たんぽぽの君

「いたた、ちょっ…チュン太郎!急につついてどうしたのさ!」

それは特に何でもない、ありふれた日のことだった。山を荒らしているという鬼を斬る仕事を受けて、泣く泣く鬱蒼とした森に入り込んで。
そうしたら俺の知らぬ間に誰かが鬼を斬って、俺の足元に頸を転がしていて。何が何だか分からない間に任務が達成されて。もう休みたいなぁとぼやきながら、下山しようと人里へ足を向けたその途端。
「チュン!」と可愛らしい声を響かせた俺の鎹鴉…いや、鎹雀?が、突然俺の頭を後ろからつついて急き立ててきたのだ。
なにやら人の為になることをして誇らしげであるような、それでいて妙に焦っているような、複雑な音が聞こえる。でも俺は動物の言葉が分からないから、それ以上の意思は汲めない。人以外の動植物になると、音≠ナ理解出来る範囲にもかなり制限がかかるんだ。
ついでに嘴でつつき回されている後頭部が地味に痛くて、聴くことに集中出来ないのも原因の一つだと思う。言い訳?違うってば!

「なんなんだよもう…」

誘導されるまま歩いていけば、辿り着いたのはちょっとした空き地。微かに残る血痕と鉄の匂いが、じわりじわりと陽の光に焼かれ消滅していっている。多分、ここで誰かが鬼を斬ったんだ。それも、ほんの少し前に。思わず顔が引き攣って、ひぃっと喉から悲鳴が零れた。

「お、おま、なんてとこに連れてきてくれてんの!!!なんなの、俺のこと嫌い?!」

昨日団子を食べていた時にちゅんちゅん騒いでたのを無視したのが気に食わなかったのか!?だからこんな嫌がらせをするのか!?

震えが止まらない俺を放り出し、茶色い羽根を懸命に動かして地面に降り立ったチュン太郎は、小さな嘴でちょんちょんとある一点をつついている。砂浴びをしている様子でもない。…何か、埋まってる?
黎明を迎えたばかりということもあり、近くに一般人や鬼の立てる音はしない。四半刻くらいなら多分、見咎められることもないだろう。しょうがない、付き合ってやるか。

「チュン!」

如何せん小柄だからか、思ったように作業が捗らないらしい。こちらを振り向き、円な瞳で見つめてくる。
まるでここを掘れ≠ニ言われているようなーーー。

「ったく、花咲かじいさんじゃないんだぞ、俺は…」

しかし梃子でも動かないぞ、という頑なな意志を感じる以上、何かチュン太郎にとって大事なものがそこにあるのだろう。
仕方がない、と肩を落としてその場にしゃがみこむと、嬉しそうにちゅんちゅん鳴かれた。はいはい、分かった。分かったから!

「…うぇぇ爪の中に土入っ……んん……、なんだ、これ?なんか固い?」
「チュン!チュン!」

少しだけ掘り進めれば、こつんと固いものが指先に触れた。ここにいた隊士は余程の大乱闘を引き起こしたのだろうか。深いとまではいかないが、パッと砂を払って済むようなものでもない。それか、隠の人達が戦闘の証拠隠滅に砂を混ぜっ返していったのかな。
現場の様子を見るに朝が来るまであまり時間が無かったようだし、見落としてしまったのかもしれない。
大正解とでも言うように俺の周りをぐるぐる回るチュン太郎。目が回るから止めてくれ。

「これ………簪か?」

掘り出したのは、泥と土に塗れて…それでいてなお、美しく輝く髪留めだった。頭上に掲げて陽の光に透かしてやると、きらきらと極彩色に移り変わる透けるような藤の花。大ぶりではないが、目を惹くような。一目で高価と分かるような代物だった。

「手拭い…は、怪我の手当で切らしてたんだっけ」

しょうがないので羽織の袖で丁寧に拭ってやると、木…で出来ているわけではないな。石でもない。付き合ってきた女性への贈り物で培われた経験からすると…多分、ガラス細工だと思うんだけど。ここまで見事なものは見たことがないので、あまり自信はない。

「最終選別のときにいた女の子がつけてる髪留めとどことなく似てるような…?」
「チュン!」

嬉しそうに跳ね回るチュン太郎に、「これが欲しかったのか」と聞いてみる。烏でもないのに光り物が好きとは知らなかったが…。「チュンン゛」…えっ、違うの?

「…もしかして、知ってる人の持ち物なのか?」
「チュン!チュン!チュン!」

ぱたぱたと羽根をはためかせている。うん、正解っぽいな。

「とりあえず、洗って綺麗にしてから持ち主を探してみるか…」

折角綺麗なのに、砂埃に塗れていては勿体ない。これほどの品だ、持ち主についての情報もすぐ得られるかもしれない。もしかするとこれをきっかけに……良い仲になっちゃったりするかもしれないな。

「んふふふ…」

そうと決まれば善は急げ。
人里へ向かう途中で見かけた清水で、丹念に泥を洗い流した。見立て通り、木工でなくて一安心だ。木を水に晒しても大丈夫なのか、俺には検討がつかなかったから。髪飾りの手入れの仕方なんて、当たり前だけどじっちゃんも教えてくれなかったし。
新品同様にきらめく様に…俺は勿論、チュン太郎まで誇らしげだ。にしても持ち主の人、相当大事に扱ってたんだろうな。細かな傷も、殆ど見当たらない。

「これから人里まで今から戻るのか…はぁ」
「チュン!」

任務の場所までそこそこ距離があった上、鬼と会敵したので精神的にもどっと疲れが溜まっている。途中から意識ないけど。
走っている間に壊したり、傷付けたりするのが怖すぎる。裂いた羽織でぐるぐる巻いて、袂へ入れておいた。着物はあとで繕えばいいしね。

「中間地点に休憩出来る茶屋とか、ないかなぁ…」

少し休ませて貰いたい。意識してしまった疲労感は次から次へと、波のように押し寄せ善逸に襲いかかってくる。
渋るような音を立てていたチュン太郎だったが、俺が疲れているのは分かるらしい。特に何も言わないようだ。

「………チュン!チュンチュン!」
「わたっ、あたた、なにどうしたの!?」

…と思ったら、羽根でべしべし頭を叩かれた。小さいから烏ほどの威力はきっと、無いんだろうけど。

「あ………」
「ん?」

頭を守りつつ再び追われるようにして早歩きであぜ道を進んでいると、前方に鬼殺隊の制服を着た女の人が見えてきた。向こうも俺に気付いたらしく、立ち竦んでいる。…距離があるから分かりにくいけど、なんだ、この音。喜んでるのに困ってて、好きなのに苦手で…あと、なにかに恐れてる…?
……うん?待て。待て待て待て。
好き≠チてなんだ。誰に対して?俺に?まじで?好意なんて抱かれたことがないから、どうしたらいいか分からない。
ーーーいや、落ち着け、俺。鬼殺隊の女の人なんて殆ど会ったことないし、音を聞くに初対面だぞ。一目惚れされちゃったとか?ならなんでこの人は怖がってるんだ。ああダメだ、混乱してきた。目がぐるぐるする。

「チュン!」
「……えっ、うわ!?こら、チュン太郎!」
「ーーーわ、」

俺があれやこれやと悩んでいる間に、チュン太郎が距離を詰めてすぽんと彼女の胸に飛び込んでいった。なんだよそんなのアリかよ羨まけしからん!!!俺だって女の子の胸に飛び込んでみたい!!ずるい!!!

「あ。…ふふ、久しぶり。元気にしてた?」

久方ぶりの友との邂逅でも、こんなに柔らかい音≠させることが出来るものなのだろうか。ふわりと笑んだ彼女は人差し指を差し出し、そこへ乗るように促している。「羽が傷つくといけないから」だって。ちょこんと乗っかったチュン太郎も満足げだ。
…まずい、うっかり見惚れて固まってしまった。頭も真っ白だ。

「まずは、はじめまして。私も鬼殺隊の人間であることは…制服見れば分かるかな」
「ひゃ、ひゃじめますていって!」
「…うん。ありがとう」

思いっきり噛んだ。それはそれは舌が痺れるくらい強く歯を突き立ててしまった。
口元を抑えて悶絶している俺に、気遣わしげに瓢箪と手拭いを渡してくる彼女。え、優しい。天使…いや、年上っぽいし天女かな?

「このお水、しの…蟲柱印の薬湯が少しだけ入ってるから、もし良ければ…私の飲み差しで悪いけど」
「ああ、いえ!大丈夫です!お構いなく!」
「苦くないよ?」

それはそれで気になるけど、他の部分が気になって仕方ない。のみさしって。のみさしって。
…いや、これはチャンスだったのか!?あまりに純粋に心配されるものだから、つい遠慮してしまった。しっかりしろ、俺!普段ならもうとっくのむかしに求婚してるところだろ!あっそうだ結婚してくださいってまだ言ってない。

「…ごめんなさい、出来ることならもう少しお話したいのだけれど…ちょっと、探し物をしていて」
「チュン!チュン!」
「…いてっ!さっきからつつきすぎだろチュン太郎!俺の頭は餌じゃ……うん?探し物?」
「チュン!」

ひたすら思惟に耽っていたら、強めに頭をつつかれた。察しろと言わんばかりに羽織の袖を引っ張る、チュン太郎のこの反応。
あれ、もしかして、この人の探し物って。

「もしかして、この髪飾りのことですか?」
「!!」

羽織から取り出してそっと包みを開くと、少しだけ高くなった太陽に応えるように輝きを増す髪飾り。良かった、どこにも瑕疵はなさそうだ。
布を取り払って差し出せば、彼女が目を丸く見開く。その途端、心の底から喜ぶような、優しい音が聞こえてきた。ああ、この人だったんだ。ちゃんと会えて、渡せてよかった。

「ありがとう…!!!」
「いやぁ、へへ、それほどでも…」
「チュン!」
「雀さんも、ありがとうね」

人差し指で優しく撫でられ、チュン太郎の音も優しく綻んでいる。なにこの風景超癒される。俺ずっとここにいたい。

「本当に、ありがとう。それにこれ、あなたの羽織の布地よね…?お礼にもならないけれど、せめて繕わせて貰えないかな」
「えっ!?いやいやいや、そんなお礼だなんて」
「今長期の任務帰りで手持ちがなくて、そのくらいしか出来ないんだけど…いつかちゃんと恩返しするから」

こういう場合も三倍返しって適応していいのかな…などと呟いていることはよく分からないが、本当に、見返りを貰おうと思ってしたことじゃないんだ。むしろチュン太郎にせっつかれなきゃなにも気付かず通り過ぎていただろうし。九割九分九厘俺の手柄じゃない。
でも、この人意外と頑固というか…簡単には引き下がってくれなさそうな音がする。多分、ここで何か頼まないと、この先会う度に有り難がられる、気がする。
下心込みで仲良くなりたい身としては、そんな善人≠フ括りに入れられてしまうのは避けたい。
結婚してください?それを告げるには、聞こえてしまった音が邪魔をする。
なら、お近付きになるためには。

「あっ!じゃあ、名前!教えて貰えないでしょうか」
「……え、」

ドクン、と。心臓が軋むような、嫌な音がした。
すぐに穏やかに戻ったけれど、それでも心拍が…かなり、速いような。
名前を教えることを恐れている?いや、怯えてる?どうして?

「…、……。……分かった。私の、名前はーーー」

そんなに無理して聞き出したかった訳じゃないんだ。でも、この人を傷付けずに断る言葉がすぐに見つからない。どうしよう、どうしよう。このままじゃ、

「カァー!!!」
「「!」」

突如ぶわりと風が吹き、鎹鴉が現れた。え、どこから来たのこいつ。なんか変なお札くっつけてるし。怖い。
ばさばさと彼女の腕に乗ったそいつは、足元に括りつけた小包と手紙を差し出した。代わりに手ずから与えられた木の実を食べまくっている。チュン太郎もご相伴に預かっているらしい。鳥の言葉で会話していて、傍から見ていると和やかだ。音は真剣みを帯びているけど。
ぱちぱちと瞬きしていた彼女は、我に返ったらしい。先程の同じような、穏やかな表情を浮かべている。二羽を可愛がりつつ受け取った手紙の裏を確認した瞬間、ぎゅうと眉を顰めてしまったけれど。

「…ああ、…うん。そりゃそうか。バレるかぁ……はぁ。
いつもありがと、あなたも怒られちゃった?ごめんね」

腕に乗せた鎹鴉へ話しかけると、スッと纏う雰囲気が変わった。なんというか…ぴんと張り詰めた糸のように鋭い。音は優しげなままだけど。

「ごめんなさい、もう行かないといけないみたい」

名前もバレちゃったしね、と。悪戯っぽく微笑むときだけは、辺りの空気が元通り緩やか綻んだ。その一方で、彼女から伝わる音は泣きそうに震えている。…うん、ごめんなさい。鎹鴉が現れたとき、うっかり手紙に書いてあった宛名を見てしまった。そのとき小さく息を呑んだのに気付いたんだろう。へにゃりと下がった眉が、どことなく痛々しい。
蝶の押印がしてあったけど、誰からだったんだろう。怒られるって、大丈夫なのかな。

「ーーー今度会った時は、ちゃんと自己紹介するね。……約束。じゃあ、またね」
「あっ」

ひゅっ、と。
旋風が吹き抜けて、目を開けていられなくて。次に閉じた瞼を開ける頃には、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。遠方まで見渡しても、耳を澄ませても、見えないし聞こえない。

「はっえぇぇ……」
「チュン!」
「いや、なんでお前が誇らしげなの…」

ただ、藤の花のような残り香だけが、辺りに漂っていた。大きく深呼吸して吸い込んでみる。チュン太郎には汚いものを見る目で見られたけど、知ったことではない。

「チュン!チュン!」
「えっもしかしてもう移動?嘘だろ…」

どうやらさっきの鴉から、この近隣の鬼の話も伝達されたらしい。最悪だ。きっとまた会う日の前に、俺が死んでしまう。次の任務が命日だ。辛すぎる。

「………はぁぁぁ…」

脱力し、畦道の半ばでしゃがみこむ。そろそろ人が通る時間だろうか。少しずつ、足音が聞こえるようになってきた。刀もあるし、大手を振って歩けないな…。お腹も空いた。というか、疲れた。

「なんで初対面で、死にそうな目に会う時と同じくらい怖がられたんだろう…」
「チュン…」

同時に憧憬の音もしたから、益々謎めいている。無理やり繕った着物のようにちぐはぐな印象。

「次に会う時はなにか聞けるかなぁ」

大きくため息をついてぼやいていると、『今は任務に行かなきゃ』とでも言いたげに刀の頭をつつかれた。
…んん、待て。待て待て。

「えっ…嘘でしょ?斥候とか様子見とかじゃなくて、ただ移動するだけでもなくて、…鬼を、斬るやつ?まさかと思うけどもう次の任務?」
「チュン!」
「…………」


嫌だア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!


そんな善逸の心の叫びを聞き届けた娘が親切心から声を掛ければ、結婚してくれと縋りつかれ、現れた鬼殺隊の少年に人格を否定され。
なんだかんだと鬼退治に赴くことになるのだが、そのときの彼はまだ知らない。


そして、暫く後に手足から蜘蛛になりかけーーー療養先の蝶屋敷で鬼殺隊女性隊士と再会することになるのだが。
勿論、そんなこと。彼は知る由もないのだ。



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