本当は猫派の隠岐くん



 毎日放課後恒例となっている犬の散歩をしていると同じクラスの隠岐くんに会った。ボーダーの制服?なのか分からないけど、ちょっと変わった服に身を包んだ隠岐くんは私を見て、それから私の足元でじゃれついている愛犬のたまを見ると目を輝かせてこちらにやってくる。

「この子名字さん家のわんちゃん?可愛いなあ」
「(わんちゃんだって、わんちゃん)」
「名前は?」
「たまだよ」
「猫やん」

 ゆっくりと近寄ってきた隠岐くんは、私が隠岐くんのイケメンだけに許される語録≠ノ動揺している間に足元にしゃがむとたまの顎下をよしよしと優しく撫で始めた。

「俺犬好きやねん。ええなあ、俺も一人暮らしやなかったらお迎えしたいねんけど」
「犬カフェとか行ってみたら?」
「男一人で行くのキツない?」
「そうかな。隠岐くんなら大丈夫だと思うけど」
「めっちゃ適当に答えるやん。名字さんが一緒に行ってくれたら嬉しいねんけどな〜」

そんなに見られても行きませんけど。なんで?他の子に刺されるよ。刺されへん刺されへん、お腹に雑誌仕込んどいたらええねん。それ一回刺されかけてるよね??

 軽口を叩きながらもたまを愛でるのをやめない隠岐くんを見て、任務とかそういうのはいいんだろうかと思う。隠岐くんがいいならいいんだけど、たまの愛くるしさのせいで隠岐くんが動けなくなって三門が潰れたら困る。

「おーい隠岐、何してんの」
「あれ、水上先輩やないですか」
「水上先輩やないですかとちゃうねん、……どうも」
「……こんにちは」
「……へ〜」
「……余計なこと言わんといてくださいよ」

 そろそろ飼い主ストップをかけようかと悩んでいると、どこからか隠岐くんの先輩らしき人がやってきた。隠岐くんと同じ服を着ている。どうも、と頭を下げられたから普通に挨拶したんだけど、なんだかじろじろ見られているような。

 隠岐くんはちょっと焦ったみたいな顔をして立ち上がると、ぐいぐいと先輩を押してなるべく私から遠ざけようとしていた。先輩はずっと真顔だけど、何かを面白がっているみたいな感じにも見える。たまがワン、と鳴いて、隠岐くんの先輩がたまを見た。

「隠岐、浮気か?」
「はい?」
「犬に構ってんの珍しいやん。いつも猫可愛い〜、って言うてんのに、この節操なし」
「……ちょっと静かにしてください」
「なんや失礼な」
「……あ〜、あかん。ちょお待って、ほんまに待って」

 なんかよおわからんけど早よ来いよ、と言い残して、隠岐くんの先輩はニヤニヤしながらどこかに歩いていった。あっちの方って確か警戒区域じゃなかったっけ、と思って、隠岐くんはやっぱり今から任務なんだということに思い至る。足元でたまがじゃれついてくる。

「隠岐くん行かなくていいの?」
「……行く」
「あと猫好きなんだね」
「……あ〜もう、ほんま最悪」

隠岐くんが片方の手でサンバイザーをぐっと下に動かすと垂れた目元が隠れてしまう。もう片方の手はしきりに髪を撫で付けていた。

「たまちゃんのことダシにしたって言うたら怒る?」
「なんのダシ?」
「え〜……そんなん名字さんと話すためのやけど……」
「えっ」
「何、あれで気ぃつかんとかある?」
「猫も犬も好きなんだと思って……私も猫好きだし……」
「いや、俺も犬好きなんはほんまやけど猫の方が好きってだけやで。ってことで犬カフェと猫カフェ両方行かん?」
「えっ」
「あとで予定合わせたいからグループからライン追加しとくな」
「めっちゃぐいぐい来るじゃん……」
「関西出身なもんで」

 開き直った隠岐くんはちょっと赤くなったほっぺを携えて警戒区域の方に向かっていった。次の日から隠岐くんはめちゃくちゃぐいぐい来るようになったし、犬カフェと猫カフェのみならずなぜか今度水族館と動物園に行くことになってしまった。