「バレンタイン?」
「そう、昔居た詠士バレンタインを由来とする日さ。お世話になっている人、親しい人に贈り物をする日なんだって」
どこか楽しそうに笑うイオン様に、私はさようですかと返事をした。
今年12歳になられるイオン様は、私だけをつれて現在中庭でのんびりと過ごしている。
普段つれているアリエッタは今は居ない。
何でも母たるライガ・クィーンが卵を産んだとかで休暇を貰ってそちらに出向いているらしい。
友たる魔物たちを率いて広範囲の警護を一人でやってのけるアリエッタが居ない以上、本当ならば他の守護役もつれてきたい所だったのだが、イオン様が要らないと跳ね除けたので私一人で警護しているというわけだ。
「ではアリエッタに贈り物でもされますか?」
「うん。アリエッタの分はもう準備してあるんだよね。けど君の分を用意するの忘れちゃって」
「私、ですか?イオン様をお守りするのは導師守護役として当然のこと。そのお心だけで充分です」
「僕があげたいんだよ。と、いうわけで、はい」
イオン様は突然かがんだかと思うと、中庭に咲いていた小さな花を私に寄越してきた。
一瞬意味が解らなかったが、どうやらこの花が私へのプレゼント、ということらしい。
随分と安直だな、という思いと、これを摘むためだけにわざわざ来たのか、という思いが湧き上がる。
「…ありがとうございます」
それでも礼を口にして受け取ろうと手を伸ばせば、イオン様が手を遠ざけてしまったために私の手は空振りした。
くれるんじゃなかったのか。
「動いちゃ駄目だよ」
片眉を上げた私に対し、くすくすと楽しそうに笑いながらイオン様は更に花を摘んでいく。
そして摘んだ花達を私に持っているように言うと、私の背後に回りお団子にしていた髪をといてしまった。
とかれてしまった私の髪が背中にかかり、イオン様が鼻歌でも歌いそうな雰囲気でそれをゆるく三つ編みにしていく。
「あの…イオン様?」
「もうちょっとだから待ってて」
できた、と小さく呟いてからイオン様は私に渡した花達を取り上げ、その花を三つ編みに差し込んでいく。
私の髪が何やらファンシーになっていくのが想像できて、待て待て待てと言いたいのをぐっと堪えた。
「よし。もう動いて良いよ」
「イオン様…」
「あはは、できあがり。今日は一日これで過ごしてね」
試しに髪を手前に持ってきてみれば、三つ編みに差し込まれた大量の白い花たち。
予想通り私の髪は随分ファンシーな状態になっていた。
「僕からのプレゼントだよ」
「私の仕事は警護なのですが。動き回ることもあるのですが」
「駄目、これで過ごして。導師命令」
にこにこと無邪気に笑いながら言われ、私はため息をつきながらかしこまりましたと言う。
イオン様が突拍子もないことをするのは今に始まったことではないのだ。
「うん、やっぱりエリーゼには白い花が似合うね」
「…ありがとうございます」
「エリーゼ、膝を突いて」
「は。これで宜しいですか?」
その場に膝を着いた私は、必然的にイオン様を見上げる形になった。
イオン様は笑顔のまま、私の両頬に手を添えて心底楽しそうに呟く。
「知ってるよ。エリーゼは絶対に僕に対して敬語を崩さないけど、導師じゃない僕を心配してくれる数少ない守護役だって。
預言よりも僕の身体を心配してくれる、大事な大事な僕の守護役だ。
君は僕を導師だから敬うんじゃない。むしろ君は、導師である僕を哀れんでる節があることだって知ってる」
楽しそうに、愉しそうに。
笑うイオン様は無理矢理私を上に向かせ、視線をあわせながら言う。
全て見破られていたことに多少の驚きを覚えたものの、私はさようですか、と一言告げるだけで終わらせた。
見破られたからといって、何というのだ。
私がイオン様にお仕えするのは変わらない。
私は守護役になったからイオン様に仕えているのではない。
イオン様だからお仕えすると、自分で決めたのだ。
「だから君は好きだよ。アリエッタは特別だけど、他の守護役達の中でも、君が一番ね」
「ありがとうございます」
「僕が贈る最後のプレゼントだ。だから今日は一日、それで過ごしてね」
「結局そこに戻るんですね」
「当たり前じゃないか。僕が手ずからやったんだ。外したらお仕置きね」
「外れた場合は?」
「お仕置きかな」
「結局お仕置きなんですか」
「君が気をつければ良い話だよ」
くすくすと笑い声が響く。
イオン様はそれじゃあ帰ろうか、といってさっさと歩き始めた。
私も立ち上がり、イオン様の斜め後ろを歩く。
最後のプレゼントだというイオン様の言葉が脳裏を掠める。
私はその言葉を、あえて無視した。多分イオン様もそれは気付いているのだろう。
だからイオン様も何も言わない。口にしない。
背中で揺れる髪に意識をやる。
イオン様からのプレゼントがこれで最後なら、今度は私からプレゼントを贈ろう。
「次の公務はなんだっけ?」
「大聖堂にて説法を」
「面倒だね。代わりにやってよ」
「ご冗談を」
例えそれが墓前に飾る花だとしても、絶対に。
そう、この髪を飾るような、白い花を贈るのだ。
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