一件落着C
周囲の視線を避けながら、秘密の通路を抜けてファブレ公爵邸へと向かう。
流石に縦長の町なだけあって何度も梯子を上るのは結構に大変だった。ただ私よりイオンの方が辛そうだけど大丈夫だろうか。
イオンの息切れが心配になるころになってようやく通路を抜け、人気のない貴族外を歩いてファブレ公爵邸へと到着する。
出迎えてくれたメイドが青い顔をしているイオンに慌てて席を用意し、喉を潤して一息ついたところでようやくファブレ公爵ご本人が現れた。
立派な眉間の皺を額に刻んだ、赤い髪に緑の瞳をしたおじさんだ。謁見の間にも居たのを覚えている。道中でキムラスカ軍の重鎮でもあると聞いている。
インゴベルト陛下にとって身近な親戚であり、とても影響力が強い人だとも。
「導師イオン。ご足労いただきありがとうございます。そして無理をさせてしまい申し訳ございません」
「構いません。現状を考えれば仕方のないことです」
そう言ってイオンはゆるりと首を振った。
ファブレ公爵が下層に足を運んだ時、万が一公爵の存在が民衆にばれたら大変なことになるとシンクがこっそり教えてくれる。
そうなった場合、詰めかけた市民で教団支部はごった返し、最悪暴動に発展するとも。
だから本来ならば不敬ではあるが、公爵が導師を呼ぶ方がことは穏便に運ぶそうだ。へえ、と感心した。
「そちらの様子は……顔色を見るに、あまり宜しくないようですね」
「ええ。王城は大混乱です」
公爵曰く、音素が使えず色の変わった空に貴族たちは大混乱。
公爵が一喝して何とか収まったと思ったら今度はモースが全部私のせいだと城で喚きだしたらしい。
預言を詠みたくとも音素がないから無理で、しかし流石に小娘一人でこんなことをしでかすのはどう考えても無理がある。
仕方なく国王は混乱を助長させるということでモースを城の一室で軟禁したとのことで、教団の高官を勝手に拘束したことを合わせて謝罪された。
まあ説明を聞いたイオンはモースを軟禁したあたりで何とも言い難い顔をしていたけども。
「申し訳ございません。我がしもべがご迷惑をおかけしたようで」
「いえ。しかし先日の謁見で巫女が言っていたことが気になったのもまた事実。故に私は陛下より密命を受け、導師と巫女をこちらにお招きすることと相成りました」
「それは巫女の自分は声を聞くことしかできないという言葉でしょうか」
「その通りです。故にお聞きしたい。巫女#マユミ#、貴方はこの事態を予測していたのでしょうか?」
ファブレ公爵の緑色の瞳が私を見た。その視線の強さにしんとうなじが軋むような感覚に陥る。
先日の謁見では彼はずっと黙っていた。だからどんな人か解らないが、少なくとも私を軽んじるつもりはなさそうだ。
私は背筋を伸ばし、膝の上で手を揃えてファブレ公爵を見返した。
「率直に申し上げても宜しいですか?」
「構いません」
「インゴベルト陛下は仰いました。『何故音素意識集合体の頼みを聞かねばならないのか?』。シャドウは当然のように日々音素の恩恵を受けていながら、存在を軽んじられたことに怒りを覚えたようです」
「……我等の声が、聞こえているのですか? 音素意識集合体は常に人間の声に耳を傾けていると?」
「そこまでは解りません。ただシャドウの怒りは然程深いものではありません。今回のこれも軽い嫌がらせのようなものです」
「これだけの事態を引き起こしておきながら!? これが軽い嫌がらせだと言うのか!?」
「お言葉ですが、人ならざる存在を軽んじたのです。相手は人ではないのですから、その価値観は人の尺度では計れないのは当然のことでしょう。その上である程度の報復は覚悟した上でのお言葉ではなかったのですか?」
驚く公爵に私は首を傾げた。公爵は何故か私の反応に目を見開いている。
そして深々と息を吐くと、片手で両眼を覆って俯いた。
「……お恥ずかしながら、全く想定しておりませんでした」
「然様でしたか」
「失礼ですが、何故そのように平然としていられるのですか」
「まだ死人が出るような事態にはなっていないからですね。シャドウがやろうと思えばバチカルから光を奪って闇に包むことも、第一音素のみを遮断して人体を狂わせることも出来たでしょう。他の意識集合体と協力して天災をもたらすことも。しかしそうしないということは、シャドウは陛下に理解を促しているだけで罰を与えることではないと解ります」
私の言葉に公爵が絶句する。
イオンが恐る恐るそんなことが可能なのですかって聞いてきたけど、出来るんじゃないかなぁ。出来る気がする。でも断言はできないから恐らくは、と言葉を濁しておく。そんなもん私が知るわけがない。
公爵はかぶりを振ったあと、眉間に深い皺を寄せながら質問を続けてきた。
「シャドウの望みは、ローレライの解放。これで間違いありませんか」
「正確に言うのであれば、ローレライの解放を含めたオールドラントの存続です」
「……つまり、第七譜石に詠まれていた終末の回避を望んでいるが故だと?」
「はい」
「確認したいのですが、音素意識集合体は人から預言を取り上げたいのでしょうか?」
その質問に私は少し考えた。イオンの方を見れば、黙って先を促される。
だからあくまでも巫女としての考えだと前置きをした上で公爵の質問に答えることにした。
「恐らくは、違うでしょう。音素意識集合体が気にしているのは、あくまでも人の手によって世界が壊れることです。もし預言によって人のみが滅び、オールドラントという星が存続するのであれば、人に干渉してくることはなかったかと。星の存続のため、人の手から預言がなくなるのは結果論でしかないのだと思います」
「……結果論でしかない。ではもし、あくまでも仮定の話ではありますが……人が預言に従うことを強硬した場合、音素意識集合体は更なる干渉を重ねてくる可能性があるという認識で間違いありませんか?」
「そうなるのではないでしょうか。でも音素意識集合体は優しいので、即座に人類を滅ぼすということはないと思います」
「音素意識集合体が、優しい……??」
理解できない、という顔をされた。
この世界の人達とは本当に価値観が合わないなぁと内心ため息をつく。
「私の基準だととても優しいと思います。あくまでも人が主体であることを許して、干渉は最低限で、こうして警告という段階を挟んでくれてますから」
「……そう、ですか」
これだけのことが出来るのに即座に人を滅ぼそうとしないだけ、優しいじゃないか。
しかし私の主張はやっぱり理解されないようで、公爵は何とかその言葉を絞り出してから紅茶のカップを傾けた。
シンクを見れば口がへの字になってる。こっちにも理解はされないようだ。悲しい。
私の嘆きを置いて公爵は空になったカップをソーサーに戻す。
頭を切り替えたのだろう。私を見る目にはもう理解できないものを見る色はなかった。
「巫女#マユミ#。シャドウの怒りはどうすれば解けますか?」
「三日くらいで音素は復活するはずなので、その時に色よい返事をいただければ大丈夫じゃないでしょうか」
「三日、ですか?」
「はい。空を見る限り、それくらいかと」
「解るのですか?」
「なんとなくですが。音素意識集合体は明確な言葉ではなく、こう、感覚的な伝達といいますか。言葉ではないメッセージを伝えてくることが多いのですが、それと似たような感覚で……それくらいかな、と」
なんとなく、と言ったことに公爵が眉をしかめたので、普段からそういった感覚で感じているのだと補足を付ける。
幸い理解は得られたらしく、そういうことなら三日後にもう一度謁見をという話でまとまった。インゴベルト陛下にはファブレ公爵が伝えてくれるらしい。
この事態のせいで謁見の予定は全滅しているために、三日後の謁見も問題なく出来るだろうと言われた。
まあ普通に考えて王様に会いたいですと言ってすぐ会えるわけがないので、即座に謁見の予約が取れたのは不幸中の幸いとでも思うべきなのだろう。
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