参謀総長のご飯事情(物足りない飯盒炊さん)



「あーもう、不便」

 ため息と共に漏らした不満に当然返事はない。
 ただ副官が少しだけ申し訳なさそうに身じろいだが、気付かないふりをして団員達に休憩と食事を取るように指示を出していく。
 小隊長達が次々に自分の隊員達に野営準備を始めるよう指示していくのを見ながら、もう一度だけため息をついて自分の分のテントへと向かった。

 ダアトを出奔して、早くも一月以上経った。それ以来野営を主にしているので、まともな食事が作れないのがもどかしくて堪らない。
 ヴァンについていくことに後悔はないが、それでも不満は覚えてしまう。
 エルドラントに入ればまた代わるのだろうかと思いつつ、それまでまだマシな隠しアジトにさっさと引っ込みたい衝動に駆られて仕方がない。
 まあアジトに関しては着いてきた神託の盾兵全員を収めきれないのでたまにしか行けないのだけれど。

「ったく、こんな不味いもの食えるかっての」

 栄養価重視の携帯食料を放り出し、食材をバッグに詰め、他にも携帯コンロやら小鍋やら食事の準備に必要なものを抱えて野営用の焚き火に近づく。
 食事を用意する非戦闘員は僕の姿を見ると最早慣れたもので、飯盒炊さんの準備がされているところを指差して教えてくれた。
 焚き火の火を分けてもらい、既に飯ごうの中に一合分の米が入っていることを確認してからその場にどっかりと腰を下ろす。

「さて、と」

 飯ごうの中から少しだけ水を抜き、焚き火に火をつけてから携帯コンロに小鍋をかける。空焚きされる前に水筒の水を注げばあとは沸騰するまで放置だ。
 飯ごうにかかる火が強くなりすぎないよう調整しつつ、持ってきた鮎と肉の塊を次々と鉄串に刺していく。ああ、野菜が恋しい。

 ぱちぱちと火がはぜる音を聞きながら、しっかりと鉄串に固定した鮎に塩を、肉に胡椒を振りかける。
 そして火の近くで地面にぶっ刺せば、後は焼きあがるのを待つだけだ。勿論、時折向きを変えてやることも忘れない。

 そして沸騰しかけた小鍋の水を見て、慌ててナイフを取り出したまねぎを切っていく。勿論まな板なんてないから切れたものから順に鍋に投入していく実に雑なスタイルだ。
 四分の一だけカットして使用した後、近くに居た非戦闘員に残りを渡せば夕飯に使いますねーなんて暢気な声で言いながら受け取った。勝手に使え。
 本当はフライパンで炒めたいのにそれができないことを悔しく思いながら、くつくつと煮える中に固形タイプのコンソメの元をぶち込む。
 そこから塩胡椒で味を調えれば、後はどれも火加減に気をつけながら出来上がるのを待つだけだ。全く、単調すぎる食事だと思う。

 まあ同系統の味ばかりではあるが、焼きたてを食べられることが唯一の救いだ。火を受けてぱりぱりに焼けたのを見ながら、その隣では肉が肉汁を滴らせ火に脂を注いでいる。
 ぐぎゅるるるとお腹が鳴ったのを聞きながら飯ごうを火から外し、もういいだろうとまずは鮎に手を伸ばした。

「いただきます、っと……はふっ」

 歯を立てれば皮がぱりぱりと音を立て、ふっくらとした身が舌の上で蒸気を躍らせる。その熱さにはふはふと呼吸を繰り返しながら、じんわりと染みる塩味に舌鼓を打つ。
 飯ごうを開け、ふわりと香る米の匂いを胸いっぱいに吸い込んだあと、スプーンを差込みさっくりと混ぜ合わせる。
 おこげを剥がし口に放り込めば、僅かな焦げの苦味と香ばしさに舌なめずりをしてしまう。
 鮎と一緒に米を堪能した後、いつの間にか色をなくししんなりとした玉ねぎが沈んで完成していたコンソメスープを音を立てないようすする。うまい。

 携帯コンロの火を消しながら何度も時間をかけて口に運び、体がぽかぽかと温まってきたところですっかり火の通った肉へと手を伸ばした。
 鉄串でやけどしないよう気をつけながら、肉汁滴る肉の塊へとかぶりつく。胡椒だけのシンプルな味付けだが、その分ぴりりと効いた黒胡椒が舌の上で踊る。
 魚とはまた違う脂身のたっぷりと詰まった肉に何度も歯を立て、ごくりと飲み込めば満足感で満たされていく。勿論、米も一緒に食べるのを忘れない。

 そうして一気に鮎と肉を食べきり、スープも三分の二ほど消化したあと、残ったスープを飯ごうの中にぶちこんでまた火にかける。
 くつくつとコンソメスープの中で米が踊り、もっちりとした米が玉ねぎを絡めとり、スープを吸い込んでずっしりとしていく。
 更にその上にチーズを乗せて一煮立ちさせれば、なんちゃってチーズリゾットで締めだ。とろりとした乳製品独特の甘みが今まで塩胡椒だけだった舌を喜ばせた。

「はー……ごちそうさま」

 リゾットを一粒残さず食べ終えたところでシンプルすぎる食事に肥えた舌は不満を訴えてきたが、とりあえず腹は満ちた。
 火を消して食後の休憩を取りつつ、意味もなく空を見上げる。

 本来ならば、喜ぶべきところだ。だって計画は着々と進行している。
 アッシュのレプリカが中心となって邪魔立てしてくるものの、それでもヴァンは裏で動き続けている。計画が実行されれば憎い被験者も預言もなくなる。それは僕の望みでもある。
 けれど。

「……飯がなあ……」

 僕の舌は切々と訴えている。うまいものが食べたいと。
 まさかこんなことに悩まされるとは思ってもいなかったために、頭を抱えながら僕はごろりと地面に寝転がるのだった。


前へ | 次へ
ALICE+