参謀総長のご飯事情(ポトフの行方)


ことことと煮込む。香るブイヨン。肉と野菜のうまみをぎゅっと詰め込んだ黄金色のスープは見てるだけで食欲をそそる。
ごろごろと入っているのは人参、じゃがいも、それからビーフの塊。あめ色になるまで炒めた玉葱はすっかりと色をなくし、スープと同化してしまっている。
僅かに入れた胡椒がぴりりと味を引き締めるいいアクセントになっているはず。そう思いながらお玉で鍋の中身をくるりと一混ぜ。
美味しそうにできた。それは満足。問題はない。いや、ある。
味に問題はないのだ。ただ……。

「多すぎだろコレ……」

量を間違えてしまったのである。
料理にも慣れてきたと思ったのに分量を間違えるとは何たる不覚。慣れた頃が一番危ないと言うがコレか。いや、違う気がする。
いくら食べ盛りとはいえ流石に大なべいっぱいのポトフは遠慮したい所存。しかし作ってしまったものは仕方ない。ため息をつきつつ、深皿に今日の晩御飯分のポトフを盛る。
今日のご飯は鮭のムニエル、野菜たっぷりポトフ、シーザードレッシングのかかった季節の野菜特盛りサラダ〜クルトン入り〜と、新しくできたパン屋から買ってきたフランスパンだ。
二センチ幅でカットしたフランスパンは綺麗にバスケットに並べて既に準備万端である。最近は料理の見目にも拘るようになってきた。うん、我ながら贅沢。

「いただきます」

まあ作りすぎてしまったものは仕方ないと、処理の仕方は後回しにしてとりあえずは晩御飯である。
まずはスプーンを手に取り、じっくり煮込んだポトフのスープを一口。うまい。肉のうまみとさっぱりした野菜の出汁がよく出ていた。
続けてあえて大きめに切っておいた野菜、少し迷ってからじゃがいもを大きく口を開けて一口でぱくり。
熱すぎるそれをはふはふと口内で転がしつつ、歯を立てればほっくりとしたじゃがいものほのかな甘み、そしてしみこんだスープの味に自然と頬が緩んだ。
この分なら人参にもしっかりと味が染み込んでいるだろう。なのであえて今度は贅沢に分厚く切ったビーフの塊をスプーンで掬う。
舌を焼けどしないよう気をつけながら口に放り込み、噛み締めれば柔らかな肉はあっさりと噛み千切ることができ、肉の濃厚な旨みがスープと絡み合って口内が一瞬で天国になった。
ゆっくりと租借をして飲み込めば、良いお肉を使っただけあって口の中に脂っこさが残らない。最高かよ。

『美味しい』

堪らない。口内の熱を逃がすように深く息を吐きながら、もう少しで自分の舌が満足する程度に、自分の料理の腕も上がることだろうと思う。
まだ少し足りない。と思うのだ。それが何かと言われれば困ってしまうけれども、それでもある程度のレベルまでは上がってきたと思う。

箸でムニエルを一口大に切り分け、ソースが零れないよう気をつけながら口へと運ぶ。うまい。
小麦粉を付けた表面がカリッとしているのに、身はふわっと柔らかく下味として付けておいた塩胡椒と後からかけたソースの相乗効果が素晴らしい。
鮭は塩焼きにしてもうまい、焼いても美味い、刺身でも美味い、もう万能魚じゃないのかコレ。
そんな馬鹿なことを考えながら、一人だからこそできる"箸でムニエルを食べる"と言う行為に没頭する。
コレが仕事の席だったら面倒なナイフとフォークを使わなければならなかっただろう。自炊ってこういうときも便利だ。

「あー、うま……」

一旦箸を置き、残ったソースにフランスパンを浸して食べる。これはこれでうまい。
二枚ほど食べたところで今度はサラダにフォークを突き刺す。ざっくりと混ぜてシーザードレッシングを満遍なく行き渡らせ、しゃくっと音を立てて新鮮な野菜に歯を立てる。
散らばっていたクルトンはカリカリで、良い食感のアクセントになりつつ、程よい塩気を感じて味を飽きさせないようにしてくれる。
トマトの水っぽさのお陰で味が濃すぎるということもなく、サラダもまたあっという間に空になってしまう。

まだ少しだけ残っているポトフのスープに、余ったフランスパンを浸す。
たっぷりとスープを吸ったフランスパンは元の硬さなど微塵も感じさせず、あっさりと歯で噛み千切られる。
じゅぐりと音がしそうなほどひたひたになったパンもまたきっちり堪能した後、ポトフのスープを飲み干してから僕ははふううぅと息を吐いた。

「ごちそうさまでした」

ぱん、と手を合わせて口にする。ほんとココ最近美味しいご飯のためだけに生きてる気がする。
まあ他に楽しみもないから、あながち間違ってはいないのだけれど。
けれどまあこうして食に目覚めなければ僕の人生はもっと味気ないものだったに違いないから。




翌日、せっかくの休みだと言うのに僕は未だなみなみと存在を主張するポトフを前にし、腕を組んで悩んでいた。
どうしたものか。せっかく良い肉を買ったのだからと張り切って作ったせいで、こんな量になってしまった。
それなりの出来だったから今日もまたポトフを食べてもいいのだが、流石に毎食食べれば飽きてしまう。

なので少し迷ってから、少しずつ工夫して食べていくことにした。
朝、一食分のポトフを小鍋に移しそこに炊き立ての白米を投入する。
くつくつと煮込み、米にもしっかりと味がしみこんだところでなんちゃってリゾットの完成だ。
更にオムレツ、カフェ・オレ、サラダに使った野菜にわかめともずくを加え、和風ドレッシングをかけて一食完成。美味しかった。

昼になって改めて悩んだ末に、今度はフライパンを取り出した。
投入したのはバター、小麦粉、牛乳の三種類。それらを全てフライパンに投入し、中火でくつくつと煮込んでいく。
とろみがつくまで混ぜ続けたら、ホワイトソースもどきの完成だ。
今度はそれをポトフの中に投入し、更に時間をかけて煮込んでやればシチューもどきのできあがり。

シチューだけでは当然足りないので、朝の残りの白米を使ってバターライス。
そして新たにじゃがいもをマッシュしてポテトサラダ……を、作ろうとしたけれども少し手を加えてたらこマヨを使ったポテトサラダに。
もう少しボリュームが欲しいが一品作るほどでもないと感じて、最後にヨーグルトに苺を潰したものを加えてデザートにすれば完成だ。
休みの日は良い。一日中料理に時間をつぎ込める。少しバター多めの昼食は、やっぱりこってりしていて美味しかった。

夕食。アッシュに六神将で行う会食に誘われたが断って、残り一食分となったシチューを目の前に頭を捻る。
このまま食べても良い。しかしどうせならもう一手間。そう考えた末、また米と一緒に食べることに決めた。

まず取り出したのは耐熱皿だ。五センチほどの深さのそれに炊き立ての白米を敷き、真ん中にくぼみを作る。
真ん中のくぼみに生卵を割り入れた後、残ったシチューを煮詰めたものをかけていく。煮詰めているお陰でどろりとしながらも味が濃くなったシチューが白米を覆い隠した。
追加で取り出したのはチーズである。以前ピザを焼いたときに使ったものだが、細切れになっているそれを均等になるようにシチューの上にぱらぱらとかけていく。
たっぷりとチーズをかけたら後はオーブンで焼くだけだ。山と盛られたチーズに満足しながら、250℃に設定したオーブンの中に皿を突っ込んだ。
後は焼きあがるのを待つだけ。出来上がったときには立派なドリアになっているだろう。

さて、ドリアはそれなりにボリュームがあるが、それだけでは物足りない。
コーンポタージュあたりを合わせても美味しいかと思ったが、それではホワイトソースばかり使って同系統の味になってしまう。
それならばと考えて、たまにはシンプルにコンソメのみの味でも良いかと決めた。ドリアが濃厚な味になることが予想できる以上、さっぱりとしたものの方がいいだろう。

小鍋を取り出し、塩胡椒とコンソメを加えただけの簡単なスープを作る。
そしてそこに溶き卵を穴開きお玉越しに流しいれていく。すると不思議なことに、スープの中で卵が花開くようにふわりとするのだ。
ふわりふわりとスープの中で黄金色に花開く卵に満足しつつ、お椀に注いで待つこと十分。
出来上がったドリアと一緒にコンソメ卵スープを運び、今日の夕食の始まりだ。

「あっつ」

出来立てのドリアにスプーンを入れれば、ふわりと上がる湯気と美味しそうな匂い。
ふいに触れてしまった深皿は熱く、ふぅふぅと息を吹きかけて少しだけ熱を冷ましてから口いっぱいにドリアを頬張る。
白米にもシチューの味がしみこんでいるのが解る。その上でチーズの濃厚な旨みが踊っている。
食べ進めていくうちに途中出てきた卵は見事に半熟で、黄身をつぶして溶けたチーズの上に乗せてやれば濃厚さの上にまろやかさがプラスされた。

勿論コンソメスープも忘れない。ドリアの濃厚さを忘れさせるほどさっぱりとしたシンプルなコンソメ卵スープのお陰で少しくどくなりかけていたのがリセットされる。
禄に噛まずとも卵がするりと喉を通り、ごくごくと喉を鳴らしながら熱いスープを飲み干していく。
スプーン?使う必要はない。お椀に口を付けて直接飲んでいくのは自炊ならではの贅沢だ。

ポトフの頃からずっと中に入っている野菜とビーフは限界まで味が染みこんでいて、その上にチーズを乗せてスプーンで掬い上げる。
とろりと糸を引くチーズを噛み千切り、乳製品の旨みと野菜や肉そのものの旨みを凝縮した味を噛み締める。
舌の上で奏でられる美味しさのパーカッションにいつまでも味わっていたくなるが、じゃがいもは少し歯を立てるだけでほろりと崩れる。

「うまっ……」

身体が熱を持っていくのを感じながらもスプーンは止まることなく、全て食べ終わる頃にはぽかぽかと全身が温まっていた。
カランと乾いた音を立てて空になった深皿にスプーンを放り込み、背もたれに体を預ける。

「あー……シアワセかも」

『美味しい』、と思う。
無意識のうちに漏れた言葉に自分で密かに驚きながらも、意味もなく天井を見上げ満足感を感じながらそっと眼を閉じた。


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