一件落着E
「何考え込んでたのさ」
「んえ?」
王城から支部に帰還し、天幕の中でベールを外して一息ついたところでシンクに声をかけられた。
シンクもまた仮面を外し、黒手袋のされた手で私の頬に触れる。
「最初は侮られてたけど、シャドウの嫌がらせと謁見の間で見せたパフォーマンスでキムラスカも今後君を尊重せざるをえなくなった。なにせ目の前で奇跡を見せられたんだ。これから預言という導がなくなる以上、音素意識集合体という神にも等しい存在にアクセスできる君を無視できる筈がない」
「うん」
「君はマルクトとキムラスカの長から尊重される立場になり、それによって教団内部においても君の地位は確固たるものになった。ただ装飾文字の詠み手だった頃に比べれば確実な権力を持ったと言ってもいい。これでローレライ解放という大役をこなせば、君の今後は安泰だ。異世界人だろうがレプリカだろうが関係なくね」
「……うん」
「順風満帆。預言なんて詠まなくたって未来は明るい。それなのに何で謁見の間から出て行く時に……あんな考え込んでたわけ?」
「すごね。シンクには全部お見通しなんだなぁ」
ベールを付けていた筈なのに、シンクは私がぼやっと考え事をしていたことに気付いていたらしい。
へらりと笑う私にシンクはため息をつき、並んでベッドの端に腰かける。ちょっとだけシンクの方に体重をかければ、シンクの腕が私の肩に回された。
「言いたくないなら、いいけど」
「ん。大したことじゃないんだ。インゴベルト陛下と一緒。何で今なのかな、なんで私なのかなって……ちょっと考えてたの。一緒に聞いてみたけど、シャドウは答えてくれなかったから」
「……そう」
「うん。でもさ、私が頑張るのはシンクが居るからなんだよね。だから理由がなんであれ、別にいいかなって。答えが出ないことをずっと考えてても仕方ないもの」
「そっか」
「うん」
肩に回されていたシンクの手に力が込められたのが解った。
だから私もシンクに体重を預けて頬ずりをする。数拍の後、シンクが私の頭に頬を寄せて来る。感じる温もりが愛おしかった。この温もりのために私は頑張れるんだから、やっぱり理由なんてどうでもいい。
そもそも神様っていうのは理不尽なものだ。私には考え付かないような理由があったのかもしれない。そもそも理由なんてない可能性もある。なら無理に考えたってしょうがない。
「シンク、ダアトに帰ったらご飯食べに行こうね」
「……実際に君は……よく頑張ったと思う」
「うん。私頑張ったよ」
「……ただ、食事に行けるかは解らない」
「えっ」
せっかく頑張ったのに、なんで。
体勢を直してシンクを見る。すると珍しいことに、申し訳なさそうな顔をしているシンクの顔があった。
うろりと彷徨った視線は、最終的に床へと落とされる。
「言っただろ。今の君は権力者だ。今まで以上に護衛がつくし、その分自由もなくなる。もう気軽に外食なんて行ける立場じゃないんだよ」
「……そっか」
それはそうだ。
シンクの言葉に私は改めて納得して、しょんぼりと肩を落とした。
言われてみれば納得したが、そもそも権力なんて興味がなかったから思考の埒外だった。
権利には義務が伴う。それは形が違うだけで、元の世界でもこちらでも変わらない。そういうことなのだろう。
仕方ない。
そう割り切って、思考を切り替える。
「じゃあ、美味しいご飯作るから一緒に食べてくれる?」
「……そういえば、マユミの料理もご無沙汰か」
「そうだよ。そりゃプロのシェフの腕には敵わないかもしれないけど……私、シンクとゆっくりご飯が食べたいの。お休みとって」
「ん。じゃあ、調整しとく」
顔を上げたシンクが了承してくれたことに頬が緩む。
外食できないのは残念だが、二人でゆっくりできるのは嬉しい。むしろそれがメインだ。
再度シンクに抱き着けば、そろりと伸びてきた手に頭を撫でられた。幸せだなぁ、と思ってしまう。
「君が望むなら」
「ん?」
「シェフを呼ぶことも出来る」
「え? いいよ。シンクとゆっくりしたいの。他の人は要らない」
「それだけの力を得たのに?」
「知らないよ。私はシンクと居たいだけなの。興味ない」
第三者が居たらシンクは警戒しなきゃいけないし、仮面も取ってくれない。
そんなの全然ゆっくりできない。だから要らない。
そう言えばシンクは数度の瞬きの後に小さく嘆息した。
そして柔らかく抱きしめられる。背中に回った手は殆ど力が込められていない。
私はシンクの肩に顎を乗せて抱きしめ返す。ぎゅっと力を込めれば、シンクの手にも同じように力が込められた。
「君はダアトの重鎮になったってのに……ちゃんと理解してるわけ?」
「知らないよ。あ、でも何かあった時に権力があった方が便利だっていうことくらい解ってるよ。そのためなら、ちょっと不便なことくらい我慢する」
呆れたように言われた言葉について考える。
前みたいに、誰かの思惑でシンクと引き離されるかもしれない。それは嫌だった。
シンクの言う権力とやらが、降りかかる理不尽に対抗する力になるなら、持っていて損はないと思う。でもそれだけだ。
子供をあやすみたいにシンクの背中を叩きながら言葉を続ける。
「でも私の一番は前も今もずっとずっとシンクだよ。シンクのためなら、世界を救うのだって頑張れるよ。だってシンクと生きる世界だもん」
「……ん」
「だからシンクが居るならダアトじゃなくたっていい。バチカルでもマルクトでもどこでもいい。シンクが居ればいいの」
「君は……」
「うん?」
「あいかわらず、馬鹿だね」
酷い言い草だった。でもその口調は馬鹿にするものではなくて、柔らかいものだ。
私を貶しているんじゃないってすぐに解る口調だったから、私もその言葉に同意する。
実際、私が馬鹿なのは今に始まったことじゃない。
「うん。私馬鹿だから、シンクが側にいてね。そうでないとまたいつ失言するか解らないよ」
「それは、怖いな……そうだね。そうならないよう、側にいることにする」
「うん!」
身体が離れていく。離れていく温もりが、少し寂しい。けれどそのまま重なった唇に、すぐに寂しさも溶けて消える。
角度を変えて二度三度と重ねられた柔らかさに頬が熱くなる。
見ればシンクは困ったように眉尻を下げながらも僅かに笑んでいた。
それから数日バチカルに逗留した後、私達はダアトに帰還することになった。
謁見が終わってやることがなくなった私は大人しく引きこもりに徹していたが、他の人達は結構バタバタしていた。
ファブレ公爵邸に行っていたというグランツ謡将からは伝言を貰った。ファブレ公爵と公爵夫人から私にお礼を伝えてほしいと言われたのだと言う。
特に何かした覚えはないので首を傾げていたら、苦笑しながら国王が聖なる焔の光の生存を確約したことに対してとのことだった。
どうやら預言に詠まれていた聖なる焔の光というのは、ファブレ公爵夫妻のご子息だったらしい。
つまりファブレ公爵はアッシュのお父さんだったのか! と私は遅まきながら気付いた。
とはいえ、ファブレ邸に居るルークはアッシュのレプリカの筈だ。
ちょっとだけ複雑な気持ちになったが、黙ってお礼は受け取っておく。アッシュの心情を考えると複雑ではあるものの、私が口を挟むことではない。
イオンはバチカルのお城からモースを引き取ってきたらしい。
私には会わせないと言っていたから、別に気にしなくてもいいだろう。
そうしてみんながバチカルでやることを終えたところで、ようやく私達は帰路についた。
まだやることは残っているが、それでもダアトに着いたら疲れを癒す時間くらいは貰えるだろう。
シンクとも約束したから、一日くらいゆっくり過ごそう。
そう思えばまたぐったりしてしまうであろう帰りの旅路も、少しだけマシになる気がした。
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