ムードのない水上



 今季の期末テストの日程が発表された瞬間、前回の二の舞を踏むまいと思った私は落語のチケットと引き換えに水上を捕まえて専属の家庭教師にすることに成功した。ほぼ無理矢理暇な日を聞き出して生駒隊の隊室に押し掛けた私に、隠岐くんからゆるい歓迎の意が示される。四角い机を挟んで水上と向き合い、教科書のページをぱらぱらと捲る。隠岐くんからはい、と差し出されたお茶にはもくもくと白い湯気が立っていた。

「名前さんと水上先輩って付き合ってるんですか?」
「え゛っ、普通に友達だよ」
「なんや、仲ええから付き合うてるんかと思ってました」

 ふうふうと息を吹きかけてお茶を啜る私の隣に座った隠岐くんがいきなりそんなことを聞いてくるものだから、びっくりした私は慌ててそれを否定した。そういったことを聞かれたのは初めてじゃないけど、水上がいる場で聞かれるのはこれが初めてだ。ちらりと水上を覗き見る。

「仲良いだけなんだけどな」
「ふうん。水上先輩が女子と仲良くしてるの珍しいからなあ」
「それは確かに」

 こちらなど意にも介さずにノートと向き合う水上を見てなんだかちょっと安心する。水上のことは友達として好きだけど、正直そういう対象として見たことはない。でも友達としては仲良いままでいたいから、こういうことを聞かれて気まずくなるのはそれこそまっぴらごめんなのだ。
 水上と気まずくなりたくなくて、噂になるたびに何度も大袈裟に否定してきた。幸い噂は水上の耳には入っていないらしく、今までこのことについて言及されたことはない。異性の友達というのはそんなに珍しいものなんだろうかと思う。お茶請けの煎餅に手を伸ばしてぺりぺり包装紙を剥がしていく。隠岐くんがすくりと立ち上がった。

「狙撃手の訓練行ってきますわ」
「はいはい、行ってらっしゃい」
「水上先輩、今日イコさんら来おへんらしいんで鍵お願いします」
「おー」

 隠岐くんはひらひらと手を振って隊室を後にした。水上のペンが紙と擦れる音がする。

「あんなんよお聞かれんの?」
「え?」
「俺と付き合ってんのかって」

 顔色ひとつ変えないまま、水上は今の私にとっての特大級の爆弾を投げ込んできた。思わずパッと前を見る。眠たそうな目は手元に向けて伏せられたままで、いつも意識することのない短めのまつ毛がよく見えた。

「たまに聞かれるかな」
「ふうん。みんなそんなん好きやなあ」
「ね。仲良いだけだよ〜って答えてるけど」 

 興味なさげな声色に安心して、そこでようやく教科書に目を落とした。授業中に適当に貼った付箋の粘着力が弱くなって剥がれかけている。水上のペンの音がする。

「ほんまに付き合う?」
「……えっ」
「俺は別にそれでええけど」

思い切り顔を上げた私の真正面で、水上はやっぱり顔色ひとつ変えずに呑気にペンを走らせていた。こういう時ってちょっとくらい照れたりするもんじゃないのとか、なんとか。

「というか、普通に付き合いたいし」
「……何?いつから?」
「さあ、忘れた。好きでもない奴にテスト前の貴重な時間わざわざ割かんことは確かやな」

 告白した方は普通の顔をしているのに、された方だけが照れるなんて不公平じゃないか。しどろもどろになりながらそう異議申し立てた私の前で、水上は初めて手を止めて愉快そうに笑った。水上のことをそういう対象として見たことなんてないはずなのになんだか顔がやたらと熱い。今思い出したみたいに好きやで、と付け足されるものだから「ムードってもんがあるでしょ!」と叫んだ私に、水上はやっぱり顔色ひとつ変えずに「ムードあったら付き合うてくれんの?」と聞いてきた。