厳しめSS詰め合わせ(無知は罪)


鉱山の町、アクゼリュス。
マルクトから和平の使者が訪れたことで、キムラスカは肉を切って骨を絶つ思いでルークを親善大使として派遣することに決めた。
軟禁されていたルークのために補佐として付けられたのは、ナタリア…ではなく影武者のメリル・オークランド。
そしてルークの世話係として着いてきたのが、ファブレの遠縁にしてルーク達の幼馴染でもあるルビア・ガーネットだ。

ルビアは本来王族の出ではあるのだが、家が没落してしまったことと預言に詠まれない生まれのためにルークの家で使用人として暮らしている。
普段はメイドとして働いているものの、ファブレ家から相応の教育を施され、ゆくゆくは社交界に出る予定もある。

ルークはダアトを黙らせ、真意を探るため。
そしてメリルはマルクトの真意を探るためにそれぞれ道中は口を噤んでいたのだが、デオ峠に差し掛かる頃には既に頭の血管がぶち切れそうなほどストレスを溜め込んでいた。
無礼な使者、弁えない神託の盾兵二名と、控えめに見えて我を通そうとする導師に、役立たずの使用人。
もう切り捨てる材料としては充分すぎるほどだが、アクゼリュスに着くまではと三人は必死に耐えていた。

「イオン、無理はしてないか?」

「はい。大丈夫です」

険しい山道にルークがイオンに問いかける。
ルビアが様子を伺えば少しばかり汗ばんではいるものの、顔色が悪いようには見えない。
イオンの返答にルークはなら休憩はもう少し後で、なんて考えているとティアがこれ見よがしにため息をついた。

「ルーク、どうしてそう貴方は気が利かないの?無理をしてないかと聞かれて無理をしてますと答えられる人間なんて居ないわよ」

「そうだな、もう少し気の利いた言い回しができれば良いんだがな。まぁルークには難しいか」

「まぁルークは気を使われる側の人間ですからね…いきなり気を利かせろと言われても難しいのでは?」

ティアの言葉にガイとジェイドが追従し、言葉にこそしないもののアニスも同意しているようだ。
ルークは何度目か解らないため息をぐっと堪え、無視して前を向いて歩き出した。
言っても無駄だということは、道中嫌というほど学んでいる。
しかしルークほど忍耐力が無いのか、いや自国の王族を侮辱されるのに耐え切れなかったらしいメリルとルビアの米神には青筋が浮かんでいた。

「ちょっとルーク、人が注意しているのに無視するなんてどういうこと?貴方、そんな態度で居るといつか痛い目にあうわよ」

「ナタリア、イオン、ルビア、あの木陰に着いたら休憩しようと思う。まだホーリーボトルあるか?」

「はい、ございます。ではついでにお昼も食べてしまいましょうか」

「そうですわね。今日中に峠を越えることは難しいでしょうし、野営をするならば早めに昼食を取っても問題は無いでしょう」

「イオン、良いか?」

「ルーク!人の話を聞きなさい!それに勝手に決めないで頂戴!」

「やれやれ、急いでアクゼリュスに行きたいのですがね…」

「まぁまぁ。ルークはルークなりに一生懸命やろうとしてる訳だから…」

「それはそうかもしれないけど…どうしてこんな気が利かないのかしら…?貴族ってみんなこうなの?」

イオンの返事を遮って好き勝手喚く輩、そしてティアの呟きを聞いて、ついにルビアの堪忍袋の緒が切れた。
腰に差していた鞭を手に取り、まるで生き物のように操るとティアを思い切り打ち付ける。
痛みに悲鳴を上げるティアの声を聞いて、全員が足を止めた。
怒りで瞳を染め上げたルビアが、痛みに悶えているティアを踏みつけている。

「人が黙って聞いていれば…ルーク様が気が利かない?一兵卒如きがふざけるのも大概にしてもらえますか?
そもそも本来貴方如きが口を聞けるお方ではないというのに、よくもまぁ好き勝手言えるものですね、分を弁えない痴れ者風情が!」

乾いた音が鳴り、再度鞭がティアを叩く。
むき出しになっている二の腕を正確に叩いたせいで、ティアの肌は赤く腫れあがっていく。

「ルビア!いきなり何をするんだ!」

そんな中、空気の読めないガイが間に割って入る事でルビアを制止しようとした。
しかしルビアは戸惑うことなくガイに対しても鞭を振るい、ガイの着ていた服が裂ける。

「貴方もですよ、ガイ・セシル。使用人という身にありながら分を弁えない愚か者。
ファブレ家の使用人が貴方のような者だと思われるなど…屈辱以外の何者でもありません」

「オ、俺はしっかり仕事をしていただろう!?」

「ではお聞きしましょう。貴方の仕事はなんですか?」

「何って…ルークの使用人で護衛剣士…っ!?」

「ふざけたことを言わないで下さいな。貴方がいつルーク様の世話をしましたか?貴方がいつルーク様をお守りしたと?さぁ、いつです、言って御覧なさい!」

「それは…」

ガイは口を開こうとして、言いよどんだままそのまま視線をそらす。
答えられるはずが無いのだ。
タタル渓谷に飛ばされ、バチカルに帰還するまでルークの世話をしていたのはルビアである。
途中から合流したとはいえ、ルビアがルークのみを守って闘う中、ガイはルークに当然のように前衛をさせて守るそぶりなど一つも無かった。

「っ、そんなことより、何故私を叩くというの!」

「何故?先程私は言った筈ですが?それとももう一度解りやすく言って差し上げましょうか?
分を弁えず、身分を理解することも、軍人の義務も理解できず、ルーク様が気が利かないなどと妄言を抜かす貴方に私の堪忍袋の緒がついに千切れてしまったからですよ」

口を噤んでしまったガイに取って代わるように、ティアが叩かれた場所を押さえながらルビアをにらみつけた。
しかしルビアは鞭をきつく握り締めながら、絶対零度の視線でティアを見下ろして告げる。
そんな中、ジェイドが眼鏡のブリッジを押し上げながらどうでも良さそうに呟いた。

「ルークが気が利かないのは事実だと思いますがねぇ…」

「お言葉ですが名代殿、ルーク様はバチカルに帰還するまで、そしてつい先程も気を利かせておられましたが?貴方の目と耳には入りませんでしたか?」

「おやおや、いつルークが気を利かせたと言うのですか?私にはとんと覚えがありませんが。
アニス、貴方にはありますか?」

「え!?えーとぉ…アニスちゃんわかんない。てへ」

ふざけた返事をしているものの、アニスもルークが気を利かせたところなど一度も思いつかないのだろう。
馬鹿にしているのが顔だけでありありと解る。
そして隣で黙って聞いていたメリルもついにぶつん、ときたらしい。
父親譲りの怪力で傍にあった枯れ木を思い切り殴り倒すことで怒りを発散させた後、驚きで何もいえなくなったアニス達にいい加減にしてくださいませ、と眉根を寄せながら言い捨てた。

「解らないのはあなた方が無知だからでしょう。現に今もルークはイオンを気遣っていたではありませんか。
導師を御覧なさい。僅かに汗ばみ、顔が赤くなっています。
体力の無い導師がこの状態で歩き続ければやがて汗が止まり、脱水症状を起こしてしまいますわ。
だからルークは木陰に着いたら導師を休ませ、塩分や糖分、そして水分を摂取させるために食事にしようというルビアの意見に同意したのです。

本来ならば貴方が気をつけなければならないことでしてよ」

最後の言葉はアニスにのみ向けられたものである。
そこでアニスはようやくイオンの顔色に気付いたらしく、恥辱で顔を赤くしながらもどうして言ってくれないんですか、とイオンに向かってお説教を始めた。
不愉快だったのか、イオンが謝る前にルビアが鞭を鳴らして止める。

「イオン様を責めるのは筋違いでしょう。貴方は導師守護役。
導師をお守りするのが貴方の務め。自分の職務怠慢を上司のせいにするなど、責任転嫁もはなはだしい。
それに名代殿、自分は関係ないという顔をなさっていますが、これは貴方にも言えることだと解っておりますの?」

アニスを黙らせ、無関係を装っていたジェイドに向かってルビアは冷たい視線を向ける。
無言になった二人に不愉快げに眉根を寄せると、ルビアは更に言葉を続けた。

「そもそもイオン様の同行に対し、今回の責任者であるルーク様の意見を無視して真っ先に賛同したのは貴方だったと私は記憶していますが。
ルーク様はあの時イオン様を諌めたにも関わらず、貴方は同行を許可した。
この意味が解っているのですか?イオン様の同行に対し自分が責任を取るといったも同然だと。

それと先程もアクゼリュスに急ぎたい、と貴方は仰っていましたね。
お体の弱い導師が同行なさることになれば足が鈍ることなど子供でも解るでしょうに。
それなのに自分はイオン様のお体を気遣うことも忘れ、ルーク様が気遣えばあのような言い方をして…。

ルーク様がいつ気を利かせたか私にはとんと覚えが無い?
貴方がしなければならない気遣いまでしてくださっていたというのに、それに気付かないでよくもまぁぬけぬけと言えたものですね。
マルクトの名代殿は随分とご立派でいらっしゃる!」

ハッと鼻で笑ったルビアを咎める声は上がらない。上げられない。
メリルはそれにため息を一つつくと、これも気付いていないのだろうなと呆れたように声を上げた。

「それともう一つ、ジェイド、貴方お父様への謁見に対し先触れを出して居なかったでしょう?
ルークからの鳩が来てお父様方は慌てて和平の使者を迎え入れる準備を致しましたのよ。
謁見を希望するなら先触れを出すのは当然のこと。これはマルクトもキムラスカも関係なく、王族に会いたいというのならば二ヶ国の関係が悪かろうと何だろうと最低限の常識ですわ。
ルークが気を利かせなければ貴方の謁見はもっと後になっていたどころか、そもそも入城すらさせて貰えなかったかもしれませんのよ」

「グランツ響長、貴方もですよ。
タタル渓谷でルーク様が散歩がてら帰るのも良いかもと仰っていたでしょう。
ルーク様は王命によってお屋敷に軟禁されている身、本来ならばそんな呑気なことをいえる状態ではありません。
アレは貴方に気遣ってルーク様が仰った言葉です。貴方は気付くこともできませんでしたがね」

「もっと解りやすく言ってくれれば良いじゃない。あんなので解るはずが無いわ!」

「解らない貴方が無知なだけでしょう?むしろ解らない人間の方が少数派だと思いますが?
どれだけコミュニケーション能力が無いか知りませんが、そもそもルーク様は貴方が対等に口を利けるようなお方ではないのです。
本来ならば膝を着いて頭を下げ、ルーク様のご尊顔を拝見することも叶わない一兵卒如きが知ったような口を聞いて…臣下としてどれ程不愉快にさせられたことか!」

「おいルビア、それくらいにしとけ」

再度ヒートアップしかけたルビアを、ルークがやっと止めに入る。
何故もっと早く止めないとティアがルークを睨んだが、ルークはそれを綺麗に無視してメリルも落ち着け、と言うだけだ。

「どうせもう何しても無駄だ」

そしてルークはこれから進む筈の道を指差した。
そちらからはマルクト兵とキムラスカ兵、そして神託の盾兵が揃ってコチラへと走りよってきている最中だ。
何故三ヶ国の兵士がやってくるのか理解できていないティア達に、ルークはやっと視線を向ける。

「もうお前らの未来は決まったみたいだからな、精々自分のしでかしたことの責任を取ることだ」

「もう結果が出たということでしょうか?」

「まぁ道中隠れることなく散々不敬三昧だったからなぁ」

三国の兵士はルークの礼をとった後、理解できないティア達を次々に捕縛していく。
抵抗しようとするティア、アニス、ガイ、ジェイドの四人だったが、正規の兵士に敵うはずも無く、イオンが止める間もないまま一気に捕縛された。
それをボーっと見ながら、ルークはふと首を傾げる。

「こういうのなんて言うんだっけか?何かピッタリなことわざあったよな?」

「……無知は罪、ですか?」

「そう、それだ」

ルビアの答えにルークは手を叩き、迎えの兵士達に囲まれてまたゆっくりと峠越えを始めるのだった。



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