ジェイド編
ふと気付くと、ジェイドはマルクトの謁見の間に居た。
周囲には高官がずらりと顔を並べ、目の前には今まで見たことが無いほど険しい目をしたピオニーがジェイドを見下ろしている。
現状が把握できずいつもの癖で眼鏡のブリッジを上げようとして、自分が手枷を付けられていることに気付いた。
「さて、ジェイド・カーティス大佐。何か言いたいことはあるか?」
ノルドハイムに問いかけられ、ジェイドは自分が置かれている状況を把握できずに密かに焦る。
自分を取り囲む高官たちの顔は一様に厳しく、怒りや憎悪を孕んだ視線を向けている。
ジェイドは現状を把握するためには致し方なしと判断し、素直に疑問を口にすることにした。
「失礼、私は何故ここに居るのですか?イオン様を奪還するためにパダミヤ大陸の山間部に居た筈なのですが」
自分にしては珍しく素直に問いかけたというのに、高官達の顔がさらに険しいものになる。
理解できないまま書記官がジェイドの発言を記録し、何人かは嘆かわしいと頭をふった。
「かつての天才が見る影も無い…」
「ついにおかしくなったか」
「ジェイド・カーティスは何を言っているのだ?イオン様を誘拐したのは自分だろうに」
怒りに染まったピオニーがゆっくりと口を開く。
玉座に腰掛ける彼はまさに王そのもの。
「ジェイド。お前は何故自分がココに居るのか解らない。そう言いたいんだな?」
「えぇ、そうです」
「そうか。ならば教えてやろう。
お前は和平の使者という立場でありながら導師イオンを誘拐し、誘拐されたキムラスカの王族、ルーク殿に和平に協力しなければ軟禁するという脅迫したそうだな。
さらにその後導師イオンを奪還せんとやってきた神託の盾兵にタルタロスを奪われ、師団員を皆殺しにされ、バチカルに辿りつくまで守るどころかルーク殿に戦闘を強要した。
そしてこれらのことを報告することもなく、協力を要請することなく一人で行った。
以上の罪に関しての査問会を、今開いているところだ」
ピオニーの説明にジェイドは僅かに眉を顰めた。
彼の言っていることはとっくに終わったことであり、それよりも今優先すべきはイオンの奪還であるというのがジェイドのはじき出した答えだった。
「何を今更。それよりも今はイオン様を、」
「導師イオンは既にダアトにお戻りになられている。お前が気にすることではない」
言葉を遮られながらもノルドハイムの説明を聞いたジェイドははて、と内心で首をかしげた。
あの自称悪魔の元からいつの間にダアトに帰ったのだろう、と。
「さて、ジェイド。お前が気にすべきは導師イオンの安否ではない。オレが先程述べたことは全て事実であるか否か、それだけを答えろ」
「事実ですが、それが何です?それよりもイオン様がダアトに帰られたとはどういう」
「事実か。成る程な、お前に期待した俺が馬鹿だった」
やはり最後まで言わせてもらえないまま、ピオニーは歯をむき出しにして強い怒りを露にした。
ジェイドはピオニーが何に対して怒っているのか解らないものの、ココで口を開くのは得策ではないと気付いて口を閉じる。
ジェイドが口を閉じたのを見て、ピオニーに合図されたノルドハイムが怒りを堪えながらジェイドに言い渡した。
「ジェイド・カーティス大佐。貴様が行った愚行に対し、キムラスカは遺憾の意を示しマルクトに宣戦布告をしてきた。
王妹シュザンヌ様のお子にして王位継承権第三位を持つルーク・フォン・ファブレ様は貴様の犯した罪のおかげで心身共に衰弱し、対人恐怖症寸前まで追い詰められたそうだ。
一体何を考えていた。たしなみ程度でしか剣を振るったことの無い人間に剣を持たせ、魔物のみならず人間と闘わせるなどと…貴様はそれでも軍人かっ!!」
「しかしルークは自ら闘うと…」
「それは自分も闘わなければ死んでしまうとルーク様が判断されたからだ!それなのに貴様はセントビナーで兵を補充するわけでもなく、カイツールでキムラスカに護衛を頼むわけでもなく、ルーク様に戦わせ続けたそうだな!!」
怒りを堪えきれなくなったノルドハイムは顔を真っ赤にしながら怒声を張り上げた。
ジェイドは理不尽だと思いながらもノルドハイムの言葉を黙って聞き続ける。
感情的になった人間に何を言っても無駄だ、そんな想いから口を噤んだ。
「既にキムラスカは進軍を開始し、カイツールに軍艦が集結しているとの報告も入っている。
しかしながらルーク殿がな、こうも言ったそうだ。
自分一人のせいで戦争になり、大勢の民が犠牲になるのは忍びない。
自分が味わった剣を握る戦場の恐怖を、民に味合わせたくないのだと。
それに対しキムラスカは、被害を受けたルーク本人の言葉を尊重し、大罪人であるジェイド・カーティスを引き渡し、慰謝料を支払い、誠意ある謝罪を見せて貰えれば今回に限り怒りを納めようと言っている」
ピオニーが説明を引き継ぎ、ジェイドは次々にされる説明に訳が解らなくなった。
キムラスカが和平を受け入れ、ルークを親善大使としてアクゼリュスに向かい、そしてルークがヴァンに騙されてアクゼリュスを崩壊させた…ジェイドが体験してきた過去がまるで無かったことのようにされている。
「待ってください。和平は、アクゼリュスはどうなったのです。話を聞いていると、まるでルークが崩壊させていないよう」
「お前のせいで和平が潰れたんだろうが!!!」
ついに怒りの限界を越えたらしいピオニーが、玉座の肘掛部分を殴りながら絶叫した。
そこでジェイドはようやく気付く。
ココは自らが歩んできた過去ではないのではないか、と。
「アクゼリュスの民は最早絶望的だ…預言に詠まれたとはいえ、お前を和平の使者にしたオレが馬鹿だった…っ!」
怒りを堪えるように歯噛みしながら、ピオニーはジェイドをにらみつけた。
其の瞳に最早情はなく、あるのは憎悪のみ。
親友に憎悪の瞳を向けられたことに対し密かにショックを受けるジェイドなど誰も気にかけることなく、話はどんどん進んでいく。
「マルクトはすぐさまジェイド・カーティスをキムラスカに引渡し、賠償を支払う旨を決定した。
最早この話は民に知れ渡り、王室に対し呆れと失望を隠していない。
むしろ戦争にストップをかけたルーク殿に対し感謝を述べ、尊敬の念を向ける始末だ。
それとカーティス家よりお前の養子縁組解消の届出が出されている。
この査問会が終わればお前はジェイド・バルフォアだ。
あとネフリーだがな、既にお前とは縁を切ってあると宣言した。既に手続きも終えているそうだ。
縁座制でネフリーが死ぬことは無い。だから安心してキムラスカで死ね」
淡々と告げられた死刑宣告に、ジェイドはどうしたら良いかと頭をめぐらせる。
しかし最適と思われる手段は浮かぶことなく、ジェイドを置いて高官が話を引き継いだ。
「ジェイド・カーティスの軍籍を抹消し、謝罪の使者と共にキムラスカに護送します。
キムラスカに護送したカーティス大佐がどうなろうと、マルクトは一切関知しません。
誰か異議のある者は?」
最後になされたおざなりの質問に、誰も声をあげなかった。
それどころかジェイドを睨みつけ、さっさと死ねといわんばかりの視線だ。
「待ってください。コレは何かの間違いです。
イオン様をお連れしたのはイオン様が幽閉されていたからであり、協力を頼んだ際には快く引き受けてくださいました。
ルークもそうです。和平のためならば協力してとうぜ」
「貴様のような愚か者が和平を免罪符にかざすな、罪人風情が」
説明を遮られ、ノルドハイムが地を這うような声でジェイドに告げる。
かつての弟子であろうともその声に容赦はなく、むしろ弟子だったからこそ抱いている失望も人一倍なのかもしれない。
「しかしルークはすぐに感情を露わにし、とても王族とは」
「誘拐された人間が精神的に落ち着いているとでも思ったのか?
最も、お前は誘拐犯を捕らえることなく肩を並べていたそうだからな、そんな事を聞いても無駄だろうが」
親友であったピオニーも、最早ジェイドに情をかけようとしない。
それだけのことをしでかした自覚が無いのか、ジェイドは苛立たしげに目を細めて言い訳を繰り返す。
「そもそもティアが誘拐犯だとは私も知らず、」
「お前は軍人でありながらまともな取り調べもしなかったということか。
それとも誘拐よりも不法入国の方が罪が重いとでも思っていたのか?
お前のような軍人が他にも居ないか、徹底的に調べる必要があるな」
何を言っても駄目出しをされ、馬鹿にされる。
あの状態ならば仕方ないだろうと言えば報告を怠り救援を頼まなかったお前が悪いと言われ、ルークが自ら闘うと言ったのだと言えばそれでも守るのが軍人の務めだと言われる。
理不尽だ。
ジェイドは口に出さなくともそう思っていることが見て取れ、高官達は不愉快げに顔を顰めていた。
「しかしですね、あの時はアニスも親書を守るためにパーティから外れており、」
「アニスとは導師に同行していた導師守護役だな?
ジェイド、お前は和平の使者だった。
親書はお前が持つべきであり、お前が命に変えても守らなければならないものだ。
何故それをダアトの軍人が、何よりも導師をお守りするべき導師守護役が持っている。そこからしておかしいだろうに、何故そんな簡単なことも解らない?
お前は一体何を学んで軍人になったんだ」
「そ、れは…私にも他に仕事が」
「もういい、言い訳は聞き飽きた。もう何も言うな、馬鹿な発言に苛々させられる!」
言い訳を繰り返すジェイドにピオニーが合図し、ジェイドに猿轡が噛まされる。
そのまま蹴りを入れられて地面に転がされ、腕を拘束されているがために受身をとり損ねたジェイドは地面にはいつくばった状態で全員から見下ろされることになった。
脳裏に、いつかの光景がよぎる。
アクゼリュスが崩落し、自分は悪くないと主張していたルーク。
くしくもピオニーが言った台詞は、あの時自分が告げた台詞。
惨めで不愉快な気分が胸を突き、何故こんなことになっているのかとジェイドは自問自答を繰り返した。
「お前の身柄をキムラスカに引渡し、戦争を回避する。
暫くキムラスカに頭が上がらないだろうが、民の命には代えられん」
ピオニーの言葉に何人かが深く頷き、何人かは悔しそうに顔を歪めた。
閉会が告げられ、ジェイドは無理矢理立たされた後牢屋に連れて行かれる。
湿った空気と冷たい岩壁がジェイドの心を冷やしていく。
ろくに食事も与えられないまま牢屋にぶちこまれた数日後、ジェイドは牢から出されたかと思うと質素な馬車に移動させられた。
手足には枷がつけられ、猿轡は付けられたまま何日も馬車に揺られる日々。
時間だけはたっぷりとあったため、ジェイドは考えに考え続けた。
ルークをレプリカだとキムラスカに暴露すれば、外郭大地と魔界のことを公にすれば、パッセージリングが限界に近づいていることを告げれば。
しかし口は塞がれているためにそれも叶わず、ジェイドは次に何故こうなったか考える。
そして脳裏によぎったのは、あの自称悪魔のことだ。
とびっきりの悪夢をプレゼントすると悠然と笑っていた少女。
そこでジェイドは納得した。
なるほど、コレは夢なのか、と。
夢ならば、いつか覚めるだろう。コレは悪夢なのだから、現実ではない。
恐らく何か薬のようなものを嗅がされ、こんな夢を見ているのだと。
だからキムラスカで町中を引き回され、石を投げつけられ罵倒されても、ギロチン台に上がる時もジェイドはひたすら願っていた。
悪夢よ、早く覚めてくれと。
ギロチンの刃が落ちるまで、後数秒。
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