うちの隊には変な女が居る。
神託の盾騎士団第五師団所属の、エリーゼ・スルーノ奏長。
譜術師としての腕はそこそこ、接近戦はレイピアを使う変則型の譜術剣士の女。
これだけ聞けばそれなりに使える部下の一人なのだが、何故か僕の前だとへまばかりしている。
最初に見た時は詠唱中に舌を噛んで術を暴発させ、次に見た時は手からすっぽ抜けた剣が僕の真横の壁に飛んできた。
だから僕の命を狙っているのか、はたまた正体を知られているのかと探ってみたものの、そんな情報は一つも出てこなかった。
むしろ僕が居ない時は精一杯任務に打ち込み、連携もうまく取れている小隊の要ともいえる存在。
このまま任務を続けていれば恐らく昇進は間違いないとまで報告を受けたほどだ。
けどやっぱり僕と視線を合わせないし、気になって声をかければどもって俯き、やっぱり舌を噛んで慌てている。
僕以外と話すときはもっと快活だと聞いているし、実際影から覗いた時は笑顔で師団兵達と談笑していた。
今日も今日とてやはり朝食をとりに食堂に行った際遭遇したのだが、僕を見つけた瞬間朝食の乗ったトレーを取り落として逃げ出した。
追いかける暇も無いくらい、素早い動きだった。
食堂の連中が唖然としていたのを今でも鮮明に思い出せるくらいだ。
やはり何か裏があるのかもしれない。
もう一度洗いなおしてみようと考えながら廊下を歩いていると、考えていた人物が突き当たりの廊下で体育座りをしていた。
「……ぅ、う」
微かに呻き声が聞こえた。
気配を消して観察すると、なにやら地面に指を走らせている。
もしかしたら地面に文字を書く事で情報の受け渡しをするのかもしれないと思い至り、息を潜めて観察を続ける。
「また…失敗した…う、ぅ……絶対変な子だって思われてる…っ!」
そう呟いたエリーゼは頭を抱え、身体を縮めて壁に寄り添っている。
……情報の受け渡しではないようだ。
アレが演技だというのならば、別だが。
「何でいっつも…舌噛む、へまする、普通で居れば良いだろうに、私の馬鹿馬鹿!!」
そう言って今度は自分の頭を叩き始めた。
ぽかぽかという擬音が似合いそうな動きだが、一応ではあるものの彼女は軍人である。
それなりにダメージもあるだろうに、自虐趣味でもあるのだろうか。
それともただの馬鹿なのか。
まぁ、情報の受け渡しでないというのは解った。
が、いかんせん彼女が何をしたいのか解らず、何となく観察を続けている。
すると頭を叩く手が止まり、エリーゼはこれまでで一番大きなため息を吐き出した。
「シンク師団長ぉ…」
そう、呟いて。
名前を呼ばれたことで見ていたことに気付かれたのだと悟り、僕は姿を現すことにした。
わざと靴音を立てて近づけば、エリーゼが勢い良く振り返る。
「よく解ったね、気配消してたのにさ」
嫌みったらしく言ってやれば、エリーゼはきょとんとした後、慌てて立ち上がって何かぶつぶつ言っている。
しかし声が小さいものだからよく聞こえないし、俯かれているので唇を読むこともできない。
「あのさ、前々から言いたかったんだけど、そのぼそぼそした喋り方やめてくれない?何言ってるか解らないし、聞いてて苛々するんだけど」
「え! えっと、も、申し訳…ありませっん!」
苛立ちを隠さないまま指摘すれば、慌てて顔を上げたエリーゼは涙目になりながら謝罪を口にした。
……泣くほど怖かったのだろうか、自分は。
「で、こんな所で何してたわけ?」
「…え、と……反省会?です」
「一人で?」
「はい。一人で」
「こんなところで?」
「は、はい。ココならあまり人も来ませんし…その、暑くもなく、寒くもなく、過ごしやすいんです。私の自室って直射日光が入るのでちょっと暑くて…」
つまり集中しやすいということか。
確かにエリーゼの言うとおり元々温暖な気候であるダアトでは、ひんやりとした廊下は過ごしやすい部類に入る。
言いたいことは解るが、いつ人が来るか解らない廊下で一人反省会って怪しすぎるだろう。
「なるほどね。で、ホントは何してたわけ?」
「う、ぅ…信じてないじゃないですかぁ…」
「当たり前だろ。こんな所で一人で居たなんて怪しすぎるんだよ」
ストレートに言えば、またエリーゼはしょぼんと俯いてしまった。
その解りやすい感情表現に、やはり何か隠し事をするのは無理なように見える。
「だいたいさ、君っていつも僕の目を見ずに話すよね?他の奴等にはそんなことないのにさ。
何か言いたい事があるなら言えば?今なら何言っても許してあげるよ?」
だから挑発の意を込めて嘲りながら言ってやれば、エリーゼはバッと顔を上げた。
食いついてきた単純さに内心嘲笑を浮かべながら、腕を組んでエリーゼが話すのを待つ。
しかしエリーゼは口を開いては閉じてというサイクルを繰り返し、胸の前で指を組んで顔を真っ赤にしたまま動かない。
そんなエリーゼを見てふと思った。
もしや僕に何かあるわけじゃなく、何か告発したいといった類なのだろうか、と。
親しい仲間の悪事を見てしまったとか、そういった類の秘密を抱えているなら僕に対して気まずい態度をとっていたのも説明がつく。
ココでこうして考えていたのも、人が居ないところで、しかし誰かが助けてくれるのを期待していた可能性もある。
今もまた、仲間を庇うべきか僕に告げるべきか迷っているのかもしれない。
「……迷うくらいなら言いな。何も言わないまま後悔することになりたくないだろ」
だから背中を押してやった。
僕の師団で問題ごとを起こされるのはごめんだからだ。
厄介ごとの芽は早めに摘むに限る。
僕の言葉を聞いて目を見開いたエリーゼは、きゅっと唇を噛むと目を閉じて大きく深呼吸をした。
覚悟を決めたらしい。
「えっと…あの、わ、たし…ずっと、ずっと師団長に言いたかったことがあるんです…っ!」
「何さ」
その声は震えていたが、真っ直ぐと僕を見上げていたしきちんと聞こえる声量だ。
「言うべきか胸に秘めておくべきか、ずっとずっと悩んでました…けど、今師団長に言われて、決めました…っ」
やはり告発かと僕は確信した。
顔が真っ赤なのも、瞳が潤んでいるのも、仲間を思ってのことだろう。
頭の中で何か悪事を働いてそうな連中のリストアップをしながら次の言葉を待つ。
「わたし、わたし…初めてお会いした時から、師団長のことが好きです…っ!」
「……………………は?」
だから予想だにしていなかった言葉に、まず脳内のリストアップが吹っ飛んだ。
そして頭の中で言われた言葉を反芻し、そして理解した途端出てきたのはなんとも間抜けな声。
言葉の意味を考え、聞き間違いじゃないだろうかとつい数秒前の記憶を反芻する。
……この女は今なんと言った?
「えっと、好き…です、シンク師団長のこと、が…」
視線を逸らしながらも再度(告発ではなく)告白をされ、僕は言われた言葉の意味を改めて咀嚼する。
好き。好意。好感。類似語が脳内を飛び回る。
この場合恋愛の意味も含むのだろうか。
誰が?誰を?
…………僕?
「………………」
「えっと……しだんちょ、う…?」
僕が無言だったせいか、エリーゼがおずおずと僕を見上げてくる。
「僕が現れると挙動不審だったのって、」
「その、師団長を意識してしまうと…つい」
「目を見て話さないのも、」
「恥ずかしく、て…」
「逃げ出したのは、」
「えっと、師団長の前で変なことしたくなかったから…」
…………。
顔が赤かったのは、照れていたから。
挙動不審だったのは、僕を意識していたから。
目が潤んでいるのは……恋をしているから。
「……馬鹿じゃないの?」
「えぇ!?酷いです!師団長が背中押してくれたのに…っ!」
思わず漏れた本音を聞いたエリーゼがへにゃりと顔を歪め、泣きそうな顔になる。
けど僕は顔に熱が集中しているのを感じて、思わずそっぽを向いて視線をそらした。
「顔も知らない男を好きになるなんて…ホント、馬鹿」
口元に手を当てて赤くなっているであろう顔を隠しながらそういえば、エリーゼはきょとんとした後へらりと笑った。
「えっと…顔を知らなくたって、師団長が真っ直ぐなのは解ります。
師団長はずっとずっと真っ直ぐに、一心不乱に生きてるって、見てれば解るんです。
私は、そんな誰にも真似できないような師団長を、好きになったんです」
誰でもない僕を見てくれていたからこその言葉。
目の奥が熱くなりそうなのを誤魔化すようにもう一度僕は馬鹿じゃないの、と呟いた。
代わりじゃない僕を見てくれた。
隠していた僕の努力に気付いてくれた。
外見じゃなくて、僕の中身を見てくれた。
初めて向けられた純粋な好意に、湧き上がるのは歓喜。
あぁ、こんな感情が自分の中にもあったのかと他人事のように思う。
そして気付いたら、僕はエリーゼの目をふさいでいた。
「あ、あの…えと、しだんちょ、」
「良いから、大人しくしてな」
「は、はい……?」
ちょっと間抜けな返事を聞きながら、壁際にエリーゼを追い詰める。
周囲に人が居ないことを確認してから仮面を外し、そっと柔らかな唇に口付けた。
触れたものの正体が解ったらしいエリーゼの頬が茹蛸みたいに真っ赤になる。
これはこの後のことを考えての、僕なりの餞別。
好きとか恋とか僕にはよく解らないけれど、それでも君の好意は嬉しかったから。
もし君が僕を受け入れてくれなくても、少しでも幸せを感じて欲しかった。
僕を受け入れてくれないのなら…ただの悪い思い出にしかならないけれど。
そう思うと心臓がどくどくと煩かった。
「し、だん…ちょ…?」
「うるさいよ。好きとか恋とか、僕にはよくわかんないけど、アンタが僕の素顔を見てもおんなじことが言えるなら、しょうがないから……傍に居ても、いいよ」
そろそろと目をふさいでいた手を外す。
ちょっとだけ手が震えていて、こんなことに怯える自分が情けなく感じた。
それでも勇気を出して手をどかせば、エリーゼは目を瞬かせた後僕の顔を見てきょとんとする。
少しばかり驚いたらしいが、それでもすぐに柔らかく笑った。
それだけで解った。エリーゼは僕を受けいれてくれたのだ。
「やっぱり、師団長の目は真っ直ぐです…」
「…馬鹿じゃないの」
赤くなっているだろう顔を隠したくて、そっぽを向く。
お互いちょっとだけ勇気を奮い立たせて、僕らが少しだけ歩み寄った瞬間だった。
トエト
あとがき
と、いうわけでトエトでした。
元の歌は素直になれない子が頑張るお話。
照れ屋なヒロインが勇気を振り絞るお話になりました。
後半は素直になりきれないものの、シンクも勇気を振り絞ります。
が、シンクの勘違いっぷりのおかげでギャグになった気がしなくもない。
ちなみにこの夢主の口癖は「えっと」ですが、一体何回言ってるでしょうか?←
作詞作曲:トラボルタP
歌:巡音ルカ
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