「ねぇ」
「はい?」
「何これ?」
「いやぁ、私の部屋にはおさまりきらなくなっちゃったので」
「だからって執務室に持ってくることないよね?」
「大丈夫です。シンクの部屋にも飾ってありますから」
「無断侵入だよね、それ」
簡単な打ち合わせのために部屋を空けていたのだが、いつの間にか僕の執務室が花だらけに成り果てていた。
両手一杯に花束を抱えた元凶、もとい僕の副官兼恋人であるエリーゼは悪びれる様子もなく更に花を飾っていく。
やめろ、これ以上増やすな。
「どうしたのさ、これ」
「貰ったんですよ。バレンタインってことで」
執務机の上に花、窓枠にも花、ローテーブルの上にも花、本棚にも花。
ありとあらゆるところに色とりどりの花が飾られている。
強い香りを放つ種類もあるのか、時折甘ったるい匂いが鼻を掠めた。
「あ、チョコも貰ったんですけど、食べます?」
「要らない」
「そうですか?」
ソファの上に積まれているラッピングされた箱にちらりと目をやり、何だかもやもやした気持ちを抱えながら執務机に向かった。
何でそんなに貰ってんだか。
いや、当たり前か。
僕の代わりとでもいうように師団員達の面倒を見ているのはエリーゼだ。
この花やチョコレートも、恐らく団員達から贈られたのだろう。
ポケットの中に入れていた箱をそっと握り締める。
こんな溢れ変えるくらいの花束に比べたら、僕が用意したものなど意味を成さないかもしれない。
エリーゼは鼻歌を歌いながら、更に花を増やしていく。
この部屋を花で埋めるつもりなのか知らないが、どんどん増やされていく花を無性にむしりたくなった。
「ねぇ、片付けてよ。邪魔」
「邪魔にならない位置に置いてるから大丈夫です」
「これとか邪魔じゃない?」
「いつもそこは空いてるでしょう」
確かにその通りなので、僕は反論する言葉を失った。
僕の苛立ちには気付いてないのか、エリーゼは飾り終えた花を見て満足そうな顔をしている。
その顔をこっちにも向けて欲しくて、気付けば僕はエリーゼの名前を呼んでいた。
「エリーゼ」
「はい、なんでしょう?」
「……嬉しいわけ?花なんて貰って」
「そりゃ嬉しいですよ。普段頑張ってるかいがあるなぁって思えますし」
自分からふった話題だと言うのに、頬を緩ませて答えられれば再度湧き上がる苛立ち。
解ってる。子供っぽい嫉妬だ。
それでも胸のうちから湧き上がる感情は止まらない。
「他の男からのプレゼントを、よくもまぁ恋人の前で堂々と晒せるよね」
鼻で笑いながら漏れ出す皮肉。
違う。こんなことが言いたいんじゃない。本当は僕だって。
ポケットの中の小さな小箱の存在を感じながら後悔するも、言った言葉は無くならない。
エリーゼは僕の言葉を聞いてきょとんとした後、後悔する僕に歩み寄ってきて仮面に手をかけてきた。
そっと仮面が外され、視線が絡み合う。
「嫉妬してくれたんですか?」
「……どうせ子供だよ」
「そんなことないです。シンクが私のことを好きだから、嫉妬するんでしょう?
正直花なんて何の足しにもならないって鼻で笑われるだけだと思っていたので、嬉しいです」
照れたように笑うエリーゼに、僕は気恥ずかしさを覚えて視線を逸らした。
こんなことで嫉妬するなんてと笑われると思っていた、なんて言ったらそれこそ笑われてしまいそうだ。
エリーゼが嬉しいと言ってくれたことに便乗するわけではないが、エリーゼの手を強引にとってポケットにしまっていた小箱を乗せる。
これでもっと喜んでくれたら良い。
そういった思いがあるのは否定しない。
エリーゼは突然渡されたプレゼントに僅かに首を傾げつつ、僕に視線だけを向けて問うてくる。
解っているくせにこうして視線を投げかけてくるのだから、本当に卑怯だと思う。
「バレンタイン。要らないなら捨てれば良いさ」
「…あけてもいいですか?」
「好きにすれば?」
かさかさと微かに紙の擦れる音がして、エリーゼがラッピングをはがしているのが解る。
ちらりと視線を向ければ、簡単な箱に入った花形のジュエリーを見て僅かに目を見開いているエリーゼが居た。
…そんなに驚くようなものを選んでしまったのだろうか、僕は。
「…シンク」
「…何?文句は言わないでよ?プレゼントなんて選んだの初めてだし、一応店員に相談して一番似合いそうなの選んだけど、でも…君の好みなんて解らないし」
「嬉しいです!今年のバレンタインで貰ったものの中でも一番!ありがとうございます!」
うっすらと頬を赤らめながら勢い良く言われて、僕の言い訳は強制遮断された。
その勢いに少しだけ驚きつつも、花のような笑顔を見せているエリーゼにプレゼントを喜んで貰えたのだと解ってホッとしてしまう。
こんなにも喜ばれるのは予想外だったけど。
選んだのは、淡いオレンジの花を連ねたブレスレット。
エリーゼはそれを手に取ると、利き手ではない手首に早速巻いていた。
「仕事中につける気?」
「執務室の中だけです。出る時は外しますよ」
「…そんなに気に入った?」
「シンクからのプレゼントですよ?嬉しいに決まってるじゃないですか!大事にしますね」
ブレスレットをそっと撫でながら言われ、緩みきった頬にキスをしたい衝動に駆られる。
抗う必要も無いだろうと、僕はエリーゼの後頭部に手を添えて引き寄せ、そのまま唇を重ねた。
「……いつもありがと」
「コチラこそ。これからも頑張りますね!」
リップ音を立て、もう一度キスをする。
慣れるほどに味わってきた柔らかな唇も、今日だけは一段と甘い気がした。
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