これが本当の
緑でいっぱいだった景色が黄色や赤に一気に染まっていく。そろそろ秋も本格的になってきた。もう薄着では寒くて今日は最近新しく買った赤色のニットの長袖と生地が厚めのキャメル色のカーディガンを羽織った。お気に入りの靴がコツコツとヒールを鳴らすのが好きなんだけど、今日は地面を踏みしめる度にずっとカサカサ、カシャッカシャッといい音がした。この音も秋を感じさせてくれて好きだなぁと思う。
数年前までは憲紀くんと私の二人だけの足音に耳を傾けて「秋だねぇ」とか「もう冬になるな」とかのほほんと会話しながらお互いの手から体温を分け合って散歩してたなぁと思い出して私の少し前を歩いてる大きな背中を見つめると、私の視線に気がついたみたいで開いてるのか開いてないのかわからないあの顔で振り返った。
「今年も来れてよかったな」
「うん、秋はここが一番綺麗だもんね」
二人で見つめあっていると、彼の足元から「ぱぱー!みてー!」とズボンの裾を引っ張りながら可愛い声がした。何かを見つけたみたい。まだまだ小さくて、コロコロと転がりそうな丸くて小さい体には外の世界は刺激的で発見が多く、とても楽しそうだった。
大きい背中と、小さい背中が二人でしゃがんで何かを見ている光景があまりにも可愛らしくて、思わずふふっと声に出して笑っていると「ままもみてー!」と呼ばれた。
近寄ってみると、ここには銀杏の木しかないのに何故かドングリが小山になってた。「きっと誰かがここに置いていったのか、遊んでいたんだろうねぇ〜」と言うと「みんなでくっついてたらあったかいね、さみしくないね」と幼いなりに大人な発想をしていた。きっとこういうところは彼に似たんだろうな。
ひとしきりウロウロして満足したのか今度は自分の足元からカサカサ鳴るのが楽しいのか私と憲紀くんの手をガシッと掴んでバネにしてぴょんぴょん跳ねて遊び始めた。
「こら、そんなに跳んだら転んでしまうからやめなさい」
「ははっ!ぴょーんぴょーん!」
「ふふ、全然聞いてないねぇ」
「まったく、こういうところは君にそっくりだな」
「えー、失礼ねー」
「ぱぱしつれー!」
「なぜそういうのは聞いているんだ・・・」
それじゃまるで私が話を聞いていないみたいじゃん。失礼しちゃうなーと思ったけどよくよく考えたら昔はよく突っ走って憲紀くんに心配されてたなぁ、と思い出した。あれ、やっぱり私に似てる・・・?
そういえば高専時代に「いくらアタッカーだからといってあまりに前に出るな・・・頼む・・・君が傷つくのは心臓に悪い・・・」ってそのまま告白してくれたんだったっけ・・・私も憲紀くんのこと好きだったから嬉しかったな。
加茂家があんなことになって良かったのか悪かったのか未だに私にはわからないけど、こうやって家族になれて、居場所ができて、あの時からは考えられないくらい幸せを感じてる。彼はどう思ってるのかな・・・同じだと嬉しいな・・・。
飛び跳ねるのが飽きたのか、私たちの手を離して目の前で落ち葉をかき集めている小さな背中を見つめていると、空いた私の手にそっと彼の体温を感じた。見上げた十数センチ上にある顔は私と同じで目の前でこんもり丸くなった背中を見ている。
「本当はここに来るのは気が引けていたんだが・・・君と何度か訪れるようになってからそんな考えもどこかに行ってしまった・・・。こうやって3人でこの場所に来るのが楽しみになった。君には感謝している・・・。ありがとうなまえ。きっと、こういうことが"幸せ"と言うんだろうな・・・」
彼は幼い頃に母親とこの場所で引き離されてからずっと色々なことを我慢して生きてきたから、本当の家族の幸せというのを知らずに大人になってしまったらしい。
あの悪夢のような死滅回遊を乗り越え、無事高専を卒業し、別れを惜しんだ母親に会って、過去の自分と向き合った時の彼はすごく格好良かったし、止まった時間が動き出したようにすごく晴れやかな顔をしていた。
プロポーズしてくれた時「こんな私にできるかわからないが、君と一緒に普通の家族というのを作りたいんだ」って柄にもなく緊張で強ばっ顔を真っ赤にして言ってくれて、「あぁ、私この人となら大丈夫」って本能的に思ったのを一生忘れないと思う。
私がこの人にどこにでもある、普通の家庭というのを教えてあげたいと強く思った。私が自分の両親から教えてもらった家族の絆を彼と築きたかった。
普通に喧嘩もしたし、普通に仲直りして、普通に好きも愛してるも言ったつもりだったけど、ちゃんと伝わっていてよかった・・・。あの子を身ごもった時、勤勉な性格がわざわいして育児の本をこれでもかと買い込み、何故か私よりも詳しくなって医者になるつもりなのかと思うくらいだったのは今では笑い話だ。
家に縛られず、自分たちで自分たちの家庭を目指して、時にはつまづいたりもしたけど、これで良かったんだ。ちゃんと彼も幸せを感じてくれている。それだけで私は・・・
「なまえ」
「ん?なに?」
握られた手を自然と絡ませる。いつもなら少し低い体温が今日はとても暖かく感じた。
「また来年も、その次も、あの子が大きくなっても、またみんなで来よう」
開いてるのか閉じてるのかわからない糸目から覗く瞳は、秋風の寒さに負けないくらい暖かくて優しい色をしていた。