最悪の守護者06


連れて行かれた元愛娘に陛下は一瞬だけ憂い顔を見せたが、それは本当に一瞬だった。
すぐにそれを心の奥底にしまい、さて、と咳払いと共に次の話題に移る。
くるりと視線を向けたのは、口を挟むまいとオレと共に引っ込んでいたイオンだった。

「導師よ。ここは我がキムラスカ・ランバルディアの誇る謁見の間。
近衛兵達が守りを固め、許可を得ぬものが無断で入ればたちまち捕らえられる。
当たり前だがな。我々王族は国を導き民を纏めるものだ。我等が死ぬだけで国の未来は決まってしまうだろう。
故に侵入者は尋問の後に死刑になることが確定している。

だが不思議なことにな、ほれ、そちらに神託の盾兵らしき者が者が居る。
余はこの時間の謁見はそなたと甥のルークにしか許しておらぬ。
これに関して何か言いたいことはあるか?」

もったいぶった、わざとらしい言い方だった。
それは実年齢が幼子と同じだと解ったイオンへの説明でもあったし、不法侵入を果たした元同行者達への嫌味でもあった。勿論、通じるかどうかは別として。
幸いここ数日で目覚しい成長ぶりを見せているイオンは陛下の言わんとしていることを正しく理解したらしく、顔を強張らせて生唾を飲み込んだ後、にっこりと綺麗に微笑む。
その一連の流れに時間がかかってしまうのは、やはり幼いが故だ。

「確かに、彼女達は神託の兵のようです。
ですがインゴベルト陛下、神託の盾は奏将であるモースと謡将であるヴァンの管轄です。導師である私には神託の盾に関わる権利は一切与えられておりません。
そして更に言うならば、僕はあのような信託の盾兵など見たこともありません」

笑顔でキッパリと言い切ったイオンに、陛下もほうと呟きながら片眉をあげる。
イオンの言うことを要約するなら「神託の盾みたいだけど自分は管轄外、責任追及はモースかヴァンにして頂戴。まあアレが本当に神託の盾兵なのかどうか疑わしいけども」ということだ。
本当に目覚しい成長振りだと思う。

「ならばキムラスカで裁いても問題は無いな?あそこにいるのは導師守護役の制服を着ているようだが?」

「勿論です。神託の盾を語る不届き者をダアトが庇う理由はありません。
それと彼女達を見る限り神託の盾の制服が秘密裏に出回っているようですね。そちらは帰国次第厳重に取り締まるよう詠師会に伝えましょう」

「イオン様、何を言ってるんですか?あたしです、アニスですよぅ!」

「そうです。あんなにアニスのことを信頼なさっていたじゃありませんか!」

陛下とイオンのやり取りにようやく自分達が切り捨てられているんだと悟ったらしい導師守護役…いや、この呼称は正しくないな。人形士と襲撃犯が喚くが、誰もそれを取り合わない。
オレの背後ではアルメフィリアがざまあみろと言わんばかりに笑っていて、周囲にばれないようオレは密かにため息をついた。
するとそれに気付いたのか、襲撃犯がキッとコチラを睨みつけてきた。

「ルーク!貴方イオン様に何を吹き込んだの!!」

「……え?オレェ!?」

余りにも予想外な責任転嫁に思わず間抜けな声をあげてしまったが、襲撃犯の一言でオレではなく今まで我慢を重ねていた父上の臨界点が越えてしまったらしい。
欠陥ぶちきれるんじゃないかってくらい眉間に皺を寄せて不機嫌そうな顔をしていた父上が王族を侮辱した大罪人を捕らえよ!!と大声で叫ぶ。
途端に近衛兵達が待ってましたといわんばかりに襲撃犯たちに群がり、抵抗虚しく姦しい声をあげながら襲撃犯たちは縄をかけられた。

全員手足を拘束され、最後に喚いて煩いからと猿轡をかけられそうになった時、オレの背後に居たはずのアルメフィリアがふわりと浮き上がり玉座の間の中心部に降り立つ。
恐らく父上たちには突然地面に降り立ったアルメフィリアしか見えていないであろう。
そして最近になってアルメフィリアがキムラスカ上層部では非情に面倒な扱いになっていることを知ったオレは、それを見てしまったという感想しか出てこなかった。

「さて、そろそろ私も参加して良いかしらぁ?」

「お久しぶりですな……悪魔殿」

「えぇ、久しぶりねクリムゾン。それで、これ等はどうするつもりなの?」

「首を跳ねる以外に何か道がありそうに見えますかな?」

「馬鹿?私はこれだけのことをしでかしておきながらただ首を跳ねるだけで終わらせる気なのかと聞いているのよ」

苦虫を噛み潰したような顔をする父上と、嘲笑を隠さないアルメフィリア。
物凄く端的に言えば、これがキムラスカ上層部とアルメフィリアの関係の縮図だ。
オレは二人のやり取りを聞いて、今度こそ盛大なため息をつきながら天を仰いだ。

これは極最近知ったことなのだが、地殻に沈められていた第七譜石を玉座の間に放り出したアルメフィリアは、どうやら上層部のごく一部には存在を認知されていたらしい。
預言に詠まれし『ローレライの力を継ぐ若者』を守る者、絢爛の愚者と契約している最悪の守護者、人間を玩具にする音と快楽を司る悪魔。
つまり、非常に厄介でありながらどうすることも出来ない存在。

「貴方…アルメフィリア!?どうして貴方がここに、っ!?」

アイスブルーの瞳を見開き、縛られながらも喚こうとした襲撃犯が突然言葉を切って金魚のように口をパクパクさせる。
アルメフィリアが何かしたな、というのは解ったが何をしたのかまでは解らない。
なので視線だけで説明を求めれば、口の端をあげるだけの笑みを浮かべ、アルメフィリアは軽く肩を竦めた。

「別に、声を出せなくしただけよ。キンキン煩いし、名前を呼ばれたくないし、それにユリアの譜歌に執着してたみたいだから、歌えなくなれば少しは懲りるでしょ?
それに静かになったじゃない。褒めて欲しいくらいだわ」

ちょっとしたお仕置きよといわんばかりに軽い調子で言われ、それを聞いた襲撃犯が唇を戦慄かせて嫌だというように首を振る。
しかしどんなに口をぱくぱくさせても声は出ることなく、瞳にじんわりと涙が浮かびはじめても嗚咽すらもれそうにない。
人形士と元護衛剣士が何てことをするんだとアルメフィリアに食って掛かったが、アルメフィリアは悪魔の微笑みを浮かべて二人に告げた。

「なら、貴方達が肩代わりをするなら彼女の制限は解いてあげるわァ」

途端に、二人がぴしりと固まり口を噤む。
姦しく喚くことは出来ても他人の負債を抱え込むほどの情は無いらしい。
襲撃犯は縋るような視線を二人へと向けていたが、二人は襲撃犯と目を合わせることなく口をつぐんで視線をそらして逃げ出した。
それを見ていたアルメフィリアは意地の悪い笑みを浮かべながらゆったりと歩み寄り、襲撃犯の耳元でそっと囁く。

「ふふ、ルークの言うとおり、貴方って本当に……醜いのね」

襲撃犯はその言葉にびくりと肩を震わせたかと思うと、全身を脱力する。
抗う意志も何もかもも無くした姿を見て、なるほど、確かに静かだなと思った。

そしてアルメフィリアの摩訶不思議な力に警戒をしているのか、この中で唯一口を開いていなかった死霊使いを見てアルメフィリアは笑みを消す。
そして冷めた視線で父上を見ると、一瞬でオレの隣に来てしなだれかかってきた。
重い。どけ。と小声でいったら掌を抓られた。

「それで、クリムゾン。そこに居る神託の盾兵もどきと元護衛剣士はともかくとして、そこの…死霊使いとやらはどうするのかしら?
マルクトへ突っ返すだけとか言わないわよねェ?」

「心配せずともマルクトからは和平の使者はアスラン・フリングスであり、ジェイド・カーティスは独断で国を飛び出した謀反人であると連絡を貰っている。
タルタロスを無断で持ち出し、140人の部下を巻き込み、秘預言を実現させて戦争を起こし、数多の死者を生み出そうとした外道であるためとっくに帝国軍人ではなくなっている。
故にそちらでどのような捌きを下そうと、マルクトは一切関知しない、ともな」

クリムゾンの言葉に死霊使いが目を見開き、馬鹿なと小さな声で呟く。
しかし誰もそれを相手にしない。国から切り捨てられるだけのことをした自覚がないのかと呆れはしていたが。
それを聞いたアルメフィリアは満足そうに頷くと、続いて元護衛剣士と人形士についても質問するが、やはり同じように二人の行く末にあるのは絶望のみだった。

「さぁて、残ったのは貴方だけね。醜い醜い、鮮血のアッシュ?」

「うるせぇ!大体何だテメェは、さっきから偉そうに仕切りやがって!!」

アルメフィリアの嘲笑交じりの台詞がトサカに来たのか、縛られながらも被験者が怒鳴った。
しかしアルメフィリアは気にすることなく優雅に歩み寄ると、被験者の前でふわりと浮き上がる。
姿を消したのかと思ったが、全員の視線がアルメフィリアに固定された上でおお、と何人かが声を漏らしていたので、どうやら姿を保ったまま宙に浮いたようだ。
現に被験者もアルメフィリアを見上げたままぽかんとしている。

「私はアルメフィリア。音と快楽を司る悪魔、音素と元素でできているこのオールドラントにおいて私に不可能は無いに等しい。故に絢爛の愚者は、ローレライは避けることの出来ない滅びを回避するために私を呼び出した」

どこからとも無く生ぬるい風が吹き、背中に走る寒気。
アルメフィリアの髪が揺らめき、白いワンピースの裾がたなびく。
全員の視線がアルメフィリアに固定されたまま、アルメフィリアの赤い瞳が蘭、と輝く。

「ローレライは私に願ったわ。預言に詠まれし『ローレライの力を継ぐ若者』を守護して欲しいと。
そして貴方達は一つ勘違いをしている。
『ローレライの力を継ぐ若者』とは、超振動を使える人間のことじゃない。
いずれローレライの後を継ぎ、第七音素を司る音素意識集合体として進化する存在のことを指すの」

アルメフィリアの言いたいことを察したらしい被験者の顔が一気に青ざめる。
しかし誰も動かない。動けない。この場は既にアルメフィリアの独壇場と化している。
音にこそならなかったが、被験者の唇が嘘だ、と動いた気がした。
しかしアルメフィリアはそれを解っていながら、被験者を更なる絶望へと突き落とす。

「そう、貴方はローレライに選ばれなかった!
国が欲し、ヴァンが望み、世界に渇望された『ローレライの力を継ぐ若者』として選ばれたのはあそこに居るルーク!!
貴方はその灰でしかない、名前の通りルーク(聖なる焔の光)のアッシュ(燃え滓)でしかないのよ!!」

「うるさいうるさいうるさいっ!どうせお前の出鱈目だろう!!」

「出鱈目?まさか!
国が欲したのは国のために尽くし、国のために死ぬルークだった!
ヴァンに誘拐されて帰国せずにのうのうと神託の盾に居座り、更には私情でカイツール軍港を襲撃し祖国に不利益をもたらすような貴方を国が迎える訳が無いじゃない!

ヴァンが望んだのは自分の忠実な駒となり、預言を覆すために働くルークよ!
自らに反発し、預言に詠まれた存在ではないと解った貴方を必要とする訳が無いじゃない!

そして世界に渇望されたのは誰よりも第七音素に親和性を持つルーク!
元素とあらゆる音素が入り混じった被験者よりも、純粋な第七音素で構成されているルークを選ぶのは当然のこと!

解る?貴方はね……誰からも必要とされてないのよ…。
ぜんぶ、ぜぇんぶ、貴方のせいでね!」

「被験者として生まれたのは俺のせいじゃねえっ!」

「ルークだってそうよ。好きでレプリカとして生まれたわけじゃないわ。
けど貴方は自分のレプリカだからという理由でルークを利用しようとして、ルークをなじってきた。
貴方はね、居場所どころか自分で逃げ道さえも塞いでしまったどうしようもない愚か者なのよ!」

「黙れ黙れ黙れええええぇええっ!!」

深淵へと突き落とされ、絶望を拒絶しようと被験者の絶叫が謁見の間を満たしていく。
人の不幸は蜜の味だと、被験者の絶望が何よりも楽しいのだと高らかに笑うアルメフィリアの目の前で超振動の力が発動する。
縄が消滅し、その余波で元同行者達が吹き飛び、近衛兵達がその力を見て自らを盾にしようと陛下達に駆け寄る。
オレもイオンを庇いながらアルメフィリアを見据えていたが、不可視の壁があることを確認して一歩下がるだけにとどまった。

被験者が両手を前に差し出し、超振動の力を使おうとする。
第七音素が急速に収束し、アルメフィリアを葬り去らんと使われた力だったが、笑みを浮かべたアルメフィリアが片手を上げただけでその音素の渦は一瞬にして消滅した。

「ふふ…ふふふ、あはははっ!
言ったでしょう?この音素と元素でできているこのオールドラントにおいて私に不可能は無いに等しい!
貴方の力など私にとってはただの児戯、音素を拡散し超振動を発動させないようにすることも、第二超振動を用いて貴方の術を無効化するのも、私にとっては簡単なこと。
そして、貴方の持つ力を奪い去ることも、貴方の音素振動数を調整してローレライとの繋がりを断ち切ることも……ね」

お前はレプリカ以下で誰にも必要とされていないのだと言われ、更には自分の特別性の象徴でもあった超振動の力さえ否定され、被験者はその場に膝をついた。
そしてその被験者の頭へと、アルメフィリアが手を伸ばす。
完全に心を折られた被験者は僅かに抵抗したものの、アルメフィリアの手が被験者の頭を鷲掴みにした。
途端、被験者の身体が大きく脈打つ。オレを構成する音素が、同時にざわめいた気がした。

「これで貴方はもう、何の力も持たない」

アルメフィリアが手を離せば、鈍い音を立てて被験者は倒れた。
力を吸い取られたか、はたまた先程言っていた通り音素振動数をいじくったか。
どちらにせよ被験者に対し良い感情を持っていなかったアルメフィリアのすることだから、良い結果には繋がらないだろう。

「さぁて、残りは任せるわクリムゾン。ぬるいやり方をするようならまたしゃしゃり出るわよ。
私の目の前で可愛い可愛いレプリカ達を、ルーク達を貶した愚か者にはきっちり罰を与えなさい」

「……承知している」

ずるずると影に沈んでいくアルメフィリアの言葉に、父上は重苦しい声で頷いた。
どうやら被験者を公開処刑にして少しは気が晴れたらしい。
それともいくら謀反人であろうと実の息子である以上、父上が罰を与えることを躊躇うとでも思ったのだろうか。
どちらにせよ、自らの影に沈んでいったアルメフィリアはオレに少し眠ると告げた後、不可視の壁を解いてぷつりと気配を絶った。
それを皮切りに謁見は強制終了となり、イオンはダアトへと帰っていった。

この後、キムラスカとマルクトは導師イオンの仲立ちを得て連合軍を結成。
外郭大地降下、終末預言の回避、人類滅亡を企むや六神将、そしてグランツ謡将討伐などを成し遂げ、半永久的な講和条約が結ばれる。
のち300年は続く平和な時代が訪れるが、かつての同行者達はそれを知ることなく、歴史の闇に沈むこととなる……。






最悪の守護者






あとがき
えー、最悪の守護者、ようやく完結いたしました。
JUNKにある《音の悪魔》シリーズのルークルートで仲間厳しめ、突発的に思いついたものを文字にしたせいで所々詰めが甘い(笑)
最後のアッシュいじめと、崩落後のティア虐めがしたくて書いたお話でした。

でもこれ書いてて何が楽しかったって、自分でも予想外だったんですが無気力系ルーク書いてるのが一番楽しかったです。
終始こんな顔('A`)してそうなルーク。面倒だけど頑張って動くルーク。
最早ルークじゃない気もしますが非常に楽しかったので良しとします。
次はレプリカンズルートかシンクルート書きたいですー。


清花
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