飼育生活04



 礼拝堂での一件から一週間。私とシンクは表面上だけは何も変わらずに過ごした。
 シンクは相変わらずご飯を美味しいと言わないし、言うことだけ言って私の名前を呼ぶことはない。
 いつ追い出されるかとビクビクしていたけれど、今のところ追い出される心配はなさそうだった。

 そして八日目の朝。
 それは朝食の最中に突然言われた。

「今日はアンタも来な」
「来な……って、もしかして礼拝堂の地下の調査?」
「それ以外に何があるのさ。さっさと出かける準備しな」

 だったら前日に言ってくれという私の心の叫びは呆気なくスルーされ、慌てて朝食の後片付けを終わらせてからフードつきのマントを被り、仮面を付ける。
 いつものように部屋を出て行くシンクの後に続き、礼拝堂に向かいながら詳細を聞いた。

 あれからシンクはすぐに報告をしたらしく、上司のバンだかパンだか……とにかくそんな名前の人が、詠師達に掛け合ってくれたらしい。
 既に鍵となるボタンを見つけていたことと、礼拝堂の真下ということでシンクの予想とは裏腹に詠師の人達もすぐさま動いてくれたとか。
 ただ四十七音の唄というのが未だに検討が付かないらしく、色々ボタンを押して試してはみたもののうんともすんとも言わないそうな。

「それでようやく君のお呼びがかかったってワケ」
「え? てことは調査自体はもっと前からやってたの?」
「報告して三日で開始されてたけど?」

 ならもっと早く呼んでよ!!
 私以外に誰も日本語を読めないのに、一体どうするつもりだったというのか。

 あっけらかんとしているシンクに内心悪態をつきつつ、礼拝堂へと到着する。以前と違いその扉の前には鎧を着た兵士が立っていて、一般人の立入を制限しているのが解った。
 私とシンクが入れば、難しい顔をした人ややっぱり鎧を着た兵士がたくさん居る。シンクはそのうちの殆どの兵士たちに挨拶されていて、シンクって偉かったんだなぁと今更ながらぼんやりと思った。

「この子がそうですか?」
「はい。報告した少女です」

 そのうちの一人、何か偉そうな、というか。立場の高そうな人がシンクに話しかけた。
 ぼんやりとそれを眺めていると、偉そうな人がくるりとこちらを向く。

「何故仮面を?」
「え?あの……預言、です。生誕預言で顔を隠すと良いと」
「そうでしたか。失礼しました。私は詠師トリトハイムです。お名前をお聞きしても?」
「マユミです。ファミリーネームはありません」

 何か偉そうな人、もとい実際に偉い人だった詠師トリトハイムと自己紹介をしあう。顔を隠すのが預言です、というのは貧民街に居た頃から使っていた文句なのでスラスラと出てきた。
 シンクを見れば引き結んだ唇しか見えなくて、その事に不安を覚えつつも促されるままに台座へと向かう。

「貴方はこちらの文字が読めるとか」
「はい。こちらでは装飾文字として使われているとお聞きしました」
「そうです。恥ずかしながら複雑すぎて誰も読み取ることもできず、意味があるなどと考えもしませんでした。すみませんが、こちらにある文字を読んでいただけますか?」
「はい。『この下に残すのは、私の生涯全てである。私の軌跡を、研究成果を、思い出を、全てを残そう。いずれ見つかることなく朽ち果てたとしても構わない。もし入室を望むのならば、四十七音の唄を入力せよ』そう書いてあります」

 私が声に出して読めば、僅かに室内がどよめいた。本当に読めるのかどうか疑わしかったのだろう。
 何やらひそひそ言われているが、それよりもシンクと離されたことが気になった。私に黙って帰ってしまうのではないだろうかと思うと、凄く心細い。
 勝手だってわかってるけど、どうして傍に居てくれないんだろう。そんな物凄く身勝手なことを考えているうちに、続いてボタンへと誘導される。

「過去の文献を調べてみたのですが、四十七音の歌というものはありませんでした。ボタンは全部で四十七。いくつか試しに打ち込んでみたものの、反応する様子もありません。何か心当たりがありましたら打ち込んでもらえませんか?」

 そう促され、ボタンを見る。前に見たときと変わらないあいうえお表だ。
 試しに一つあのボタンを押せば、ボタンはかちりと言う音と共に押し込まれた状態で動かない。なのでもう一度押せば、再度元の位置に戻ってきた。
 ボタンは旧字交じりの四十七、そして四十七音の唄。やっぱりこれなのかな、とこの八日間の間に考えていた唄が頭の中によぎる。

「心当たりはありませんか?」

 私が迷っていると、そう声をかけられる。
 なので一つ心当たりがありますと告げて物は試しと順番に押してみることにした。

「色はにほえど 散りぬるを 我が世たれぞ 常ならむ 有為の奥山 今日越えて 浅き夢見じ 酔いもせず……」

 かつて学生時代に習った唄を、記憶を手繰り寄せるようにゆっくりと口にする。
 間違えないように順番にボタンを押していくと、隣の詠師トリトハイムが目を見開いているのが解った。
 そして最後のすのボタンを押した時、一際大きいカチリという音が耳に届く。まるで歯車がかみ合ったような、そんな音。

「ぅわっ!?」

 途端、礼拝堂が一瞬大きく揺れた。その場で尻餅をつく私の目の前で、台座が低い音を立てて動き始める。
 奥にスライドするように動いていく台座の下から、ゆっくりと階段が姿を現す。今度こそ、礼拝堂に居る面々から驚きの声が漏れる。
 最後にもう一度大きく揺れて台座は動きを止めたが、台座があった場所にははぽっかりと穴が空いていた。

「本当に地下が……」
「何の歌だ? 聞いたこと無い歌だったぞ」
「譜歌か?」

 背後で聞こえる声を聞き流しながら、私は目の前に広がる地下階段にごくりと喉を鳴らした。
 この下に帰るための手がかりがあるかもしれない。そう思うと自然と身体が震えてくる。
 詠師トリトハイムが呆然と呟いた。

「本当にあったとは……」

 私の役目はボタンを押してこの階段を出現させること。この先も調査に加えてもらえる可能性は低い。
 だから意を決して詠師トリトハイムに自分も捜索に加えて欲しいと頼もうとした時、腕を捕まれて無理矢理立たされる。

「いつまで座り込んでんのさ。さっさと立ちな」
「シンク、痛いって」
「だったらボケッとしてんじゃないよ。この下には何があるか解らないんだからね」

 何とか自分の足で立ち、離してもらった腕を摩る。
 シンクは手加減というものを知らないので結構に痛かった。

「……え? 私も行って良いの?」
「アンタが行かなきゃ読めないだろ。第二師団が調査、第五師団が露払いを引き受ける。戦闘になったら大人しく引っ込んでな」
「! うん!」

 当然のように言われた言葉が嬉しくて、元気よく頷いてしまう。
 まずは先遣隊を出すという事で、三人の兵士達がカンテラを持って進んでいった。その人たちを待っている間に、何やら派手な赤い椅子に座った人がキーキー喚きながら礼拝堂へ入ってくる。
 何事かと自然とそちらへ目を向けた私の表情が凍りついたのをシンクは見逃さなかったらしく、私を隠すようにしてその喚いている人へと歩み寄っていった。

「煩いよ死神。アンタ少しは黙るってことができないわけ?」
「死神じゃありません! バラ、薔薇だ!」
「どっちでもいいよ。うるさいって言ってんの」
「この私がわざわざ研究時間を削ってやってきてやったと言うのに、なんですその言い草は!」
「アンタも神託の盾兵の一人なんだから召集がかかったら来るのは当たり前だろ。来てやったって言うんなら精々成果を出すんだね」

 シンクが冷静に言い返し、死神? バラバラ? という人が喚きながら言い返す。
 なんだか子供の喧嘩を見ている気分だったが、私はあの人を知っていた。あの白衣を着た人がたくさん居た薬品臭い場所に居た人だ。
 つまり……この身体の出生に携わっている人。

「で、なんですあの子供は」
「装飾文字の読み手さ。キーワードの入力をやったのもアイツだよ」
「なーるほど。それで出現した地下室の捜索に私の力を借りたいと、そう言うのですね」
「そうだよ。下に残っているものの中には何かの研究成果もあるらしいからね」
「良いでしょう。この薔薇のディスト様がっ! 力を貸して差し上げましょう!!」

 ハァーハッハッハ。と高笑いをするディストさん。
 何かあの陰気な場所とイメージが繋がらず、正体がばれるかもという不安に駆られていた筈なのに、いつの間にか私の震えも止まっていた。
 ……彼に怯える必要がないと思う。多分だけど。

 そうこうしているうちに先に地下に足を踏み入れていた三人が帰ってきて、シンクやトリトハイム詠師に報告をしている。
 漏れ聞いたところによると、何でも扉があるのに開かないらしい。
 扉にはレムが描かれていて、その下に入力端末があったから触らずに帰って来たと。普通の入力端末らしいので、なんか私の出番はなさそうな感じだ。

「危険は無いんだね?」
「はい。一本道でした」
「そう。ほら、行くよ」
「う、うん」

 けど連れてってくれるらしい。シンクに促され、後に続いて階段を降りる。
 私の後に続いてディストさんが降りようとしたけど椅子がつっかえて入れなかったため、渋々降りて歩いて続いてくる。
 兵士さんの言うとおり階段は一本道で、レムの絵が描かれた扉に入力端末が付いていた。でもこれってレムっていうより……。

「ふむ、ではまず解析をしてみましょうか」

 まじまじと扉の絵を見る私を押しのけ、ディストさんが解析を始める。
 凄いスピードでディストさんの指が動き、画面の中をすさまじい勢いで文字が走り始め……ブーッと言う音と共にそれは止まった。
 今ので解けたのだろうか。何かエラーっぽい音だったが。

「ちょっと、何今の」
「……弾かれたんです。パスワードを入力しない限り一切アクセスができないようになっていますね」

 ちょっと眉を顰めたディストさんが真剣に呟いた。つまりパソコンの電源は入ってるけどパス入れないと何もできない状態、といったところだろうか。
 シンクがこちらを向き、手招きされる。なので素直に近づけば、何か思いつくパスワードを入れろと指示された。

「て、言われても……私端末なんて使ったことないんだけど」
「言ってくれれば打ち込みますよ」
「そうですか? じゃあ……」

 当たり前のように端末はローマ字入力ではなかったので、ディストさんのお言葉に甘えることにする。
 そして扉に描かれている絵をもう一度見る。

 この世界では、日の光を与えてくれる存在をレムと呼ぶ。
 けど私の世界では名前が違った。だから……。

「タイヨウ」
「どういう意味ですか?」
「レムの別称……みたいなものです」
「成る程」

 納得したディストさんが打ち込み、軽い音を立ててゆっくりと扉が開く。当たりだったらしい。
 警戒しながらも順番に足を踏み入れれば、何もしてないのに部屋が明るくなった。

「人を感知して音素灯がつく仕組みのようですね……」

 突然明るくなった視界に何度か目を瞬かせた後、ぐるりと部屋を見渡す。
 そこは……どう見ても、畳の部屋だった。


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