レプリカ大地計画。
まるで所有契約のようにシンクと親密になった私はその計画に誘われ、いくつかの疑問を口にしたところシンクを含めた六神将の人たちに唖然とされてしまった。

大地を崩落させる以上、人間以外の生物も死滅する。
その場合生態系に影響が出て結局は人間は死滅するのでは?

そもそもレプリカ大地で正常に作物を育てることができるのか?

レプリカ達は簡単な刷り込みしかできないらしいが、今いる専門職のような人たちの技術を手に入れるのにどれくらいかかるのか?

その間にレプリカ人類は死滅あるいは、文明を退化させたりするのではないか?

というか、レプリカ達が正常に暮らせるようになるまでの食料って確保してあるの?

その疑問にシンクたちは頭を抱え、暫く会議室に引っ込んで出てきてくれなかったくらいだ。
物凄く純粋な疑問だったのだが、どうやら計画に思い切り罅を入れてしまったらしい。
少しだけ悪いことをした気がする。

私のせいで計画は変更を余儀なくされたが、他に良い計画も思いつかなかったらしく、結局消滅預言を回避するという一点のみに集中することになったらしい。
私だってオールドラントの消滅は避けたい。
預言を憎む理由は無いけれど預言に踊らされて死ぬのはごめんだと、結局私も計画へ参加することになった。

その過程で導師イオンが、実は7番目のレプリカだったと知った時は驚いた。
それでも私が導師にお仕えする導師守護役であることは変わらないため、今までどおり守護役を勤めさせてもらっている。
途中イオン様に私が知っていることがばれてしまったり、アリエッタにオリジナルのイオン様が死んでいることが知られてしまったりとハプニングはあったが、そうして迎えたND2018。
私達は預言とは全く別の問題にぶち当たることになってしまった。

「……アレ?」

「そう、マルクトの最新鋭水陸両用型戦艦タルタロス。あの中に導師が居る」

帝国軍人による、導師イオン誘拐事件。
導師守護役を含めた教団兵には死傷者が続出し、歴史ある教会は一部が破壊されてしまった。
手引きをしたのは導師守護役であるアニス・タトリン奏長。
非番だったためにシンクと出かけていた私は幸い被害を受けることを間逃れたが、教団として最悪な事件であることは間違いない。
事実、私のような非番者にも多数の被害者が出ているため、現在導師守護役部隊は大打撃を受けているのだから。

現在私達はアリエッタが率いるグリフィンの背中に乗って空を飛んでいる。
シンクと付き合うようになって以来伸びた白い髪が風に流れ、同乗しているシンクの頬を擽っている。
単独行動をする種であるグリフィンが群れを成している姿は一種の壮観さがあり、こんな時でもなければ凄いとはしゃぎたいところだった。
遠目に見えるタルタロスは白亜の美しい戦艦だったが、あの中に誘拐犯がいるかと思うとそれすらまがまがしいものに思えてくるから不思議だ。
タルタロスを睨みつけていた私だったが、背後から伸びてきた手が私の身体を抱きしめ首筋に舌が這わせられた瞬間その思考はぶっ飛んでしまった。

「ぁっ!ちょっ、シンク…ッ、こんなところで…!」

「お腹空いたんだよ」

首筋に歯を突きたてられる感触。
じゅるりと音を立てて血を啜られ、痛みとそれ以外の感覚を覚えて体が自然と跳ねてしまう。
確かにシンクにとっては間違いなく食事であり必要なことなのだろうが、何もこんな所でしなくてもとどうしても思ってしまう。
誰かに見られたら恥ずかしいと言えば、シンクは一向に頓着してくれない。

「別に良いじゃないか。君は僕のものなんだから」

あっさりと所有宣言をされることに恥ずかしさが湧き上がるが、やはりグリフィンの背中の上でするのはいかがなものか。

「それにこれから一仕事しなきゃいけないんだ。体力を蓄えておかないとね」

「ん…私はイオン様のところに行くから…ぁ!」

シンクの舌が再度傷口を這う感触がして、同時に痛みがふっと消える。
なんだかんだ言いつつ私の要望を聞いて食事を簡素に終わらせてくれたシンクに対し、感謝の念と罪悪感が湧き上がってくる。
この任務が終わったらいっぱい飲ませてあげようと心に決めてから、手早く気持ちを切り替えてシンクとアイコンタクトをしてから頷いた。

私達の目的は導師イオンの保護とタトリン奏長の捕縛である。
当初、導師がタルタロスにいると情報を寄越した大詠師から命令されたのは、乗組員の皆殺しと和平の妨害だった。
それを聞いたシンクたちは流石に皆殺しは不味いだろうと判断し、まず行ったのは命令の書き換え。
参謀総長の権限を駆使し、更に抱き込んであった詠師達の力を借りて命令を摩り替えたのだ。

現在、当初の予定とは違い導師奪還に乗り出したのは六神将の中でも交渉役にして作戦の指示者であるシンクと、魔物を率いて戦うことのできるアリエッタのみ。
ラルゴとリグレットはグランコクマに足を運んでもらい、マルクト内における導師捜索のための人員入国許可と誘拐犯の捕縛許可を取ってきてもらった。
そしてラルゴとリグレットが無事許可を貰ったと鳩を飛ばしてきたため、こうしてタルタロスを見下ろしているというわけだ。

私が同伴しているのは、表向きは傷ついていない導師守護役として導師をお守りするためである。
しかし実際はシンクがそろそろ食事時であるにもかかわらずダアトを離れなければいけないため、難癖をつけて同伴させてもらっただけだったりする。
そのせいで他の神託の盾兵の人達に何か誤解されてるような気がしなくも無い。
そんな思考に到って空笑いを零す私の背後で、シンクは周囲をぐるりと見渡すと思い切り声を張り上げた。

「交渉が決裂次第、各小隊ごとに散開しタルタロスを制圧!導師は見つけ次第保護!
タトリン奏長は見つけ次第捕縛!抵抗する場合は多少の怪我を負わせても構わない!
各小隊連携をとり、マルクト兵はできうる限り殺さずに投降を促せ!
ただし死霊使いが現れた場合のみ、僕とアリエッタに伝令!お前達は手を出すな!」

一般兵では今回の誘拐劇の主犯とも思われる死霊使いと張り合うことはできないだろう。
できるのは特別に訓練を受けたシンクと、数と譜術で押せるアリエッタのみ。
シンクの指示を聞いた神託の盾兵達が一斉に返事をし、空気が引き締まっていくのがわかる。
流石にグリフィンに乗っているため敬礼はできないが、シンクは全員に指令がいきわたったのを確認してからアリエッタの方へと向き直った。

「アリエッタ、リグレットたちが着たらすぐに伝令を走らせて。鳩には自分達もすぐ向かうって書いてあったから、もうそろそろ合流できる頃だと思う」

「ブリッジと機関部の制圧、リグレット達と合流、死霊使いは捕縛…あと、何かあった?」

「アニスを見ても殺すんじゃないよ」

「ぅ…でもアニス、7番目のイオン様を、」

「だから罰を受けさせるんだよ。解ったね?」

「……はい、です。捕縛に留めます」

最後にアリエッタに釘をさした後、シンクは第三音素を操った。
拡声譜術、自分の声をよく通るようにするために使用するものだ。
拡声器を使っても良いのだがそれだとグリフィンやライガ達に余計な刺激を与えるし、そもそも荷物になるので持ってきていない。

「マルクト軍に告ぐ!コチラは神託の盾騎士団第三・第五師団である!
今すぐ誘拐した導師を解放し、投降せよ!繰り返す!今すぐ誘拐した導師を解放し、投降せよ!」

シンクの声が平野に響き渡り、グリフィンの集団を見て甲板に上がってきていたマルクト兵達にも動揺が走る。
グリフィンの上に乗ったまま一応返事を待っていたシンクだったが、答えは言葉では得られなかった。

「全員、回避!!」

譜業砲の発射準備を確認したシンクが声を張り上げる。
つまり、コチラを迎撃するつもりだということ。
アリエッタと第三師団の面々に指示を出されたグリフィンたちは各小隊ごとに散り、当初の予定通りタルタロスに乗り込む形になった。

シンクに抱えられながら、グリフィンからタルタロスへと飛び移る。
他の小隊立ちも次々にタルタロスへと飛び移り、導師を返せ!と叫びながらマルクト軍の制圧を始めた。
ちなみにシンクとアリエッタは小隊を率いていない。アリエッタにはライガが着いているが、それだけだ。
たった一人で動いているにも関わらず、マルクト軍に投降を促しそれでも反撃してくるものを次々と倒していく。
その姿はまさに烈風、神速の体術と譜術を駆使し事も無げに、そしてかすり傷一つも負わずになぎ倒していく様はとても14歳の少年には見えない。
師団長とはそれだけの強さを誇るもののみに与えられる地位なのだと、まざまざと見せ付けられた気がした。

「っ、シンク、私はイオン様の所に!!」

シンクの強さに惚れ直しながらも劣等感を感じていたのだが、そんな事をしている場合ではなかった。
シンクにそう叫んだ後、背中に固定していたチャクラムを手に取り、構える。
私は導師守護役、私のすべきことをすれば良いのだ。余計な戦闘で体力を消耗する気はなく、飽くまでも応戦に留め敵を受け流していく。

「殺されるんじゃないよ!」

「ありがと!」

剣を振り上げてくるマルクト兵にシンク直伝の蹴りを居れ、グラビディを放ってマルクト兵をぺしゃりと潰し何気なしに自分の援護をしてくれたシンクに感謝をしてから走り出す。
途中であった神託の盾兵に聞き込みを繰り返し、時に補助をしながら戦艦の中を走り回る。

『マルクト兵に告ぐ!ブリッジと機関室は我々神託の盾が占拠した!
これ以上の抵抗は無意味である!今すぐ導師を解放し、投降せよ!』

そんな中、廊下を走っている最中に艦内放送がかけられ、タルタロスの制圧がほぼ終了したことを知る。
それでも走るスピードを緩めることなく一つ一つドアを開けてイオンを探していたのだが、幾つめのドアを開けたときだったか。
最早数えるのが嫌になるほどだったのは確かだったが、そのうちの一つに探していた人物を発見することができた。

「イオン様!!」

「エリーゼ…?エリーゼですか!?」

「あぁ、イオン様!ご無事で何よりです、お怪我はございませんか!?」

部屋の隅に置いてあった簡素な二段ベッドの端で縮こまっていたイオンは、コチラを見た途端転がるようにしてベッドから降りてくる。
私も慌てて駆け寄った後、どこか怪我は無いかと念入りに見たが今のところ怪我一つしていないようだった。

「大丈夫です、怪我はありません。それよりこれは一体…何が起きているというのですか」

イオンは多少顔を青くさせながらも、混乱はしていないようだ。
顔色からそれを読み取ってから、私はイオンの前に膝を着き状況を説明するために口を開いた。

「はっ。導師が誘拐された後、参謀総長の指示の元神託の盾騎士団は導師奪還に乗り出しました。
現在烈風のシンク、及び幼獣のアリエッタ二名率いる第三・第五師団が導師奪還作戦を展開、参謀総長はマルクト軍に導師を解放し投降するよう促しましたがマルクト軍はこれを拒否。
譜業砲を発射しこちらを攻撃してきたため、タルタロス制圧に乗り出しておりますが…先ほどブリッジと機関室を占拠したと放送がありましたから、制圧は間近かと思われます。
私は導師守護役として同行いたしました」

「現状はわかりました。至急ダアトに戻らなくては…早く他の守護役と合流しましょう」

「いえ、守護役は私のみです」

「……何故?」

「イオン様が誘拐された際、導師守護役に多数の死傷者が出ております。
また『大詠師の手により導師が軟禁されている』と誤報が出回り暴動が勃発、第二師団が暴動制圧に辺り現在は鎮圧されましたが予断を許さないため、第二師団は未だにダアトにて警戒態勢をとっています。
神託の盾兵、一般教団員を合わせ怪我人は出たようですが詳細は不明です」

私の説明に眩暈でも起こしたのだろう。
イオンは額に手を当ててたたらを踏み、私は慌ててイオンを支えた。
顔を覗き込めば青を通り越して白い顔がそこにあったが、それでも迷いを振り払うようにしてかぶりを振った後、とりあえずシンクやアリエッタと合流しましょうと言って前を向く。

「あぁ、エリーゼ。それといつものように話してくださって結構です」

「は、しかし…」

「お願いです。僕もう、心が折れそうで…せめて貴方がいつものように側に居てくれるということで安心したいんです…」

「…は?いや、まぁ…安心できるならこっちで話すけど…」

先ほどとは打って変わって泣き出しそうになった顔のイオンの雰囲気に気おされ、執務室に居る時のように敬語を止めるとイオンは薄く微笑む。
その顔色の悪さに不安が蘇り、まず外に出ようとしたのだが、それはドアから入ってきた人物によって疎外された。

「イオン様、こちらにおいででしたか」

「ジェイド…今すぐ投降してください。先ほどの放送は聞いたでしょう。
神託の盾兵により第三師団の方々は制圧されました。これ以上の抵抗は無意味です」

「えぇ、まさか和平の妨害のためにココまでするとは、流石に想定外でした。
タルタロスはもう使えないでしょう。艦を脱出し、セントビナーに向かいます」

突然現れた眼鏡をかけたマルクト兵―ジェイドというらしい―の言葉に、私は知らず知らずのうちにぽかんとした顔になってしまった。
多分、鳩が豆鉄砲を食らった顔、という奴になっているに違いない。

今イオンは投降するように促したというのに、何故艦の脱出という答えに辿り着くのだろう?
そもそもシンクは最初に導師を解放せよと告げている。
それなのに何故和平の妨害という結果になっているのか。

言葉が通じているのに会話が成り立たないという不思議現象を目の当たりにして軽いパニックに陥っていた私だったが、実に珍しいイオンの重苦しいため息を聞いて我に返った。
恐る恐るイオンを見れば僅かに顔を顰めながら米神に手を当てていて、これが常のことであったのだろうというのが窺い知れる。
どうやら神託の盾による制圧を受け、混乱しているというわけでもないらしい。

「ところでイオン様、そちらの女性は?見たところ導師守護役のようですが」

「彼女はエリーゼ、お察しの通り導師守護役です。僕の保護のために駆けつけてくれました」

「成る程…」

イオンの説明を聞いたジェイドが眼鏡のブリッジを上げ、その瞳に鋭い眼光が光る。
それを見て私が僅かに警戒心を抱いたのと同時に、イオンがまるで私を庇うようにして片手を上げ、ジェイドに向かってにっこりと微笑んだ。
ちょっと待て、立場が逆だ。私が守る方ですイオン様。

「アニスがタルタロスから落ちました。現在僕には守護役が一人も着いていない状態です。
幸いエリーゼは導師派であり、僕も信頼しています。艦から脱出するならばこのまま護衛として連れて行きますが、構いませんね?」

にっこりと微笑んだままのイオンにジェイドはしばし考えた後、まあ良いでしょうと言ってどこからともなく槍を取り出した。
そして導師様!と叫びながら駆け寄ってきた神託の盾兵を一撃で殺害し、絶句する私を横目にそのまま背中を向ける。

「行きましょう。ルークとティア、そこの導師守護役と力を合わせれば脱出だけなら可能な筈です」

目の前で同僚が殺され、一拍遅れて沸々と湧き上がりだした怒りに拳を震わせていると、イオンに視線だけで止められる。
何故止められないといけないのか。
チャクラムを握り締めて怒りを堪えていると、こっそりイオンが耳打ちをしてきた。

「後ほど話します。今は黙って従ってください」

有無を言わせないイオンの言葉に、私は歯噛みしながらも従うしかなかった。


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