呪専五条はもしかして



こんな時期に交流会だなんて馬鹿じゃないか。


肌に突き刺さるような陽の光から逃れるために、暗くてひんやりとした校舎の影に逃げ込みながら、去年も同じこと言ってたなあ、と、名前は思った。



呪術高専京都校に所属する名前が東京校との交流会に参加するのは、今回で実に二回目だ。一年振りの交流会とそれに付随する東京観光に、しかし名前の心はちっとも舞い上がったりはしなかった。

元来名前の術式は戦闘向きではない。勿論自分の術式が活きる場面はきっと他にあって、だからこそ補助監督ではなく術師を目指しているのだと、自分の活躍できる局面はきっと用意されているのだと、名前はしっかり理解している。しかしながら、いくら頭でそうだとわかってはいても、名前は、自分がお荷物になったような気分に陥るこのイベントが、一年前から嫌いだった。一年前。東京校に入学した自分と同期の三人が、ソシャゲのSSR級に化け物だと発覚したあの日である。

加えて名前は、日焼けするのが嫌いだった。なんでかって、日焼けすると、皮がぼろぼろに捲れるタイプなのだ。交流会が開催される初夏の日差しは鋭くて、それでいてたっぷりの紫外線をその中に含んでいる。持参した日焼け止めをポケットから取り出して腕や首にたっぷりすぎるほど塗りたくりながら、個人戦に励んでいる同期を横目に、名前はひとりこっそりと溜め息を吐いた。



「夏油、涼しいからここにしよー」
「いいね。にしても、今日は暑いな」



隣、失礼しまーす。

いきなり背にした校舎の側から声が降ってきて、名前はびくりと背筋を伸ばした。勢いよく振り返ってみると、そこには東京校の同期であろう男女二人が立っている。一人は女で、反転術式の使い手。一人は男で、呪霊操術の使い手。劣等感に苛まれて、それから人見知りが祟って、名前は東京校の同期たちとちゃんと話したことはないけれど、それでも名前は、黄金世代と呼び声高い彼らの術式を、回り回ってくる様々な噂からしっかりと頭の中に入れ込んでいた。


なんで、わざわざここ来るんだろ。


暑い日に日陰を追い求めるというのはごく普通に予想できる行為であって、ゆえに家入たちが日陰に来るのは考えてみれば自然なことなのだけど、それでも人見知りの名前は、わざわざ自分のいる日陰にやってきた家入と夏油を、親しくもないのに恨めしく思った。視界の内で尚も白熱する個人戦では、名前の同期が東京校の三年に、綺麗な右ストレートを決めている。あと三回相手を伸せば、名前の同期の勝ちだった。

自分の先輩がボコボコにされているのをおー、と呑気そうに眺めていた家入は、名前の隣に座ろうとして、不自然なくらいぴたりと立ち止まった。暫し夏油とひそひそと話し合った彼女は、貸し一だな〜、と呟きながら、人一人分の間を空けて名前の隣に腰を下ろす。名前は、わざわざ来るなよと思ったくせに、間を開けられたらそれはそれで、自分の隣にはそんなに座りたくないのだろうかと、何となく傷ついた気持ちになった。



「五条遅いな〜、マジで喉渇いたんだけど」
「京都の彼と鉢合わせしてるんじゃない?禪院のさ。さっき自販機の方に行くの見かけたから」
「……夏油お前、知ってて行かせたろ」
「私たちはしっかり働いてるんだから、悟には多すぎるお釣りだよ。少し面倒なのとやり合った後は、一年越しのご褒美にありつけるんだから」
「性格悪。でもアレだね、アイツそういうの、もっとグイグイ行くのかと思ってたけど」



何となく隣に座る二人から視線を向けられているような気がして、名前は居心地の悪さを感じながら、石のように硬くなって日向の向こうの同期を見ていた。


五条はさ、案外奥手だよね。
いやあ、でも悟がさ。意外。
ね、今までとタイプ違うじゃんね。


家入と夏油は、何かを話し合っては名前を見て、何かを話し合っては顔を見合わせて意味ありげに笑う。名前には、彼らの意味深な笑い声と視線の対象が自分に向けられているような気がして、何だか居心地が悪かった。すべての会話を聞いたわけではないから自意識過剰かもしれないけれど、個人戦なんて見てもいない彼らに馬鹿にされているような気がして、弱い自分が笑い者にされているような気がして、名前は場所を移そうかとうずうずしながらぎゅっと膝の上の手を握る。そうして悩む名前の耳に、後ろの方からこつこつと廊下を歩く足音が聞こえてきた。
 


「あ、五条じゃん。おっせー」
「お前ら、……マジでないわ」
「ほら、硝子の隣座りな。私のお茶は?」
「買ってるけどさ、」



足音の主は東京校の五条のようで、名前はまた人が増えた、とこっそり肩を落としては、努めて空気になろうとなるべくゆっくりと息を吐いた。
ファインプレーだとか、こういうのは望んでないだとか、彼らの会話はいまいち要領を得ない。名前の隣に座るのを渋っているらしい五条を見て、名前は、話したこともないのに弱いというだけでここまで嫌われるのかと、人知れず胸中で泣きたくなった。

しばらくの話し合いが終わると、とうとう観念したのか、五条はゆっくりと名前の隣に腰を下ろした。成長期の男子高校生に家入が用意したスペースはやや狭かったのか、五条が座る際に五条と名前の身体が軽くぶつかる。思わずそちらを向いてしまった名前は、五条の目を見てぺこりと頭を下げた。それを見た五条は暫しぼーっと惚けていたかと思えば、慌ててぺこりと頭を下げる。耳の縁を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった彼を見て、名前の胸にはある予感が思い浮かんできた。

 
「悟、良かったね」
「ね、良かったねー」
「……も、マジ、ない」


意地でもこちらを向かないという意思を感じさせる彼の姿勢と、ニヤニヤと笑う二人の声に意識を取られて、名前はもう交流会どころではなかった。日向の向こうでは、同期が東京の先輩をラスト一本のところまで追い詰めている。先程自分に向けられていた家入と夏油の意味深な笑みと視線が、今では自分に関係のあるものだったと、それも悪い意味ではなく、ソウイウ意味だったのかと、名前は暴れ馬のように跳ね回る心臓を抑えつけて、平気な顔を繕うので精一杯だった。

名前は決して、鈍感ではない。人の機敏には鋭い方だ。例えば、たくさん日陰はあるのにわざわざ名前のいる日陰を選んだこととか。例えば、隣に座ろうとしたのに五条のために一人分のスペースを空けて座り直した先刻の家入だとか。例えば、「奥手」「ご褒美」などの不可解だったワードが意味を持って輝き始めたこととか。例えば、頑なにこちらを向こうとしない五条の後ろ姿だとか。
そんな色々のことから、浮かんできた予感が確信めいたものになって、名前は今にも走り出してしまいそうだった。


「あれ、夏油、そこ虫いない?」
「あ、ほんとだ。怖いな、私虫苦手なんだよね。悟、怖いからもっとそっち寄ってもらっていい?」


ふざけんな、と吼える五条を家入と夏油がグイグイと押して、押された五条の肩と、その隣に座っている名前の肩がぴったりと触れ合った。互いに半袖を着ているせいか、肘のあたりが五条の素肌に触れてしまって、名前は思わず上を見上げる。ぱちりと合った蒼の中には薄っすらと頬を染めた自分が映り込んでいて、放心したようにこちらを見ながら悪い、と呟いた五条に大丈夫、と返しながら、名前の限界が近づいていた。


「傑、お前マジ……呪霊相手にしてんのに虫が怖いわけねえだろ。つーか、こないだお前部屋に出たの殺してたじゃん」
「何のこと?あれかな、先生に頼んで殺してもらったやつかな?」
「……もういい。俺がそっちいく」
「いいから、いいから、座ってな」
「もうさ、これを機会に連絡先聞いちゃいなよ」
「そうだよ、ずっと可愛いって言ってたじゃないか」


もう、全てが限界だった。同期が相手を蹴り上げるのと同時に、名前はすくりと立ち上がる。ぴたりと会話を止めて自分を見上げた三人を無理矢理意識の外に追い出して、名前は見事歳上に勝ち越した同期を祝うべく、日に焼けることも厭わずに一直線に日向に駆け出していった。後ろからあーあ、だとか、行っちゃった、だとか、明らかに名前を指した色々の会話が聞こえてくる。気が付いてしまった事実と、自分を見る彼の熱の籠った綺麗な蒼を思い出して、名前は頭がくらりとした。紛らわすようにがばりと同期に抱き着いた名前に、日陰から三つの視線がちくちくと刺さってくる。


今日、お風呂痛いだろうなあ。

そんなことを考えながら、明るい陽の下で、名前はとりあえず同期に赤外線通信のやり方を教えてもらうことにした。