ウチの使用人には、少し変な奴がいる。
名前は確か、エリーゼ。
他の奴がオレを見てため息ばっかりつくところで笑顔を見せる、変な奴だ。
ただ、オレはそいつのことが嫌いじゃなかった。
だってオレが解らないのを見てため息をついたりしない。
解らないのに呆れて笑ってるんじゃないって、何となく解るから。
「オイ」
「はい、ルーク様」
「今日、何かあんのか?」
「今日、ですか?」
「他のメイド達が話してたんだよ。バレンタインとかで」
「あぁ、そういえば今日はバレンタインですねぇ。ルーク様はバレンタインはご存じなかったのですか?」
「…あぁ」
オレが素直に頷けば、さようでしたかとエリーゼは笑った。
他の奴等ならそんなことも知らないのかと呆れた表情を見せたり、ガイだったらそれくらい知っとけよとか言うところなのに、エリーゼは相変わらずニコニコとしている。
エリーゼは解らないといえば素直に教えてくれる。
だからオレも、ちょっと照れくさいけど、素直に聞けるのだ。
「で、バレンタインって何だ?」
「昔バレンタインという偉い方が居たんです。その方が名前の由来になっていまして、巷では親しい人やお世話になっている方にプレゼントを贈ったりするらしいですよ」
「プレゼント?」
「はい。お菓子や花などが一般的だそうです」
親しい人やお世話になっている人に、プレゼント。
エリーゼの言葉を頭の中で繰り返し、考えた。
じゃあ、エリーゼに贈ったほうが良いのだろうか、と。
「ならオレもエリーゼに贈った方が良いのか?」
「私ですか?私はファブレ公爵家に勤める一介のメイド、そのようなお気遣いは不要ですよ。
ルーク様にお仕えするのは私の勤めなのですから」
オレの疑問に、エリーゼはまた笑顔で答えてくれる。
けどそれがオレの相手をするのは仕事だからだっていわれたような気がして、カチンときた。
だからエリーゼの手を掴み、無理矢理引っ張って歩き出す。
オレの背後でエリーゼが戸惑ってた気がしたけど、無視して中庭へと向かった。
「ペール!ペールはいるか!」
「はいはい。庭師ペール、ここにおりますよ」
「あ、あの…ルーク様?」
中庭に出て、まずはペールを呼んだ。
いつものように土いじりをしていたらしいペールは、中庭の隅にある花壇の植え込みから返事をしつつ泥に汚れた顔を出す。
エリーゼがオレの名前を呼んだけど、まだムカムカしてたから無視した。
「ペール、今庭で一番綺麗な花はどれだ?」
「一番綺麗ですか。難しい質問ですなぁ」
「良いから。どれなんだよ?」
「そうですな。今一番咲き頃なのはコチラの花でございます」
ペールの案内を得て、俺は花壇の一角に足を向けた。勿論、エリーゼの腕は掴んだままだ。
ペールが一生懸命育てたのだろう。薄桃色の花は虫に食われることも枯れかけている様子もない。
それをくれと言えば、ペールは畏まりましたと言って花を一輪切ってくれた。
オレはそれを受け取った後、エリーゼに向けて差し出す。
「ん」
「あの、ルーク様…?」
「ん!」
「…くださるのですか?」
「それ以外に何があんだよ」
「しかし私はメイドで…」
「じゃあエリーゼがオレに優しいのも仕事なのかよ!
オレはエリーゼが他の奴みたいに、オレが知らないことがあってもため息ついたりしなくて嬉しかったんだ!ちゃんと教えてくれて嬉しかった!
それも全部仕事だから、何の意味もないって言うのかよ!」
なかなか受け取ろうとしないエリーゼに、思わず大声になってしまう。
ペールは驚いたような顔をしていたが、すぐに穏やかな顔になってどこかに行ってしまった。
何事かと母上が窓からオレを見ていた気がしたが、やっぱり無視した。
「…そんなことは、ございません。
私はルーク様が本当はとてもお優しいことも、知らないことをそのままにするのが嫌なことも、笑顔がとても素敵なことも存じております。
確かにルーク様にお仕えするのは私の仕事です。
ですが…私はルーク様にお仕えできて、嬉しいと思っておりますよ」
「じゃあ受け取れよ」
「しかし…」
エリーゼの視線がちらりと使用人たちが住まう棟のほうへと向けられる。
「…ラムダスになら、オレが言っとくから」
だからそういえば、エリーゼは観念したように笑いオレの手から花を受け取ってくれた。
花に顔を近づけて、花の香りを吸うエリーゼ。
「ありがとうございます。ルーク様。大切にします」
それからエリーゼが見せた笑顔は、今まで見せてくれた笑顔とは違う笑顔だった。
花が咲くような笑顔ってこういうことを言うんだろう。
エリーゼがようやく花を受け取ってくれたことにホッとしつつ、同時にエリーゼがありがとうと言ってくれたことが凄く嬉しい。
「その…いつもサンキュな」
「いえ…いえ、ルーク様にお仕えすることができて私は幸せ者です」
「ンだよ、大げさな奴」
幸せだと言ってくれてオレは更に嬉しくなる。
花を持って笑うエリーゼは花みたいに綺麗で、こんな姿が見れるなら毎日花を贈ってもいいかと思えるくらいだ。
それくらい、花が咲いたような笑顔のエリーゼはきれいだった。
この数日後、何人かのメイドが解雇され、エリーゼはオレ付きのメイドになった。
ラムダスが渋い顔で今までお気づきできず申し訳ございませんとか言いながら頭を下げてたけど、意味が解らなかったから別に気にしてないと言っておいた。
母上が何かしたらしい、というのが耳に届いたが詳しくは知らない。
エリーゼは今日もオレの傍に控えている。
オレが花を贈るたびに、あの花が咲くような笑顔を見せてくれる。
オレの"ありがとう"はちゃんと伝わっているらしい。
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