終電先まで


アイホールにはベージュのアイシャドウ。
目のきわにはピンクを瞳の中心にザクザクのラメをポンと置き
マスカラはピンクブラン。
頬にも唇にもピンクを載せるのが私の定番。

一目惚れして買った黒のデニムパンツ。
真っ黒の生地に白のスティッチが可愛い。
丈がちょっと長めでヒールに合わせるのに丁度いい。
白い薄手のニットインして、髪はゆるく巻く。
耳には大振りののイヤリングをつければ彼に会う準備はばっちり。

賑わう声に雑踏。都会のこういうところが私は好きだ。
あのワンピース可愛いな、どこのブランドだろ。
今年はミントカラーが流行るって雑誌でやってた。
やっぱり可愛いなーなんて女性達が彩る流行をぼんやり眺める。

「名前、ごめんお待たせ」
「ううん、午前中仕事だったんでしょ。お疲れ様。着替えたんだ」
久しぶりに私服の悠仁を見るからか、
デニムに明るい色のパーカーその上にジャケットを羽織る彼が新鮮に見える。

「名前とデートだし、流石に着替えてきた」
さらっと出てきたデートという言葉に思わず恥ずかしくなる。

お互いの仕事の前か後に食事に行くくらいで、
私と悠仁の関係が変わってから初めてかもしれない。
待ち合わせをして出かける。確かにデートらしいデートだ。
どうしよう、急に緊張してきた。
行こっかと自然に繋がれる手が汗ばむ。
名前照れてる?なんて悠仁がわざわざ言葉にしてくるから余計に恥ずかしい。
茶化さないでよ。むっとしたように返せば、俺も。
なんて言いながら私の手を握り直されて体温がじんわりと上がる。

街に出るのが久しぶりだという悠仁は、
え?今こんな感じなんだ。あのビルって前からあった?など街の変化を楽しんでいる。
久しぶりだと新しい発見があっていいよね。と笑う悠仁が眩しい。
買い物をして、悠仁が見たがっていた映画を見て充実したお昼を過ごし、
夜は私が前から行きたいと思っていたカフェで食事をした。
「ああいう場所でもちゃんとご飯できるんだね。俺結構お腹いっぱい」
「アルコールもあったし1件目として最高じゃない?
ねぇ悠仁もう少し付き合って」

通りからは死角になっているカフェテラスの奥、地下へと続く薄暗い階段を降りる。
店内はかなり暗めのオーセンティックバー。
私達の他にも土曜の夜を楽しむお客さんがいた。
マスターが私達に気を遣って広めのボックス席へ案内してくれた。

悠仁は仕事の話をほんどしない。
対象的に私はとにかく悠仁に何でも話す。
この歳になってまだ一緒に仕事したことが無い補助監督が居たとか、
2級呪霊って聞いてたのに行ったら1級だったとか中身は無いのだけど。
「そっか、大変だったね。」「お疲れ様」と絶対に悠仁は共感の言葉をくれる。
私より忙しい悠仁にこういう話をするは気が引けるけど、やっぱりありがたい。
最近は特に忙しくなり、それに比例して聞いてほしい話も増えてくる。

あと他に悠仁に聞いて欲しい話あったけなーと
アルコールが周ってきた頭でぼんやりと考える。

新しい補助監督の話はした、窓も年下が増えてきたよねっていう話もした。
それから、それから。いつになったらキスより先に進むの?
これは言ってもいい?
駄目かな。駄目だよね。
「名前。もう11時」
うん。と適当に返事をする。
大切にされてるのは痛いほど分かる。だけど満たされない。
もっと一緒に居たい。私の欲はどんどん深くなっていく。
「時間、11時だって」
聞こえないふりをしてみる。この距離で無理があるかもしれないけど。
適当な返事を繰り返す私に悠仁が困った顔をしている。
「名前、終電は?そろそろなんじゃないの?」
「ねぇ、いつ?」ぽそっと漏れた言葉。
「うん。何?」って聞いてくれる声が優しい。
急に不機嫌になった私に何一つ嫌な顔をしない。とにかく悠仁は優しい。
「悠仁はさ、いつになったら泊まって行く?って聞いてくれるの?」


沈黙。
周りの音が急に大きく感じる。さっきまではそんなこと思わなかったのに。
どこを見たらいいのかわからなくて空になったグラスをぼんやり眺める。
店内のBGMだけが私達の間を通り過ぎていく。
先に沈黙に耐えられなくなったのは私だった。
「あのね。ずっと待ってたの」
「うん」
「そのうち悠仁の方から言ってくれるかなって思ってて」
「俺、名前がそんな風に思ってたの初めて知ったよ」
「初めて言ったもん」
「そっか」
困らせてるなーと笑えないけど笑えてくる。
これ以上困らせたら駄目だな、大人しく帰ろう。
「悠仁ごめ「ねぇ名前」
曖昧な笑みをたずさえた悠仁が私の顔を捉える。
「今日さ、帰らないでって言ったら困る?」

ううんと首を横にふる。
「名前に言わせてごめん、今日を全部に俺に頂戴」
ねぇ悠仁。今日だけじゃなくて私の毎日は全部あなたのためにあるんだよ。
なんて言うのは恥ずかしいからこの気持ちをどんな言葉で伝えよう。

Fin.



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