飼育生活05


「……畳? え? 土間?」

 ……どうやって調達したんだろう?
 予想外のものを目の前にして、思わず固まってしまった私。シンクとディストさんも見慣れない部屋の作りに少し困っているようだ。

 もう一度ぐるりと部屋を見渡してみる。今私が立っている場所が土間だ。普通土間があったら奥に広がる生活空間と仕切るための引き戸があったりするものだが、この部屋はそれがない。
 土間から上がったすぐに畳が広がっていて、壁面には勉強机や戸棚、そして大量の本棚などが並んでいる。結構に広い部屋で十畳か十二畳くらいはありそうな部屋だった。
 ところで奥に見えるのはもしかして襖か? 布団でも入ってるのか?

「随分と変わった様式の部屋ですね……」

 ディストさんがぽつりと呟き、そのまま畳に上がろうとした。
 靴を履いたまま上がろうとしたディストさんに対し、私が反射的に派手な襟をむぎゅっと掴んだために、ディストさんは土間に思い切りひっくり返る。
 痛そうな音がした。わざとじゃないんですごめんなさい。

「何するんですか!」
「ご、ごめんなさい……でも、畳だから靴脱がないと」
「は?脱ぐ? 靴を?」
「何故脱ぐ必要が?」

 怪訝そうな顔をする二人に、和式について説明をする。二人とも不思議そうな顔をしていたが、畳が傷むから頼むから止めてくれと懇願すれば渋々脱いで上がってくれた。
 ちなみに奥に見えた襖は押入れではなく、奥の部屋に繋がっていた。書斎らしく、やっぱり本だらけだったが。

 地下室は書斎で終わっていて、そこにあった襖には今度こそ布団が入っていた。八畳ほどの部屋は本棚以外何も無いので、恐らくここで寝起きしていたのだろう。
 布団に首を傾げていた二人に床に敷いて寝るのだと説明すれば、二人とも面食らったようだった。

「成る程、研究成果とやらは全て本で残してあるようですね……」
「みたいだね。こっちに入ってるのは……服?」

 危険がないと判断したのか、調査を始める二人。それに便乗するように私も本棚にある本を手にとり、適当にパラパラと捲ってみる。
 本は案の定日本語で書かれていて、これもやっぱり私が読むしかなさそうだった。日記らしいそれは、最後に署名がされている。

「雨宮 信宏……フランシス・ダアト?」

 名前を声に出して読んだ途端、シンクとディストが弾かれたようにこちらを見た。
 二人とも歩み寄ってくると、私から日記を取り上げて覗き込む。

「……読めませんね」
「ねぇ、ダアトの名前どこにあったの?」
「え? 一番最後のページに、署名みたいな感じで」
「……本物でしょうか? もう一個はなんと言いました?」
「雨宮信宏?」
「なんですそれ」
「名前だと思うけど。あ、ノブヒロ・アマミヤってことね。装飾文字で書くときはファミリーネームを先に書くのが普通だから」
「ふむ……適当なページを読んでいただけますか?」

 そう言って日記を返される。適当にというのが一番困るパターンだと思うのは私だけだろうか?
 しかしそれを今口に出すのも躊躇われたので、本当に適当にページを開いてそこを読むことにした。他人を日記を読むというのは何故かドキドキするものだ。

「えっと……

"2711年1月42日
 ユリアの提唱したフロート計画を実行するために各国を回っているものの、イスパニアとフランクが相変わらずしぶっている。
 フロート計画を実行した際に何かしらの利権をよこせと遠まわしに言ってくるのだが、今のままでは全人類が滅ぶのだと理解しているのだろうか?
 ヴァルターは二ヶ国の反応に怒り心頭だし、サザンクロス博士もため息をついていた。

 代案が無いわけではないのだ。
 各国の同意が得られなかった場合のことは考えてある。
 考えてあるが、ユリアとしては全ての国が手を取り合ってフロート計画に臨んで欲しいらしい。
 なのでもう少し口をつぐんでおこうと思う。

 今日の晩ご飯はシチューだった。いい加減、ビーフが食べたい。
 最近はチキンばっかりだ。馬刺しは…流石に無理だろうな"

 良いな、私も馬刺し食べたい……」

 私の呑気な発言はさておき、私の読み上げた内容を聞いた二人は呆然と言った風にこちらを見ていた。
 だからどうしたのかと聞けば、それに答えることなく続きを促される。なのでページをぺらりと捲れば、日付が飛んで今度は"2711年1月48日"と書かれていた。
 どうやら毎日書いていたわけではないようだ。

「"2711年1月48日
 譜術に新たなアレンジを加えてみた。譜術に陰陽術の思想を用いたのだ。
 五行思想自体この世界にはないらしく、いまだ構想段階だが、これが完成すれば新たな譜術形態が出来上がるに違いない。
 しかし簡単に説明してみたところ、フレイルとユリア以外五行思想は理解できないようだった。
 ヴァルターが茶化しながらも私の名をとり"ダアト式譜術"と呼んだため、以降この譜術はダアト式譜術と呼ぶこととする。

 今日の晩ご飯はカレーだった。カレーにピーマンを入れるな。
 ユリアの料理はごうかいすぎる。見た目はおしとやかなのに、中身は大違いだ。"

 そっか、ダアトってダアト式譜術作った人か。どおりで聞いたことのある名前だと思った」

 ダアト式譜術は全て頭の中にある。
 勿論実際に使用したことは無いが、五行思想を用いていると言われては私は納得した。
 あれだ、金木水火土って奴だ。漫画とかによくあった奴だ。

 しかし二人は私の言葉を聞いて難しそうな顔をした後、別の本を取ってそれを私に渡してきた。今度はこっちを読めということらしい。
 これしかできることが無いのでしょうがないとも思うが、読む以外のことはさせてもらえないのだろうか。

 そうして資料を音読させられているうちに、パッセージリングとかセフィロトツリーとか訳の解らない単語がたくさん出てくる資料を発見した途端二人は顔を見合わせて頭を抱えていた。
 内容を理解しきれない私には何が不味いのか解らなかったが、ディストさんは詠師を呼んでくると言って部屋から出て行ってしまう。
 ただ耐久年数がどうのこうのと書いてあったので、何か不味いことでも書いてあったのかもしれないというのはぼんやりと理解できた。

 結果、教団が阿鼻叫喚の渦に叩き込まれるわけだが、今の時点では知る由もない。



「とにかく、優先すべきはパッセージリングの耐久年数の確認と装飾文字の読み手の育成でしょうな」
「確かに。確認するならばザレッホ火山でしょうか。ダアト式封咒を解く事で導師に負担がかかってしまうでしょうが、背に腹は変えられません」
「教団内に残されている装飾文字の確認も必要でしょう。何かしら必要な情報が残っているやもしれません」
「神託の盾兵に探させるべきでしょうな。家具の裏などにもあるでしょうし、教団員だけでは時間がかかりすぎる」

 シンクとディストの報告を聞いた何か偉い人たち──詠師達らしい──の集まりに呼ばれ、私は用意された椅子の上にちょこんと座っていた。
 仮面は預言だと言えばそのままで良いと言ってくれた。ほんと預言って嘘つくとき便利。
 ちなみにシンクは私の背後に立っているが、ずっと口を閉じたままだ。心なしか機嫌が悪いようだが、今の時点では何も言えない。口を開ける雰囲気じゃないし。
 話が纏まったのか、詠師達の視線がコチラに向けられ反射的に肩が跳ね緊張が高まる。そんな見ないで下さい。

「マユミ殿は確か、今はシンク謡士に保護されているとか」
「は、はい」
「そこで相談なのですが、貴方の保護と衣食住の世話を引き受ける代わりに装飾文字の読み手として教団で働いていただけませんか。それと教団員に装飾文字の読み方について教育していただきたい。勿論給金は出させていただきます」

 ……そんな事言われても、名目上は保護とは言え、今の私はシンクのペットだ。私の一存で決められる話じゃない。
 だからシンクへと視線を移せば、シンクは好きにすればとそっけない返事。

 なのでちょっと考えてみる。
 情報収集のためにも日本語を読み解いて行きたいというのが私の元々の目的だ。詠師達の申し出を受け入れれば、きっと色んな場所で日本語を読むことになる。
 その上お給料を払ってくれるというのだから、これはある意味一石二鳥ではないだろうか。

「……解りました。精一杯勤めさせて頂きます」
「おお、ありがたい。では至急住居を用意させましょう」
「育成させる教団員も選抜させねば」
「あ、部屋は良いです。シンクのとこに居ますから」

 シンクの側を離れるのは嫌だった。知り合いが一人も居ないって心細すぎる。
 それに荒れ気味なシンクは一人にしたくない。勿論、シンクがそうなった原因は私だって解ってるからこれはただのエゴなんだけど。

 だからわやわやと話す詠師達にそう言えば、何か凄く変な顔された。
 そんな反応をされる理由が解らずに思わず助けを求めるためにシンクを見れば僅かに口を開けて私を見下ろしていて、こっちも驚いているのが解る。私、そんな変なことを言っただろうか。

「失礼ですが、シンク謡士とはどういったご関係ですかな?」
「どう……って、保護者と被保護者……?」

 流石にペットと主人とは言えないので、そう言葉を濁す。
 ついでに保護して貰った恩もありますし、と付け加えれば詠師達はきょとんとしていた。

「ふむ……唯一の読み手です。シンク謡士に護衛してもらえるならばそれに越したことはないのでは?」
「確かに。万が一があっては困りますからな」

 何か勝手に納得してくれた詠師達は、私がシンクの側に居ることを許可してくれた。
 それにホッとしつつ、明後日から教団内に残されている日本語の解読と育成を開始すると聞かされ頷いておく。
 そのまま部屋に帰っても良いと許可が出たため、私とシンクはようやく詠師達から解放されたのだった。

 偉い人たちに囲まれると肩が凝っていけないや。

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