後悔の先(後悔の先Z)



「すみません、遅くなりました」

 駆け込んできた旦那に抱きかかえられ、恐怖に支配されていた私の身体は反射的に旦那にすがり付いていた。
 がたがたと細かく震え、ぽろぽろと涙を流す様はまるで子供のよう。みっともないと思うものの無様なまでに旦那に縋りつく私が居た。

 そしてそんな私の周囲で、がしゃがしゃと鎧の鳴る音がする。それは乗り込んできた元英雄達を捕縛し、被害を受けた私達を保護するための人員だった。
 どうやらキムラスカ兵とマルクト兵が混じっているらしい。ようやくもう安全なのだと本能でも理性でも理解した体が途端に眠気とだるさを訴えてきたが、近場に居た兵士が何か範囲系の譜術を使ったかと思うと一気にその眠気も吹き飛ぶ。

「まだ身体はだるいですか?」
「いえ……だいぶ楽になりました。あの、奥様は」
「大丈夫ですよ。治癒術師と一緒に医者も呼んでありますから」
「良かった……」

 ホッと息をつく私に、旦那も少しだ頬を緩めた気がした。
 しかしその微笑みを見つめる暇もなく、かけられそうになっている猿轡から何とか逃れている元英雄達がぎゃあぎゃあと騒いでいることに気を取られる。
 旦那は心底不愉快そうにそちらを見やると、立てますかと言いながら私に手を差し伸べてくれた。

 旦那の手を借りて立ち上がった後、自分でも現金だと思うが安全が確保された状態になって、ようやく自分の中にふつふつと怒りが湧き上がっていることを感じていた。
 それはこの情勢下に置いてあとさき考えずファブレ公爵家を襲撃し、且つその愚かさを持ってかつてのルーク様を追い詰める原因となった元英雄達に対する怒りだった。
 恐らく彼等はもうすぐ処刑される。もう二度と会う機会はないだろうから、何かしら文句を言ってやろうと口を開こうとして、しかしいざとなっては何を言って良いか解らずに口を閉じる。

 彼らのことは憎いし、嫌いだし、恐ろしいと思っている。
 しかし溢れてくる感情ばかりが先立ってしまい、罵倒する言葉が見つからないことと先ほどまでの恐ろしさが相まって、私は感情のままに拳を握りしめることしかできなかった。
 何か言ってやろうと口を開くたびに何と言って解らずに口を閉じる自分の何と間抜けなことか!

 同じことを思ったのだろう。怪訝な目で私を見ながら、頭がおかしいんじゃないのと言い切った元導師守護役についに怒りの限界を超えた私は殴ってやろうと心に決める。
 しかし彼女らに歩み寄る前に、私は背後から旦那に抱きしめられた。正確に言うなら、抱きしめる形を借りて拘束された。

「落ち着きなさい」
「でも、あいつ等……っ、あいつ等のせいで、私達はっ、ルーク様は……っ!!」
「大丈夫、解ってます。言葉にせずとも貴女の気持ちも、貴女の言いたいことも全部解ってます。だから大丈夫です。貴女が暴力をふるっても彼等は改心しません。むしろ貴女が拳を痛めたことにルークは心を痛めますよ。だから落ち着きなさい」

 言い聞かせるように言われ、拳を握った手を大きな掌でやんわりと包み込まれる。旦那の言葉を聞いて何故か溢れてきた涙を服の袖で拭い、何とか落ち着こうと大きく深呼吸をする。
 確かに旦那の言うとおりだ。私が暴力をふるうまでも無い。どうせこいつ等は変わらない。
 変わるのならばこの五年の間にとっくに変わっているだろう。変わらなかったからこそ今この現状なのだと自分に言い聞かせる。
 が、変わらないどころか彼等は劣化しているのかもしれない。そんな私を見て、あの襲撃をかけてきた忌々しい聖女の子孫が甲高い声をあげた。

「大佐、騙されないで下さい! 私達が何をしたというんですか! こんなこと許される筈がありません!」

 よく通る声だった。同時に不愉快で恐ろしい声だった。
 彼女は旦那に縋るように、そして同情を請うようにそう言った後、アイスブルーの瞳で私をキッと睨みつける。

「貴女が何を企んでいるか知らないけど、こんなことをして何が目的なの! 私達に冤罪をかけて、大佐や奥様まで騙して、一体どういうつもり!?」

 あくまでも自分達を絶対正義とするその物言いに私は眩暈を起こしそうになった。冤罪をかけられているのはこちらの方だ。私が一体何をしたというのか。
 同じ言葉を使っているのにも関わらず話が通じないのならば相手をするべきではないと判断し、私は無視を決め込んだ。
 私が無視した事でまた喚くかもしれないがどうせもう捕まるのだし、言い合いをしたほうが余計に体力と精神力を消耗すると自分に言い聞かせる。

 案の定再度何か喚こうとしていた私だったが、突如旦那の手に磨きぬかれた槍が現れる。コンタミネーションと呼ばれる、旦那にしか扱えない現象だ。
 それは知識としてあったが実際に見るのは初めてだった。初めてみるコンタミネーションに驚いていると、旦那は氷のように、いや氷よりも冷たい瞳で先ほどまで喚いていた女の首筋に槍を突きつける。
 喉を引きつらせて言葉を詰まらせた女の目は、何故自分がこんな目に合うのか解らないと雄弁に語っていた。

「ティア、それ以上私の妻を侮辱するのであれば……私も本気で怒りますよ」

 眼鏡のブリッジを押し上げながら告げられたのは忠告でも警告でもない。最終通達だ。その言葉で旦那の本気を悟ったらしい他の元英雄達も、ごくりと生唾を飲み込みながら口をつぐんだ。
 ナタリア様にいたってはかたかたと震えてすらいる。旦那はようやく黙った彼等を見渡した後、槍をその手から消して、しかしその玲瓏な雰囲気はそのままに温度の無い声で告げる。

「あなた方はこれが誰かの策略だと思い込みたいようですが、そのようなものはありませんよ。あなた方が捕らえられているのはあなた達が愚かだからであり、そんな愚かな人間に着いて行くのも導かれるのも嫌だという国民の総意です。だからこそキムラスカで革命は成ったのですから」
「ティアとアニスもそうです。教団に住まう人間は、貴方達と言う存在が不愉快で、邪魔だった。そしてそれを掬い上げたガイ、貴方もです。最早マルクトは貴方を必要としていない。ガルディオスの廃嫡は決定事項です。もう戻ってこなくて良いですよ」
「貴方達はね、もう誰からも必要とされていないんです。いい加減それを自覚し、大人しくすることですね」

 傍から見ていてもきつい言葉だった。それをかつての仲間から言われた彼らの心情は一体どれ程のものだろう?
 言葉を失う者、脱力するもの、忌々しそうに眉を顰める者、全員が全員今度こそ猿轡を嵌められて連れて行かれる。
 多分、彼等を見ることはもう二度とないだろうなと項垂れた背中を見送りながらぼんやりと思った。

 そうして連れて行かれたのを確認してから、奥様がまず旦那に謝罪をしていた。
 私も旦那様から直々の謝罪を頂き、もう安全だろうからとファブレ邸をあとにして最初に通された王城の一室へと向かう。
 慣れているといっても過言ではなかったファブレ邸だがやはりお客様扱いであったことと長らく続いた緊張状態に力が入っていたらしく、旦那と二人きりになった途端に全身の緊張がほぐれていくのがわかった。

「ルビア」
「? は、い?」

 いっそのことベッドにダイブしてやろうか。
 そんなだらしのないことを考えていたのを見透かすように名前を呼ばれたかと思うと、旦那から思い切り抱きしめられた。
 旦那の長い髪がさらさらと私の肩に流れてくる。男性特有の力強さで抱きしめられ、私はどう反応して良いかわからずにバクバクと心臓が煩いのを感じながら文字通り固まってしまった。

「あ、あの」
「無事で良かった……」
「……その、大丈夫、です。怪我もありませんし」
「ファブレ邸が襲撃されたと聞いたとき、心臓が止まるかと思いました」
「大げさな……」
「大げさなどではありませんよ。この年になって肝が冷えるという感覚を初めて知りました」

 少し苦しいくらいに抱きしめられ、頬に熱が集まるのが解った。恐らく今の私の顔は真っ赤なのだろう。それくらい、鏡を見なくとも解る。
 それを誤魔化すようにもう一度大丈夫だからと念を押せば、怪我はどこにもありませんねと更に念を押すように言われる。
 奥様方が守ってくださったし、私自身は攻撃も何もされていないと告げれば旦那はようやく身体を離してくれた。

「顔が赤いようですが、熱でも?」
「ありません、ありませんから。本当に大丈夫ですから」
「本当に大丈夫なんですね?」
「はい。大丈夫です」

 安心させるように力強く頷く。旦那もようやく安心したらしく、頬を緩めながら私の頬にそっと手を添えてくる。
 真剣な瞳で見下ろされ、思い出したのはファブレ邸に預けられる直前のこと、旦那に愛して欲しいと懇願されたことだ。

「……では、あの時の返事を聞いても大丈夫ですか?」
「ぁ……」

 吐息ともため息とも取れない声が漏れた。性急過ぎるだろうという思いが無いワケではない。
 だが旦那も旦那で事態が収束するまでずっと待っていたのだろうというもわかる。

 しかし正直なところ、わからない、というのが私の本音だった。
 ファブレ邸に居る間ずっとずっと考えてきた。

 私はこの人を愛せるだろうか。
 私はこの人が憎くないのだろうか。
 私は……この人を好きなのだろうか?

 出会った頃の旦那のことを思い出す。あの時はこの人が憎くて憎くて仕方なかった。
 あの時の私は自分の身に降りかかる不幸に耐え切れず、誰かを憎む事で心の安定を図っていたのかもしれない。

 一緒に暮らしている間の旦那を思い出す。生活が安定した事で、私の心にも余裕が出来たことは否定しない。
 今思えばちょっとずつ嫌味もへって、その代わりとでもいうように旦那が私を見つめることも増えていった。

 そしてこうしてキムラスカの土を踏んでからのことを思い返す。
 ファブレ邸を襲撃され、過去のトラウマが刺激されて怯えていた私を救ってくれたのは旦那だった。私は間違いなく、旦那が来たことに安心していた。

 ああ、なんだ。そう考えれば簡単なことだ。旦那が来たことで安心していた。これがもう答えじゃないか。
 私は何だかんだ言って、もうこの人のことを信頼して、信用していたのだ。このジェイド・カーティスという、不器用でどうしようもない男のことを。

「……私だけじゃ駄目ですよ」
「……?」
「私が貴方を愛すように、ジェイドもちゃんと私のこと、愛してくださいね?」
「……勿論です。ルビア、愛してます……誰よりも」

 少しばかり遠まわしな言い方になったというのに、ジェイドは間違いなくその言葉の意味を正確に汲み取り、綺麗に笑って私に口付けてきた。
 唇を塞がれ抱き寄せられて身動きできなくなった私はジェイドにしがみ付くことしかできない。箍が外れたように口付けばかりを繰り返し、それが終わる頃には私は酸欠状態に陥ってしまった。

「愛しています。どうか、これからもずっと側に居てください。病める時も健やかな時も」
「……はい。死が二人を別つまで」

 初めて私からジェイドに手を伸ばす。
 その手を握り締めて、ジェイドはまだ足りないというようにキスを落としてきた。


   ※※※


 その後革命の成ったキムラスカを去る際に、私とジェイドはもう一度ルーク様のお墓参りをした。
 私がジェイドのことをルーク様に報告したように、ジェイドもルーク様に私のことを報告したのだろう。
 届くかどうかは知らないし解らないが、それで良いのだと思う。奥様の言うように、お墓とは残された者の心を慰め死者を供養するためのものなのだから。

 英雄達は首を跳ねられたらしい。公開処刑だったらしいが、私は見に行かなかったので結局は伝聞でしか知らない。
 私達が公爵夫妻に挨拶をしてマルクトに帰還したあと、キムラスカは共和制へと姿を変えた。

 そしてその翌年、私は男の子を出産。子供の名前の由来は勿論というのもおかしいが、やはりルーク様だ。
 ルーク様のことを思うと時折どうしても切ない気持ちになることがある。けどあの英雄達はもう居ないし、旦那に当たるのも違う気がするから抱え込むしかない。
 なのに旦那はそんな時に限って私を抱きしめてくるから、本当に卑怯だと思う。同時に、私達はいつまでもこんな風にルーク様のことを抱えて生きていくのだと思う。

 色んなことがあって、たくさん後悔した。けど未来は存在して、私達に平等に訪れる。
 だから私達は過去をきちんと背負って、生きていかなければならないのだ。




後悔の先




あとがき

 最初は三話で終わる予定だったんですが……あれ、おかしいな。
 後悔するジェイドと、何の力も持たない一般人のお話でした。


清花


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