傘に隠れてキスしよう


何年も経つのにふと思い出す事がある。
春の柔らかい雨の日、夏のゲリラ豪雨、秋の文化祭のお化け屋敷。
太陽みたいなあの笑顔。

スポーツ万能で優しくて、女子の間では密かな人気者だった。本人はモテてないと思い込んでいたけれど。
だから告白された時は本当に嬉しかった。まさかあの虎杖悠仁が、私を好きだなんて。

付き合っていたと言っても、小学生の時。恋愛の真似事、おままごとみたいなものだった。
放課後一緒に遊んで、帰り道の途中の分かれ道まで手を繋いで帰る程度の、かわいらしいお付き合い。

五年生になったばかりの春。
桜流しの降る帰り道、傘に隠れてキスをした。傘の中は、二人だけの世界だった。
心臓が暴走してしまいそうなこの感情をどう発散すればいいのかわからず、家に着くなり部屋に駆け込み大声で叫んでお母さんに怒られた。

思春期に足を踏み入れたばかりの同級生なんて、自分も含めてまだまだ子供ばかりだ。私達が付き合っている噂はすぐに広まり、一緒に歩くだけで冷やかされてしまう。
虎杖は真っ向からそいつらと喧嘩していたけれど、私達はいつまでも揶揄われるのが嫌になって段々疎遠になってしまった。

夏休みに入ったばかりの、傘なんて役に立たないぐらいのゲリラ豪雨の日。
夜かと見間違える程真っ暗な雲に覆われた空の下で、傘の中でビショビショになりながら口付けたのを最後に私達はほとんど話さなくなった。
自然消滅、とでも言えばいいのだろうか。


私達はそのままの状態で中学へ進学した。
時間が経てば特にギクシャクする事もない。
クラスは変わってしまったから話す機会は激減したけれど、廊下や校内で会えば挨拶や雑談はする。ただ、もうそういう関係じゃないだけ。
二年生の頃、風の噂で虎杖に彼女ができたと耳にした。
胸がチクリとする事もなく、ただそうなんだ、よかったね、と。それだけ。
きっとお互いファーストキスの相手だった、ぐらいの気持ちしか持ってなかったんじゃないだろうか。


三年生、最後の文化祭初日。
仲良しグループで回っていたのに、あっちへこっちへチョロチョロしていたらはぐれてしまった。
友達を探しつつ各教室の出し物を見て回っていると「名字!」と呼び止められる。

「あ、虎杖」
「なにしてんの、ひとり?」
「うん。友達とはぐれた」
「お、じゃあウチのクラス寄ってけよ。お化け屋敷」
「え!やだ怖い」
「大丈夫、一緒に行ってやるから!」

無理矢理背中を押されて連行されていく。怖いのはほんとに無理と訴えても「大丈夫大丈夫」とまともに取り合ってくれない。

「みんな頑張って作ってさー、けっこういい出来なんだよ」
「やだやだ、私こういうのほんとに苦手なんだよ…」
「手繋いでやろうか?それか腕掴む?」

さすがに手を繋ぐのは恥ずかしいし、噂の彼女にも悪い気がして、腕を掴ませてもらった。
小学生の頃の細いイメージしかなかったから、筋肉に覆われた腕の太さに驚く。たった何年かで、こんなにも体格って変わるんだ。
自分にも生理が来たり胸が膨らんだりと体に変化が起こっているんだから、虎杖が男らしい体つきになるのも当たり前なのに、はっきりと男女の差を感じてやけに緊張した。

ほぼ真っ暗闇の中、なるべく下の方を見てゆっくり歩いていく。やっと暗闇に目が慣れてきた頃、ポツンと閉じた番傘が隅に置いてあるのが見えた。

「あれさ、俺が作ったんだ。カラカサお化け!傘の中に絵描いたんだけど見て」
「へえ、どんなの描いたの?怖い絵?」
「ううん、全然怖くねーよ」

虎杖に連れられ傘の元へ向かう。
バサッと音を立てて開かれた中を覗き込もうとすると、虎杖の顔が割り入ってきて邪魔をする。
見えない、と言おうと開いた口はキスで塞がれた。

「ウソでした。絵なんて描いてないよ」
「あ、あんた…!なんで、彼女いるんじゃないの…!?」
「は?いねーし」
「去年噂で聞いたけど」
「そんな噂あったの!?」

人の声が近づいてくる。慌てて移動しようとすると腕を掴まれ、座り込んだ虎杖の膝の上にひょいと乗せられる。

「ちょっと…!」
「しー!」

番傘が大きくて良かった。ギュッと抱き締められながら二人で体を縮こまらせると、ギリギリ隠れる事ができる。
息を潜めて人が通り過ぎるのを待つ間は、気が気じゃなかった。
人の気配が遠ざかると、何度も何度も口付けられる。こんなに密着していたらきっと私の心音の速さは伝わっているだろう。
ああ、どうか私の赤い顔が彼に気付かれませんように。ここが暗くて、本当によかった。




「あー!名前いた!探したよー」
「どこ行ってたの?」
「なんか顔赤くない?」

え、そう?ちょっと走ったからかな。なんて、しれっとウソをつく。
虎杖に真っ赤な顔を見られたくなくてオバケ屋敷を出てすぐに走って逃げてきたから、あながち間違いでもない。
なんで、急に、どうして。もう文化祭には全く集中なんてできなくなってしまった。
二日目も虎杖を見つけたらさりげなく友達の陰に隠れて見つからないようにやり過ごす。
正面切って「あれは何だったの」と聞けばいいのに、勇気が出なかった。私の事が好きなのかもしれない、なんて考えるのは自意識過剰な気がした。
浮ついた頭を無理矢理切り替えようと受験勉強に取り組み、そのままロクに話す事もなく私達は卒業する。
今思えば、どうせなら記念に第二ボタンでも貰っておけばよかったかもしれない。



そんな甘酸っぱい十五歳の春から約十年の月日が経つ。
大学進学と共に上京し、そのままこちらで就職した。
地元の同級生は結婚したり出産したりと、所謂女の幸せってやつを謳歌している。
「あんたもいい年なんだから、そろそろ結婚とか考えてないの?」とお母さんから電話のたびに聞かれて、何度スマホを叩き割りたくなったか。
結婚も出産も機会があれば、くらいにしか考えていない。別に焦らなくてもまだ二十代半ばだし、むしろ半年前に彼氏と滅茶苦茶にモメて別れてからは少し恋愛には及び腰だ。
恋愛に疲れた時、今でも傘をさすと思い出す事がある。傘に隠れてキスをする、あの男の子の事を。
宝石のようにキラキラした幼い恋の思い出を、いつまでも大事に大事に宝箱にしまっている気分だ。時折開けては中身を確認して、変わらない眩い煌めきに満足しながら蓋を閉める。
高校は離れてしまって、連絡先もいつの間にか変わってしまった彼とは卒業以来会う事もなかった。


いつもの仕事、いつもの週末、いつもの帰り道。ただひとつ違ったのは。

「名字!?」
「虎杖……!?」
「めちゃくちゃ久しぶりじゃねえ!?なんでこんなとこにいんの!?」
「え、仕事帰り…」
「上京してたんだ!」
「大学こっちだったから、そのまま就職したんだけど…虎杖は観光?」
「俺も東京住んでます!シティボーイですー!」

もうボーイって年齢でもないくせに。
フード付きの服好きなの、変わってないね。
凄く背が伸びたね。180以上あるんじゃない?随分見上げないといけなくなった。
顔立ちも大人っぽくなってる。でもそこまで変わった訳でもないから、学生時代を思い出せて懐かしい。
東京に来てから何年も経つのに、まさか出会うなんて思ってなかった。すごい偶然だ。

「名字今ヒマ!?どっかでメシ食わない!?」
「いい、けど…」

急に腕を握って捲し立てられ、咄嗟にOKしてしまった。別に嫌な訳ではないから、いいんだけど。
何年も会ってなかったから積もる話もある。
あの子が結婚した、子供を産んだ、起業した、話題は尽きない。
お互いお酒も飲める年になったから、飲みながら延々と話し込んだ。

「虎杖はいつ東京来たの?」
「高一。じいちゃんが死んで東京来たの」
「…そうだったんだ。ごめん」
「いいよ、大丈夫。十五の時の話だし、気にすんなって。それより今更だけどさ、今日急に誘って大丈夫だった?…彼氏とか」
「今は恋人いないから大丈夫だよ、お気遣いなく。そっちは?」
「俺も今はフリー」

ふーん、そうなんだ、と何でもない風を装いながら飲み物を口に運ぶ。
相変わらずよく気がつくし、背も高くて顔も悪くないし、がっしりとしたいい体をしている。こんなの女の子がほっとかないよ。

「モテそうなのにね」
「俺人生でモテた事ないけど!?名字こそさ、男がほっとかないでしょ」
「まあ、それなりかな」
「うわ、すっげえいい女って感じの受け答え」
「うっそー!全然モテません!」
「信じらんねえー!絶対モテるだろ」

久しぶりに話しているのに、まるで学生時代に戻ったみたいで、すごく楽しい。
大笑いしてお酒も進んで、終電一歩手前まで話し続けた。
「すげー楽しかった!ねえ暇な時連絡していい?また飲もうよ」と言ってもらえて、連絡先を交換する。"虎杖悠仁"と表示されたスマホの画面を見ると、とても懐かしい気分になった。

「また連絡する」
「またって、いつ?」
「じゃあ…今日、帰ったら」
「うん、待ってるね」

終電まではあと五分。
終電のアナウンスが発車時刻を繰り返している。
もう行くね、と改札を通った時「名字」と最後に呼び止められた。

「あの、さ。俺名字にはもう会えないと思ってたから…今日会えて、すげー嬉しかった」
「私も虎杖に会えて嬉しかったよ。じゃあね、気をつけて」
「うん、名字も気つけて帰れよ」
「うん、またね」
「またな!」

本当は電車なんて乗らずに、もっとたくさん話したかった。会えなかった時間を埋めたかった。昔と変わらない笑顔で手を振る虎杖に、私も小さく手を振った。



連絡先を交換してから、虎杖とはほぼ毎日連絡を取り合うようになる。
仕事で全国を飛び回っているようで、会うたびにお土産をくれた。
食べ物の時もあれば、お酒だったり雑貨だったり。家には虎杖からもらったものがたくさんある。
綺麗なキャンドルや、ご当地入浴剤、ハンドクリーム、その他諸々。

「ねえ虎杖、こんなにいつももらうの悪いからさ…お土産もういいよ」
「え、迷惑だった?」
「ううん、嬉しいんだけど…貰ってばっかだし、なんにもお返しできてないから悪いなって」
「じゃあ今度さ、名字の家行かせて。家呑みしよ。それでチャラな」
「そんなんでいいの?」
「いいのいいの。名字の家どんなんか見て見たかったから楽しみ」
「じゃあ私も虎杖の家行ってみたい」

そんな会話がきっかけで、私達はお互いの家を行き来するようになる。
虎杖は休みの日が決まっていない職種らしいのに、大抵はわざわざ私の休みに合わせて会う日を決めてくれた。

家に泊まる事も増えたけれど、虎杖はいつも床かソファで離れて寝てくれる。そんな場所で寝ては体が痛くなると思い「一緒に寝る?」と聞いた時は「女の子がそんな事言っちゃダメ」と言っていた。
紳士的なのか、ただの友達としか思われていないのか、私の下心が透けて見えていたのか。
本気でただの友達なら、何の気持ちもなければ一緒に寝ても大丈夫だろう。という事は私はきちんと女として見てもらえているのか。いや、ただ単に虎杖が人一倍優しいだけなのかもしれない。
しょっちゅう会う割には男女のどうこうは全くなくて、虎杖の考えている事がわからなくてモヤモヤする。
一緒にいて楽しいのは事実だ。価値観も似ている気がするし、話す話題も尽きなくてあっという間に時間がすぎる。
優しくて、楽しくて、ちゃんと仕事もしていて、見た目も文句なし。
そうなる事が当然のように、私は虎杖にまた恋をした。
虎杖はいい女友達ができたぐらいにしか思っていないのだとしたら、私の脆いガラスのハートは粉々に砕け散ってしまう。
昔から相変わらず臆病者の私は、決定的な言葉を聞いてみたくても怖くてただの女友達を演じていた。


虎杖と再会して約一年経った真冬の、今にも雨が雪に変わってしまいそうな寒い日。
あまりにも寒くて足早に駅までの道を歩く。早くお風呂に入ってあったまりたい。

「そこのかわいいお嬢さん、今ヒマ?」

ただのナンパなら無視していたけど、この1年ですっかり耳に馴染んだ声に後ろを振り返る。

「虎杖!」
「よ、ぐうぜーん!仕事終わり?」
「うん、今から帰るとこ」
「俺も。なあメシ食いに行かねえ?」
「行く!おなかペコペコ」
「よっしゃ決まり!傘忘れたから一緒に入れて」

最近はお互いの家を行き来するばかりだったから、虎杖と外で食事するのは久しぶりだ。
おでん食いに行こうぜー、だなんて、メニューには色気のカケラもない。

「さっきさ、去年再会した時みたいでびっくりした」
「そう言われればそだな。一年はや!」
「あの時はいきなり腕掴まれてびっくりした」
「え、ごめん!あれはあのー…久しぶりすぎてつい」
「いいよ、ああしてくれなかったらあのまま終わってただろうし」
「マジ?あん時引き止めてよかった」
「…そうかもね」

あの時引き止められたから、今こうして虎杖に片思いする羽目になった。
あの時何もなかったら、今頃恋人の一人や二人できていたのかもしれない。一年あれば結婚話ぐらい、出てたのかも。

「私ね、親にお見合いしろって言われてんの」
「マジで!?お見合いすんの!?」
「いや正直全然乗り気じゃないけど。田舎って結婚急かすじゃん。この年だともう行き遅れ扱いだよ。社会人になってからうるさいの、ホント」
「えー…そうなんだ。今彼氏いないじゃんね?」
「うん、いないから余計困ってる」

ここで「俺にしとけよ」とか、言ってくれたらなあ。
自分から仕掛ける訳でもないくせに言葉だけは欲しがるなんて、ワガママな女だ。
虎杖は根っからの善人だから、この一年私がどれだけ邪な感情を抑えて一緒にいたのかなんて想像もつかないんだろう。
いくら気が合う男友達だとしても、間違いが起こる事は避けたいから家に泊めるなんてなるべくしないし、ましてや一緒に寝ようなんて何とも思ってなければ絶対に言わないのに。こいつにはそれがわからないんだ。
勝手に期待して勝手にイライラする。
情緒不安定で、身勝手で傲慢だ。今日はこのままだと取り返しのつかない事を口走ってしまいそうな気がしてくる。

「ごめん、今日はもう帰る」
「え!?名字、ちょっ…!」

テーブルにお金を叩きつけ、荷物を引っ掴んで逃げるように店を出た。
傘を席に忘れてきてしまったが取りに行くのもカッコ悪くて、そのまま雨の中を走り出す。
冷たい雨がお酒を飲んで温まった体からどんどん体温を奪っていって、寒くて仕方ない。
明日は土曜日だから、万が一風邪を引いてしまっても一日中寝込んでいればいいだろう。
フラれた訳でもないのに妄想して勝手に傷付いて、雨の中濡れ鼠になりながら走って、なんだかとても惨めで泣けてきた。
雨の滴が延々と前髪から流れ、涙と混じり合う。視界がぼやけて何も見えなくなってくる。
繁華街から少し離れたこの道は人通りもまばらだ。人がいないのをいい事に、立ち止まって両手で顔を覆って泣いた。

虎杖は私が急に不機嫌になって帰ったものだから驚いただろう。なんて言い訳をしようか。帰ったら連絡した方がいいのか、それとも向こうからの連絡を待った方がいいのか。
もしかしたらこんなメンヘラ女だと思ってなかったって幻滅されたかもしれない。

「名字」

名前を呼ばれると同時に、雨が止まった。
とっくにずぶ濡れで傘なんて今さら必要ないのに、自分が濡れる事なんてお構いなしに私に降る雨を遮ってくれる。
わざわざ追いかけて来てくれなくてもいいのに、これはただの虎杖にとっては普通の優しさだろうに、嬉しくて堪らなかった。

「名字、急にどしたの?ごめん、俺なんかした?」
「してない」
「じゃあ何で?」
「何でもないから、大丈夫」
「泣いてんじゃん…。言ってくんなきゃわかんないよ、ねえ。ゆっくりでいいからさ」
「…言いたくない」
「なんで」
「もう今日は帰ってよ!ほっといて!お願いだから」
「こんなに泣いてんのにほっとけるわけねーだろ!名字、ほんと…どうしたのか教えて」
「言いたくない、言ったら私達、もう会えなくなるよ」
「なにそれ、どういう事?」

昔から自分より人の事ばかり心配する、そういう優しいところがたまらなく好きなんだ。
今だってそうだ。私に傘をさしているせいで、虎杖ももうすっかり濡れ鼠になってしまっている。

「……私、虎杖が好きなの。あんたは私の事なんて、ただの友達なんだろうけど」

傘に叩きつけられる雨音に混じって、虎杖が息を呑む音が聞こえた。
さぞ驚いた事でしょうよ。居た堪れなくなって逃げようとする腕を掴まれ、虎杖の顔が近付く。
咄嗟に目を瞑ると、唇に冷たくて柔らかいものが触れた。
虎杖とキスをする時は、いつも傘の中だ。

「…俺も好き」
「うそ」
「名字、好きだよ。こんなに泣かせちゃうなら、さっさと言っとけばよかった。ごめん」

首に腕を回し、私からも虎杖にキスをする。
痛いぐらいに抱き締め返され、視界の端で傘が地面に転がっているのが見えた。
ニ人とも雨でびしょ濡れになってしまって、濡れた服が容赦なく体温を奪っていく。

「ねえ、こんなにずぶ濡れの女の子そのまま帰すの?」
「あっ、えっと…じゃあ俺んち来る?いやあの、変な意味じゃなくて…近いしさ…」
「……行く」 

変な意味でいいんだよ。私達大人になって、色々な経験をしてきた。思いの通じ合った男女がどちらかの家に泊まったら、どうなるかなんてわかってる。
頭が痺れるようなキスをいっぱい頂戴。明日はお互い休みだから、少しくらい夜更かししても大丈夫でしょ?

もうさす意味もない傘をさしながら、冷え切った手を繋いで虎杖の家まで歩いた。
家に着いたら、すぐにお風呂に入らないと。

「虎杖って、雨男?」
「え?初めて言われた。なんで?」
「わかんないならいいよ」
「えー!?なに、気になる!……って、あ!あー…そういう事ね」

思い当たる節があったようだ。
照れた時は少し恥ずかしそうに首を触る癖、変わってない。

「聞きたかったんだけどさ、名字って中学の時俺のこと避けてたじゃん?嫌われてんだと思った」
「あれは…恥ずかしかったの。まだ、子供だったんだよ、私」
「思春期かあ」
「そういうこと。大人になれてよかったね」
「ほんとだな。俺、今すげー幸せ。長年の恋が実ったって感じする」
「彼女いたくせによく言うよ」
「それはその…仕方なくない!?」
「あはは!うそうそ、そんなの気にするわけないじゃん」
「もー!ビビるからやめてって!」

そう言って太陽みたいに笑う、雨男。

春の柔らかい雨の日、夏のゲリラ豪雨、秋の文化祭のお化け屋敷。
そして今日、冬の凍りつきそうなほど冷たい雨の中。
傘にこそこそ隠れて、ニ人だけの世界に浸ろうか。


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