一件落着D
それから三日後、支部に缶詰めになっていた私達の頭上に青空が戻った。大量の音素に満ちたカラフルな視界も戻ってきた。
教団員達は喜び、バチカル市民たちも早速労働に勤しんでいたが、私としてはちっともありがたくない。
三日間の間に何度か支部の外が騒がしくなりはしたが、私は暢気に刺繍に打ち込んでいたので詳しくは知らない。興味もない。
幸いなことに暴動は起きなかったらしい。何とか上層から降りて来た兵士たちが市民を宥めたそうだ。シンクが疲れた様子で言っていた。私としてはそんなことより疲れたシンクの方が心配だった。
けど私が感じていた通り、三日で青空は戻ってきた。
ファブレ公爵と事前に取り決めていた通り、ベールをかぶって復活した天空客車と馬車に乗って王城へと向かう。
王城に入った途端突き刺さる無数の視線を無視しながら長い長い階段を登り、たどり着いた謁見の間ではインゴベルト陛下が疲れた顔で出迎えてくれた。
「来たか」
「お疲れのところ申し訳ありません」
「良い」
イオンが代表して挨拶をして、まずは三日間の労をねぎらいあう。この三日間大変だったのか、以前お邪魔した時よりも謁見の間は閑散としていた。モースの姿もない。
一通りの挨拶を終えたところで早速ローレライ解放の話になり、以前のやり取りは何だったのかと思う程にあっさりと承認が下りる。
茶々を入れる人が居ないということもあるのだろうが、シャドウのお灸は随分と効いたようだ。
許可が取れたところで謁見は終わるかと思ったのだが、インゴベルト陛下は不安を隠しきれない顔でイオンに問いかけた。
「導師イオンよ。音素意識集合体のオールドラントの滅びを避けたいという願いは、解らないでもない。私とて人類の滅亡を望んでいる訳でもないからな」
「はい」
「だが何故今なのだ? 滅びの時が刻一刻近づいてきているとしても、今はまだユリアの預言の第六譜石の最中のはず。滅びが書かれているという第七譜石に到達していない以上、もう少し預言通りに生きていたとしても問題ないのではないか?」
インゴベルト陛下の疑問にイオンは口を引き結んだまま困った顔をした。
同時に第七譜石の先に滅びが待っていると聞いて誰も取り乱す人が居ないのを見るに、どうやら人が少ないのはあらかじめこの話をするために人払いをしていたのだと気付く。
イオンは眉尻を下げた顔のまま私を見る。それはそう。音素意識集合体のことなら私の領域だ。私は少し悩んだ後、一歩前に出て発言の許可を求めた。
「お話の最中に失礼します。お一つ提案がございます」
「なんだ」
「望んだ答えが返ってくるとは限りません。もしかしたら返答を貰えないかもしれません。それでも宜しければ、今ここで音素意識集合体にお伺いを立てることは可能です」
私の提案にキムラスカ側がにわかにざわめく。
ファブレ公爵や宰相と二言三言話したインゴベルト陛下は、真剣な顔で私に向かって頼むと告げた。
だから私もまた頷き返し、イオン達に少し離れて貰ってからその場で柏手を打つ。皆が固唾をのんで見守る中、謁見の間の高い天井に私の手を叩く音が響いた。
どうして今なのか。それは私も抱いていた疑問だった。
もっと前からでも止められたはずなのだ。例えば、ホドが亡くなる前とか。
だからどうせなら聞いてみようと思ったのだ。
雨宮信宏さんがフランシス・ダアトになったように、私もまたこの身体に降りた。
レプリカという特殊な身体が都合が良かったのかと思ったが、それだと雨宮さんがダアトの身体に降りたことが説明がつかない。
フランシス・ダアトの身体が創世歴時代に創り上げられた人工生命体だと言うのならば別だが、今のところそんな資料は見つかっていない。
なんで私なのか。どうして今なのか。
胸の内で燻っていた疑問。どうせなら、今聞いたって良いだろう。
心の中だけでお伺いを立てれば、音素が集まる気配と共にしゃらしゃらと黒い光が降ってくる。
どうやらシャドウが答えてくれるらしいと、私は光を受け止めるように両手を差し出した。
結っていた髪がほどけ、僅かに黒い光を纏いながら背後で広がっている光景が視界の端を掠める。
今の私は周囲にはどんな風に見えているのだろう。
「神託が下ったのか……」
誰かが感嘆の声を漏らすのが聞こえた。
いえ、こんな現象初めてですとは言えない雰囲気だった。なので大人しく聞こえないふりをしておく。それを素直に話したら後でシンクに怒られることくらい、流石に解ったので。
光が収まったあと、突き刺さるような視線を感じながら私は顔を上げてインゴベルト陛下を見た。
「シャドウが応えてくれました」
「して、シャドウはなんと?」
「『ND2018 ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう そこで若者は力を災いとしキムラスカの武器となって街と共に消滅す』」
「それは……!」
「このユリアの預言が実現された場合、世界が破滅する可能性がぐっと高くなるそうです」
謁見の間がざわめきに包まれる。イオンやグランツ謡将もまた、硬い表情で私を見ていた。シンクだけが表情が伺えない。
それを横目に私は息を吸う。インゴベルト陛下の手が緊張気味に椅子の肘置きを掴んでいるのが見えた。
「聖なる焔の光を失ってはならない。シャドウはそう伝えています」
「そういえばアクゼリュスのパッセージリングにも書かれていたな。ホドとアクゼリュスの崩落が成されたということは、人類は破滅へのカウントダウンを着々と進めているということだ、と」
「はい。ホドが崩落している時点で、既にカウントダウンは始まっているということだったのでしょう」
ファブレ公爵が補足するように呟き、私はその尻馬に乗っかるように頷いた。
インゴベルト陛下が目を閉じて長く息を吐く。しばしの沈黙の後、目を開けたインゴベルト陛下の目には何故か諦めが乗っているように見えた。
「そしてアクゼリュスが崩落すれば、更にカウントダウンを進めることになっていたということか……。なるほど。よく解った。巫女よ、感謝する」
私は一礼してイオンの背後へと下がる。
フランシス・ダアトが残してくれた言葉に加え、音素意識集合体からも肯定されたことでユリアの預言に従ってはならないことが証明された。
インゴベルト陛下は以降ユリアの預言からの脱却を宣言し、イオンを始めとした私達ローレライ教団の人間たちもしかと聞き届ける。
「導師イオン。そして巫女#マユミ#よ。外殻大地降下作戦とローレライの解放にはキムラスカも全面的に協力をしよう。オールドラントの未来を頼む」
インゴベルト陛下の言葉にイオンが了承の意を返す背後で、私達は再度深々と頭を下げた。
そして頭を下げながら、何故私なのかという疑問に音素意識集合体が答えてくれたなかったことに、少しだけ落胆していた。
結局私を守ってくれる音素意識集合体も、私を利用したいだけなんだろうな。
イオンがユリアの預言を知っていたのかとインゴベルト陛下を柔らかく問い詰めている姿をぼんやりと眺める。
頭を切り替えることが出来たのは、謁見の間から辞去する時だった。
私をエスコートしてくれるシンクの温もりを感じながら、考えても答えの出ない問いをいつまでも考えても仕方がないと、空の彼方に放り投げたのである。
だってそうだろう。私の行動原理はシンクだ。それはどれだけ立場が変わろうが世界が変わろうが、きっとこの先も不動の事実だろうから。
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