダウンかぁ」

 髪を三つ編みにしながらぼやく。
 十中八九朝食の話題はこれだろうと思いながら、私は急いで身支度をした。
 あと残ってるのは髪を結うだけなのだが、これが一番時間がかかる。シンクが居ないので一人でせねばならない。私はせっせと自分の髪に櫛を通した。

 急いで髪を結い終わった私は早速イオンの部屋へと向かった。
 そこにはグランツ謡将やシンクも揃っており、いつもより質素な朝食が二人分だけテーブルに並べられる。グランツ謡将とシンクはもう食べた後らしい。
 イオンが手をふると導師守護役や教団員達が部屋から出て行く。人払いがされ、口火を切ったのはグランツ謡将だった。

「まずは現状の報告をさせていただきます。お二人とも食べながらで構いませんので、お聞きください」
「はい」
「解りました」

 現在バチカルは町全体が黒い膜に覆われているとのことだった。
 膜の中では音素が一切使えず、当然音機関の類も全滅。朝食がいつもより質素なのも、キッチンで使用している譜業が使えないことが原因らしい。
 それよりも問題なのが天空客車が使えないこと。物資や人の輸送は全て天空客車で賄っていたために、貴族街や王城との連絡が途絶えてしまっているそうだ。

「市民が不安から教団に押しかけていたのですが、現在調査中であるとしか伝えようがなく……警備兵を増やし、対処させています」
「そう言うしかないでしょうね……この状態では預言も詠めませんし」
「流石にインゴベルト陛下の発言のせいです、なんて言えませんもんねえ」
「そんなこと言ったら睨まれるどころじゃ済まないから、ぜっったい外では言わないように」

 私のぼやきと聞きつけたシンクにぴしゃりと釘を刺される。
 散々礼儀作法を叩き込まれてきたのだ。馬鹿だ馬鹿だと言われてきたが、流石にそれが解らないほど馬鹿ではない。

 他にも工業系の仕事も全滅状態なので、現在バチカルでは仕事もなく不安だけを抱えた市民が無意味に外をうろついているという。
 警備兵を増やしたのは不安に駆られた民衆が暴動を起こして支部に突撃してくることを恐れているという理由もあるとのことだった。 
 そんな訳でしばらくは外出はせず、護衛を離さず、支部で大人しくしていて欲しいと言われる。
 そんなことを聞いた後に出歩きたいとも思えないので、私もイオンも素直に頷いた。久しぶりに刺繍でもしようかな。
 暢気に考える私に、至極真面目な顔でグランツ謡将が問いかけてきた。

「それで、巫女にお聞きしたい。この事態はやはりシャドウの起こしたことなのだろうか? 先程インゴベルト陛下の発言が原因と言っていたが、何か他に解ることはあるか?」
「はい。こう、空を見るとなんとなく伝わってくるんですけど、音素意識集合体の頼みを聞かないということは音素など不要ということだろう。と怒ってる感じです。でも人間全体に、というよりはインゴベルト陛下に、という感じですね。怒りを振りまいているというよりは嫌がらせに近いかと」
「嫌がらせで済ませていい規模じゃないだろ」
「いやぁ、まだ嫌がらせの範囲内だと思うなぁ。即座に死人が出るようなものでもないし、災害っていうレベルでもないし……あ、あと多分三日くらいで終わると思うよ」
「三日?」
「うん」

 なんとなく感じるシャドウの意思を伝えれば、三人は揃いも揃って苦虫を嚙み潰したような顔をした。その顔昨日も見た気がする。
 そして私から言わせれば神様怒らせといてこの程度で済むなら安いものでは、という感じなのだが、三人からするととんでもないことらしい。
 別に地震が来たわけでも、台風が来たわけでも、津波が来るわけでもないのにね。

 無言になった空間で私が一人もぐもぐと朝食を食べていると、部屋にノックの音が響いた。
 イオンが許可を出せば教団員の人がするりと部屋に入ってくる。

「お食事中失礼します。ファブレ公爵邸の使者が導師イオンに面会を求めております」
「上層と連絡が取れたのですか! すぐに通してください」
「畏まりました」

 朝食の最中ではあるが、やはり貴族街との連絡が取れるか否かは最優先事項なのだろう。
 イオンの言葉に教団員は即座に姿を消し、五分もしない内に見慣れない鎧を着た人が部屋へとやってきた。
 シンクがこそりとファブレ公爵家が抱えている私兵の白光騎士団のことを教えてくれる。そして黙ってるようにと釘を刺された。はい、大人しくしてます。

「お食事中失礼いたします」

 入ってきた白光騎士団の人は綺麗に一礼した後、まずは私達の無事を喜び、続けて公爵家が密かに維持していた脱出経路から降りてきたことを教えてくれた。
 なるほど。公爵家とは王家の外戚だと聞いている。いざという時のための秘密の脱出路というものを持っていても何もおかしくない。
 白光騎士団の人いわく、ファブレ公爵がその秘密の通路を使ってイオンやグランツ謡将、そして私を公爵邸に招いていると言う。どうやら彼は伝令兼案内役としてやってきたようだ。

 イオンはヴァンと顔を合わせて頷き合うと、念のためシンクの同行が可能か聞く。
 勿論ですと言われたことでそれじゃあすぐにでもという話になり、急いで朝食をお腹に詰め込んでから揃ってお出かけと相成った。
 本来ならばありえないが、非常事態ということで大所帯になってしまう導師守護役達は外し、少数精鋭でのお出かけになるという。
 引きこもれって言われてたのにその直後にお出かけが決まってしまった。とりあえず、刺繍は無理らしい。

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