「ふむ、これでは入れそうにありませんね。勝手なことをしてくれる…」

ジェイドが眼鏡のブリッジを上げて表情を隠し、セントビナーで検問を敷いている神託の盾兵を睨みつけている。
柱の陰に隠れてそれを眺めながら、私とイオンはジェイドに向かって白けた視線を向けた。
神託の盾兵がセントビナーで検問を敷く、と聞けば確かに非常識に感じるだろうが、彼は一緒にいるマルクト兵の姿が目に入らないのだろうか。
マルクト兵と神託の盾兵が一緒になって検問を敷いているのだから、協力体制を取っていることくらいすぐに解るだろうに。

「でもおかしいぞ。マルクト兵も協力してるように見える」

「恐らくマクガヴァン将軍にあること無いこと吹き込んで無理矢理協力を取り付けたのでしょう。
タルタロスを襲撃してきたくらいです、それ位はするでしょう」

「くそっ、なんて奴等だ…」

ガイとジェイドの会話にストレスを感じつつも、いっそこのまま保護を求めた方が早いんじゃないかと思った矢先、エンゲーブからの馬車がやってきて協力を求めようという話になる。
全員で馬車に乗り込む羽目になり、助けを求めることも叶わないまま門をくぐりぬけ、セントビナー軍基地へと向かうことになった。
検問を敷いている神託の盾兵達に見つからないよう注意しながら全員で軍基地へと向かう中、私はイオンを見てから大佐へとストップをかける。

「申し訳ありませんが、私とイオン様は宿屋に行かせて下さい」

「……一人だけ身勝手に行動しようとするのはよくないと思います」

全員の視線が私に向けられ、その中でもティアがきつい眼差しで呟くように言う。
昨日言ったことを覚えているのか一応敬語は使っているが、その態度は不満があるのだと如実に言っていた。
だが、誰もティアの意見など求めていない。
私はそれをさらりと無視し、許可を得るためにジェイドを見た。

「理由をお聞きしても?」

「セントビナーまでの強行軍のせいでしょう。導師の顔色が優れません。導師のお体が弱いことはご存知ですね?
軍基地に導師が出向かなければならない理由はありませんし、この体調では今日中の出発は無理でしょう。ですので先に宿屋で休ませていただきたく」

「解りました。そういうことでしたら先に部屋を取って休んでくださって構いません」

その言葉を聞いて流石に導師に無理をさせる馬鹿ではなかったようだと胸を撫で下ろす。
実際に顔色の悪いイオンがすみませんと謝るが、気にしないでと微笑んでみせる。
イオンの体力が低いのはイオンのせいではない。
それに元はといえば導師に長距離徒歩移動を強いるという前代未聞のことをしてくれたジェイドが悪いのだ。

無視をされたティアが密かに憤慨していたが、何とかガイが宥めている。
その横でイオンを心配そうに見ているルークを見て、私は少し考えた後ルークにも声をかけた。

「ルークは疲れてない?大丈夫?」

「まだまだ平気だよな。なぁルーク!」

「あ、あったりまえだろ!馬鹿にすんなよな!」

私の質問に対し、何故かガイが答える。
漏れそうになったため息を飲み込み、私はルークに向かって微笑みかけた。

「馬鹿にしてるわけじゃないわ。護衛剣士であるガイや軍人である私達に比べて、一般人であるルークやイオンの体力が低いのは何らおかしいことではないもの。
それにルークはずっとお屋敷の中に居たんでしょう?
そうでなくとも貴族は長距離を徒歩で移動することなんて滅多に無いでしょうし、それなら休める時に休んでおいた方が良いんじゃない?」

「そうですね、ルーク、貴方もイオン様と一緒に宿屋で休むと良いでしょう。
いざという時に倒れられては困りますから」

普通貴族を歩かせるなんてありえないんだけどそれ理解してるの?という私の密かな嫌味はスルーされ、嫌みったらしい口調でジェイドがルークにも休むように言う。
ルークはジェイドの言い方にムッとしたものの、結局私とイオンに促されて宿屋で休むことを選んだ。
もしかしたら嫌味なジェイド、きつい物言いしかしないティア、自分を守ろうとしないガイという魔のトライアングルから逃げ出したかっただけかもしれないが。

ちなみに私もイオンも、この三人に対し不敬だのなんだの言うのはとっくに諦めている。
言っても聞くとは思えないし、ルークの待遇が悪くなるだけだからだ。

「参りましょう、イオン、ルーク」

さっさと三人から引き剥がそうと、二人を促し宿屋へと向かう。
そして部屋を取って人心地着いた途端、イオンと私は思い切りため息をついた。
シンクロしてしまったのはご愛嬌だ。

「んだよ、エリーゼも疲れてんのか?」

「私の場合は気疲れっていうか…まぁ平気よ。仕事だし、慣れてるもの。
それよりルークも座って、すぐお茶を淹れるから」

「ではルーク、少し話しませんか?」

「おう、いいぞ」

テーブルに着く二人を見届けてから、私は早速お茶を淹れ始める。
ルークとイオンは何だかんだ言いつつ仲が良いのだろう、話に花を咲かせている二人を見て自然と自分の頬が緩んでいくのを感じた。

ルークがレプリカであることは、シンク達から聞いて知っている。
たった7歳と2歳の子供が、体が大きいからというだけでその年齢に見合った行動をとることが許されないというのは悲しいことだ。
けど今の二人はどうだろう。とても楽しそうで、無理をしているようには見えない。
あの自然な笑顔を守れたらと、分不相応だと解っていながらも思ってしまう。

部屋に備え付けられていたお茶を淹れ、毒味をしてから二人の前にティーセットを広げる。
貴族であるルークの口に合うとは思えないが、ココは庶民の味初体験って事で我慢してもらおう。
そして本来ならば許されないが、二人から誘われて私も同じテーブルへと着いた。

「へー、じゃあエリーゼは2年前からずっとイオンの側に居るのか」

「はい、エリーゼは細やかな気配りができますから僕も助かっています。時には僕を叱ることもあるんですよ」

「ちょ、イオン!」

「ふふ、でも助かっているのは事実ですよ。
僕の悪いところを指摘してくる。それはエリーゼの優しさであると解りますから」

「ふぅん、オレは叱られるの嫌だけどな」

「僕も叱られるのが嬉しいわけじゃありませんよ?」

「それもそうか」

「もぅ…イオンを守るのが私の仕事なのよ?イオンがへまをして後々責められるようなことにならないよう、叱るのも私の仕事なの!
導師守護役が導師に意見できるって言うのはそういうことなんだから」

「おや、では僕に対する態度は全て仕事なんですか?」

「いや、そんなことは…」

「ふふ、解ってますよ。すみません、ちょっと意地悪を言いました」

楽しそうに笑うイオンに唇を尖らせつつ、私達の会話を聞いていたルークがふいにテーブルへと視線を落とした。
そして湯気の立つカップを見下ろしながら、ぽつりと呟く。

「…ガイは、何でオレを守ってくれねーのかな」

「…ルーク?」

「ガイはオレの護衛剣士なんだろ?だったら、エリーゼみたいにオレを守るのが仕事、だよな?」

「そう、だね」

「じゃあ何でガイはオレを守らないんだ?ガイはオレの護衛剣士じゃなかったのか?」

悔しそうに、同時にどこか悲しそうにルークが呟いた。
その質問に対し答えをもたらせるのはガイだけなのだが、悲しいかなイオンと私は容易に想像がついてしまう。
即ち、ルークを戦闘から守るという概念が頭の中にないのだ、という最悪の答えだ。

最初はルークを守る気が無いのか、とも思った。
だがガイは護衛剣士だと名乗っているし、ルークのことも方向性は間違っているとはいえそれなりに気にかけている。
だからこそ、私とイオンはそう考えただのが…安易に口にしていい言葉ではないし、私達が口を挟む場所でもないと思う。

「ルーク」

俯いていたルークを、カップをソーサーへと置いたイオンが呼ぶ。
ルークがのろのろと顔を上げると、イオンは優しげに微笑んだ。

「ガイが何を考えているかは解りません。ですが、ガイはルークの育ての親のようなものなのでしょう?」

「あぁ。7年前、記憶が無くなったオレの面倒をずっと見てくれてた」

「だったらその思いを、ガイにぶつけてみてはどうでしょうか?
ルークが本音でぶつかれば、ガイもその思いに応えてくれると思います」

それはどうだろう?
本音をぐっと飲み込み、ルークを見る。
ルークは少し思案した後、解ったと言って頷いた。
多分、納得してくれたのだろう。




その晩、ルークが怒った様子で私とイオンの部屋を訪ねてきた。
私はイオンの護衛なのでイオンと同室、ガイはルークの護衛剣士なのでルークと同室…だったはずなのだが、ルークは今晩この部屋に泊めてくれと言う。
話を聞いたところ、どうやらルークはイオンの助言通りガイに真剣に聞いたようだ。
しかしガイはルークの真剣さに気付くことなく何拗ねてるんだと茶化して終わってしまい、それが頭に来て部屋から飛び出してきたらしい。

「あったまきた!もうガイなんぞ知るかっ!」

「ルーク…解りました。しかしベッドがありませんね…」

「ルーク。私のベッドを使うといいよ。私は不寝番をするからベッド使わないし」

「は?良いのかよ?つか不寝番って、夜通し起きてるつもりか?」

「まさか、立ったまま寝るから大丈夫」

「立ったまま!?」

「訓練してるからね、軍人なら誰でもでき……いえ、ティアはできなさそうね。何となくだけど」

野宿した時も地面が硬い、目が覚めたときに体がぎしぎし言うって文句垂れてたし。
心の中の文句を聞いていないはずなのに、私の言葉にイオンとルークが確かに、と頷いている。
二人がティアのことをどう思っているのかよく解る反応だった。

そうしてセントビナーで一晩明かした後、私達はフーブラス川を越えてカイツールへと向かうことになった。
ルークとイオンが居るのに馬車も使わない、護衛も補充しないとはどういうことだと噛み付いてみたが、ジェイドからは過保護の一言で切り捨てられた。
隠密に行動するっていうけど、空から偵察ができるアリエッタが居る以上平原のど真ん中歩いてればすぐ解るに決まってるだろ馬鹿!と言いたかったがぐっと堪える。
またジェイドが斜め上の方向に考え方を昇華させないとは限らないからだ。

ルークとイオンを守りつつ、カイツールへと向かう。
パーティの空気が少しだけぎすぎすしている中、無事国境を越えた私達を迎えたのは、黒煙を上げ凄惨な有様を見せるカイツール軍港だった。



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