Twitter Log(紅に黄金をいただく00)


薄暗い地下、清潔ながらも悪寒が走るその場所は、先祖代々が使ってきた秘密の部屋だ。
血なまぐさく決して口外できないような、残虐という言葉がよく似合うようなことを何百年とここで繰り返してきた。
染み付いた怨嗟は、呪いは、そしてどす黒い血は決して洗い流せるようなものではない。
現に部屋のあちこちにはうっすらとどす黒いものがこびりついていて、何も知らぬ者が見ればたちまち逃げ出したであろう。

殆どの人間が存在すら知らないこの部屋は、なんとキムラスカの首都バチカルの、王城の真下にあった。
そんな部屋が存在する時点で分かる通り、ランバルディア王家の軌跡とは華やかなものではない。
血と裏切りこそが友であり、信頼すべきは肉親ではなく調教を尽くした手駒と部下である。

だというのに、とそこに存在する場違いなほど豪奢な椅子に座っている女は、産まれて何度目か解らないため息をつきたくなった。
今の王家を見ろ。
預言に溺れる王と、綺麗事しか語らない王女。
彼らがランバルディアを名乗ること自体女にとって屈辱であり、血が繋がっているという事実が身体中をかきむしりたくなるほどの恥だった。

「クリムゾン」

優雅に足を組み替え、部下の名を呼べば彼は背後で静かにこうべを垂れる。
彼もまた女にとって有用な部下であった。
同時にクリムゾンにとっては彼女に仕えられることは至上の喜びであり、自分は彼女に仕えるために生まれてきたのだと心の底から信じている。

「マルクトから和平の使者が来たそうだな」
「はっ。和平の証として鉱山の街の救援を求めております」
「ほう、鉱山の街か。して、お前の目から見て使者なる男は如何だった?」

女の問いかけにクリムゾンは珍しく口を開くのを躊躇った。
しかし彼女の問いかけとは、すなわち話せという命令である。
クリムゾンは自分が見たままの和平の使者を語り、同時に息子ルークからの報告をあげる。
話が進めば進むほど女の眉間に皺が寄って行ったが、話を止められなかったクリムゾンは全てを口にした。

「……随分と、舐められたものだな」

ぞくり。
クリムゾンの背中に駆け上がる悪寒は、目の前の女の怒気が原因である。
幾多の戦場を駆け抜けた将軍相手であろうと、支配する者には敵わない。
当たり前だ、将軍とは部下を多く引き連れた駒であり、彼もまた支配されるものなのだから。

扇子を弄びながらうっすらと笑みを浮かべる女は、正に将軍が、貴族が、キムラスカに住まう人間全てが仕えるべき存在である。
現にクリムゾンは己の背後でカタカタと震えている息子を感じている。
恐怖による震えなのか、それとも武者震いか。
おそらく前者であろうと考えると、同じ血を引いておきながらこれほどの明確な差があることが少しだけ悲しかった。
まぁこの主は年齢にそぐわず他に類を見ないほどの存在である。故に仕方ないと感じる割合の方が大きい。

「我がランバルディア王家を侮辱せし者の名を上げよ」
「はっ。マルクト帝国軍第3師団師団長ジェイド・カーティス大佐。
つづけてローレライ教団導師イオン。
同じくローレライ教団神託の盾騎士団主席総長ヴァン・グランツ謡将。
同じくローレライ教団神託の盾騎士団大詠師モースが旗下情報部第1小隊所属ティア・グランツ響長。
同じく神託の盾騎士団導師守護役部隊所属導師守護役アニス・タトリン奏長。
以上が、報告に上がっており且つ王城でも礼儀をわきまえなかった無礼者になります。
ルークの報告に加え、迎えに寄越したガイ・セシルも同様の報告を上げておりますので間違いございません」

クリムゾンは報告しながらも思った。これでダアトは終わりだろう。
己の仕えるべき主は預言を信奉していない。
クリムゾンもかつては預言には従うべきだと思っていたが、それが間違いだと教えてくれたのはこの主なのだから。

「ふん。今頃モースはルークを鉱山の街に派遣すべきだと主張しておるのであろうな」
「はい。恐らくインゴベルト陛下に囁いていることでしょう」
「そして父上ならばそれを受ける。馬鹿なことよ……だがちょうど良い。
クリムゾン、支度をしろ。恐らくルークは親善大使に任命されるだろう。
お前は余をその補佐として推薦せよ」
「なっ!?」

流石にそれは予想していなかったクリムゾンは反射的に顔を上げる。
そこには深く鮮やかな真紅の髪を棚引かせ、翡翠の瞳を爛と輝かせながら微笑んでいる彼女がいた。

「時は来た。支度せよ。動くぞ。
このキムラスカを舐め腐ればどうなるか、この私が、ナタリア・ルツ・キムラスカ=ランバルディアが骨の髄まで教え込んでやる」

悠然と笑む、本物の王女。
彼女が是以外の答えを求めていないのは明白であり、またそれ以外の答えを持たないクリムゾンは、御意の意を込めて静かにこうべを垂れた。



《紅に黄金を頂く》


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