カイツール軍港襲撃。
ルークへの歪んだ思想を暴走させたアッシュの行動に私とイオンは頭を抱えた。
只でさえアニスと合流して胃痛の原因が増えているというのに、アッシュはとんでもないことをしでかしてくれたのだ。
アッシュの堪え性の無さはもうどうしようもないからとダアトに置きざりにしてきたのが不味かった。
一応見張りはつけておいたのだが、意味が無かったようである。

しかもアッシュの奴、整備士を誘拐した挙句ルークの身柄を要求するという阿呆なことまでしでかしていて、それを聞いた時は私もイオンもここで気絶できたらどんなに楽かと空笑いを零すことしかできなかった。
そして更にありえないことに、ティアとガイは人質を助けに行くべきだと主張し始めた。

私はそんな寝言は寝てても言うなと切り捨てたのだが、あの馬鹿共、私が馬車の手配をするために少し席を外している間にルークを挑発してコーラル城まで出発してしまったらしい。
しかもアニスまでイオンを置いて同行したと聞き、私の堪忍袋の尾はそこで限界を超えた。
戻ってくるまで大人しくしててくださいねとアニスに言われて同じように切れたイオンの許可を取り、イオンを軍港に預けて私もコーラル城へと向かう。
導師が導師守護役をルーク救出に狩りだすということでアルマンダイン伯爵は驚いていたが、この程度のことでは末端とはいえ教団兵がしでかした事の挽回にすらならない。
と導師が言った事でこれが贖罪でありパフォーマンスであると理解したらしい。

私は馬を駆り、コーラル城へと向かう。
ルークをわざわざ危険な場所へと連れて行った馬鹿共をどうしてやろうかと、頭の中で罵詈雑言を唱えながら。







「ルークっ!!」

「ッ、エリーゼ…?」

馬を駆け、コーラル城の奥地にて発見したルークは酷く憔悴した様子で、嫌な予感と何度目か解らない苛立ちが胸を締めた。
転がっている魔物の死体に舌打ちをしたい気持ちを堪えながら馬を飛び降り、ルークへと駆け寄る。
私が戦闘に参加しているときは、できうる限り私がトドメを刺すようにしていたし盗賊を相手にする時はルークには殆ど相対させなかった。

だが、解ってしまった。
ルークの目を見ただけで解ってしまった。
ルークは知ってしまったのだ。
命を手に掛けることの、残酷さと凶悪さを。

「エリーゼ…オレ……オレ…ッ」

「ルーク。落ち着いて。もう大丈夫よ。どこか怪我は無い?痛むところは?」

どこか空ろな目をしながらも赤く濡れた剣を取り落とし、私にすがり付いてくるルークをぎゅっと抱きしめる。
安心させるように背中を撫でてやりながら、コチラを見ている阿呆どもを思い切りにらみつけた。
ヤバ、と呟いているアニスを今すぐぶん殴ってやりたいし、甘やかしすぎだとでも言わんばかりに顰め面をしているティアはバルコニーから突き落としてやりたい。
しかし今はルークが優先だ。
微かに震えながらも嗚咽を飲み込んでいるルークの背中を撫でながら、何度も何度ももう大丈夫よと繰り返した。

「さぁ、帰りましょう。アルマンダイン伯爵も心配してたよ」

「ちょっと待って。まだ人質の救出が済んでいないわ」

「立てる?馬は一頭しか連れて来ていないからルークが乗ると良いよ。大丈夫、私が馬を引いてゆっくり歩いていくし、ホーリィボトルがあるから魔物に襲われることも無いから」

ティアの言葉を無視し、目尻を下げて今にも泣きそうなルークの手を取る。
ルークは小さく頷いてから立ち上がったが、未だに戸惑うガイや無関心を装っているジェイドを余所にアニスがぼそりと呟いた。

「ティアのこと完全無視とか…そんなにルーク様に取り入りたいわけ?」

カチン、とくる発言だった。
取り入るも何も今のルークの状況は明らかに普通ではない。
ならば安全なところに連れて行くのは当然のことだろうと。

「タトリン奏長」

「はーい。なんですかぁー?」

「団服を脱ぎなさい」

「…はへ?」

「聞こえませんでしたか?団服を脱げ、といったんですよ。許可も無くイオン様のお側を離れるような守護役は要りません。つまりクビです。
クビになったんですからさっさと守護役の衣装を脱ぎなさい、といってるんです」

「は、はああぁぁ!?何でアンタにそんなこと言われなきゃいけないわけ!?大体人質の救助を反対するような冷血漢に言われたくないし!」

「タトリン奏長、貴方は馬鹿ですか?
私は貴方より上官であり、貴方を首にする権限があります。
この場合私の性格が冷血漢だろうと何だろうと影響はありませんし、クビになるのはイオン様のお側を離れた貴方の自業自得です」

ぴしゃりと言い切ればアニスはぐっと言葉に詰まった。
でも、と言い訳しようとするアニスを見下ろせば予想外に冷たい視線になってしまったらしく、アニスは喉を引きつらせて黙り込んだ。

するとそんなアニスの周囲を取り囲みながらカワイソウ、とティアやガイがうるさくて、ルークの教育によくないだろうと耳を塞ぐ。
そして二人を睥睨した後、心底呆れた声を作って二人に言ってやった。

「仕事に感情論を持ち込まないで貰えます?まぁタトリン奏長の進退に口出しできる権限を持っていないお二人が何を言おうと、タトリン奏長のクビは変わりませんけどね」

「でもアニスは子供なのよ?」

「だからなんですか?」

「だからって…子供なんだからそこまで厳しくしなくてもいいだろう?」

「仕事に年齢は関係ありませんよ。給料を貰っている以上その仕事をこなすのは当たり前です。
ですから勿論タトリン奏長にとって分不相応な仕事だと解っていながら守護役に推薦した大詠師モースは責任を追及されるでしょうね。
当たり前ですよね、そのせいで導師イオンが危険に晒されたんですから。

あぁそうそう、これは私の口出しする場面ではありませんが…ガイさん、護衛剣士でありながらルークを護衛せず、それどころか危険に晒した貴方に対してアルマンダイン伯爵は大層怒っていました。
恐らくファブレ公爵に何かしら言うでしょう。貴方もクビにならないと良いですね。
良い年した大人の癖に自分の仕事すらまっとうできない護衛剣士さん?」

私の言葉を聞いたアニスとガイがサッと顔を青ざめさせる。
理解できる脳味噌を持っていてくれて何よりだと、そんな筈と呟いている二人にくるりと背を向けて出口へと歩き始めた。
そこでようやく大佐が呆れたようにため息をつき、やれやれと口を開こうとためにそれを遮るようにそうそう、とわざとらしく声を上げる。
言葉を遮られた大佐は口を噤み、向き直った私に対して視線だけを寄越した。

「マルクトからの使者が来ていましたよ。カーティス大佐に御用だそうです。
何でも導師を誘拐し、和平を申し込みに行く国の王族を軽々しく扱い、幾度となく危険に晒した貴方に対してピオニー陛下は大変怒っておいでだとか。
お話、なんなんでしょうね」

そう言えば大佐はピシリと固まった。
私の言葉は殆ど用件を話したようなものだと理解してくれたらしく、その表情に私は溜飲を下げる。
そして最後の一人、一番面倒な人間が口を開こうとした矢先、まるで蛙が潰れたような声がしたかと思うと、仮面をつけた少年がどこからともなくふってきた。

「シンク!」

「御前を失礼致します。キムラスカのルーク・フォン・ファブレ様とお見受けいたしますが」

「…あ、あぁ…アンタ、誰だ?」

「私は六神将烈風のシンクと申します。主席総長の命を受け、ルーク様のお迎えにあがりました」

「師匠が!?師匠も近くに居るのか!?」

きゅっと踵を鳴らしながらルークの前に膝を着くシンク。
その下に潰されているティアを押しつぶして言動を封じ込めつつルークに挨拶している様は見事と言って良いだろう。
私はそこでようやく、先ほどの蛙が潰れたような声はシンクがティアを押しつぶした時の声だと気付いた。

師匠という言葉に反応したルークに対し、シンクが主席総長がカイツールでルークをバチカルに送り届け、且つ謝罪のために自分もバチカルへと向かう準備をしていると説明を始めた。
それを聞いたルークの目にようやく光が戻り始め、シンクがカイツール軍港に向かう馬車も用意してあると告げれば私の手を取ってじゃあ早速行こうと声を上げる。
その現金さと変わり身の速さに確かに余程主席総長が好きなのだなと内心苦笑していると、ルークが突然止まって階段のほうを見上げた。

「でも…人質の整備士が…」

「大丈夫よルーク。シンクはとっても強いの。ここに呼び出しをした鮮血のアッシュよりもずっとね。アッシュは神託の盾兵だし、私達が助けるから心配しないで」

「ホントか?」

「ご安心ください。鮮血のアッシュには我々がきつーく罰しておきますので」

にっこり、と擬音がつきそうなほど笑顔を作ったシンクが言えば、言葉の裏が読み取れなかったルークはホッとした後に良かったと呟いた。
そして私の手をぎゅっと握ると、じゃあ師匠のところに行こうといつの間にか集まっていた第五師団の人達に囲まれて歩き出す。

「ル、ルーク、ちょっと待って。何で私の手握ってるの?」

「へ?だってエリーゼはオレを迎えに来たんだろ?だったら一緒に軍港まで行くんじゃねえの?」

きょとんとした顔で言われ、それもそうかもとその言葉に納得しそうになった私とルークの間にシンクが割り込んでくる。
そしてやんわりとルークから私を引き剥がすと、相変わらずの営業スマイルを貼り付けたままルークへと和やかに言い切った。

「私達はエリーゼ響手の迎えも兼ねておりますので、響手はコチラで引き取らせていただきます。護衛は部下の第五師団が致しますので、ルーク様はどうぞあちらへ」

穏やかな風体を装ってはいるものの、言ってることを要約するならさっさと行けだ。結構きつい。
ルークはシンクの言葉に少しだけムッとしたようだったが、すぐに私の方を見て一緒に来てくれないのかよと不機嫌そうに…だが同時にどこか悲しそうに言った。
まるで捨てられた子犬のような目をされてしまい、このままシンクと行きますと言おうとした私はぐっと言葉に詰まる。
連行されていくティアやガイ、アニスやジェイドを横目にどうしたものかと考えていると、もう一度ルークから手を握り締められる。

「来てくれるだろ?」

「そ、れは…」

念を押すように言われ、言いよどんだ私に対し突き刺さる二つの視線。
即ち行くなというシンクの視線と、来てくれるだろうというルークの視線だ。
痛いほどの視線に晒されながらも迷いに迷った私は、その間を取るようにして馬車までお送りしますという何とも中途半端な答えを搾り出すように口にするのだった。



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