01.誰にでもスキだらけ

「ですから、ここはこの差異が利益に繋がるんです。
といっても勿論人件費や雑費などかかっていますし、純利益はこの3分の1もあれば良いほうですよ」

「へー」

「人件費は…大体これくらいですかね。勿論派遣する兵の階級にもよります。
響長レベルでしたらコレだけでもお釣りがきますが、逆に響手レベルだとカツカツです」

「へー」

「……人の話ちゃんと聞いてます?」

「うん、聞いてる聞いてる」

「じゃあもうできますね?」

「無理」

「聞いてないじゃないですか」

そう言ってため息をついたうちの副官はようやく身体を離してくれた。
僕が圧倒的に事務仕事が苦手なのを見かねたヴァンによって派遣された少女、名前はエリーゼ。今では僕の副官兼補佐官で、バリバリ事務仕事をこなしてくれている。
そして仕事の合間合間に僕の指導までしてくれるのだが、一つだけ問題があった。
そう、無防備すぎるのだ。

今だって机に向かう僕の背後から手を伸ばし、書類に書かれた文字をなぞりながら丁寧に教えてくれている。
けど背後から手を伸ばしてくるせいで、柔らかな身体が肩に当たる。
吐息が微かにかかるし、石鹸の香りが漂ってくる。
さらりと落ちてくる髪に心臓が煩いし、顔が近いことに平静を保てなくなる。
……こんなんで集中できるか、馬鹿。

「そんな一気に言われても覚えられないよ」

「でも軍紀は一発で覚えたんですから、利益の出し方だって覚えられるでしょう」

「暗記と計算は違うし」

「それは否定しませんけど…」

「何回かやってみないとできるとは言えないよ」

「ああ、それもそうですね。じゃあ試しにコレと…あ、コレもやってみましょうか」

なけなしの理性をかき集め、砕け散りそうな平常心を必死に保ちながら会話をする。
仮面でばれないと解っているから、書類を捲る指先一つ一つまで目で追ってしまう。

やってみないと、なんて口にはしたけど実際に出来るとは思えなかった。
だって僕の心臓が煩すぎて、話なんてろくに聞いてなかった。
でも君がいけないんだよ?
僕だって男なのにそんなに無防備だから、だから君しか見えなくなる。

「…ホント、他の師団員の前では気をつけてよね」

「はい?」

僕の言葉に小首をかしげ、きょとりとした表情を見せるエリーゼ。
ああもう、どうしてくれようか、この女。

僕が説明をせずに大きくため息をついたのを見てエリーゼは僅かに眉を顰める。
まぁその無防備なところも、君の魅力の一つなんだろうけどね。




02.眠るきみに秘密の愛を

第五師団執務室は、基本的に僕とエリーゼが働く部屋だ。
僕らは主にこの部屋で事務仕事を行い、部下に指示を出す時は全く別の部屋で集まる。
基本的に脳筋が多い騎士団では事務仕事を得意とする人間は貴重であるため、必然的にこの部屋に集まる人間も減るというのもある。
多分、僕も必要が無ければ集まらないと思う。

「エル、この書類なんだけど……っと」

そんな執務室に書類を持って帰ったところ、僕がドアを開けるのと同時に開いた口を慌ててつぐんだ。
視線の先に居るのは、ソファに腰掛けたまますぅすぅと小さく寝息を立てるエリーゼ。
これが仕事中ならば居眠りを怒るところだが、今は終業時間外のサービス残業、しかも大量の事務仕事を押し付けている自覚があるとなれば怒るに怒れないため、僕は素直に口を閉じる。
それにあんなにも無防備な寝顔を見せられたら、起こすのが勿体ないしね。

起こさないよう、気配を消してそっと近付く。
幸い床に敷かれた毛足の長いカーペットのお陰で足音は殆ど立たない。
鍵をきっちりかけた室内で、ちょっと躊躇ったけど仮面を外してエリーゼの寝顔をまじまじと見る。
いつも見ている顔といえばそうだが、仮面を通さないというだけで何故か鼓動が煩かった。

「……寝てる」

確認するように呟いても、起きる気配は無い。
いくら気配を消して近寄っているとはいえ声を出しても起きないなんてよっぽど疲れていたのだろう。
胸を締めるのは申し訳なさが一割と感謝が二割、残りの七割がどうしてやろうかという思いだ。

「……」

誰も居ないと解ってはいるが、きょろきょろと周囲を見渡す。
そしてそのまろやかなラインを描いている頬に、そっと口付けを落とす。
頬に唇を押し付けるという労力も何も要らない行為のはずなのに、物凄く悪いことをしている気分になるのと同時に、それ以上の満足感が胸を満たしていく。
柔らかな頬の感覚に顔が火照り、これで起きやしないかと先程よりも心拍数が上がった。

「……何やってんだ、僕」

どきどきと煩い心臓を押さえつつ、仮面をつけなおす。
結局エリーゼを起こさないまま仕事を続けたのだけれど、目が覚めて謝罪してきたエリーゼを直視できずにずっと顔を背けたまま会話をしていたのは言うまでも無い。



03.無意識のゼロセンチ

「失礼します、エリーゼ補佐官はいらっしゃいますか?」

「そこ」

「ありがとうございます」

本日珍しく小隊長がやってきた。
片手に書類を持っている辺り報告書について聞きに来たのだろうと辺りをつけ、少し離れた場所にある執務机に向かっているエリーゼの方を指差しておく。
小隊長はきびきびとした動きでエリーゼに書類を見せてなにやら話していたのだが、僕には関係ないので無視して経理にまわす仕事をしていた。が…。

「あぁ、ここがいけないんですよ。計算が間違ってます。コレじゃ通る筈が無いです」

「え?すみません、どこですか?」

「ここです。良いですか?この任務では途中人員の変更があったでしょう?
だからそれもちゃんと書類に反映して…」

書類を片手に説明を始めるエリーゼと、それを覗きながらもふんふんと頷いている小隊長。
別に何らおかしな光景じゃない。僕とエリーゼでもよくある構図だ。

だがいかんせん近い。距離が近い。
肩も触れ合っているし、顔の距離も30cmも空いてない。
ふと書類から顔を上げたらそんな光景が目に入り、意味もなくムッとしてしまう。

「ありがとうございます!近いうちに再提出しますので」

「早めにお願いしますね。それの提出期限、明日なので」

「げ…」

言葉を無くす小隊長が敬礼してから部屋を出て行くのを見送ったあと、僕の視線に気付いたのかエリーゼが僕のほうを見た。
どうしました?なんていわれたけど別に用事があるわけじゃない。
僕が勝手に機嫌が悪くなってるだけだ。

「別に」

「なにやらご機嫌斜めですね」

「うるさいよ。さっさと仕事してよね」

「じゃあ師団長も早く終わらせてくださいね」

「……」

無理だって解ってるくせにそんな事言ってくるエリーゼにまたイラッとする。
口をへの字にした僕にエリーゼは小さく笑いながら近付いてきたかと思うと、僕の両頬を思い切り引っ張った。

「ほらほら、まだまだ若いのに顔の筋肉が強張っちゃいますよー」

「ひょっほ!やへへよ!」

「何言ってるか解りませーん」

笑いながら僕の頬を伸ばすエリーゼの手首を掴み、無理矢理腕を引き剥がす。
突然触れられたことにドキマキしながらも、良いから仕事に戻りな!とエリーゼに怒鳴りつけた。
はーいと語尾を延ばしながら机に戻るエリーゼを見つつ、未だに煩い心臓を叱咤しながら僕も仕事に戻る。

本当、不意打ちとか卑怯すぎる。
僕の思いなぞ知るはずも無く、エリーゼは未だにくすくすと笑っていた。



04.きみの心に触れさせて

「……泣いてるの」

「……泣いてません」

「うそつき」

「うそじゃないです」

じゃあ、その頬に伝っているものは何。
その言葉を飲み込んで、ローテーブルに置かれている戦死報告書を手に取る。
それを執務机の引き出しにしまってエリーゼの視界から追い出した後、ソファで膝を抱えているエリーゼの隣に腰を下ろす。

ただし、顔は見ない。
わざと背中を向けて座る。

こんな時、僕はどんな言葉をかけて良いか解らない。
そんな事教わらなかったし、かといって安易に慰められるほど僕の心は成熟していない。
だから背中を向けて隣に座る。ギリギリ触れるか触れないかのラインで。
体温だけが伝わるように。

「師団長」

「何さ。今日提出期限の報告書は全部終わらせた筈だよ」

「す、みまぜ…っん」

「うるさいな。言っとくけど、僕に慰めなんて期待しないでよね」

「はい…はいっ」

団服を掴まれた感覚と共に、背中にエリーゼの温もりを感じた。
嗚咽が耳につき、背中にぐりぐりと押し付けられているのはもしかして額か。
コレでは団服が涙と鼻水まみれだろうなと思うものの、去ろうとは思わない。

ただそっと、掌だけ投げ出しておく。
するとエリーゼの掌が重ねられて、お互いの指が絡み合う。

「ずみばぜん…っ」

「何度もうるさいよ。僕はなんもしないんだから、好きにすれば」

もう謝罪は入らないと告げたのに、今度はごめんなさいと言われる。
言っても通じないなら好きにすれば良いと、僕は静かに嘆息した。

こんなにも近くに居るのに、君の心に触れられない。
それはきっと僕が臆病だからでもあるんだろう。




05.狼まであと何秒?

「あの、師団長」

「なに」

「その、先日はみっともないところをお見せして…申し訳ございませんでした!」

勢いよく頭を下げるエリーゼ。その頬が真っ赤なのはきっと気のせいじゃない。
それに対し、僕は目を通していた書類から顔を上げずにすっとぼけてみた。

「何のこと?それよりさっさと仕事始めてくれる?」

「え…へ?」

「仕事が溜まってるんだよ。ぼさっとしてないでさっさと席に着く!」

「あ、は、はい!」

慌てて机へと向かったものの、僕がなかったことにしたことぐらいすぐ気付くだろう。
案の定エリーゼは5分も経たない内に、ありがとうございますだなんて礼を言ってくる。
だからさ、言ってきたら知らないふりしている意味無いんだってば。

「……良いからさっさと仕事してよね」

「はい。あの、師団長」

「何」

「あの、私、師団長のこと大好きです」

「……は?」

どくんと心臓がはねた。頬が一気に熱を持つ。
手に持っていた見積書を落としかけたのを見られただろうか。
仮面をつけているから顔が赤いのはばれないだろうから大丈夫と自分に言い聞かせつつ、エリーゼのほうを見る。
エリーゼはちょっと照れてもじもじとしながら言葉を続けた。

「師団長って最初は仮面つけてて怖い方かなって思ってたんですけど、全然そんな事ないしむしろ先日も何も言わずに側に居てくれて…凄く、嬉しかったんです。
私、師団長の補佐官になれて良かったです」

にこにことしながら言われた台詞に、ああそっちね尊敬の方の大好きねとどこかでやさぐれいる自分が居た。
その呑気な微笑みに何と言って良いか解らず、ああそう、とだけ返しておく。
また今度お礼をさせてくださいね、何て言われてしまえば邪なことを考えちゃうじゃないか。
絶対僕が男だって知ってても解ってないだろこの女と頭の中でだけ叫んでみる。

多分僕の理性は近々ぷっつり千切れるだろうな、なんて。
はにかむように笑うエリーゼを見ながら、せめてその瞬間が一秒でも遅くありますようにと信じても居ない神様に願うくらいは、僕は彼女のことが好きらしい。

「期待せずに待ってるよ」

「そこは期待しててください」





end...?







無防備なきみに恋する5題







手を伸ばせば届くことに僕はなぜか、戸惑っていた



お題:確かに恋だった



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