最悪の守護者03
ふわふわと浮いている水塊の中には穏やかに眠るジョン。
動き出したタルタロスの上に居るにも関わらず、ジョンの入った水塊はイオンの側に浮き続けている。
一見風船のようだが、どうもそれだけではないようだ。
そして何故か甲板に集まったまま動かない同行者達。
タルタロスはこの魔界に唯一存在すると言うユリアシティ(ネーミングだけで教団絡みの町だと解る)に向かっている。
メフィに促されて艦内へと入ろうとした俺とイオンだったが、何故かティアに鋭い口調で止められた。
「貴方…自分が何をしたか解ってるの…?」
「…俺なんかしたっけか?」
「いえ、特には…」
詰問される理由が解らず、思わず隣に立っていたイオンに問いかけてしまう。
イオンはふるふると首を振りながら否定しようとしてくれたが、それはティアのふざけないで!というキンキンした声で遮られてしまった。
「アクゼリュスを崩落させておいて…その自覚も無いなんて…っ」
「…は?」
「え?」
わなわなと怒りに震えるティア、目が点になる俺とイオン。にやにやと笑っているメフィ。
メフィは後ではっ倒すと心に決めつつ、ティアが言っていることが理解できずに待て待て待てと言うがティアは止まらなかった。
「俺が、崩落させたって…?」
「そう、貴方は兄に騙されたのよ」
「いや、待て、意味が解らん」
「何千という命が亡くなってしまいましたわ…」
「あー…何か誤解してるみたいだけど、」
「ルーク…失望させないでくれ」
「うん、お前に失望される謂れはないしそもそも俺のほうがお前に失望してるかな」
「何訳わかんないこと言ってんの?自分の罪を認めないわけ?サイッテー…!」
「たかが導師守護役に最低とか言われる筋合い無いんだけど。
イオン、いっぺん聞きたかったんだけど神託の盾の教育って一体どうなってるんだ?」
好き勝手俺の罵倒を始める同行者を無視してイオンに問いかければ、アニスが何か言おうとしたイオンの手を引っ張って艦内へと連れて行こうとする。
それを皮切りに傍観を貫いていたメフィが俺と同行者の間に立ち、綺麗な綺麗な笑みを浮かべた。
ちなみにアニスが開けようとしていた艦内に通じるドアは開かなかった。多分メフィがなんかした。
「さて、と。そろそろ切れても良いかしらぁ?」
「ほどほどにしとけよ…」
「貴方はさっきの…。そこをどいて。ルークはアクゼリュスを…一万の命を、ぇぐっ!?」
なにやら悲劇のヒロインぶった台詞が途切れ、蛙の潰れるような声が聞こえた。
メフィの背中越しにティアの居たほうを覗き込めば、同行者それぞれにグラビディが展開されている。
なるほど、潰された時の声かと納得していると、くすくすとメフィの楽しそうな声が聞こえた。
あーあ、完全に怒ってるよコレ。
「さっきから聞いていればピーチクパーチク、耳障りで仕方が無いのよ。そのまま這いつくばって床を舐めていなさいな。その方が静かで良いわ」
「な…にを…っ!」
「ルークがアクゼリュスを崩落させたとか、訳の解らないことをずっと言っていたでしょう?」
くすくすと。
楽しそうな笑い声を漏らしながらメフィはティアを見下ろし侮蔑の瞳を向けている。
ティアは床に這いつくばりながらも何か言おうとしていて、それを見たメフィは笑みを深くしてからグラビディを解除した。
「っ…ルークがアクゼリュスを崩落させたのは事実でしょう!?」
「あらぁ?じゃあ貴方はその場面を見たの??」
「だってそうやってアッシュが…っ」
「アッシュ?鮮血のアッシュ?タルタロス襲撃犯で、ルークを殺そうとして、導師を誘拐した鮮血のアッシュが言ったからと、そう言うの?
おかしいわねぇ?鮮血のアッシュは敵でしょう?何故そんな簡単に信じられるのかしらァ?」
心底愉しそうな、というよりはティアを馬鹿にした態度を取っていたメフィだったけど、その言葉に他の面々もハッとしてティアを見る。
そんなことにすら気付いてなかったんかーい、というツッコミを何とか飲み込み、俺はため息だけを吐き出した。
「そ、それは…」
「信じられるわけ無いわよねぇ?貴方がスパイとかで無い限り。
そう、例えば…極限状態時に状況判断がつかない人々に対し、霍乱のために嘘の情報を吹き込もうとするとか、そういう場合もあるかもしれないけれど?」
「ち、違うわ…そんなつもりじゃ、」
「そう言えば真っ先に逃げ出した主席総長は貴方のお兄さんで、途中捕縛した総長の補佐にして右腕であるリグレットは貴方の教官だったわね。
ねぇ……本当に貴方、六神将側の人間じゃないって言い切れるの?」
「違うわ!私は兄を止めようと…っ!」
「止めようと?つまり貴方は主席総長がアクゼリュスを崩落させることを知っていた、ということかしらァ?そう言えば言ってたものねェ…。
"騙したのね、外郭大地は存続させるって言ったじゃない"…って」
メフィの作り出す空気に全員が呑まれ、ナタリアやガイ達が一歩、また一歩とティアから距離を取り始める。
猜疑心を煽り、メフィは俺を糾弾しようとした空気を塗り替え、ティアへの疑いを濃くする場面へと切り替えてしまった。
ティアが違う、違うと喚くものの、メフィは侮蔑の視線を向けるだけだ。
「さっきルークを責めようとしたのも、自分へ向けられる疑惑をそらすためにルークをスケープゴートにしようとした、とも取れるわよねェ…」
「そんなつもりで言ったんじゃないわ!だってアッシュが言ってたんだものっ!」
「……艦橋へ戻ります。ここにいると馬鹿な発言に苛々させられる」
「そうね。ルーク、イオン、貴方達も艦内へ入った方が良いわ。大して違わないでしょうけど、障気は身体に悪いもの」
そしてジェイドが言った一言を皮切りに、違うと叫ぶティアを無視して全員艦内へと入っていく。
あっという間にティアは悪者になり、俺とイオンもメフィに促されるままに艦内へと足を運ぶことになった。
恐らくユリアシティに着くまで、いや最悪ユリアシティに着いてからもティアは同行者達から軽蔑の視線を向けられることになるだろう。
ティアがそれに耐えられるとは思わず、一度に制裁を加えるよりも精神を蝕むであろうその状況に俺は思わずメフィを見てしまう。
「…えげつねぇな」
「だってムカついたんだもの」
「あの…ティアは本当にスパイだったんでしょうか?」
「まさか。あんなお馬鹿ちゃんにスパイなんてできる訳ないじゃない」
「え…?全部でたらめだったんですか!?」
「出鱈目じゃないわよ?事実から推測できることしか言ってないわ。
他の子達は勝手にそれを事実だと判断してるけど」
あっけらかんと言うメフィにイオンは絶句していた。
そう、メフィは推測しか口にしていない。
同行者達がそれを事実だと誤解しているかもしれないが、そんな事メフィは知ったこっちゃない。
騙されるほうが悪いのだ、というのがメフィの言である。
それからユリアシティに着くまで艦内で思い思いに過ごしていた俺たちだったが、何故かガイ達と遭遇することは無かった。
広い艦内とはいえ全く出会わないというのはおかしいと思ったものの、恐らくメフィが何かしらしたのだろうとあたりをつけ、俺は英気を養うことができた。
ただしイオンとだけは遭遇した。
一日目は何故か呆然としたまま動かなかった。
二日目は何故か凄くぐったりとしていた。
三日目は何故か真っ白に燃え尽きていて、四日目になると開き直ったように艶々としていた。
イオンの変化に首を傾げたものの、ジョンを助けた時のメフィとの"交渉"絡みだと解り俺は追及することをやめた。
只心の中でイオンに合掌をしておいた。
そうしてタルタロスで過ごした五日目、ようやくタルタロスはユリアシティへと到着する。
そこで待っていたのは何故か自信満々の被験者で、俺はもうさっさとキムラスカに帰って惰眠を貪りたいと現実逃避に浸るのだった。
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