「エリーゼ、今大丈夫ですか?」
「はい、イオン様」
私はエリーゼ、導師守護役だ。
といってもずば抜けて腕が立つわけでもなく、何か特技があるわけでもない。
だから何故自分が守護役に抜擢されたのか不思議でたまらなかったが、せっかく大詠師モース様直々の推薦を頂いたのだからと精一杯お勤めさせて貰っている。
最初こそ幼いながらも非常に有能だという導師様のお側役になることに緊張していたが、噂とは裏腹にイオン様は優しげな方で今では親しいと言っても過言ではないくらいだ。
私には、もったいないくらいに。
「忙しいところすみません。実はちょっと…エリーゼに渡したいものがあるんです」
「私に、ですか?」
執務室に招き入れられ、イオン様はどこかもじもじしながらそんな事を言ってきた。
私に渡したいもの、といわれても全然ピンと来ない。
なので素直に次の言葉を待っていたら、イオン様は数度深呼吸をした後背後に隠していた手を勢いよく私に突き出してきた。
その手にあるのは、よれよれの花冠。
「…これは?」
「その、以前今日はバレンタインという日だと聞いたのです。
親しい人やお世話になっている人に日頃の感謝を込めてプレゼントを渡す日だと。
その中でも花はポピュラーな贈り物だと聞いたので、アニスに教わって作ってみたのですが…」
ほんのり頬を染めながら言われ、その微笑ましさに笑みが零れそうになる。
私はありがとうございますとお礼を言ってから、上手とは言えない花冠を崩さないようそっと受け取った。
慣れないながらも一生懸命作ってくれたのだと、一目で解る品だった。
「もっと上手に作れたら良かったんですけど」
「そんなことありません、嬉しいです。それにイオン様の気持ちはきちんと頂きましたから」
「僕の気持ち、ですか?」
「はい。私への感謝や想いを…この花冠に込めて下さったのでしょう?」
そっと胸に抱けば、じんわりと湧き上がる温かい気持ち。
上手い下手の問題ではない。私の為にわざわざ手間隙をかけてくれた。
それがとても嬉しいのだと言えばイオン様はやっと笑顔を見せてくれた。
「エリーゼが喜んでくれて僕も嬉しいです」
「イオン様が喜んでくださって何よりです。しかし…すみません。私は何も用意してなくて」
「いえ!僕が好きでしたことなんです。気にしないで下さい」
私が謝罪すれば、イオン様は慌ててそんな事を言う。
どうもイオン様は守護役に対して腰が低すぎるなぁと内心苦笑していると、イオン様があ、と小さく呟いておずおずと私に伺ってきた。
「その…お礼を要求する、というわけではないのですが…一つお願いしても良いでしょうか?」
その提案に私は珍しい、と目をぱちくりさせる。
イオン様は基本的に奥手で自分の主張というものをしない。
そんなイオン様がおずおずとではあるものの、希望を口にしたのだ。
私にできることならば可能な限り答えてあげたいと思い、笑顔で答える。
「私で聞けることでしたら、何なりと」
「あの…その、じゃあ…!
エリーゼのこと、ぎゅってして、いいですか…?」
「…ぎゅう、ですか?」
それはつまり抱きしめさせて欲しい、ということだろうか。
顔を真っ赤にしながら主張するイオン様が可愛らしくて可愛らしくて、零れそうになる笑みを必死に堪える。
「はい。エリーゼのこと、ぎゅうってしたいです!」
「…どうぞ」
服の裾を握り締めながら再度頼まれて、私は今度こそ笑みを漏らしながら答えた。
イオン様は顔を真っ赤にさせたまま、恐る恐る私のほうへと手を伸ばしてくる。
そして私の背中に手を回し、まるで壊れ物を扱うかのように優しく力を込めてくれた。
もっと強く抱きしめてくれても、別に私は壊れたりはしないのに。
「…あたたかいですね」
「イオン様も温かいですよ」
「…やわらかいです」
「女の子ですから。でももっと強くぎゅうってしても大丈夫ですよ」
「ほ、ほんとですか?」
「はい。そんな簡単に折れたりしませんから」
というか、イオン様にそんな力があるとは思えない。
苦笑交じりに言えば、イオン様は僅かに背中に回している腕に力を込めてきた。
肩口に顔を埋められ、少しばかり息がかかってくすぐったい。
布越しに伝わる体温に私も目を細め、湧き上がる幸福感を気付かれないように噛み締める。
「エリーゼ…僕、貴方に言いたい事があるんです」
囁かれるように紡がれる言葉。
ぎゅっと抱きしめる力が更に強くなる。
どくどくとイオン様の心臓が早鐘を打っているのが解った。
「僕…僕、貴方のことが…」
ヤバイ、と本能が警鐘を鳴らす。私はその先の言葉を聴いてはいけないと。
先程まで胸の内を占めていた幸福感が凍り付いていくのを感じながら、イオン様が口を開く前にそっと肩口を押して身体を離した。
「…イオン様、そんなに力を込められては花冠が潰れてしまいます」
「あ…」
私が示した明確な拒絶に、イオン様は傷ついたような表情を浮かべた。
しかしすぐにそうですね、と言って離れていく。
その顔はやはり寂しげだったが、かける言葉も見当たらず私は花冠へと視線を落とした。
ほろりと花が一つ落ちる。
同時に圧迫されて結び目が解けたのか、花冠はただの花紐へと変わってしまった。
「…崩れ、ちゃいましたね」
ぽつりとイオン様が呟く。多分、私の拒絶と重ね合わせているのだろう。
暗い顔を見て咄嗟に慰めの言葉をかけようとしたが、拒絶をした張本人である私がかける言葉など無いのだとすぐに引っ込める。
代わりに花紐となってしまった花冠の結び目を再度修理してみる。
私もあまり器用な方ではないのだが、幸い他の結び目はしっかりしていたのでちょっとばかし歪になったがすぐに修理は終わった。
黙ってそれを見ていたイオン様に、私は微笑みを向ける。
「イオン様」
「…はい」
「私は導師守護役、導師であるイオン様に特定の想いを抱くなど恐れおおくてできません。
周囲も私がそんな感情を抱いていると知ったら、すぐさま私を除隊処分とするでしょう」
私の言葉を聞いてイオン様はハッとした表情を作る。
そう、例え想っていても口にしてはいけないのだ。
導師が守護役と恋に落ちるなど、あってはいけない。
導師は教団の象徴であり、民衆の救いでもある。それを独占するなど決して許されない。
両想いでなくともイオン様が口にしてしまえば、私は除隊処分を受けることになるだろう。
イオン様はそんなつもりではなかったと言いたいのか、はたまたそんな事は嫌だと言いたいのか、眉を八の字にしてふるふると首をふっている。
「ですが…私個人としては、イオン様という個人をお慕いしておりますよ。
花を頂いて、私はとても嬉しかった」
「エリーゼ…」
「花が繋いでくれた想い、しかと受け取りました。ありがとうございます、イオン様」
花冠を胸に抱き、頭を下げる。
その言葉は受け取れないけれど、確かに私は思いを受け取ったのだ。
「…花が、繋いでくれたんですね」
「はい。お陰で私はこれからも、イオン様のお傍に居ることができます。花に感謝しなければいけませんね」
「…そうですね。エリーゼ、これからもよろしくお願いします」
「不肖エリーゼ、まだまだ腕は未熟なれどご期待に応えられるよう力を尽くす所存です。
導師守護役の名にかけて、必ずやイオン様をお守りいたしましょう」
弱々しいけれど、まだまだ悲しげだったけれど、イオン様はやっと微笑みを見せてくれた。
その事に安堵しつつ、膝をついて頭を垂れる。
例え想いが実らずとも、口にすることが許されなくても、イオン様がくれた花冠が繋いでくれたこの絆をできうる限り繋いでいきたい。
この人の傍に居たい。居させて欲しい。
すぐに顔を上げるように言われ、私は精一杯の微笑みを浮かべてみせる。
イオン様が飲み込んだ、私が拒絶してしまった、大好きの言葉の代わりに。
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