残照の香り


京都校との交流戦が終わった頃、先生から「ちょっと悠仁行ってきて」と向かった先には黒い制服に身を包む女の子がいた。これが名前先輩との出会い。お互い人見知りをするタイプではなかったようで「虎杖悠仁です、よろしくお願いします!」と挨拶をすると先輩も「名字名前です、よろしくね」と手を差し伸べてくれた。予定よりもあっさりと片付きすぐに寮へと戻るはずだったけれど、車に乗るや否や先輩が「おなかが空いた!ラーメン食べたくない?」と嘆く。思わず「うまいとこ知ってるよ」と呟けば「よっしゃ行くぞ!」と伊地知さんにお願いしてお店の最寄り駅まで運転してもらった。
「伊地知さんも一緒に行きませんか!?」
「私はまだ仕事がありますから、お二人で。遅くならないようにしてくださいね」
「じゃあまた今度行きましょ!運転ありがとうございました」
送ってもらったお礼をして、二人でラーメン屋へと向かった。食券を購入して、カウンター席に並んで座る。
「虎杖君はメンマ好きだよね?」
「嫌いなの?」
「メンマが私を嫌いらしい」
「なにそれ!」
出されたラーメンを前に変な言い訳をする先輩に、ちょっとでいいから食べてみたら?と勧めた。すんごい顔をしながら「うぐぐ」と小さいのを口にした。
「うん、まぁ。どうやら、大嫌いではないらしい」
「はははっ、いーよ。俺メンマ好きだからちょうだい」
すぐに打ち解けて、寮へと戻る間にもたくさんの話をした。どうやら先輩は俺のことを知っていたらしい
「そりゃ宿儺の指食ったなら有名にもなるでしょ」
「デスヨネー!そういや先輩、なんで交流戦いなかったの?」
「あー、実家帰ってた」
「先輩の実家ってどこなの?」
「京都のほう」
「え、なんで東京いんの?」
京都にも学校はあるのに、遠く離れた東京に来るのは何か特別な理由でもあるのだろうか。
「うーん、修行?都会を味わいたくて」
「そんな理由?」
「だってー、東京ってなんでもあるし都会だし憧れるじゃん!」
そんな理由で東京来たのか。釘崎も同じようなこと言ってたしな。

その日境に、仲良くなった俺と先輩。
「いーたどーりくん!」
校内で顔を合わせる度にいつも明るい挨拶をしてくれる名前先輩とは新しい漫画の話や、テレビで放送された映画の話をすることもあれば「真希先輩との練習の成果だ!」と挑んでくることもある。
毎日の鍛錬を嫌がるどころか、どんだけ負けても「もう一回!」と立ち上がって楽しそうにしている。
パンダ先輩に投げられてるときはキャーキャーと本当に遊んでいるみたいだ。伏黒にだって釘崎にだってたくさん話しかけていて、なんというか子犬みたいだ。ぽすっ、と俺の胸の高さほどにある頭に手を置けば「なぁに?」と不思議そうな顔をして、そのまま撫でるみると嬉しそうに笑う。
「名前は虎杖になついてるな」
「どっちが先輩かわかんねぇな」
「あいつのどこがいいのかしら」
と言っていた。釘崎に至っては俺に対して失礼ではないだろうか。


「俺、先輩が好きだよ」
「うん、私も好きだよ」
一緒に過ごすうちに、先輩に対しての恋が芽生えた自覚はあった。いつ言おうか、迷惑じゃないかと悩んだけれど言わなければ一生伝わらないと思って告げた。当然それは告白のつもりだったのにとあまりにもあっさりと返された。
「あーもう!そうじゃなく、て......」
俺の想いが届いてないのかと思ったけれど、そうじゃないとすぐに分かった。だって先輩の笑った顔が少し寂しく見えたから。たぶん俺の好きを理解しているのに誤魔化したんだと思う。いつでも明るい先輩の姿ばかり見てきたから忘れていたけれど先輩も術師の家系だ。だからこそどうにもならない問題を抱えているのだとその時知ってしまった。仲がいいと思っていたけれど、先輩の家のことも好きな色も好きな場所も、知らない。
「先輩のこと、もっと知りたい」
「うむ、なんでも聞くがよい!」
それから「ケーキが好きだ」と先輩が言えば一緒にケーキ屋さんに行ったり、好きなキャラクターを知ればゲーセンでぬいぐるみをとって渡してみたりした。「ありがとう、虎杖君はやさしいね」とにこにこしてくれる先輩を見るだけで俺も嬉しくなる。
先輩の誕生日にはみんなでピザを食べてケーキも食べて、人生ゲームをしたりスマブラやマリカーで遊び倒した。
「もー!私誕生日なんですけど!主役でしょ?」
「負けた名前が悪ぃんだよ、グダグダ言わずに早くいってこい」
真希先輩の「アイス食いたいな」の一言に、負けたら全員分のアイス買いに行く罰ゲーム付きでゲームをした。「一人だと危ないから1年も行ってやれ」と言われると、ごく自然に「虎杖行ってこい」「俺はみかんのやつ」と俺が行く流れになった。先輩と二人になれるならまぁいいかと、仲良く近くのコンビニまで歩く。

「虎杖悠仁くん」
「はい」
無事にアイスを購入して、もうすぐ寮へと着く頃。突然フルネームで呼ばれて思わず背筋を正す。
「約束です。私が合図したらすべて忘れてください。以上」
ふにっと先輩の指が俺の唇に触れて、ドキリとした。
「どういうこと?」
突然の行動と言葉に、訳が分からず聞いてみたけれど
「ふふ、なんでもなぁーい!」
とニコニコ笑って「早く帰ろ!」って笑う先輩。その笑顔はいつもよりも夕日に照らされているせいかとてもきれいで
「どうしたの?」
「んー、や、なんでもない」
思わず掴んでしまった先輩の細い腕。消えてしまいそうだったから、なんて言ったら笑われるだろうか。
「手、つないで帰る?」
「うん」
「虎杖くんの手は、あったかいね」
今思えば先輩が少しだけ元気がないような気がしたのはこの日からだったかもしれない。
いつもは中身のない話も一緒に盛り上がったのに「ごめんね、先生に呼ばれてて」とまるで俺を避けてるみたいだ。
「彼氏でもできたんじゃないの?」
「そうなの!?」
「知らないわよ本人に聞きなさいよ」
釘崎と伏黒に「うじうじしてんのが気持ち悪い」と一蹴され、とぼとぼと歩く。あからさまに避けるとかではなく、本当に用事があるみたいな感じで引き止めづらいのだ。携帯で連絡しても、返ってくるペースは前ほど早くないし。
「あ、虎杖くん!」
透き通るような明るい声で呼ばれるのはいつぶりだろうか、思わず身体はすぐに声のした方へと向いた。そこに立つのはやっぱり名前先輩。近づく先輩の姿にどうしても胸が躍る。
「今大丈夫?」
「うん、へーき」
「虎杖くんって、怖いの大丈夫な人?」
「大丈夫だよ」
「あの、コレ観に行きたいんだけど」
差し出されたスマートフォンの画面には来週公開予定の海外ホラー映画。
「一緒に行かない?」
「先輩は怖いの大丈夫なの?」
「怖いけど、気になるじゃん......」
「呪術師なのに怖いんだ」
「呪霊とこれは違うじゃん!!」
ぷくぷく怒る先輩もかわいい。「じゃあ次の休み行く?」と聞けば元気な返事が返ってきた。

電車を乗り継いで、新宿の大きな映画館に二人で向かう。電車の中でも「こないだ真希がね〜」と先輩からの話は止まらない。
「ひー、やっぱ人多いね」
休日の新宿は、人だらけ。ひらけた駅前はまだしも、映画館までの歩道や横断歩道は歩きづらい。くんっと引っ張られる感覚。俺の腕には先輩の腕が絡まる、というか掴まっている感じだ。俺は思春期真っ盛りの男の子で、なんなら相手は好きな女の子。柔らかさや、ほのかな女の子らしい香りにどうしてもどきどきしてしまう。

「怖かった、無理」
「ちょいちょい笑う場面もあったよね」
映画が終わって「おなかが空いたね」と来る途中に見かけたカフェに入る。上映が終わってから先輩の顔を見れば、眉間に皺をよせていた。泣いた形跡もあったけど必死に怖さに耐えていたみたいだ。
「逃げればいい場面なのに向かってったりするのなんでだろうね」
「顔隠してたのにちゃんと見てんじゃん」
「こうやって、隙間からちゃんと見てましたー!虎杖くんだってびくってしてたじゃん」
「そりゃビックリすればなるでしょ」
「夜が怖い、夜の任務当分外してもらえないかな」
「それ、五条先生だったら逆に増えそうじゃない?」
「たしかに!五条先生が担当じゃなくてよかった」

その日の夜、先輩は俺の部屋を訪ねてきた。
「ごめん、寝てた?」
「ううん、大丈夫。どうしたの?」
「夜這いです」
「えっ!」
「ウソウソ、眠れなくて。ちょっと喋りに来た」
夜這いなんて冗談を言った先輩にドキドキしながらも、どうぞと招き入れる。
「なんか男の子の部屋って感じ」
「あんま見ないでください」
変なものがあるわけでもないし、そんなに散らかしていないけれど、なんだか恥ずかしい。ベッドに腰かけて、緊張で何をしゃべっていいかもわからなくて少しだけ無言になった。先に口を開いたのは先輩だ
「虎杖君さ、前に私のこと好きって言ってたじゃん」
「うっ、はい。言いましたね」
「あれってホント?」
「冗談で言わないよ。先輩わかってるでしょ」
「あはは、ごめんごめん」
試すように言われたけれど、俺の気持ちは変わらない。男の部屋でベッドに並んでいるこの状況にだってどきどきと期待してしまうことを先輩はわかってて喋ってる
「ありがとね。好きになってくれて」
「え、うん」
「じゃ、いくね」
立ち上がった先輩は、俺の正面に立って頬を包む
「虎杖君。いっぱい遊んでくれて、ありがとう。おやすみなさい」



ピピピピ ピピピピ
うるさく響くアラームを、もぞもぞと手を伸ばし止める。表示された時刻に一気に目が覚めた。
「はい悠仁遅刻〜!珍しいね」
「やーなんか。変な夢見てさ」
「どんな?」
あれ、どんな夢を見ていたんだっけ。楽しかったとか怖かったとか一切思い出せない。
「......悠仁、忘れちゃったんだ?」
「うーん」
「そ、思い出したら教えてよ」
「?忘れるくらいだし大した夢じゃないと思うよ」
たいした夢じゃない、とこの時は思っていたのに。なぜかずっと探し物が見つからないような違和感ともどかしさが残っている。提出物の忘れ物でも、先生への重要な用事でもない。ナナミンとの約束もした覚えはないし。
「そういえば名前さん最近見ないわね」
「名前って誰?」
「はぁ、なに頭でも打ったの?アンタ一番仲よかっ「野薔薇!ちょっとこい」
真希先輩はずるずると釘崎を引っ張ってどこかへ消えてしまった。
伏黒に聞いても「知らねーよ」と言われパンダ先輩や狗巻先輩も「さぁ?」と首を振っていた。
それから数日して釘崎の近くをすれ違ったときにふわりとかすめた香りに思わず手を掴んだ
「は?なによ」
「や、あの。いい匂いだなって」
「変態......」
「ちげーって!なんか、懐かしくて」
ドン引きしていた釘崎は、俺の言葉を聞くなり、ずいっと何かを差し出した。
「なにこれ、リップ?」
「アトマイザー、香水よ」
プシュッと俺の服に一振りして「あげる」と手のひらに握らされる。ほのかに甘く、夏の夜のような涼しさを感じさせる香りは覚えがあった。
「っんだよ!」
思わず駆け出して、向かう先は五条先生のところ。ドクドクと胸がうるさいのは走っているからだけじゃない。
「お、悠仁どうしたの血相変えて」
「先生、俺思い出したんだ。先生なら知ってるんでしょ名前先輩の場所」
「明日10時に寮を出られるように準備して。おやつは500円までね」
にやりと笑う先生に、今すぐと言いたかったけど「大丈夫、名前は逃げないから」と諭された。

翌日先生は数分遅れてやってきた。伊地知さんに送ってもらって、新幹線に乗って向かうは京都。
「悠仁、名前と何か約束したでしょ」
「約束?」
そういえば、アイスを買いに行ったときに言われた約束。遅刻した前日の夜、先輩に会っていた。そこでたぶん、キスされた。
「おまじないレベルでそんなに強力じゃないみたいだから、きっかけさえあれば解けちゃうみたいだけど......ソレかな?」
先生が指したのは俺が握りしめるアトマイザー
「匂いと記憶は繋がりやすいからね」
コレがなかったらずっと思い出せないままだったのかと思うと、悔しくて寂しくなる。釘崎も真希先輩も。たぶん伏黒達も覚えていたのになんで俺だけに呪いをかけて行ってしまったのだろうか。
「信用されてなっかのかな」
「落ち込んでも仕方ないし思い出したなら直接本人に聞きなよ。あと、僕は会わせてあげることしかできないからね」
駅からは車を乗り継いで着いた先は、大きめの日本家屋。
息をのむ俺とは反対に、先生はインターホンをすぐに押して「五条でーす」と告げた。「お入りください」との声を合図に門をくぐる。部屋へと案内され、正座して待つ。こんな大きな家が実家だなんて知らなかった。先生は隣で「このお菓子美味しいね」なんてのんきなことを言っている。くつろぎすぎじゃない?とジロリと見つめれば障子の向こうからは「入りますよー」と聞き覚えのある声がした。
「もー!急に何しに来たんで、す......?」
「こんにちは」
いつも聞いていた先生に対するめんどくさそうな声色の主は、俺の顔を見て顔を歪めた。
「紹介したい子がいてね、名前も聞いてるでしょ宿儺の指のこと」
立ち上がろうとした俺の膝を手でそっと制して話を合わせろと伝える。俺と先生の前に綺麗に座る先輩の顔は学校で見せるような笑顔には程遠くひどく冷静なものだ。
「えぇ、聞いています。そちらがその宿儺の器ですか」
別人のような口調と、冷たい目線に委縮してしまう。
「そ、ほら自己紹介!」
「えっと、虎杖悠仁です」
「はじめまして」
それだけで、以前のように名前を名乗ることもよろしくと握手を求めることもされなかった。先輩はまだ俺が何も思い出していないと思っているのだろう。
「ちょっとした任務に来たんだけど。やっぱり悠仁いらないからここで一晩預かってくんない?」
「ハァ?」
「え!?」
「こっちの術師のとももう約束しちゃってんだよねー、早くいかなきゃ遅刻しちゃう!」
「いつも遅刻している人が何を言ってるんですか!?それにそんなこと急に言われたって......」
「困んないでしょ?よく術師泊めてるじゃんこの家」
「学校の寮とかは...」
「そっちのが危ないでしょ。交流戦で殺されそうになった話聞いてるでしょ?」
「私が片付ける可能性は」
「無理だね、名前には殺せない」
その言葉に、何も言い返せないようでムッとした後に「わかりました」と了承してくれた。話が終わるとすぐに先生は部屋を出ていき残されたのは俺と先輩の二人。気まずい空気が一瞬流れたが先輩はすぐに立ち上がった
「部屋、案内するのでついて来てください」
笑顔を見せることなく敬語で話す先輩に、距離を置かれているのがわかる。
「こちらの部屋を使ってください。夕食は18時にまた案内が来ますので」
「名前先輩」
「なんでしょうか」
初めて見せる表情に背筋が凍ってしまい何を言えばいいのか、何を話そうとしていたのか忘れてしまう
「えっと、なんでもないです」
「なにか必要なものなどあれば家の者に言ってくだされば対応します。それと......」
説明を終えて出ていこうと先輩が残した言葉
「もう、名前で呼ばないでください」

先輩の家はまるで旅館のようだ。食事は美味しいし、なんだか豪華だったし。お風呂はほぼほぼ温泉だ。旅館にしては客は見えず「術師をよく泊めている」という口ぶりから呪術師専用なのかもしれない。どこを歩いても先輩は見当たらず「名字さん...名前さんはどこにいますか?」と尋ねたが「母屋にいるとは思いますが、会えませんよ」と言われた。どうやらここにいる人たちも滅多にないどころか、会いたければ事前に連絡を入れなければならない程らしい。このまま何もできずに明日帰るのだろうか。いやいや、さすがにそれはダメでしょ!せっかく先生が会わせてくれたのに...。布団の中で考えを巡らせているうちに、結局なんの案も浮かぶことなく眠っていた。
”虎杖くん”
あぁ、先輩の声がする。優しく名前を呼ばれたのは久しぶりで、なんて幸せな夢なんだろうと思ったけど
「......好き」
ガバっと思わず身体を起こせば、そこには涙を流している先輩がいた。起き上がった俺に驚いて立ち上がろうとする先輩の腕を捕まえるとバランスを崩したのをいいことに腕の中へ抑え込んだ
「なんで何も言わなかったの」
「......だって私のこと忘れてたでしょ」
「忘れさせたの先輩じゃん」
「離して」
「俺怒ってるよ」
俺の言葉にビクッと身を強張らせた。
「ごめん」
「ん」
「全部話すから」
抱きしめていた腕をほどけばゆっくりと、俺の目の前に正座した。
「あの、手は離していただけないのでしょうか」
「やだ。逃げられたくないし」
「うぅ......」
「なんで、あんなことして実家帰っちゃったの」
「もともと、1年間だけの予定だったの。でも無理言って2年生まであわよくば卒業までって考えてた。でも宿儺の指の件で危ないから戻れって言われて」
「俺のせいじゃん」
「違う違う!虎杖君のせいじゃないよ。そのあと家が慌ただしくなっちゃって。やれ縁談だ跡継ぎだーってね。兄か姉が返ってくれば私は何もしなくていいんだけど」
「兄妹いたの!?」
「うん、歳離れた双子のがね。反抗期こじらせてどっか行っちゃった」
「でも、帰るならちゃんと話してほしかった。あんなやり方納得いかねーもん」
「それは......」
顔をそらして、気まずそうにする先輩の手をギュッと握る。逃がす気はないというのは伝わっているみたいでゆっくりと口を開いた
「虎杖くん、私のこと好きだって言ってたでしょ」
「うん、今も好き」
「あー、もう!それで、私も...だから。もう会えないなら楽しかったことも全部忘れてもらったほうが、無かったことにした方が楽だから」
「でも、俺先輩のこと思い出したよ」
「ほんっと!なんでよ!なんで思い出しちゃうの!!せっかく、私も踏ん切りつけたのに。あきらめようって思ったのに」
小さい子みたいにぐしゃぐしゃに泣く先輩は家のことがあったって俺にははただの女の子にしか見えない。手を引いて抱きしめて、嫌がるかと思ったけどぎゅっと抱きしめ返してくれた
「俺、先輩が好きだよ」
「......忘れたくせに」
「それは先輩のせいじゃん。でも忘れたままでも、先輩に会ったらまた好きになるよ」
いつからとか、どうしてとかそんなのわからない。いつの間にか理由もなく惹かれていたから。笑った顔も怒った顔も、泣いた顔も俺を呼ぶ声も全てを独り占めできたらなんて、自分の中にこんなにも身勝手で強欲な感情があるとは知らなかった。腕の中ですすり泣く小さな体をこれでもかと優しく強く抱きしめる。もう絶対離してやらない。
「すき、私虎杖くんが好き」
そっと腕をほどいて、見つめ合う。近づいた顔にそのまま
「ちょっとまって!」
「むぐっ」
先輩の口をふさいだのは俺の手のひら
「これ、また忘れるパターンないよね?」
「はぁ?んなわけないでしょ!っていうか忘れても好きになるって言ったなら黙ってしてよ」
「そうですけども!軽くトラウマッ......」
グッと顔を掴まれて唇に触れるやわらかい感触
「どうですか」
先輩からされた2度目のキスはちょっとそっけなかったけど、もう忘れることがないとわかって安心する。
「もう一回していい?」
そのまま何度かキスをして、もう遅いから「おやすみ」と挨拶をして先輩は部屋を出て行った。名残惜しいし、わよくばこのままなんて邪念もあったのは内緒だ。



翌日、いつの間にか戻ってきた先生も一緒に朝食を済ませ、東京へ帰るときには先輩が見送ってくれた。
「名前、テスト忘れてないよね」
「忘れるも何も、戻れない可能性の方が高いんですが?」
「だいじょーぶ!あと一週間で帰ってくるって」
「は?」
「じゃーね!」
2週間後、先輩は東京へ戻ってきた。
「おはよー」
「おは、え!?」
頭が覚醒していない朝、あまりにも普通に挨拶をするもんだから驚いて幽霊かと疑った。
「なんか、お兄ちゃんとお姉ちゃんが急に帰ってきてさ。連絡くらいしてくれてもいいじゃんって怒ったんだけど『え、五条さんに連絡したし』って言われて」
「なんか、テキトーすぎない?」
「そういう兄妹なんですよ......」
どうやら跡継ぎだなんだの問題も落ち着いたらしく「好きにしろ」と言われてしまったようだ。
そんなうまい話があるのかと思ったけれど、先輩の家なりの事情があるらしい。
「というわけだから、またよろしくね」
そのままよろしく、と返してもよかったけれど。そういえば先輩後輩の関係のままだ、と気づいたから
「名字名前さん、約束です。俺の彼女になってくれますか?」
あれ、これじゃ約束じゃないな?と首を傾げる俺を見て笑う先輩
「虎杖悠仁くん」
「はい」
「約束です。私とこの先も一緒に居てください」
「もちろん」
寂しい別れじゃない、キミとの時間を過ごすための。



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