言葉足らずな佐久早




「何その服」

 佐久早聖臣という男は24時間365日いつでも言葉足らずな男だった。今だってわざわざ玄関で私を引き留めてああいうことを言ったけど、多分本当に言いたいのは「そんな襟ぐり開いた服を着ていくな」くらいのことなんだろう。実際、佐久早の言葉の足りなさは私たちの関係にも大きく影響している。面と向かって好きだと言われたわけじゃないけど、正直ほとんど付き合っているに等しい。

「何って、可愛くない?」
「可愛いとかそういう話してるわけじゃない」
「じゃあどういうこと」
「……」

 リビングの扉を開けてのそのそとやってきた佐久早は、時勢の影響を受けて最近は家の中でもマスクを付けるようになった。佐久早の眉間に皺が寄る。

「佐久早っていつもそうだよね」
「は?いつもって何だよ」
「はっきり言わないってこと」

 八つ当たりだなんて百も承知ではあるけど、最近の私は周りの友人たちの結婚ラッシュにかなりの焦りを感じていた。佐久早と私って結局付き合ってるのかとか、佐久早は結婚のこと考えてるのかとか。そういう焦りを口に出せない私も悪いけど、佐久早にだって多少の非はあるんじゃないかと思う。だから、私が今から結婚相談所に行こうとしてることだって佐久早は多分気付いていない。引く手数多な佐久早と違って、私には時間が限られている。

「付き合ってもない人にそういうこと言われる筋合いないから」
「……」
「……何」

 驚いたみたいに目を見開いて私を凝視する佐久早は、珍しく考えていることが丸分かりだった。大方付き合ってるつもりでいたんだろう。でも私、付き合ってなんて言われてないし。

「……待ってろ」

 一気に不機嫌そうな顔になった佐久早は、そう言い残してリビングの向こうに消えていった。ここで言わなくてもわかるだろ、と言い出さないだけ昔に比べて成長したのかもしれない。佐久早のいなくなった玄関に静けさが満ちる。多少高い金を払ってでもセキュリティのしっかりしているところに住んでほしいと、なんなら自分が家賃を出すからと一年前に言い出したのは佐久早だった。 




「はい、これ」

 今までたくさん佐久早からの分かりにくい愛情を受け取ってきたくせに意地悪だったかな、と後悔し始めた時分になって、雑誌みたいなものを両手に抱えた佐久早がようやく廊下に戻ってきた。手の中にあるのは分厚いカタログの数々。

「何これ、…………」
「…………選べば」
 佐久早の腕の中に積み重なっていたのは、はたしてあれほど焦がれたエンゲージリングのカタログだった。それを山ほど抱えて戻ってきた佐久早は心なしか若干得意げですらある。しばし言葉を失って、数秒。愛しさやら驚きやら、とにかく36色色鉛筆顔負けのさまざまな感情の波に襲われた私は思わずそのまま膝をつく。

「は?なんで笑うんだよ」
「いや、可愛くて……」 

 なぜか腹を抱えて爆笑してしまった私を見て、佐久早はドン引きの表情を隠そうともしなかった。

「なんで好きって言わないのにこんなの用意してるの……」
「言わなくても分かるだろ、普通」
「ふ、ふふ……だめだ、笑っちゃう。言われないと分からないよ、……っふ、セフレかもしれないって思ってた時期もあるし……」
「……お前俺のこと何も分かってないんだな」

 セフレという単語を出した私に尚もドン引きした様子の佐久早を見て、何でそっちがキレてんだと思う。でもその後に小さく呟かれた「好きでもない奴にここまで時間割いたりしない」の言葉にチョロい私はまんまと絆されてしまって、結婚相談所には断りの電話を入れることにした。そのあとリビングでカタログを開いたら中に付箋が貼ってあって、「用意周到すぎ!」と爆笑した私を見て佐久早はまたもや臍を曲げてしまった。