来日3日目の朝。
ありすはまだ荷解きも十分でない自室の隅で赤井さんの電話を受けていた。

「今回のターゲットは、ベルモットと接触する組織の幹部だ。ベルモットは現在新出という男性に化けている。詳しくは送った資料のなかに書いてあるので確認しておいてくれ。
今回は新井と面識があるジョディと、監視のために俺がバスに同乗する。
ありす、お前のミッションはバックアップだ。何かあった場合には運転を任せることになる」

「つまりは、米花シティービル行きのバスの後ろを走って、赤井さんたちを追いかけるってことですね」
「あぁ、俺とジョディはベルモットと一緒に米花公園前から乗車する。ありすは現場まで追跡後、指示があるまで車内で待機していてくれ。
…まあ、要するにただのドライブだ。運転の練習でもしていればいいさ」

電話の向こうの赤井の声がすこし柔らかくなり、ありすの表情も緩む。
「そうですね、赤井さん達の後ろでのんびり運転しておきます」
「ああ、頼んだ。じゃあ後程」


ミッションの詳細は知らされていなかったが、予告通りのバックアップ要因ということらしい。
それならなんとかなりそうだ…と、赤井との通話を終えたありすは小さく息を吐いた。



 ******



目の前のバスが発車するのを確認して、ありすは車内に持ち込んだ無線に手を伸ばす。
「バスは定刻に出発。追跡開始します」
さて、お仕事開始、っと。

バスは停留所をいくつか通過したのちに、米花公園前へと差し掛かる。
待機列には、新井に変装したベルモット、ジョディ、赤井さんを確認。その他初老の男性、小柄な女性、スキーウェアの2名、となると全部で乗客は18人。

あとはあの3人の乗車位置が把握できれば嬉しいけど、さすがに難しいかな…などと考えていると、どうやら赤井さんは後部座席に座ることを選択したようだった。
これで少なくとも赤井さんの行動は把握しやすくなった。あとは、このまま現場まで追跡…


その時、前方からパンッと響く乾いた音。
ありすが慌てたように周囲を警戒すると、バスは扉を閉じて行先表示を回転させはじめると同時に、ゆっくりと走り出した。

「回送車…何かおかしい」



 ******



ありすは予定外の行動を取るバスを追跡しながら車内の様子をを探っていた。行先表示は回送に変更され、現時点で2発の発砲音、そしてさっきから都内をぐるぐると走り続けている。
スキーウェアの男達のみが車内を動き回っていることから、少なくともこの2人組が仲間で、バスは占拠されている状態と推測される。お揃いのスキーウェアでバスジャックだなんて、こっちからしたらこんなに判りやすい親切設定はないけれど。

そして、もうひとつ気になるのは、先程現れてこの車の後ろに張り付くように走る赤い車。運転手は無線を持っている険しい顏の女性…警察?


少なくとも赤井さんの後ろ姿に変化がないうちは指示なし、すなわち待機ということだけど。そうだとしても、次の行動の為にバス車内の状況を把握しておきたい。

そもそも、これは偶然?それとも組織の罠?…だめだ、情報がまだ足りない。


釈然としない状況の中、バスが不意に首都高に乗ったところから、物事が急速に進み始めたようにみえた。今までバスの後部座席にじっと座っていた赤井が席を立ったのだ。
思わずありすは身を乗り出し、サインを受け取ろうと赤井の動きに全神経を集中させる。
が、赤井はこちらに目もくれず、バス前方へと消えていく。
バスが中央道をこのまま走るとこの先は小仏トンネルを通って高槻方面…

「行先は不明、車内の状況も把握できず、赤井さんは視界の外に消えていく。しかも何かのサインはおろか、アイコンタクトもなし。…お前はとりあえずおとなしくついて来いってことですか、そうですか」

赤井さんに無視され続けているこの現状。私が必要ないぐらい余裕ということなのか、それとも、赤井さんすら下手に動けないくらいに緊迫しているのか…
断片的な情報しか得られないまま、長期戦に突入すると覚悟したありすが不満そうな表情を隠さなくなってからは展開が早かった。

トンネルを抜けた途端にバスは急停止、運転手と乗客全員が避難したのちに、目の前で車両ごと爆発。ジョディと赤井さん、新出は警察車両に誘導され、最終的には

「不測の事態により、追尾続行不能、ターゲットは現れず。後日改めて調査を再開する。以上」

無線から流れる赤井さんの一言で強制終了。

あーもう!
なんなのこれ!!!!



 ******



「…で?赤井さんはおとなしく犯人の身代わりになるし、ジョディはトカレフの銃口を向けられるし、謎の少年が魔法を使って犯人がおとなしくなったからって赤井さんは制圧すらせず。挙句の果てにバスが爆発してミッション強制終了とか何やってるんですかほんと」

不慮の事態とはいえ、ありすは強制終了に不満だったようで。
日本警察の事情聴取後、赤井はジョディと共にWeb会議に呼び出されていた。

「でも、ちゃんとトカレフのセーフティかけたから大丈夫よ」
「何かの拍子にハーフコックから外れたら被弾することを、ジョディはもうちょっと重要視したほうがいいと思うけど」
「あら、今日のありすは辛口ね…」

画面には笑顔のジョディと対照的に、顏中から不満が溢れるありすがいて。接続時に思わず笑ってしまったことは、どうやらばれていないようだが、

「必死に働いて成果ゼロならまだしも、赤井さんは座ってるだけで、ジョディはトカレフで遊んでて、結局真面目に任務遂行してたのが私だけってのが信じられない。あーほんとに私の労力を返してほしい」
「まあいいじゃないか、おかげでありすは米花町に詳し「うるさい」

…俺の声にかぶせて文句を言うくらいには、ありすの機嫌は悪いらしい。


「で、あの少年は何なの?」
「さぁ、私もまだよく知らないれど、彼はcool kidのようね」
「ふーん、まあいいや。言いたいことは言ったし解散。じゃあね」

そう告げるや否や切断されたありすの画面に、残された赤井とジョディは苦笑して、ミーティングは終了した。



「ありすがこの2日間幾度も下見を繰り返していたことも、予想外の事態で神経すり減らしていたことも理解しているから、だからそんなに怒ってくれるな…」

バーボン片手に呟いた赤井の声は誰にも届かないまま、そっと薄暗い部屋に消えていった。





必察仕事人
不慮の事態には慣れています。
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