参謀総長のご飯事情(深夜の鍋ラーメン)


 ふぅ、と一つ息を吐いて僅かな私物をどさりとテーブルの上に置く。
 ヴァンによる無茶な訓練を何とかこなしたボクは当初の予定通り、ヴァンの推薦を経て第五師団師団長に就任した。
 こんな得体の知れない子供を師団長に据えることを許す預言はやはり存在自体が害悪だ。預言も、そして預言にどっぷりと浸かる人類もさっさと滅べばいいのにと一人ごつ。
 しかし世界を滅ぼすためにはまだまだ時間が要るし、悪事であれ慶事であれ大きなことを成すにはそれに見合う準備がいる。
 計画を始動するまでの隠れ蓑にして下準備を円滑に進めるために、第五師団師団長という地位はそれなりに利用できるものだった。

「前任の荷物は……殆どないね」

 残してあるものは使っても良いと申し送りを受けていたが、殆ど持って出て行ったようだ。前任の師団長から引き継いだ部屋は地位の高さを示すように、一般の師団員よりも広く快適な作りをしている。
 最低限の寝床と生活できるものがあれば良いと考える以上、無駄なスペースになるであろうことを想像しながらがらんとした室内を見渡し確認していく。
 備え付けらしいソファセットや執務机は古そうではあるものの清潔そうではあるし、背の低いチェストの上には空の花瓶が一つぽつんと置かれている。
 奥のドアを開けば暗く短い廊下。そこには無理矢理詰め込まれたように細いドアが三つあり、ひとつはトイレ、一つは小さなバスルーム、もうひとつはキッチンとベッドの置かれた生活スペースへと繋がっていた。

 なるほど。最初の部屋は応接間兼仕事部屋で、こちらがプライベートスペースということかと納得する。
 師団長ともなれば下っ端のように上の命令にだけ従っていればいいというわけではない。それなりにお偉方の相手もする必要があるようだということが垣間見えた瞬間だった。

 面倒だ。
 正直な感想を心のうちで零しながら、残された備品を確認するために片っ端から引き出しや扉を開けていく。
 クローゼットを開ければハンガーがいくつかかかっているのと、支給品の枕カバーやシーツなどが綺麗に畳まれて置いてある。
 しかし何より驚いたのは、一人で暮らすにはいささか不釣合いなほど立派なキッチンに残された料理道具の数々だった。

「うわ、何これ」

 フライパンが大中小合わせて三つ、鍋が四つ、蒸し器が一つ、更に底の深い鍋だかフライパンだか判別のつかないものが大小二つ。
 ボールが四つ、泡だて器が二つ、ゴムベラ、木ベラ、菜箸、トング、ミトンが二つにタッパが大小合わせて合計八つ。
 コーヒーミルにカキ氷機、他にもクッキーの型やトレイやら何やら明らかに一人暮らしには必須でない料理道具が山ほど残されていた。
 中には何に使うか解らないものも多く、ガラクタの山を目の前にして思わず呆然としてしまう。神託の盾には食堂があるというのに、一体前任は何をしていたというのか。

「……ま、いっか」

 あって腐るものでもない。必要ないならしまっておけばいいのだ。ボクがわざわざ捨てるための労力を支払うのも馬鹿らしい。
 確認のために出していた道具達をぽいぽいと流し台の下に放り込む。一番小さい鍋とフライパン、それから菜箸とお玉だけを一応流し台に出しておく。
 料理の基礎は一通りヴァンから習っている。食堂がある以上使うこともないだろうが、まあ使うとしたらせいぜいこのあたりだろうと判断してのことだった。
 それから少ない荷物をクローゼットに押し込み、予め渡された支度金を持って日用品をそろえる頃には既にとっぷりと夜は更けていて。

「……しまった、食堂閉まってるじゃん」

 ぐう、と腹の虫が鳴く頃には既に夜中になっていた。全く持って面倒くさいと、自然とため息が漏れる。
 人間を模して作られたこの身体は手間のかかることに食事だの睡眠だの排泄だのと、被験者と同じような生活の営みをしないと維持することができない。
 どうせなら食事も睡眠も必要の無い体にしてくれれば良かったのにと製作者達に心の中で愚痴を言いながら、今日買ってきたものの中に何か食べられるものがあったはずだと重い腰を上げた。
 要は腹を満たせれば何でもいいのだ。体を維持し動かすためのエネルギーさえ摂取できれば。

「あー……これでいいか」

 やはり一人で暮らすには不釣合いの大き目の冷蔵譜業の中から、今日適当に買ってきたものを取り出しキッチンへと並べる。
 小さな片手鍋をザッと洗ってからなみなみと水を入れ、コンロの上に置いて火をつけた。沸騰するまでの間に他のものを準備するのだ。
 取り出したのは四分の一カットで売られていたセール品のキャベツだ。安かったから手に取ったのだが、一人でも四分の一は多いような気がする。
 次からは買うのをやめようと決めてから六〜七枚のキャベツを手で剥がし、水で軽く洗ってから料理用の包丁を手に取った。あと果物ナイフだの何だの色々とあったが、手に取りやすい位置に取っておいたのはこの一本だけだ。

 サイズは大体一口大。食べ辛くならないよう、大きすぎなければいい。わざわざサイズをそろえたりもしない。
 同時にブウサギのばら肉を取り出し、これもそこそこの大きさでさっさと切った後、更にその中から脂身だけを切り出しまとめておく。
 ブウサギの肉の脂身は熱するとよく溶ける。そのため炒め物をする際にこれを使えばわざわざ油を敷かなくとも済むのだ。

 まだ鍋の水は沸騰していない。それを確認してからこれまた一番小さいフライパンを取り出し、鍋の隣のコンロにかける。
 強火にしてやればすぐに熱を持ち始め、熱くなったフライパンに先ほど切り出したブウサギの脂身をまとめて投入した。
 小さな音がして僅かに煙が上がり、フライパンの表面に油が浮かぶ。用意しておいた菜箸で脂身を転がし、フライパンの表面に油をいきわたらせる。

「……こんなもんかな」

 火を弱めたコンロの上にフライパンを置き、続けてブウサギの赤身の部分を投入すれば先程よりも明確にじゅううと肉の焼ける音が耳に届いた。
 焦げ付かないように気をつけながら菜箸で混ぜてやれば、段々と火の通った肉は色を変え、肉の焼ける独特のいい香りで鼻腔を擽る。
 更にその焼けた肉の中に一口大に切ったキャベツを投げ入れてやれば、キャベツの水分にフライパンがまたじゅうじゅうと音を立てた。

 いい感じだ。そう判断してキャベツと豚肉をしっかりと混ぜ合わせた後、最後にブラックペッパーを少しかけてから更に混ぜ合わせ、焦げ付かないよう少しだけ水を加えてフライパンに蓋をする。
 コンロの火を止めてやれば、後は勝手に余熱で蒸し焼き状態になるだろう。

 その頃には片手鍋の水も十分に沸騰していて、コンロの火を調整してから個別包装された乾麺をぐつぐつと沸騰している中にぽいと放り込んだ。
 縮れた麺を乾燥させ、立方体の形に圧縮したその麺はヴァンのしごきの最中に作る手間が少ないからとよく食べさせられたものだ。

 暫くお湯の中に沈んでいた乾麺はすぐにお湯を吸って柔らかさを取り戻し、三分もすれば縮れた麺がお湯の中で縦横無尽に踊り始める。
 菜箸でそれらをかき混ぜ麺をほぐしてやり、そろそろ頃合だろうという頃にコンロの火を止め、鍋の中の水を流しに半分ほど捨てた。
 そうすれば丁度麺に被るほどのお湯が残る。それを確認してからようやく味付け。一緒に買っておいたスープの元――瓶入りのとんこつ味――を取り出した。

「ヴァンは味噌ばっかだったからなぁ」

 正直、とんこつのが口に合うんだよね。
 一人ぼやきながら瓶の中身をそのまま鍋の中に垂らす。とろりとした乳白色の液体がぼたぼたと麺の上に落ちていった。
 目分量で少し濃い味になる程度に調節し、鍋の中身をかき混ぜて全体に味を染み渡らせる。
 そしてようやく蒸しておいたフライパンの中身の出番だ。蓋をはずせばぶわりと湯気が湧き立ち、中からほんのりと色味を濃くしたキャベツとブウサギの肉が顔を出す。
 それを纏めて片手鍋の中にぶちこみ更に混ぜてやれば、ようやく夜食は完成した。

 フライパンを流し台に放り込む。勿論、フライパンの中に水をためておくことも忘れない。
 それから少し考えて、面倒だと思ったボクは新しい箸を取り出すことも、わざわざテーブルにつくこともせずにその場でさっさと食べてしまうことを決めた。

 鍋の中を見れば縮れた麺の間に綺麗な黄緑色のキャベツとブウサギの肉が泳いでいる。とんこつスープはしっかりと絡んでいるようだ。
 その中に菜箸を突っ込み、キャベツと肉と麺を一気に取って口の中へと放り込んだ。とんこつ味だ。

 ずず、と音を立てて麺を啜り、口の中で肉とキャベツを租借する。キャベツはまだしんなりと仕切っておらず、熱を宿しながらもしゃきしゃきとした歯ごたえがする。
 肉もまた噛みあげる度にじゅわりと肉汁が溢れ、それがとんこつ味の麺とよく絡む。そして時折予めかけておいたブラックペッパーのぴりりとした辛さが舌の上で弾ける。
 やっぱり味噌よりとんこつだろう。間違いない。

 キャベツと肉だけを取って口に放り込めば熱かった。慌ててはふはふと口の中で転がしてやりながらも、歯を立ててやれば肉が口の中で躍る。キャベツとの相性も良い。
 続けて麺だけを啜る。パスタなどと違って啜ることのできる麺は楽だが、その中でもこの麺はスープの中の麺を啜るからずずずっと豪快な音が立つ。
 何よりどんぶりに移して食べないのでとても熱くて、それがまたいいと思う。片手鍋の取っ手を片手で持ち、もう片方の手で菜箸を扱い麺を啜るのだ。
 上品ではないが訓練で野営をしている際はよくやったし、一人で夜食を食べる分には何の問題も無いだろう。

 額にうっすらと汗をかきながら、訓練時の習慣からついつい急いで食べてしまう。全てを食べ終わるころには体がぽかぽかとしていた。
 腹六分目といったところか。少し迷ったものの、どうせもう寝るだけだし、と鍋の底にスープは捨ててさっさと洗い物を終わらせ夜食はそこで終了だ。
 自分で作るのはやっぱり面倒だから、明日からは食堂を利用しよう。そう決めてからシャワーを済ませ、少しかび臭いベッドに身を投げたのだった。


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